テンソル代数のソースを表示

{{No footnotes|date=2023年8月}}
[[数学]]における[[ベクトル空間]] {{mvar|V}} 上の'''テンソル代数'''（テンソルだいすう、{{lang-en-short|''tensor algebra''}}）{{math|''T''(''V'')}} または {{math|''T''{{msup|{{*}}}}(''V'')}} は {{mvar|V}} 上の任意階の[[テンソル空間|テンソル]]全体が[[テンソル積]]を乗法として成す[[体上の多元環]]である。これは多元環をベクトル空間とみなす{{仮リンク|忘却函手|en|forgetful functor}}の[[左随伴]]となるという意味において {{mvar|V}} 上の[[自由多元環]]、すなわち[[普遍性]]を満たすという意味で {{mvar|V}} を含む多元環として「最も一般」のものである。

テンソル代数はまた二種類の[[余代数]]構造を持つ。一つは簡素で[[双代数]]を定めないが、もう一つはより複雑なもので双代数を導き、さらに[[対蹠射]]を以って[[ホップ代数]]へ拡張することができる。

; 注意: 本項において多元環（代数）は[[単位的多元環|単位的]]かつ[[結合多元環|結合的]]なものと仮定する。

== 構成 ==
{{mvar|V}} は[[可換体|体]] {{mvar|K}} 上の[[ベクトル空間]]とする。任意の非負整数 {{mvar|k}} に対して {{mvar|V}} の {{mvar|k}}-次テンソル冪とは {{mvar|V}} の {{mvar|k}}-重[[テンソル積]]
: <math>T^k(V) = V^{\otimes k} = V\otimes V \otimes \cdots \otimes V</math>
を言う。即ち、{{math|''T''{{exp|''k''}}(''V'')}} は {{mvar|V}} 上の [[テンソル|{{mvar|k}}-階（反変）テンソル]]全体からなる。規約により、{{math|''T''{{msup|0}}(''V'')}} は{{仮リンク|係数体|en|ground field}} {{mvar|K}}（をそれ自身の上のベクトル空間と見たもの）であるものとする。

このときテンソル代数 {{math|''T''(''V'')}} は {{math|''k'' {{=}} 0, 1, 2, …}} に対する {{mvar|k}}-次テンソル冪 {{math|''T''{{exp|''k''}}(V)}} のなす列の[[ベクトル空間の直和]]
: <math>T(V)= \bigoplus_{k=0}^\infty T^k(V) = K\oplus V \oplus (V\otimes V) \oplus (V\otimes V\otimes V) \oplus \cdots</math>
を台として構成される。{{math|''T''(''V'')}} における乗法は、[[テンソル積]]によって与えられる自然同型
: <math>T^k(V) \otimes T^\ell(V) \to T^{k + \ell}(V)</math>
を {{math|''T''(''V'')}} 全体まで線型に拡張したもので与えられる。この乗法法則により自然に、テンソル代数 {{math|''T''(''V'')}} は各 {{math|''T''{{exp|''k''}}(''V'')}} を次数 {{mvar|k}} の斉次部分空間に持つ[[次数付き多元環]]となる。この次数付けは負の整数 {{mvar|k}} に対して {{math|''T''{{exp|''k''}}(''V'') {{=}} {{mset|0}}}} と置いて付け加えることにより {{math|'''Z'''}}-次数付けに拡張できる。

この構成は全くそのままのやり方で[[可換環]] {{mvar|R}} 上の任意の[[環上の加群|加群]] {{mvar|M}} のテンソル代数に一般化される。{{mvar|R}} が[[非可換環|非可換]]のときは、任意の {{math|(''R'', ''R'')}}-[[両側加群]]に対してならばこの構成を実行できる（単に {{mvar|R}}-加群としたのでは、テンソル冪が作れないのでうまくいかない）。

== 随伴と普遍性 ==
テンソル代数 {{math|''T''(''V'')}} はベクトル空間 {{mvar|V}} 上の[[自由多元環]]とも呼ばれ、また {{mvar|V}} に関して函手的である。他の{{仮リンク|自由対象|label=自由構成|en|free object}}がそうであるように、函手 {{mvar|T}} は適当な{{仮リンク|忘却函手|en|forgetful functor}}の[[左随伴]]となる。今の場合、考えるべき忘却函手は各 {{mvar|K}}-代数をその台となるベクトル空間へ写すものである。

陽に書けば、テンソル代数の[[普遍性]]（{{mvar|V}} を含む最も一般な多元環であることをきちんと述べたもの）は以下のようなものである:
; テンソル代数の普遍性: {{mvar|K}} 上の任意の多元環 {{mvar|A}} と任意の[[線型写像]] {{math|''f'': ''V'' &rarr; ''A''}} が与えられたとき、{{仮リンク|多元環準同型|label=多元環の準同型|en|Algebra homomorphism}} {{math|{{tilde|''f''}}: ''T''(''V'') → ''A''}} で {{math|''f'' {{=}} {{tilde|''f''}} ∘ ''i''}} を満たすものが一意的に存在する。

ここに、{{math|''i'': ''V'' → ''T''(''V'')}} は[[包含写像|自然な埋め込み]]（随伴の単位射）である。したがって、以下の図式
[[Image:TensorAlgebra-01.png|center|テンソル代数の普遍性]]
が[[可換図式|可換]]となる。実は、この性質を満たす一意的な多元環としてテンソル代数 {{math|''T''(''V'')}} を定義することができる（厳密に言えば一意的な[[同型を除いて]]一意）が、それでもこの性質を満たす対象が存在することは示さなければならない。

上記の普遍性は、テンソル代数の構成が自然に「函手的」となることを示している。すなわち、{{mvar|T}} は {{mvar|K}} 上の[[ベクトル空間の圏]] {{mvar|K}}-{{mathbf|Vect}} から {{mvar|K}}-多元環の圏 {{mvar|K}}-{{mathbf|Alg}} への[[函手]]である。{{mvar|T}} の函手性は任意の線型写像 {{math|''V'' → ''W''}} は多元環の準同型 {{math|''T''(''V'') → ''T''(''W'')}} へ一意的に延長されることを意味する。

== 非可換多項式 ==
ベクトル空間 {{mvar|V}} が有限な次元 {{mvar|n}} を持つとき、テンソル代数の別の見方として「{{mvar|K}} 上の非可換な {{mvar|n}}-変数多項式の環」とみることができる。{{mvar|V}} の[[基底 (線型代数学)|基底ベクトル]]をとって、それを {{math|''T''(''V'')}} における非可換変数（あるいは非可換[[不定元]]）、すなわち[[結合法則|結合性]]、[[分配法則|分配性]]および {{mvar|K}}-線型性の他は何の制約も持たない元と見る。

注意すべき点として、{{mvar|V}} 上の非可換多項式環として適切なのは {{math|''T''(''V'')}} よりはむしろ {{math|''T''(''V''*)}} の方であることが挙げられる。これは {{mvar|V}} 上の一次斉次函数は {{math|''V''*}} の元であること、またベクトル空間上の座標函数 {{math|''x''{{msup|1}}, …, ''x''{{msup|''n''}}}} は（ベクトルをその座標成分となるスカラーへ写す函数とみれば）共変ベクトルであることによる。

== 商代数系 ==
テンソル代数が最も一般の多元環であることを利用して、ほかの多くの多元環について、まずテンソル代数を構成してからそこに生成元に関する特定の関係式を導入して構成すること、つまり {{math|''T''(''V'')}} のある種の{{仮リンク|商多元環|en|quotient algebra}}構成に興味が持たれる。例えば、[[外積代数]]、[[対称代数]]、[[クリフォード代数]]や[[普遍包絡代数]]など。

== 余代数構造 ==
テンソル代数は二種類の[[余代数]]構造を持つ。一つは簡素で[[双代数]]を定めないが、もう一つはより複雑なもので双代数を導き、さらに[[対蹠射]]を以って[[ホップ代数]]へ拡張することができる。

=== 単純な余代数構造 ===
テンソル代数上の単純な[[余代数]]構造は以下のようなものである。[[余乗法]] {{math|Δ}} は
: <math>\Delta(v_1 \otimes \dots \otimes v_m ) := \sum_{i=0}^{m}
(v_1 \otimes \dots \otimes v_i) \otimes (v_{i+1} \otimes \dots \otimes v_m)</math>
を {{math|''T''(''V'')}} まで線型に延長することで与えられる。余単位射は
:<math>\varepsilon(v)=\begin{cases}
 v & (v\in T^0(V))\\
 0 & (v\in T^k(V), k >0)
\end{cases}</math>
である。余乗法 {{math|Δ: ''T''(''V'') → ''T''(''V'') ⊗ ''T''(''V'')}} は次数付けを反映すれば
:<math>T^m(V) \to \bigoplus_{i+j=m} T^i(V) \otimes T^j(V)</math>
を満たすこと、また余単位射 {{math|ε}} も次数付けと両立することなどに注意。

テンソル代数にこの余乗法と余単位射を考えたものは[[双代数]]を成さない。

=== 双代数およびホップ代数の構造 ===
しかし以下のような複雑な形の余乗法
:<math>\Delta(x_1\otimes\dots\otimes x_m) = \sum_{p=0}^m \sum_{\sigma\in\mathrm{Sh}_{p,m-p}} \left(x_{\sigma(1)}\otimes\dots\otimes x_{\sigma(p)}\right)\otimes\left(x_{\sigma(p+1)}\otimes\dots\otimes x_{\sigma(m)}\right)</math>
を入れれば双代数になる。ただし後ろの和は{{仮リンク|シャッフル (数学)|en|(p,q) shuffle|label={{math|(''p'', ''m'' &minus; ''p'')}}-シャッフル}}すべてに亙ってとる。

さらに、対蹠射 {{mvar|S}} を
: <math>S(x_1\otimes\dots\otimes x_m) = (-1)^mx_m\otimes\dots\otimes x_1</math>
を {{math|''T''(''V'')}} 全体まで線型に延長することによって与えれば、テンソル代数は[[ホップ代数]]を成す。

これはちょうど自由多元環上の標準ホップ代数構造に一致する。ただし、{{math|''T''{{msup|1}}(''V'') {{=}} ''V''}} 上の余乗法を
: <math>\Delta(x)=x\otimes1+1\otimes x</math>
で定義し、これを
: <math>\Delta(x_1\otimes\dots\otimes x_m) = \Delta(x_1)\Delta(x_2)\cdots\Delta(x_m).</math>
を通じて {{math|''T''{{msup|''m''}}(''V'')}} へ延長する。同様に対蹠射も {{math|''T''{{msup|1}}(''V'') {{=}} ''V''}} で
: <math>S(x)=-x</math>
となるものとし、{{math|''T''(''V'')}} の一意的な{{仮リンク|反自己同型|en|antiautomorphism}}として延長する。すなわち
: <math>S(x_1\otimes\dots\otimes x_m) = S(x_m)S(x_{m-1})\cdots S(x_2)S(x_1)</math>
により {{math|''T''{{msup|''m''}}(''V'')}} 上の対蹠射を定義する。

== 参考文献 ==
*{{cite book | last= Bourbaki | first= Nicolas | title= [https://books.google.ca/books/about/Algebra.html?id=STS9aZ6F204C&redir_esc=y Algebra I. Chapters 1-3] | chapter= Algebra, Chapter 3 §5 | publisher= [[Springer-Verlag]] | series= Elements of Mathematics | year= 1989 | isbn= 3-540-64243-9}}
* {{citation | author=Serge Lang | authorlink=Serge Lang | title=Algebra | series=[[Graduate Texts in Mathematics]] | volume=211 | edition=3rd | publisher=[[Springer Verlag]] | year=2002 | isbn=978-0-387-95385-4 }}

== 関連項目 ==
* [[テンソル空間]]
* [[対称代数]]
* [[外積代数]]
* [[モノイド圏]]
* [[フォック空間]]

== 外部リンク ==
* {{nlab|urlname=tensor+power#tensor_algebra|title=tensor algebra}}
* {{PlanetMath|urlname=TensorAlgebra|title=tensor algebra}}
* {{ProofWiki|urlname=Definition:Tensor_Algebra|title=Definition:Tensor Algebra}}
* {{SpringerEOM|urlname=Tensor_algebra|title=Tensor algebra|author=Onishchik, A.L.}}

{{Tensors}}
{{DEFAULTSORT:てんそるたいすう}}
[[Category:多元環]]
[[Category:多重線型代数]]
[[Category:テンソル]]
[[Category:ホップ代数]]
[[Category:数学に関する記事]]