ブラ-ケット記法のソースを表示

{{出典の明記|date=2017年4月15日 (土) 06:51 (UTC)}}
'''ブラ-ケット記法'''（ブラ-ケットきほう、{{lang-en-short|bra-ket notation}}）または'''ディラックの記法'''{{sfn|Dirac|1968}}（ディラックのきほう、{{lang-en-short|Dirac notation}}）は{{efn2|以下、本稿では「ブラケット記法」と呼ぶ。}}、[[量子力学]]における[[量子状態]]を記述するための標準的な記法である。

ブラケット（{{en|bra-ket}}）という呼称は、量子状態を'''ブラ'''（{{en|bra}}） {{math|{{bra|''&phi;''}}}} と'''ケット'''（{{en|ket}}） {{math|{{ket|''&psi;''}}}} と呼ばれる2つのベクトルで表すこと、またブラとケットの[[内積]] {{math|{{bra-ket|''&phi;''|''&psi;''}}}} が[[括弧#山括弧〈〉|括弧]]（{{en|bracket}}）を成すことに由来する。

ブラケット記法は1939年の[[ポール・ディラック]]の論文{{harv|Dirac|1939}}で提案された。ディラックの教科書 {{en|''the principles of quantum mechanics''}} では1947年の第3版からブラケット記法を採用している{{sfn|Dirac|1947|loc=PREFACE TO THIRD EDITION}}。

== ブラ・ケット ==

ブラ {{math|{{bra|''&phi;''}}}} はケット {{math|{{ket|''&psi;''}}}} のなす[[ベクトル空間]]の[[双対ベクトル空間|双対空間]]の元として定義される。ケットをケットへ写す[[線型写像|線型]]な[[関数 (数学)|関数]]（[[線型作用素]]）を <math>\hat{O}</math> で表し、ケットに対する適用を <math>\hat{O}|\psi\rangle</math> と表す。ブラケット記法において、以下の関係を満たすブラへの作用素は、ケットに対する作用素と同じ記号で表される。
:<math>
\{\langle \phi | \hat{O} \} | \psi \rangle = \langle \phi | \{\hat{O} | \psi \rangle \}
</math>
通常、上記の内積は括弧を外して <math>\langle \phi | \hat{O} | \psi \rangle</math> と表される。
また特に任意のケット {{math|{{ket|''&psi;''}}}} に作用してケット {{math|{{ket|''&eta;''}}{{bra-ket|''&xi;''|''&psi;''}}}} を与える作用素は {{math|{{ket-bra|''&eta;''|''&xi;''}}}} と表される。また同様のブラに対する作用素も同じ記号で {{math|{{ket-bra|''&eta;''|''&xi;''}}}} と表される。

== 性質 ==

ブラの[[随伴作用素|随伴]]はケット、ケットの随伴はブラである。
:<math>\langle \psi |^{\dagger} = | \psi \rangle , \quad | \psi \rangle^{\dagger} = \langle \psi |</math>

また、ある[[状態ベクトル|状態]] <math>| \psi \rangle</math> において、[[オブザーバブル|観測可能量]] <math>\hat{O}</math> の[[期待値]]はブラ {{math|{{bra|''&psi;''}}}} とケット {{math|{{hat|''O''}}{{ket|''&psi;''}}}} の内積 <math>\langle \psi | \hat{O} | \psi \rangle</math> として表される。

初学者向けの説明として、ケットは[[列ベクトル]]、ブラは行ベクトルに対応させる場合がある（[[行列表示]]を参照）。

== 利点 ==

この記法の利点として
* [[基底 (線型代数学)|基底]]に依存しない記述が可能
* 固有値が離散、連続どちらの場合も統一的に扱える
* 中身の書き方を自由に工夫して記述できる（パラメータだけを並べて [[量子数|{{math|{{ket|''n, l, m''}}}}]] としたり、[[シュレーディンガーの猫|{{math|{{ket|生きている猫}}}}]] と書くこともできる）
などがある{{sfn|北野|2013}}。

== 無限次元での取り扱い ==

ディラックの説明によればケット {{math|{{ket|''&psi;''}}}} の空間においてブラ {{math|{{bra|''&phi;''}}}} は[[線形汎関数]]を表す、すなわちブラは[[双対空間]]に属しており、無限次元の場合ブラの空間はケットの空間より広い場合がある。しかし、ブラの空間にはケットの空間と同型の部分空間が必ず存在し、ケットの内積は常に定義できる。量子力学においては、ケットもブラも量子状態を過不足なく表すもので、ケットに対応しないブラには物理的意味がないので、ブラの空間としてはケットの空間と同型のものしか考えない。

== 正規直交基底とブラケット記法 ==
[[正規直交系|正規直交基底]]のうち2つのラベルを {{Mvar|&alpha;, &beta;}} として、内積をブラ-ケット記法で表すと、離散基底では[[クロネッカーのデルタ]]を用いて
:<math>\langle\alpha|\beta\rangle = \delta_{\alpha, \beta},</math>
連続基底では[[デルタ関数]]を用いて
:<math>\langle\alpha|\beta\rangle = \delta (\alpha - \beta)</math>
となる。

また正規直交基底の[[完全系|完全性]]は離散基底について、
:<math>
\sum_\alpha|\alpha\rangle\langle\alpha| = 1
</math>
連続基底について、
:<math>
\int \mathrm{d} \alpha ~ |\alpha\rangle\langle\alpha| = 1
</math>
と表現される。ただし連続基底の場合の記述は数学的に逸脱があり、本来ヒルベルト空間の元として存在しない「固有ベクトル」 <math>|\alpha\rangle</math> があるかのように書いている{{sfn|原|2009|loc=3.1.1 Dirac の記法と三つ組み|p=9}}（[[量子力学の数学的定式化#スペクトル分解と観測]]も参照）。

== 第二量子化とブラケット記法 ==

[[第二量子化]]された粒子[[生成消滅演算子|生成演算子]] {{math|''a''<sup>&dagger;</sup>}} を用いて2粒子状態を
:<math>|\alpha\beta\rangle=a^\dagger_\alpha a^\dagger_\beta |0\rangle</math>
と定義する。この時 {{math|''a''<sup>&dagger;</sup>}} が[[フェルミ粒子]]を表す[[演算子 (物理学)|演算子]]なら、これらは[[反交換関係]] {{math|{{(}}{{SubSup|a|''&alpha;''|&dagger;}}, {{SubSup|a|''&beta;''|&dagger;}}{{)}} {{=}} 0}} を満たすので、
:<math>|\alpha\beta\rangle=a^\dagger_\alpha a^\dagger_\beta |0\rangle=-a^\dagger_\beta a^\dagger_\alpha  |0\rangle=-|\beta\alpha\rangle</math>
となり、反対称化されている。

また {{math|''a''<sup>&dagger;</sup>}} が[[ボース粒子]]を表す演算子であれば、これらは[[交換関係 (量子力学)|交換関係]] {{math|[{{SubSup|a|''&alpha;''|&dagger;}}, {{SubSup|a|''&beta;''|&dagger;}}] {{=}} 0}} を満たすので、
:<math>|\alpha\beta\rangle=a^\dagger_\alpha a^\dagger_\beta |0\rangle=a^\dagger_\beta a^\dagger_\alpha  |0\rangle=|\beta\alpha\rangle</math>
となり、対称化されている。

== 波動関数との関係 ==
ケット {{math|{{ket|''&psi;''}}}} と、（位置表示の）[[波動関数]] {{math|''&psi;''(''x'')}} の関係は以下のように表される{{sfn|北野|2010|pp=95&ndash;96}}。
:<math>\psi(x) = \langle x|\psi\rangle,\quad 
|\psi\rangle = \int_{-\infty}^\infty \mathrm{d}x\ \psi(x)\ |x\rangle</math>
ただし、位置を表す演算子 <math>\hat{x}</math> の固有値を {{math|''x''}} 、対応する固有ケットを {{math|{{ket|''x''}}}} とする；<math>\hat{x}|x\rangle=x|x\rangle</math>。

== 出典 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{Reflist}}

== 注釈 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{Notelist2}}

== 参考文献 ==
* {{cite journal
 |first=P. A. M.
 |last=Dirac
 |author1-link=ポール・ディラック
 |title=A new notation for quantum mechanics
 |journal=Mathematical Proceedings of the Cambridge Philosophical Society
 |volume=35
 |issue=3
 |date=1939-07
 |pages=416&ndash;418
 |doi=10.1017/S0305004100021162
 |ref=harv
}}
* {{cite book
 |first=P. A. M.
 |last=Dirac
 |title=The principles of quantum mechanics
 |edition=3rd
 |publisher=Oxford University Press
 |year=1947
 |ref=harv
}}
* {{cite book
 |first=P. A. M.
 |last=Dirac
 |title=The principles of quantum mechanics
 |edition=4th (revised)
 |series=The international series of monographs on physics
 |publisher=Oxford University Press
 |year=1967
 |ref=harv
}}
* {{cite book|和書
 |first=P. A. M.
 |last=Dirac
 |translator=朝永振一郎 他
 |title=量子力学
 |edition=原著第4版
 |publisher=岩波書店
 |year=1968
 |ref=harv
}}
* {{cite book|和書
 |last=北野
 |first=正雄
 |title=量子力学の基礎
 |publisher=共立出版
 |date=2010-01-23
 |isbn=978-4-320-03462-4
 |ref=harv
}}
* {{cite journal|和書
 |last=北野
 |first=正雄
 |title=誤解されているブラケット：共役演算子をめぐって
 |url=https://doi.org/10.11316/butsuri.68.4_239
 |doi=10.11316/butsuri.68.4_239
 |publisher=日本物理学会
 |journal=日本物理学会誌
 |volume=68
 |issue=4
 |pages=239-241
 |hdl=2433/173934
 |CRID=1390282763028514816
 |ISSN=0029-0181
 |date=2013-04-05
 |ref=harv
}}
* {{cite web2 |last=原 |first=隆 |title=数学者のための量子力学入門 |url=https://www2.math.kyushu-u.ac.jp/~hara/lectures/09/QM_structure2.pdf |format=PDF |website=www2.math.kyushu-u.ac.jp/~hara |date=2009-12-17 |accessdate=2023-01-05}}

== 関連項目 ==
* [[量子力学の数学的定式化#ブラベクトルとケットベクトル]]

{{Physics-stub}}
{{Math-stub}}

{{DEFAULTSORT:ふらけつときほう}}
[[Category:量子力学]]
[[Category:情報理論]]
[[Category:ポール・ディラック]]
[[Category:数学に関する記事]]