ポアンカレ写像のソースを表示
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ポアンカレ写像
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[[力学系理論]]における'''ポアンカレ写像'''(ポアンカレしゃぞう、{{Lang-en-short|Poincaré map}})とは、連続力学系を離散力学系に簡約化する方法の一つ{{Sfn|森・水谷|2009|p=99}}。特に[[軌道 (力学系)|周期軌道]]や[[カオス (力学系)|カオス的軌道]]のような、何度も回り続けるような[[流れ (数学)|流れ]]を調べるに効果を発揮する{{Sfn|Strogatz|2015|pp=305–306}}。 [[アンリ・ポアンカレ]]によって、[[天体力学]]の研究の中で導入された{{Sfn|Lorenz|2001|p=45}}。ポアンカレ写像のアイデアは、1881年から1886年にかけて発表された論文「微分方程式によって定義される曲線について」の中に見られる{{Sfn|齋藤|1984|pp=3, 263–264}}。 ==趣旨と利点と限界== [[力学系]]とは、簡単に言うと、状態が時間とともに変化するシステムで、その変化の法則が[[決定論]]的な形で与えられているものである{{Sfn|國府|2000|p=1}}。力学系は、[[実数]] {{Math|ℝ}} で表される連続的な時間で変化を記述するものがあり、[[連続力学系]]や[[流れ (数学)|流れ]]と呼ばれる{{Sfn|國府|2000|pp=2–5}}。通常、連続力学系は[[微分方程式]]ないし[[ベクトル場]]で変化の法則が与えれる{{Sfn|國府|2000|pp=2–5}}。連続力学系の例として、[[独立変数]]を {{Math|''t'' ∈ ℝ}} 、[[従属変数]]を {{Math|(''X'', ''Y'', ''Z'') ∈ ℝ<sup>3</sup>}} とする次のような[[常微分方程式]]を考える{{Sfn|船越|2008|p=108}}{{Sfn|井上・秦|1999|p=73}}。 :<math> \begin{cases} \dfrac{dX}{dt} = f_1 (X, Y, Z)\\ \dfrac{dY}{dt} = f_2 (X, Y, Z)\\ \dfrac{dZ}{dt} = f_3 (X, Y, Z)\\ \end{cases} </math> この式を、{{Math|(''X'', ''Y'', ''Z'')}} を1つの[[列ベクトル]]と見なして次のようにも表す{{Sfn|井上・秦|1999|pp=66, 73}}。 :<math> \frac{d x }{dt} = f(x)</math> :<math> x = (X, Y, Z)^\top </math> :<math> \dfrac{d x }{dt} = \left ( \dfrac{dX}{dt}, \dfrac{dY}{dt}, \dfrac{dZ}{dt} \right )^\top </math> :<math> f = (f_1, f_2, f_3)^\top </math> 上記の微分方程式に対し、従属変数 {{Math|''X'', ''Y'', ''Z''}} を[[座標軸]]とする3次元空間を考えることができ、[[相空間]]と呼ばれる{{Sfn|船越|2008|p=108}}。微分方程式の一つの解は相空間内の一つの曲線として表され、この曲線は連続力学系の[[軌道 (力学系)|軌道]]と呼ばれる{{Sfn|森・水谷|2009|pp=9–10}}。 一方で、相空間が3次元あるいはそれ以上の次元になると、軌道の追跡や[[アトラクター]]の構造解明には困難が伴い、軌道を描くことも難しくなる{{Sfn|今・竹内|2018|p=213}}{{Sfn|井上・秦|1999|p=72}}。[[アンリ・ポアンカレ]]は、このような連続力学系の軌道を見るための単純化の手法を発見した。3次元相空間の中にとある2次元平面を設定し、その平面を軌道が通過する点(平面と軌道の交点)を記録する。これらの平面上の点には、元の連続力学系の軌道の多くの情報が含まれており、元の軌道全体を調べる代替となりうる。平面上の点 {{Mvar|A}} で軌道が通過した次に、平面上の点 {{Mvar|B}} で通過するとすれば、点 {{Mvar|A}} を点 {{Mvar|B}} へ写すの[[写像]] {{Math|''P''(''A'') {{=}} ''B''}} が定義できる。このような写像 {{Mvar|P}} を'''ポアンカレ写像'''と呼ぶ{{Sfn|アリグッド、サウアー、ヨーク|2012a|p=53}}。相空間内で指定された1つの平面の方は、'''ポアンカレ断面'''などと呼ばれる{{Sfn|船越|2008|p=147}}。 連続力学系のほかに、力学系には[[整数]] {{Math|ℤ}} や[[自然数]] {{Math|ℕ}} で表される離散的な時間で変化を記述するものもあり、[[離散力学系]]と呼ばれる{{Sfn|國府|2000|pp=2–5}}。一般的に、離散力学系は[[差分方程式]] :<math> x_{n+1} = f(x_{n}) </math> ないし、相空間 {{Mvar|M}} から {{Mvar|M}} への写像 :<math> f : M \to M </math> で変化の法則が与えられる{{Sfn|國府|2000|pp=2–5}}。連続力学系の軌道が点の連続な変化として与えられるのに対し、離散力学系の軌道は {{Math|{{Mset|''x''<sub>0</sub>, ''x''<sub>1</sub>, ''x''<sub>2</sub>, …, ''x''<sub>''n''</sub>, …}}}} や {{Math|{{Mset|''x'', ''f''(''x''), ''f''<sub>2</sub>(''x''), …, ''f''<sub>''n''</sub>(''x''), …}}}} という形で与えられる飛び飛びの点となる{{Sfn|井上・秦|1999|p=26}}{{Sfn|ウィギンス|2013|p=4}}。ここで {{Mvar|f<sup>n</sup>}} は {{Mvar|f}} の {{Mvar|n}} 回[[写像の反復|反復合成]]を表す。 微分方程式の軌道とポアンカレ断面の交点を時間の順序に並べて {{Math|{{Mset|''x''<sub>0</sub>, ''x''<sub>1</sub>, ''x''<sub>2</sub>, …}}}} と表すと、ポアンカレ写像 {{Mvar|P}} によって :<math> x_{n+1} = P(x_{n}) </math> という離散力学系が定めることができる{{Sfn|千葉|2021|p=196}}。ポアンカレ断面上の交点 {{Math|{{Mset|''x''<sub>0</sub>, ''x''<sub>1</sub>, ''x''<sub>2</sub>, …}}}} が、ポアンカレ写像によって定義される離散力学系の軌道となる{{Sfn|千葉|2021|p=196}}。 ポアンカレ写像によって、連続力学系の問題を、次元が1つ低い離散力学系の問題に置き換えることができる{{Sfn|アリグッド、サウアー、ヨーク|2012a|p=54}}。扱う問題の次元(変数)を1つ減らせるのはポアンカレ写像を考える第一の利点で、問題の研究を進めやすくする{{Sfn|ベルゲジェ、ポモウ、ビダル|1992|p=60}}{{Sfn|ウィギンス|2013|p=65}}。また、微分方程式を扱うよりも写像を扱う方が一般的には容易いのも、ポアンカレ写像の有利な点である{{Sfn|ベルゲジェ、ポモウ、ビダル|1992|p=60}}{{Sfn|荒井|2020|p=166}}。 また、ポアンカレ写像では、元の連続力学系の軌道に対し、ポアンカレ断面以外の点は無視する{{Sfn|松葉|2011|p=37}}。これにより、処理するデータ量を圧倒的に少なく抑えることができる{{Sfn|ベルゲジェ、ポモウ、ビダル|1992|p=60}}。このようにポアンカレ写像は元の軌道のごく一部のみを観察する手法であるが、それでもなおポアンカレ写像の振る舞いに元の軌道の特徴(周期性、安定性、カオス性など)を残すことができる{{Sfn|松葉|2011|pp=30, 37}}。後述のように、特に連続力学系の周期軌道では、その性質の多くをポアンカレ写像によって表現できる{{Sfn|丹羽|2004|p=118}}。 しかし、任意の微分方程式に対してポアンカレ写像の構成できる一般的な方法は存在しない{{Sfn|ウィギンス|2013|p=65}}。ほとんどの場合で、ポアンカレ写像の具体的な形を書き下すのは非常に難しく、普通は不可能といってもよい{{Sfn|Hirsch; Smale; Devaney|2007|p=226}}{{Sfn|Strogatz|2015|p=306}}。ポアンカレ写像の構成は、問題に応じて試行錯誤する必要がある{{Sfn|ウィギンス|2013|p=65}}。実際にポアンカレ断面上の軌道を得るには、往々にして[[数値計算]]に頼らざるを得ない{{Sfn|Jackson|1994|p=47}}。 ==定式化== ===一般の場合=== [[独立変数]]を {{Math|''t'' ∈ ℝ}} 、[[従属変数]]を {{Math|''x'' ∈ ℝ<sup>''n''</sup>}} とする[[自励系|自律系]][[常微分方程式]] :<math> \frac{d x }{dt} = f(x)</math> から生成される[[流れ (数学)|流れ]] {{Math|''φ''(''t'', ''x'')}} について考える{{Sfn|坂井|2015|p=263}}。流れは点 {{Mvar|x}} が {{Mvar|t}} 時間後に写る点を与える[[写像]] {{Math|''φ'' : ℝ × ℝ<sup>''n''</sup> → ℝ<sup>''n''</sup>}} を意味する{{Sfn|荒井|2020|p=40}}。 [[File:横断的と非横断的.svg|thumb|320px|左がベクトル場に対して横断的な {{Math|Σ}} の例、右が横断的ではない {{Math|Σ}} の例]] さらに、{{Math|ℝ<sup>''n''</sup>}} 内でベクトル場 {{Mvar|f}} に横断的な {{Math|''n'' − 1}} 次元[[超曲面]] {{Math|Σ}} を考える。ここで、{{Math|Σ}} が {{Mvar|f}} に'''横断的'''であるとは、{{Math|Σ}} 上の任意の点 {{Mvar|ξ}} で、[[空間ベクトル|ベクトル]] {{Math|''f'' (''ξ'')}} が :<math> f ( \xi ) \cdot n(\xi) \ne 0 </math> を充たすことをいう{{Sfn|ウィギンス|2013|p=66}}。ただし、{{Math|''n''(''ξ'')}} は {{Mvar|ξ}} における {{Math|Σ}} と[[直交]]するベクトルを、{{Math|⋅}} はベクトルの[[内積]]を表す{{Sfn|ウィギンス|2013|p=66}}。 [[File:ある軌道に対するポアンカレ写像.svg|thumb|300px|{{Math|ℝ<sup>3</sup>}} 上のポアンカレ写像 {{Math|''P''(''x'')}} の説明図]] そして、{{Math|''ξ'' ∈ Σ}} から出発する[[軌道 (力学系)|軌道]]が、{{Math|''τ''}} 時間後にまた {{Math|Σ}} 上に戻って来ると仮定する。すなわち、 ある {{Math|''τ'' {{=}} ''τ''(''ξ'') > 0}} があって、{{Math|''φ''(''τ'', ''ξ'') ∈ Σ}} である{{Sfn|坂井|2015|p=263}}。{{Math|Σ}} 上に戻って来ることは複数ありうるので、それらのうちの最小時間を {{Math|''τ''(''ξ'')}} とする。このときの写像 {{Math2|Σ ∋ ''ξ'' ↦ ''φ''(''τ''(''ξ''), ''ξ'') ∈ Σ}} が'''ポアンカレ写像'''である{{Sfn|坂井|2015|p=263}}。特に、{{Mvar|ξ}} を改めて {{Mvar|x}} と表し、 :<math>P(x) = \varphi (\tau(x),\ x) </math> によって定まる写像 {{Math|''P''(''x'')}} をポアンカレ写像と呼ぶ{{Sfn|千葉|2021|p=196}}{{Sfn|ウィギンス|2013|p=66}}{{Sfn|ロビンソン|2001|p=275}}。ただし、ポアンカレ写像の[[定義域]]は {{Math|Σ}} 全体ではなく、{{Math|Σ}} の[[真部分集合]] {{Mvar|U}} となるのが一般である{{Sfn|國府|2000|p=10}}。 ポアンカレ写像 {{Mvar|P}} は'''帰還写像'''({{Lang-en-short|return map|link=no}}、{{Lang-en-short|first-return map|link=no}})とも呼ばれる{{Sfn|坂井|2015|p=263}}{{Sfn|今・竹内|2018|p=214}}{{Sfn|伊藤|1998|p=88}}{{Sfn|ロビンソン|2001|p=276}}。横断的な曲面 {{Math|Σ}} は'''ポアンカレ断面'''({{Lang-en-short|Poincaré section|link=no}}){{Sfn|今・竹内|2018|p=213}}{{Sfn|千葉|2021|p=196}}や'''切断面'''({{Lang-en-short|cross section|link=no}}){{Sfn|今・竹内|2018|p=213}}{{Sfn|丹羽|2004|p=118}}、'''横断面'''({{Lang-en-short|cross section|link=no}}){{Sfn|ロビンソン|2001|p=275}}{{Sfn|伊藤|1998|p=88}}と呼ばれる。流れによって {{Math|Σ}} に戻って来る最小時間 {{Math|''τ''}} は'''帰還時間'''と呼ばれる{{Sfn|ロビンソン|2001|p=276}}{{Sfn|千葉|2021|p=196}}。 ===周期軌道の場合=== {{Math|Σ}} 上から出発して {{Math|Σ}} 上に戻って来る軌道があればポアンカレ写像は定義されるが、特に流れが[[軌道 (力学系)|周期軌道]](閉曲線となる軌道)を持つときは、その周期軌道の[[近傍 (位相空間論)|近傍]]でポアンカレ写像の存在が次のように保証される{{Sfn|伊藤|1998|pp=87–88}}。 [[File:周期軌道に対するポアンカレ写像.svg|thumb|280px|周期軌道 {{Mvar|γ}} 近傍のポアンカレ写像 {{Math|''P''(''x'')}} の説明図]] 式 ({{EqNoteN|1}}) で定まる力学系に周期軌道が存在し、その周期軌道を {{Mvar|γ}} とし、{{Mvar|γ}} の周期を {{Mvar|T}} とする。周期軌道上の点 {{Math|''x''<sub>0</sub> ∈ γ}} と交わるように {{Math|''n'' − 1}} 次元曲面 {{Math|Σ}} を取る。{{Math|Σ}} は {{Math|''x''<sub>0</sub>}} で {{Mvar|γ}} と横断的に交わるように取れば、{{Math|Σ}} はベクトル場 {{Mvar|f}} に横断的なポアンカレ断面になる{{Sfn|今・竹内|2018|pp=213–214}}。 {{Math|''x''<sub>0</sub>}} から出発する軌道は時間 {{Mvar|T}} 経過後に {{Math|''x''<sub>0</sub>}} に戻って来る{{Sfn|丹羽|2004|p=118}}。また、{{Math|''f'' (''x'')}} が {{Mvar|C<sup> r</sup>}} 級({{Math|''r'' ≥ 1}})であれば、{{Mvar|φ}} も {{Mvar|C <sup>r</sup>}} 級である{{Sfn|ウィギンス|2013|p=66}}。よって、{{Math|''x''<sub>0</sub>}} に十分近い点 {{Math|''x'' ∈ Σ}} から出発する軌道は、{{Math|''x''<sub>0</sub>}} の近くに戻って来る{{Sfn|丹羽|2004|p=118}}。そのため、{{Math|Σ}} 上で {{Math|''x''<sub>0</sub>}} の近傍 {{Math|''U'' ⊂ Σ}} を適当に取れば、{{Mvar|U}} 上の任意の点 {{Mvar|x}} から出発する軌道が {{Math|Σ}} と再び交わるようにできる。こうして構成できる {{Mvar|U}} から {{Math|Σ}} への写像 {{Mvar|P}} がポアンカレ写像である{{Sfn|丹羽|2004|p=118}}。 ===周期的な非自律系の場合(ストロボ写像)=== 流れを定める常微分方程式が、次のように、時間 {{Mvar|t}} を陽に含む[[非自律系]]でなおかつ {{Mvar|t}} について周期 {{Mvar|T}} の周期性を持つ場合がある{{Sfn|丹羽|2004|p=126}}。 :<math> \begin{array}{l} \dfrac{dx}{dt} = f (t,\ x) \\ f (t,\ x) = f (t+T,\ x) \end{array}</math> 流れ {{Mvar|φ}} を、点 {{Math|''x'' ∈ ℝ<sup>''n''</sup>}} における時刻 {{Math|''t''<sub>0</sub> ∈ ℝ}} も明記して {{Math2|''φ''<sup>''t'', ''t''<sub>0</sub></sup>(''x'')}} と書き表すとする。このとき、{{Math2|''φ''<sup>''t'', ''t''<sub>0</sub></sup>(''x'') {{=}} ''φ''<sup>''t''+''T'', ''t''<sub>0</sub>+''T''</sup>(''x'')}} が成り立ち、{{Math|''ϕ''(''x'') {{=}} ''φ''<sup>''T'', 0</sup>(''x'')}} で定まる写像によって :<math> \varphi^{t,0}(x) = \varphi^{t-kT,0}( \phi^n (x) )</math> が成り立つ{{Sfn|丹羽|2004|p=126}}{{Sfn|伊藤|1998|p=82}}。また、整数全体を {{Math|ℤ}} で表し、1次元[[トーラス]]を周期 {{Mvar|T}} によって {{Math|𝕋 {{=}} ℝ/''T''ℤ}} と定義する。このとき、 {{Math|ℝ<sup>''n''</sup> × 𝕋}} を[[拡大相空間]]、{{Mvar|φ}} をその上の流れと見なすことができる{{Sfn|丹羽|2004|p=127}}{{Sfn|柴山|2016|p=62}}。したがって、{{Math|''ϕ'' {{=}} ''φ''<sup>''T'', 0</sup> : ℝ<sup>''n''</sup> → ℝ<sup>''n''</sup>}} は、拡大相空間 {{Math|ℝ<sup>''n''</sup> × 𝕋}} の {{Math|''t'' {{=}} 0 ∈ 𝕋}} で切断面を取ったポアンカレ写像 {{Math|''P'' : ℝ<sup>''n''</sup> → ℝ<sup>''n''</sup>}} に相当する{{Sfn|丹羽|2004|p=127}}{{Sfn|柴山|2016|p=62}}。 このような非自律系のポアンカレ写像は、'''ストロボ写像'''{{Sfn|小室|2005|p=25}}{{Sfn|井上・秦|1999|p=75}}や'''時間 {{Mvar|T}} 写像'''{{Sfn|アリグッド、サウアー、ヨーク|2012a|p=48}}{{Sfn|伊藤|1998|p=82}}とも呼ばれる。ストロボ写像という名は、周期的に[[ストロボスコープ|ストロボ]]を当てるように軌道を見る方法であることに因む{{Sfn|井上・秦|1999|p=75}}。 ==基本的性質== 微分方程式の解の一意性より、それに対するポアンカレ写像も[[1対1対応]]が成立する{{Sfn|井上・秦|1999|p=73}}。微分方程式が定める流れ {{Mvar|φ}} が {{Mvar|C <sup>r</sup>}} 級であれば、定義よりポアンカレ写像 {{Math|''P''(''x'') }} も {{Mvar|C <sup>r</sup>}} 級で、{{Math|''P''(''x'') }} の[[逆写像]]も {{Mvar|C <sup>r</sup>}} 級でもある{{Sfn|ロビンソン|2001|p=276}}{{Sfn|伊藤|1998|p=88}}。よって、{{Mvar|C <sup>r</sup>}} 級流れに対するポアンカレ写像は {{Mvar|C <sup>r</sup>}} 級[[微分同相写像]]である{{Sfn|伊藤|1998|p=88}}。さらに、帰還時間 {{Math|''τ''(''x'')}} も {{Mvar|C <sup>r</sup>}} 級函数である{{Sfn|ロビンソン|2001|p=276}}。 ある周期軌道に対して異なるポアンカレ断面 {{Math|Σ<sub>1</sub>}} と {{Math|Σ<sub>2</sub>}} を取ったとする。{{Math|Σ<sub>1</sub>}} と {{Math|Σ<sub>2</sub>}} 上に定義されるポアンカレ写像を {{Math|''P''<sub>1</sub>}} と {{Math|''P''<sub>2</sub>}} と表す。このとき、{{Math|''P''<sub>1</sub>}} と {{Math|''P''<sub>2</sub>}} は [[位相共役|{{Mvar|C <sup>r</sup>}} 共役]]の関係にある{{Sfn|ウィギンス|2013|p=93}}。したがって、周期軌道の充分近い範囲で考える限りは、どこにポアンカレ断面を取ってもポアンカレ写像の性質は変わらないことがいえる{{Sfn|ウィギンス|2013|p=94}}。 相空間が {{Math|ℝ<sup>3</sup>}} のときは、連続力学系(流れ)による軌道の種類に応じ、それに対するポアンカレ写像の軌道はおおまかに以下のような様相となる。 *元の軌道が周期軌道であれば、それが通過するポアンカレ断面上の点列は有限個の点となる{{Sfn|松葉|2011|p=31}}{{Sfn|井上・秦|1999|p=73}}。それらの点はポアンカレ写像にとっての[[不動点]]または[[周期点]]となる{{Sfn|アリグッド、サウアー、ヨーク|2012b|p=85}}。 *元の軌道が準周期軌道であれば、点列は1つの閉曲線を[[稠密集合|稠密]]に埋めつくす{{Sfn|井上・秦|1999|p=73}}{{Sfn|ベルゲジェ、ポモウ、ビダル|1992|p=64}}。 *元の軌道が不規則であれば、それが通過するポアンカレ断面上の点列は雲のように分散する{{Sfn|松葉|2011|p=31}}。 *元の軌道がストレンジアトラクター上の軌道であれば、それが通過するポアンカレ断面上の点列はランダムのように飛び飛びだが、何らかの幾何的構造を持つ{{Sfn|井上・秦|1999|p=78}}。 ==流れの周期軌道の安定性・分岐の特徴付け== [[流れ (数学)|流れ]]による[[軌道 (力学系)|周期軌道]]の[[安定性理論|安定性]]の問題は、ポアンカレ写像の[[不動点]]の安定性の問題に帰着でき、周期軌道の安定性は、ポアンカレ写像の[[固有値]]で特徴付けできる{{Sfn|ウィギンス|2013|p=65}}。{{Math|ℝ<sup>''n''</sup>}} 内における流れによる周期軌道を {{Mvar|γ}} とし、その周期を {{Mvar|T}} とする。周期軌道上の点 {{Math|''p'' ∈ ''γ''}} から {{Mvar|T}} 後の状態を与える流れ {{Math|''φ''(''T'', ''p'')}} の[[写像の微分|微分]] {{Math|''Dφ''(''T'', ''p'')}} は、{{Math|1}} を必ず[[固有値]]として持つ。{{Math|1}} 以外の固有値を {{Math|''λ''<sub>1</sub> … ''λ''<sub>''n'' − 1</sub>}} とすると、{{Math|''p'' ∈ ''γ''}} におけるポアンカレ写像 {{Math|''P''}} の微分 {{Math|''DP''(''p'')}} は同じ {{Math|''λ''<sub>1</sub> … ''λ''<sub>''n'' − 1</sub>}} を持つ{{Sfn|千葉|2021|p=197}}{{Sfn|ロビンソン|2001|pp=277–278}}。 流れの周期軌道の[[分岐 (力学系)|分岐]]の分類も、ポアンカレ写像の不動点の分岐に帰着し、理解することができる{{Sfn|小室|2005|p=24}}{{Sfn|千葉|2021|p=213}}。流れが周期的な非自律系の場合でも、同様にストロボ写像に帰着させることができる{{Sfn|小室|2005|pp=108–109}}。例えば[[サドルノード分岐]]とは、安定な不動点と不安定な不動点が衝突し、不動点が消滅するという現象が起きるだが、ポアンカレ写像の不動点がサドルノード分岐を起こすとき、対応する流れの周期軌道でも不安定な周期軌道と安定な周期軌道が衝突し、周期軌道が消滅する現象が起きる{{Sfn|小室|2016|p=306}}{{Sfn|千葉|2021|p=213}}。分岐の向きが逆の場合も同様に、ポアンカレ写像の分岐と流れの周期軌道の分岐が対応付く{{Sfn|アリグッド、サウアー、ヨーク|2012b|p=89}}。 ほかの離散力学系の分岐現象である[[トランスクリティカル分岐]]、[[ピッチフォーク分岐]]、[[周期倍分岐]]、[[ネイマルク・サッカー分岐]]も、流れの周期軌道の分岐現象と対応付けできる{{Sfn|小室|2005|pp=106–110}}。流れの周期軌道が周期倍分岐を起こすと、安定な周期軌道が不安定化し、その周囲に2巻きの安定周期軌道が発生する{{Sfn|小室|2016|p=307}}。2巻きの安定周期軌道の周期は、元の1巻き安定周期軌道のおよそ2倍となる{{Sfn|千葉|2021|p=214}}{{Sfn|アリグッド、サウアー、ヨーク|2012b|p=89}}。ポアンカレ写像では、安定な不動点が不安定化し、その周囲に安定な2周期点が発生する現象となる{{Sfn|小室|2016|p=307}}。 ==出典== {{Reflist|2}} ==参照文献== *{{Cite book ja-jp |author = 坂井 秀隆 |title = 常微分方程式 |url = https://www.utp.or.jp/book/b307096.html |series = 大学数学の入門 10 |publisher =東京大学出版会 |edition= 初版 |year = 2015 |isbn = 978-4-13-062960-7 |ref = {{SfnRef|坂井|2015}} }} *{{Cite book ja-jp |author= 久保 泉・矢野 公一 |title= 力学系 |url = https://www.iwanami.co.jp/book/b355613.html |publisher= 岩波書店 |edition= オンデマンド版 |year= 2018 |isbn= 978-4-00-730742-3 |ref= {{SfnRef|久保・矢野|2018}} }} *{{Cite book ja-jp |author = 國府 寛司 |title = 力学系の基礎 |series = カオス全書2 |publisher = 朝倉書店 |year = 2000 |edition = 初版 |isbn = 4-254-12672-7 |ref = {{SfnRef|國府|2000}} }} *{{Cite book ja-jp |author = S. ウィギンス |translator = 今井 桂子・田中 茂・水谷 正大・森 真 |others = 丹羽 敏雄(監訳) |title = 非線形の力学系とカオス |url = https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b294656.html |edition = 新装版 |publisher = 丸善出版 |year = 2013 |isbn = 978-4-621-06435-1 |ref = {{SfnRef|ウィギンス|2013}} }} *{{Cite book ja-jp |author = 千葉 逸人 |title = 解くための微分方程式と力学系理論 |url = https://www.gensu.jp/product/%e8%a7%a3%e3%81%8f%e3%81%9f%e3%82%81%e3%81%ae%e5%be%ae%e5%88%86%e6%96%b9%e7%a8%8b%e5%bc%8f%e3%81%a8%e5%8a%9b%e5%ad%a6%e7%b3%bb%e7%90%86%e8%ab%96/ |publisher = 現代数学社 |edition= 初版 |year = 2021 |isbn = 978-4-7687-0570-4 |ref = {{SfnRef|千葉|2021}} }} *{{Cite book ja-jp |author = 荒井 迅 |title = 常微分方程式の解法 |url = https://www.kyoritsu-pub.co.jp/book/b10003676.html |series = 共立講座 数学探検 15 |publisher = 共立出版 |edition= 初版 |year = 2020 |isbn = 978-4-320-11188-2 |ref = {{SfnRef|荒井|2020}} }} *{{Cite book ja-jp |author = 伊藤 秀一 |title = 常微分方程式と解析力学 |url = https://www.kyoritsu-pub.co.jp/book/b10011768.html |series = 共立講座 21世紀の数学 11 |publisher = 共立出版 |edition = 初版 |year = 1998 |isbn = 4-320-01563-0 |ref = {{SfnRef|伊藤|1998}} }} *{{Cite book ja-jp |author = 今 隆助・竹内 康博 |title = 常微分方程式とロトカ・ヴォルテラ方程式 |url = https://www.kyoritsu-pub.co.jp/book/b10003115.html |publisher = 共立出版 |year = 2018 |edition = 初版 |isbn = 978-4-320-11348-0 |ref= {{SfnRef|今・竹内|2018}} }} *{{Cite book ja-jp |author = 丹羽 敏雄 |title = 微分方程式と力学系の理論入門 ―非線形現象の解析にむけて― |publisher = 遊星社 |edition = 増補版 |year = 2004 |isbn = 4-7952-6900-9 |ref = {{SfnRef|丹羽|2004}} }} *{{Cite book ja-jp |author = C. ロビンソン |title = 力学系 上 |translator = 國府 寛司・柴山 健伸, 岡 宏枝 |publisher = シュプリンガー・フェアラーク東京 |year = 2001 |isbn = 4-431-70825-1 |ref = {{SfnRef|ロビンソン|2001}} }} *{{Cite book ja-jp |author = 國府 寛司 |title = 力学系の基礎 |series = カオス全書2 |publisher = 朝倉書店 |year = 2000 |edition = 初版 |isbn = 4-254-12672-7 |ref = {{SfnRef|國府|2000}} }} *{{Cite book ja-jp |author = E. N. Lorenz |title = ローレンツカオスのエッセンス |translator = 杉山 勝・ 杉山 智子 |url = https://www.kyoritsu-pub.co.jp/book/b10011740.html |publisher = 共立出版 |year = 1997 |isbn = 4-320-00895-2 |ref = {{SfnRef|Lorenz|2001}} }} *{{Cite book ja-jp |author = 齋藤 利弥 |title = 力学系以前 ―ポアンカレを読む― |publisher = 日本評論社 |edition= 第1版 |year = 1984 |series = 数セミ・ブックス 9 |ref = {{SfnRef|齋藤|1984}} }} *{{Cite book ja-jp |author = 森 真・水谷 正大 |title = 入門力学系 ―自然の振舞いを数学で読みとく― |url = http://www.tokyo-tosho.co.jp/books/ISBN978-4-489-02050-6.html |publisher = 東京図書 |year = 2009 |isbn = 978-4-489-02050-6 |ref = {{SfnRef|森・水谷|2009}} }} *{{Cite book ja-jp |author = Steven H. Strogatz |translator = 田中 久陽・中尾 裕也・千葉 逸人 |title = ストロガッツ 非線形ダイナミクスとカオス ―数学的基礎から物理・生物・化学・工学への応用まで― |url = https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b294857.html |publisher = 丸善出版 |year = 2015 |isbn = 978-4-621-08580-6 |ref = {{SfnRef|Strogatz|2015}} }} *{{Cite book ja-jp |author = 井上 政義・秦 浩起 |title = カオス科学の基礎と展開 ―複雑系の理解に向けて― |url = https://www.kyoritsu-pub.co.jp/book/b10010887.html |publisher = 共立出版 |edition= 初版 |year = 1999 |isbn = 4-320-03323-X |ref = {{SfnRef|井上・秦|1999}} }} *{{Cite book ja-jp |author = K.T.アリグッド;T.D.サウアー;J.A.ヨーク |translator = 星野 高志・阿部 巨仁・黒田 拓・松本 和宏 |others = 津田 一郎(監訳) |title = カオス 第1巻 力学系入門 |url = https://www.maruzen-publishing.co.jp/item/b302600.html |publisher= 丸善出版 |year= 2012 a |isbn = 978-4-621-06223-4 |ref= {{SfnRef|アリグッド、サウアー、ヨーク|2012a}} }} *{{Cite book ja-jp |author = K.T.アリグッド;T.D.サウアー;J.A.ヨーク |translator = 星野 高志・阿部 巨仁・黒田 拓・松本 和宏 |others = 津田 一郎(監訳) |title = カオス 第3巻 力学系入門 |url = https://www.maruzen-publishing.co.jp/book/b10111432.html |publisher= 丸善出版 |year= 2012 b |isbn = 978-4-621-06540-2 |ref= {{SfnRef|アリグッド、サウアー、ヨーク|2012b}} }} *{{Cite journal ja-jp |author = 柴山 允瑠 |year = 2016 |title = 重点解説 ハミルトン力学系 ―可積分系とKAM理論を中心に― |url = https://www.saiensu.co.jp/search/?isbn=4910054701265&y=2016 |journal = 臨時別冊・数理科学2016年12月 |serial = SGCライブラリ 130 |publisher = サイエンス社 |issn = 0386-8257 |ref = {{SfnRef|柴山|2016}} }} *{{Cite book ja-jp |author = ピエール・ベルゲジェ;イヴェ・ポモウ;クリスチャン・ビダル |translator = 相澤 洋二 |title = カオスの中の秩序 ―乱流の理解へ向けて |publisher = 産業図書 |year = 1992 |isbn = 4-7828-0068-1 |ref = {{SfnRef|ベルゲジェ、ポモウ、ビダル|1992}} }} *{{Cite book ja-jp |author = 松葉 育雄 |title = 力学系カオス |url = https://www.morikita.co.jp/books/book/599 |publisher = 森北出版 |edition = 第1版 |year = 2011 |isbn = 978-4-627-15451-3 |ref = {{SfnRef|松葉|2011}} }} *{{Cite book ja-jp |author = Morris W. Hirsch; Stephen Smale; Robert L. Devaney |translator = 桐木 紳・三波 篤朗・谷川 清隆・辻井 正人 |title = 力学系入門 原著第2版 ―微分方程式からカオスまで |publisher = 共立出版 |edition = 初版 |year = 2007 |isbn = 978-4-320-01847-1 |ref = {{SfnRef|Hirsch; Smale; Devaney|2007}} }} *{{Cite book ja-jp |title = 基礎からの力学系 ―分岐解析からカオス的遍歴へ― |url = https://www.saiensu.co.jp/search/?isbn=978-4-7819-1118-2&y=2005 |author = 小室 元政 |publisher = サイエンス社 |year = 2005 |edition = 新版 |isbn = 4-7819-1118-8 |ref = {{SfnRef|小室|2005}} }} *{{Cite journal ja-jp |author = 小室 元政 |year = 2016 |title = 力学系の分岐解析 ―安定状態の質的変化の分類― |journal = 計測と制御 |volume = 55 |issue = 4 |publisher = 計測自動制御学会 |doi = 10.11499/sicejl.55.305 |pages = 305–310 |ref = {{SfnRef|小室|2016}} }} *{{Cite book ja-jp |author = 船越 満明 |title = カオス |url = http://www.asakura.co.jp/books/isbn/978-4-254-11613-7/ |series = シリーズ 非線形科学入門3 |publisher = 朝倉書店 |year = 2008 |edition = 初版 |isbn = 978-4-254-11613-7 |ref = {{SfnRef|船越|2008}} }} *{{Cite book ja-jp |author = E. Atlee Jackson |translator = 田中 茂・丹羽 敏雄・水谷 正大・森 真 |title= 非線形力学の展望I ―カオスとゆらぎ |url = https://www.kyoritsu-pub.co.jp/bookdetail/9784320033252 |publisher = 共立出版 |year = 1994 |edition = 初版 |isbn = 4-320-03325-6 |ref={{SfnRef|Jackson|1994}} }} ==外部リンク== {{Commonscat}} *[https://encyclopediaofmath.org/wiki/Poincar%C3%A9_return_map Poincaré return map] - Encyclopedia of Mathematics *[https://mathworld.wolfram.com/PoincareMap.html Poincaré Map] - MathWorld *{{機械工学事典|id=01:1011973}} {{DEFAULTSORT:ほあんかれしやそう}} [[Category:力学系]] [[Category:アンリ・ポアンカレ]] [[Category:数学に関する記事]] [[Category:数学のエポニム]]
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