ポアンカレ写像

提供: testwiki
ナビゲーションに移動 検索に移動

力学系理論におけるポアンカレ写像(ポアンカレしゃぞう、テンプレート:Lang-en-short)とは、連続力学系を離散力学系に簡約化する方法の一つテンプレート:Sfn。特に周期軌道カオス的軌道のような、何度も回り続けるような流れを調べるに効果を発揮するテンプレート:Sfn

アンリ・ポアンカレによって、天体力学の研究の中で導入されたテンプレート:Sfn。ポアンカレ写像のアイデアは、1881年から1886年にかけて発表された論文「微分方程式によって定義される曲線について」の中に見られるテンプレート:Sfn

趣旨と利点と限界

力学系とは、簡単に言うと、状態が時間とともに変化するシステムで、その変化の法則が決定論的な形で与えられているものであるテンプレート:Sfn。力学系は、実数 テンプレート:Math で表される連続的な時間で変化を記述するものがあり、連続力学系流れと呼ばれるテンプレート:Sfn。通常、連続力学系は微分方程式ないしベクトル場で変化の法則が与えれるテンプレート:Sfn。連続力学系の例として、独立変数テンプレート:Math従属変数テンプレート:Math とする次のような常微分方程式を考えるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn

{dXdt=f1(X,Y,Z)dYdt=f2(X,Y,Z)dZdt=f3(X,Y,Z)

この式を、テンプレート:Math を1つの列ベクトルと見なして次のようにも表すテンプレート:Sfn

dxdt=f(x)
x=(X,Y,Z)
dxdt=(dXdt,dYdt,dZdt)
f=(f1,f2,f3)

上記の微分方程式に対し、従属変数 テンプレート:Math座標軸とする3次元空間を考えることができ、相空間と呼ばれるテンプレート:Sfn。微分方程式の一つの解は相空間内の一つの曲線として表され、この曲線は連続力学系の軌道と呼ばれるテンプレート:Sfn

一方で、相空間が3次元あるいはそれ以上の次元になると、軌道の追跡やアトラクターの構造解明には困難が伴い、軌道を描くことも難しくなるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfnアンリ・ポアンカレは、このような連続力学系の軌道を見るための単純化の手法を発見した。3次元相空間の中にとある2次元平面を設定し、その平面を軌道が通過する点(平面と軌道の交点)を記録する。これらの平面上の点には、元の連続力学系の軌道の多くの情報が含まれており、元の軌道全体を調べる代替となりうる。平面上の点 テンプレート:Mvar で軌道が通過した次に、平面上の点 テンプレート:Mvar で通過するとすれば、点 テンプレート:Mvar を点 テンプレート:Mvar へ写すの写像 テンプレート:Math が定義できる。このような写像 テンプレート:Mvarポアンカレ写像と呼ぶテンプレート:Sfn。相空間内で指定された1つの平面の方は、ポアンカレ断面などと呼ばれるテンプレート:Sfn

連続力学系のほかに、力学系には整数 テンプレート:Math自然数 テンプレート:Math で表される離散的な時間で変化を記述するものもあり、離散力学系と呼ばれるテンプレート:Sfn。一般的に、離散力学系は差分方程式

xn+1=f(xn)

ないし、相空間 テンプレート:Mvar から テンプレート:Mvar への写像

f:MM

で変化の法則が与えられるテンプレート:Sfn。連続力学系の軌道が点の連続な変化として与えられるのに対し、離散力学系の軌道は テンプレート:Mathテンプレート:Math という形で与えられる飛び飛びの点となるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。ここで テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarテンプレート:Mvar反復合成を表す。

微分方程式の軌道とポアンカレ断面の交点を時間の順序に並べて テンプレート:Math と表すと、ポアンカレ写像 テンプレート:Mvar によって

xn+1=P(xn)

という離散力学系が定めることができるテンプレート:Sfn。ポアンカレ断面上の交点 テンプレート:Math が、ポアンカレ写像によって定義される離散力学系の軌道となるテンプレート:Sfn

ポアンカレ写像によって、連続力学系の問題を、次元が1つ低い離散力学系の問題に置き換えることができるテンプレート:Sfn。扱う問題の次元(変数)を1つ減らせるのはポアンカレ写像を考える第一の利点で、問題の研究を進めやすくするテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。また、微分方程式を扱うよりも写像を扱う方が一般的には容易いのも、ポアンカレ写像の有利な点であるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn

また、ポアンカレ写像では、元の連続力学系の軌道に対し、ポアンカレ断面以外の点は無視するテンプレート:Sfn。これにより、処理するデータ量を圧倒的に少なく抑えることができるテンプレート:Sfn。このようにポアンカレ写像は元の軌道のごく一部のみを観察する手法であるが、それでもなおポアンカレ写像の振る舞いに元の軌道の特徴(周期性、安定性、カオス性など)を残すことができるテンプレート:Sfn。後述のように、特に連続力学系の周期軌道では、その性質の多くをポアンカレ写像によって表現できるテンプレート:Sfn

しかし、任意の微分方程式に対してポアンカレ写像の構成できる一般的な方法は存在しないテンプレート:Sfn。ほとんどの場合で、ポアンカレ写像の具体的な形を書き下すのは非常に難しく、普通は不可能といってもよいテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。ポアンカレ写像の構成は、問題に応じて試行錯誤する必要があるテンプレート:Sfn。実際にポアンカレ断面上の軌道を得るには、往々にして数値計算に頼らざるを得ないテンプレート:Sfn

定式化

一般の場合

独立変数テンプレート:Math従属変数テンプレート:Math とする自律系常微分方程式

dxdt=f(x)

から生成される流れ テンプレート:Math について考えるテンプレート:Sfn。流れは点 テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar 時間後に写る点を与える写像 テンプレート:Math を意味するテンプレート:Sfn

左がベクトル場に対して横断的な テンプレート:Math の例、右が横断的ではない テンプレート:Math の例

さらに、テンプレート:Math 内でベクトル場 テンプレート:Mvar に横断的な テンプレート:Math 次元超曲面 テンプレート:Math を考える。ここで、テンプレート:Mathテンプレート:Mvar横断的であるとは、テンプレート:Math 上の任意の点 テンプレート:Mvar で、ベクトル テンプレート:Math

f(ξ)n(ξ)0

を充たすことをいうテンプレート:Sfn。ただし、テンプレート:Mathテンプレート:Mvar における テンプレート:Math直交するベクトルを、テンプレート:Math はベクトルの内積を表すテンプレート:Sfn

テンプレート:Math 上のポアンカレ写像 テンプレート:Math の説明図

そして、テンプレート:Math から出発する軌道が、テンプレート:Math 時間後にまた テンプレート:Math 上に戻って来ると仮定する。すなわち、 ある テンプレート:Math があって、テンプレート:Math であるテンプレート:Sfnテンプレート:Math 上に戻って来ることは複数ありうるので、それらのうちの最小時間を テンプレート:Math とする。このときの写像 テンプレート:Math2ポアンカレ写像であるテンプレート:Sfn。特に、テンプレート:Mvar を改めて テンプレート:Mvar と表し、

P(x)=φ(τ(x), x)

によって定まる写像 テンプレート:Math をポアンカレ写像と呼ぶテンプレート:Sfnテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。ただし、ポアンカレ写像の定義域テンプレート:Math 全体ではなく、テンプレート:Math真部分集合 テンプレート:Mvar となるのが一般であるテンプレート:Sfn

ポアンカレ写像 テンプレート:Mvar帰還写像テンプレート:Lang-en-shortテンプレート:Lang-en-short)とも呼ばれるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfnテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。横断的な曲面 テンプレート:Mathポアンカレ断面テンプレート:Lang-en-shortテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn切断面テンプレート:Lang-en-shortテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn横断面テンプレート:Lang-en-shortテンプレート:Sfnテンプレート:Sfnと呼ばれる。流れによって テンプレート:Math に戻って来る最小時間 テンプレート:Math帰還時間と呼ばれるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn

周期軌道の場合

テンプレート:Math 上から出発して テンプレート:Math 上に戻って来る軌道があればポアンカレ写像は定義されるが、特に流れが周期軌道(閉曲線となる軌道)を持つときは、その周期軌道の近傍でポアンカレ写像の存在が次のように保証されるテンプレート:Sfn

周期軌道 テンプレート:Mvar 近傍のポアンカレ写像 テンプレート:Math の説明図

式 (テンプレート:EqNoteN) で定まる力学系に周期軌道が存在し、その周期軌道を テンプレート:Mvar とし、テンプレート:Mvar の周期を テンプレート:Mvar とする。周期軌道上の点 テンプレート:Math と交わるように テンプレート:Math 次元曲面 テンプレート:Math を取る。テンプレート:Mathテンプレート:Mathテンプレート:Mvar と横断的に交わるように取れば、テンプレート:Math はベクトル場 テンプレート:Mvar に横断的なポアンカレ断面になるテンプレート:Sfn

テンプレート:Math から出発する軌道は時間 テンプレート:Mvar 経過後に テンプレート:Math に戻って来るテンプレート:Sfn。また、テンプレート:Mathテンプレート:Mvar 級(テンプレート:Math)であれば、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar 級であるテンプレート:Sfn。よって、テンプレート:Math に十分近い点 テンプレート:Math から出発する軌道は、テンプレート:Math の近くに戻って来るテンプレート:Sfn。そのため、テンプレート:Math 上で テンプレート:Math の近傍 テンプレート:Math を適当に取れば、テンプレート:Mvar 上の任意の点 テンプレート:Mvar から出発する軌道が テンプレート:Math と再び交わるようにできる。こうして構成できる テンプレート:Mvar から テンプレート:Math への写像 テンプレート:Mvar がポアンカレ写像であるテンプレート:Sfn

周期的な非自律系の場合(ストロボ写像)

流れを定める常微分方程式が、次のように、時間 テンプレート:Mvar を陽に含む非自律系でなおかつ テンプレート:Mvar について周期 テンプレート:Mvar の周期性を持つ場合があるテンプレート:Sfn

dxdt=f(t, x)f(t, x)=f(t+T, x)

流れ テンプレート:Mvar を、点 テンプレート:Math における時刻 テンプレート:Math も明記して テンプレート:Math2 と書き表すとする。このとき、テンプレート:Math2 が成り立ち、テンプレート:Math で定まる写像によって

φt,0(x)=φtkT,0(ϕn(x))

が成り立つテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。また、整数全体を テンプレート:Math で表し、1次元トーラスを周期 テンプレート:Mvar によって テンプレート:Math と定義する。このとき、 テンプレート:Math拡大相空間テンプレート:Mvar をその上の流れと見なすことができるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。したがって、テンプレート:Math は、拡大相空間 テンプレート:Mathテンプレート:Math で切断面を取ったポアンカレ写像 テンプレート:Math に相当するテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn

このような非自律系のポアンカレ写像は、ストロボ写像テンプレート:Sfnテンプレート:Sfn時間 テンプレート:Mvar 写像テンプレート:Sfnテンプレート:Sfnとも呼ばれる。ストロボ写像という名は、周期的にストロボを当てるように軌道を見る方法であることに因むテンプレート:Sfn

基本的性質

微分方程式の解の一意性より、それに対するポアンカレ写像も1対1対応が成立するテンプレート:Sfn。微分方程式が定める流れ テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar 級であれば、定義よりポアンカレ写像 テンプレート:Mathテンプレート:Mvar 級で、テンプレート:Math逆写像テンプレート:Mvar 級でもあるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。よって、テンプレート:Mvar 級流れに対するポアンカレ写像は テンプレート:Mvar微分同相写像であるテンプレート:Sfn。さらに、帰還時間 テンプレート:Mathテンプレート:Mvar 級函数であるテンプレート:Sfn

ある周期軌道に対して異なるポアンカレ断面 テンプレート:Mathテンプレート:Math を取ったとする。テンプレート:Mathテンプレート:Math 上に定義されるポアンカレ写像を テンプレート:Mathテンプレート:Math と表す。このとき、テンプレート:Mathテンプレート:Math は [[位相共役|テンプレート:Mvar 共役]]の関係にあるテンプレート:Sfn。したがって、周期軌道の充分近い範囲で考える限りは、どこにポアンカレ断面を取ってもポアンカレ写像の性質は変わらないことがいえるテンプレート:Sfn

相空間が テンプレート:Math のときは、連続力学系(流れ)による軌道の種類に応じ、それに対するポアンカレ写像の軌道はおおまかに以下のような様相となる。

流れの周期軌道の安定性・分岐の特徴付け

流れによる周期軌道安定性の問題は、ポアンカレ写像の不動点の安定性の問題に帰着でき、周期軌道の安定性は、ポアンカレ写像の固有値で特徴付けできるテンプレート:Sfnテンプレート:Math 内における流れによる周期軌道を テンプレート:Mvar とし、その周期を テンプレート:Mvar とする。周期軌道上の点 テンプレート:Math から テンプレート:Mvar 後の状態を与える流れ テンプレート:Math微分 テンプレート:Math は、テンプレート:Math を必ず固有値として持つ。テンプレート:Math 以外の固有値を テンプレート:Math とすると、テンプレート:Math におけるポアンカレ写像 テンプレート:Math の微分 テンプレート:Math は同じ テンプレート:Math を持つテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn

流れの周期軌道の分岐の分類も、ポアンカレ写像の不動点の分岐に帰着し、理解することができるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。流れが周期的な非自律系の場合でも、同様にストロボ写像に帰着させることができるテンプレート:Sfn。例えばサドルノード分岐とは、安定な不動点と不安定な不動点が衝突し、不動点が消滅するという現象が起きるだが、ポアンカレ写像の不動点がサドルノード分岐を起こすとき、対応する流れの周期軌道でも不安定な周期軌道と安定な周期軌道が衝突し、周期軌道が消滅する現象が起きるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。分岐の向きが逆の場合も同様に、ポアンカレ写像の分岐と流れの周期軌道の分岐が対応付くテンプレート:Sfn

ほかの離散力学系の分岐現象であるトランスクリティカル分岐ピッチフォーク分岐周期倍分岐ネイマルク・サッカー分岐も、流れの周期軌道の分岐現象と対応付けできるテンプレート:Sfn。流れの周期軌道が周期倍分岐を起こすと、安定な周期軌道が不安定化し、その周囲に2巻きの安定周期軌道が発生するテンプレート:Sfn。2巻きの安定周期軌道の周期は、元の1巻き安定周期軌道のおよそ2倍となるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。ポアンカレ写像では、安定な不動点が不安定化し、その周囲に安定な2周期点が発生する現象となるテンプレート:Sfn

出典

テンプレート:Reflist

参照文献

外部リンク

テンプレート:Commonscat