マグマ (数学)のソースを表示

{{代数的構造}}
[[抽象代数学]]における'''マグマ'''（{{lang-en-short|magma}}）または'''亜群'''（あぐん、{{en|groupoid}}）とは、一つの[[集合]]と、その集合上に[[閉性|閉じて]]定義された一つの[[二項演算]]で構成される組（[[代数的構造]]）である。

このような構造に「マグマ」という呼称を導入したのは[[ニコラ・ブルバキ]]である。旧来は{{ill|オイステイン・オア|en|Øystein Ore}}による用語で'''亜群'''（{{en|groupoid}}）と呼ばれていたもので、現在でもしばしばそのように呼ばれる。（ただし、[[圏論]]において、「{{ill|亜群_(圏論)|label = 亜群|en|Groupoid}}（{{en|groupoid}}）」と呼ばれる全く別の概念もある。）
{{Group-like structures}}

== 定義 ==
マグマ (''M'', ''μ'') とは、集合 ''M'' と、''M'' 上での'''閉性'''（''M'' の元 ''a'', ''b'' のどの組み合わせについても、''μ''(''a'', ''b'') がまた ''M'' の元であること）を満たす二項演算 ''μ'' を、組として考えたものである。二項演算 ''μ'' は、集合 ''M'' 上での閉性のほかに[[公理]]を課されない。

演算が明らかで紛れのおそれが無いときは、演算の記号を落として台集合の記号のみによってマグマ ''M'' などとも表す。しばしば二項演算 ''μ'' はマグマ ''M'' における'''乗法'''とも呼ばれ、このときの演算結果 ''μ''(''a'', ''b'') は ''a'' と ''b'' との'''積'''という<ref group="*">数の[[乗法]]および[[積]]の用語を流用したものではあるが、一般にはそれらの概念と直接的な関係は無い。</ref>。また、誤解のおそれが無いならば積 ''μ''(''a'', ''b'') は演算記号を省略してしばしば ''ab'' と書かれる。演算記号が省略されている場合に、マグマが台集合と演算の対であることを明示するには[[メタ構文変数|プレースホルダ]]を用いて (''M'', &middot;) のように書かれる。

演算 ''&mu;'' が[[偏演算]]（局所演算、部分演算）ならば、(''M'', ''&mu;'') を局所マグマ（偏マグマ）という<ref group="*">写像ではなく、定義域と始域が一致しない部分写像（{{en|partial function}}）となっているような演算を偏演算（{{en|partial operation}}）という。"partial" には「部分」「偏」などの訳語が当てられることが多いが、これを「部分マグマ」とよぶと "submagma" と紛らわしい。{{harv|田村|1972}} では「偏亜群」等</ref>。

=== 部分マグマ ===
マグマ (''M'', ''μ'') の台集合 ''M'' の部分集合 ''N'' が ''μ'' とマグマを成すならば、マグマ (''N'', ''μ'') を (''M'', ''μ'') の'''部分マグマ'''（{{en|submagma}}）という。

=== マグマ準同型 ===
ふたつのマグマ (''M'', ''&mu;''), (''N'', ''&nu;'') の間の[[準同型写像]]（{{en|magma morphism/homomorphism}}）または'''マグマ準同型'''とは写像 ''f'': ''M'' &rarr; ''N'' であって、

:<math>f(\mu(x,y)) = \nu(f(x),f(y))</math>

なる意味でマグマの二項演算を保つものをいう。マグマ準同型 ''f'': ''M'' &rarr; ''N'' が[[全単射]]ならば ''f'' の[[逆写像]] ''f''{{sup-|1}} ''N'' &rarr; ''M'' もまたマグマ準同型であり、''M'' と ''N'' はマグマとして同じ構造を持つと考えられる。このとき、''f''（および ''f''{{sup-|1}}）を'''マグマ同型写像'''（{{en|magma isomorphism}}）または'''マグマ同型'''と呼び、ふたつのマグマ ''M'' と ''N'' は互いに'''同型'''（{{en|isomorphic}}）であるという。

=== マグマ合同と剰余マグマ ===
マグマ (''M'', ''&mu;'') と台集合 ''M'' 上の[[同値関係]] &sim; が与えられているとき、同値関係 &sim; が'''マグマ合同'''であるとは
: <math>x\sim y,\, u\sim v \Longrightarrow \mu(x,u) \sim \mu(y,v)</math>
が任意の ''x'', ''y'', ''u'', ''v'' &isin; ''M'' に対して成り立つという意味でマグマ演算 ''&mu;'' と両立することをいう。&sim; がマグマ合同であるとき、&sim; による[[同値類|合同類]]の全体
: <math>M/{\sim} := \{[x] \mid x\in M\} \quad ([x] := \{z \in M \mid x\sim z\})</math>
に二項演算 ''&mu;''{{'}} が
: <math>\mu'([x], [u]) := [\mu(x,u)]</math>
とおくことにより[[well-defined|矛盾なく定まり]]、(''M''/&sim;, ''&mu;''{{'}}) は再びマグマを成す。これをマグマ ''M'' のマグマ合同 &sim; による'''剰余マグマ'''（{{en|residue class magma}}）、'''商マグマ'''（{{en|quotient magma}}）、'''因子マグマ'''（{{en|factor magma}}）などと呼ぶ。

== 結合順序の組合せ論 ==

一般の非結合的な場合のマグマ演算を繰り返し反復適用することを考え、演算を適用する対を表すのに[[パーレン|括弧]]を用いる。演算を繰り返して得られた[[文字列]]は、マグマの元を表す記号と開閉の対応のとれた括弧からなるものとなる。対応のとれた括弧からなる可能な限りの文字列全体の成す集合は[[ディック言語|ダイク言語]]と呼ばれる。マグマ演算を ''n''-回適用して得られる相異なる文字列の総数は[[カタラン数]] ''C''<sub>''n''</sub> で与えられる。したがって例えば、''C''<sub>2</sub> = 2 であることから、マグマの三つの元に二回演算を適用するときの組合せは
: (''ab'')''c'' または ''a''(''bc'')
のふた通りしかないことがわかる。  

表記の簡略化のためしばしば括弧の数を減らすことが行われる。これは演算を適用する場所でだけ文字を併置することで実現される。たとえば、マグマ演算を[[中置記法]]で &lowast; とすると、''xy'' &lowast; ''z'' が  (''x'' &lowast; ''y'')&lowast; ''z'' の簡略表示である。さらなる簡略化は空白の挿入・抜取によるもので、例えば、''xy''&lowast;''z'' &lowast; ''wv'' によって  ((''x'' &lowast; ''y'') &lowast; ''z'') &lowast; (''w'' &lowast; ''v'') が表せる。もちろん、もっと複雑な式に対しては、括弧の使用は不可避のものとなる。括弧の使用を完全に避ける方法としては、演算を[[中置記法]]で記すのではなく、[[前置記法]]や[[後置記法]]によればよい。

== 自由マグマ ==
集合 ''X'' 上の'''[[自由マグマ]]'''（{{en|free magma}}）とは集合 ''X'' から生成されるマグマのうち「可能な限り最も一般」なもの（つまり、元を生成するときに、生成された元の間に何の関係や公理も課さないという意味で[[自由対象|自由な]]マグマ）をいう。これは、''X'' を[[アルファベット (計算機科学)|字母集合]]としたとき、括弧を保った非結合的な語の集合とみなすこともできる。また、[[計算機科学]]でよく用いられる概念をつかえば、自由マグマは、葉ノードがそれぞれ ''X'' の元でラベル付けられた[[二分木]]全体の集合であると見ることもできる。この見方をするとき、マグマ演算は二つの木を根と根で結合する操作に対応する。したがって、これは[[統語論 (論理学)|構文論]]において基礎的な役割を演じる。

自由マグマのもつ「可能な限り最も一般」という性質（[[普遍性]]）は次のように表すことができる。
[[File:Free module.png|200px|right|自由対象]]
: 集合 ''S'' から任意のマグマ ''M'' への写像 ''f'': ''S'' &rarr; ''M'' が与えられたとき、''f'' は ''S'' 上の自由マグマ ''F''<sub>''S''</sub> から ''M'' へのマグマ準同型<div style="margin: 1ex auto 1ex 2em;"><math>\tilde{f}\colon F_S \to M</math></div>に一意的に拡張される。

すなわち、任意のマグマはある自由マグマのマグマ準同型像（同じことだが剰余マグマ）にマグマ同型である。

{{See also|自由半群|自由群|ホール集合}}

== マグマのクラス ==
[[File:Magma to group4.svg|thumb|right|マグマから群へ:<br/>
各頂点は {{Bulleted list
| マグマ (magma)
| 準群 (quasigroup)
| 半群 (semigroup)
| ループ (loop)
| モノイド (monoid)
| 群 (group)
}}各矢印は{{Bulleted list
| 可除性 (divisibility)
| 結合性 (associativity)
| 単位元をもつ (identity)
| 可逆性 (invertibility)
}}
可除性も可逆性も[[簡約法則|消約性]]の成立を含意することに注意。
]]
一般には、マグマをそのままマグマとして調べるということはまずあり得ず、代わりに（部分的なクラスに分けるために）マグマの二項演算に適当な公理を課した、いくつかの別な種類の代数系として調べることになる。よく知られたクラスの、特別な名前が付いている代数系としては
* [[準群]]: [[空集合|空]]でないマグマで除法が常にできるもの。
* [[準群#ループ|ループ]]: [[単位元]]を持つ準群。単位的準群。
* [[半群]]: 演算が[[結合法則|結合的]]なマグマ。
* [[モノイド]]: 単位元をもつ半群。単位的半群。
* [[群 (数学)|群]]: [[逆元]]を持つモノイド。
* [[アーベル群]]: 演算が[[交換法則|可換]]な群。
といったようなものを挙げることができる。もちろん、特別な呼び方はなくとも、可換マグマや可換モノイドといったような代数系のクラスもしばしば扱われる。

=== 更なる定義 ===
マグマ ''M'' が、<ref group="*">各訳語はおおかた {{harv|田村|1972}} に従った。</ref>

* '''[[単位元|単位的]]'''（{{en|unital}}）であるとは、それが単位元を持つときにいう。
* '''[[中可換マグマ|中可換]]'''（{{en|medial}}）であるとは、恒等式 (''xy'')(''uz'') = (''xu'')(''yz'') を満たすときにいう。
* '''左半中可換'''（{{en|left semimedial}}）であるとは、恒等式 (''xx'')(''yz'') = (''xy'')(''xz'') を満たすときにいう。
* '''右半中可換'''（{{en|right semimedial}}）であるとは、恒等式 (''yz'')(''xx'') = (''yx'')(''zx'') が満たされるときにいう。
* '''[[半中可換]]'''（{{en|semimedial}}）であるとは、左中可換かつ右中可換であるときにいう。
* '''左分配的'''（{{en|left distributive}}）であるとは、恒等式 ''x''(''yz'') = (''xy'')(''xz'') を満たすときにいう。
* '''右分配的'''（{{en|right distributive}}）であるとは、恒等式 (''yz'')''x'' = (''yx'')(''zx'') が満足されるときにいう。
* '''[[分配法則|両側分配的]]'''（{{en|autodistributive}}）であるとは、左分配的かつ右分配的であるときにいう。
* '''[[可換]]'''（{{en|commutative}}）であるとは、''xy'' = ''yx'' なる恒等式が成立するときにいう。
* '''[[冪等]]'''（{{en|idempotent}}）であるとは、''xx'' = ''x'' が恒等的に成り立つときに言う。
* '''[[単冪]]'''（{{en|unipotent}}）であるとは、恒等的に ''xx'' = ''yy'' となるときにいう。
* '''[[零冪]]'''（{{en|zeropotent}}）であるとは、恒等式 (''xx'')''y'' = ''y''(''xx'') = ''xx'' が成立するときにいう。
* '''左交代的'''（{{en|left-alternative}}）であるとは、恒等式 (''xx'')''y'' = ''x''(''xy'') が成立するときにいう。
* '''右交代的'''（{{en|right-alternative}}）であるとは、恒等式 ''y''(''xx'') = (''yx'')''x'' が成立するときにいう。
* '''{{仮リンク|交代的|en|alternativity}}'''（{{en|alternative}}）であるとは、左交代的かつ右交代的であるときにいう。
* '''[[冪結合的]]'''（{{en|power-associative}}）であるとは、その任意の元の生成する部分マグマが必ず結合的となるときにいう。
* '''左消約的'''（{{en|left-cancellative}}）であるとは、等式 ''xy'' = ''xz'' から常に ''y'' = ''z'' が帰結できるときにいう。
* '''右消約的'''（{{en|right-cancellative}}）であるとは、等式 ''yx'' = ''zx'' から ''y'' = ''z'' が常に帰結されるときにいう。
* '''[[消約的]]'''（{{en|cancellative}}）であるとは、それが左消約的かつ右消約的となるときにいう。
* '''[[半群]]'''（{{en|semigroup}}）または'''[[結合的]]'''（{{en|associative}}）であるとは、''x''(''yz'') = (''xy'')''z'' が恒等式であるときにいう。
* '''左零付き半群'''({{en|semigroup with left zeros}})であるとは、''x'' = ''xy'' を恒等的に満足する元 ''x'' が存在するときにいう。
* '''右零付き半群'''({{en|semigroup with right zeros}})であるとは、''x'' = ''yx'' が恒等的に成立するような元 ''x'' がとれるときにいう。
* '''[[零半群]]''' {{en|semigroup with zero multiplication, null semigroup}} であるとは、恒等式 ''xy'' = ''uv'' を満たすときにいう。
* ''left [[Unar (mathematics)|unar]]'' であるとは、恒等式 ''xy'' = ''xz'' が満足されるときにいう。
* ''right unar'' であるとは、''yx'' = ''zx'' なる恒等式が成立するときにいう。
* ''[[trimedial]]'' であるとは、その任意の三元（必ずしも相異なる必要はない）が生成する部分マグマが中可換であるときにいう。
* ''[[entropic (algebra)|entropic]]'' であるとは、ある中可換消約マグマの準同型像となっているときにいう。

== 一般化 ==
{{仮リンク|多項群|en|n-ary group}}を見よ。

== 関連項目 ==
* {{仮リンク|マグマ圏|en|Magma category}}
* {{仮リンク|マグマ対象|en|Auto magma object}}
* [[普遍代数学]]
* [[Magma (数式処理システム)]]
* {{仮リンク|可換マグマ|en|commutative magma}}
* [[代数的構造]]

== 注記 ==
<div class="references-small"><references group="*" /></div>

== 参考文献 ==
<references />
* {{SpringerEOM|title=Magma|author=M. Hazewinkel|urlname=Magma}}
* {{SpringerEOM|title=Free magma|author=M. Hazewinkel|urlname=Free_magma}}
* {{mathworld|urlname=Groupoid|title=Groupoid}}
* {{cite book|和書|author=田村孝行|title=半群論|year=1972|publisher=共立出版}}

== 外部リンク ==
* {{nlab|id=magma}}
* [http://www.math.sci.hiroshima-u.ac.jp/~m-mat/TEACH/daisu-nyumon.pdf 代数系への入門 (PDF)]: 広島大学 2004-2009各年度代数学講義用レジュメ、松本研究室
* [http://www.hyuki.com/girl/convolution.pdf 『数学ガール』ミルカさんとコンボリューション (PDF)]: [[結城浩]]著、物語形式の数学読物のシリーズの一作。括弧のつけ方がテーマの回。とくに3節と7節およびあとがき。

{{DEFAULTSORT:まくま}}
[[Category:非結合代数]]
[[Category:二項演算]]
[[Category:抽象代数学]]
[[Category:代数的構造]]
[[Category:数学に関する記事]]