交換子部分群のソースを表示

[[数学]]、特に[[抽象代数学]]における[[群 (数学)|群]]の'''交換子部分群'''（こうかんしぶぶんぐん、{{lang-en-short|''commutator subgroup''}}）あるいは'''導来部分群'''（どうらいぶぶんぐん、{{lang-en-short|''derived subgroup''}}）とは、[[交換子]]全体が[[群の生成集合|生成]]する[[部分群]]である{{sfn|Dummit|Foote|2004}}{{sfn|Lang|2002|p={{google books quote|id=Fge-BwqhqIYC|page=20|20}}}}。

交換子部分群は[[剰余群|商]]が[[アーベル群]]となる最小の[[正規部分群]]であるという点で重要である。すなわち、商 {{math|''G''/''N''}} がアーベル群となる必要十分条件は正規部分群 {{math|''N''}} が交換子部分群を含むことである。ある意味で交換子部分群はアーベル群との差異を表していて、交換子部分群が大きいほどアーベル群との隔たりが大きいと言える。

== 交換子 ==
{{main|交換子}}
群 {{math|''G''}} の元 {{math|''x'', ''y''}} に対し、{{math|''x''}} と {{math|''y''}} との[[交換子]]とは元
: <math> [x, y] = x^{-1}y^{-1}xy </math>
のことである。（交換子を {{math|[''x'', ''y''] {{=}} ''xyx''{{sup|&minus;1}}''y''{{sup|&minus;1}}}} と定義する流儀もある。）群の元 {{math|''x''}} と {{math|''y''}} とが可換である（つまり {{math|''xy'' {{=}} ''yx''}} が成り立つ）必要十分条件は交換子 {{math|[''x'', ''y'']}} が単位元 {{math|''e''}} と等しいことである。可換とは限らない一般の場合には {{math|''xy'' {{=}} ''yx''[''x'', ''y'']}} が成り立つ。

群 {{mvar|G}} の元 {{mvar|g}} が交換子であるとは、適当な元 {{math|''x'', ''y''}} を取って {{math|''g'' {{=}} [''x'', ''y'']}} と書けることを言う。単位元 {{math|''e'' {{=}} [''e'', ''e'']}} は常に交換子であり、これが唯一の交換子となるための必要十分条件は {{math|''G''}} が[[アーベル群]]であることである。

ここに単純だが有用な交換子恒等式を挙げる。以下 {{math|''x'', ''y'', ''z''}} は群 {{math|''G''}} の元とする。

* 反転: {{math|[''x'', ''y'']{{sup|&minus;1}} {{=}} [''y'', ''x'']}}.
* 共役: {{math|[''x'', ''y'']{{sup|''z''}} {{=}} [''x{{sup|z}}'', ''y{{sup|z}}'']}}. （{{math|''x{{sup|z}}'' {{=}} ''z''{{sup|&minus;1}}''xz''}}.）
* 任意の群準同型 {{math|''&phi;'': ''G'' → ''H''}} に対し {{math|''&phi;''([''x'', ''y'']) {{=}} [''&phi;''(''x''), ''&phi;''(''y'')]}}.
* {{math|[''xy'', ''z''] {{=}} [''x'', ''z'']{{sup|''y''}} [''y'', ''z'']}}. 同様に {{math|[''x'', ''yz''] {{=}} [''x'', ''z''] [''x'', ''y'']{{sup|''z''}}}}.

前の二つは {{math|''G''}} の交換子全体の成す部分集合が反転と共役に関して閉じていることを示すものである。三つ目の式で {{math|''H'' {{=}} ''G''}} と取れば、交換子全体の成す部分集合が {{math|''G''}} の任意の準同型で閉じていることを示すものとなる。この三つ目は実は二つ目の等式の一般化であり、実際に自己準同型 {{mvar|&phi;}} として共役変換 {{math|''x'' ↦ ''x''<sup>''s''</sup>}} を取れば二つ目が出る。

しかし交換子二つ以上の積は必ずしも交換子とは限らない。一般的な例として、[[自由群]]の元 {{math|''x'', ''y'', ''z'', ''w''}} に対して交換子の積 {{math|[''x'', ''y''] [''z'', ''w'']}} が交換子に書けないことを見ればよい。二つの交換子の積が交換子とならない最小位数の有限群は位数 96 であることが知られており、実はこの性質を持つ位数 96 の群は互いに同型でないものが二種類存在する{{sfn|Suárez-Alvarez}}。一方で、たとえば有限非可換単純群の場合には交換子の積は交換子で表せる——実際にはすべての元が交換子で表せる（Ore予想<ref>{{cite journal
    |last1              = Liebeck
    |first1             = M. W.
    |last2              = O'Brien
    |first2             = E. A.
    |last3              = Shalev
    |first3             = A.
    |last4              = Tiep
    |first4             = P. H.
    |year              = 2010
    |title               = The Ore conjecture
    |journal          = J. Eur. Math. Soc.
    |volume         = 12
    |pages           = 939–1008 
    |mr                 = 2654085
    |zbl                = 1205.20011
    |doi                = 10.4171/JEMS/220
}}</ref>）——ことが知られている。

== 定義 ==
一般に交換子が積で閉じていないことが次の定義に繋がる。群 {{mvar|G}} の交換子全体が[[群の生成集合|生成する]]部分群
: <math>[G, G] = \big\langle\left\{\, [x, y] \mid  x, y \in G \,\right\}\big\rangle</math>
を {{mvar|G}} の'''交換子部分群'''という。これを'''導来部分群'''と呼ぶこともある。交換子部分群を表す記号としては他にも
: <math> G', \quad G^{(1)}, \quad \gamma_2(G), \quad D(G) </math>
などが慣習的に用いられることがある。交換子の逆元も交換子なので、交換子部分群 {{math|[''G'', ''G'']}} の任意の元は有限個の交換子の積
: <math>[x_1, y_1][x_2, y_2] \cdots [x_n, y_n]</math>
の形に書くことができる。さらに共役に関しては、
: <math> ([x_1, y_1] \cdots [x_n, y_n])^z = [x_1^z, y_1^z] \cdots [x_n^z, y_n^z]</math>
が成立するから、交換子部分群は {{math|''G''}} の[[正規部分群]]になる。また任意の[[準同型]] {{math|''&phi;'': ''G'' → ''H''}} に対して
: <math> \varphi([x_1, y_1] \cdots [x_n, y_n]) = [\varphi(x_1), \varphi(y_1)] \cdots [\varphi(x_n), \varphi(y_n)] </math>
が成立するから、交換子部分群の準同型写像による像は交換子部分群に含まれる。これにより、交換子部分群を作る操作は群の[[圏 (数学)|圏]]における[[函手]]と見ることができる（これについて、いくらかは後述する）。また、さらに {{math|''G'' {{=}} ''H''}} と取れば、交換子部分群は {{math|''G''}} の任意の自己準同型に関して保たれることがわかる。すなわち、交換子部分群 {{math|[''G'', ''G'']}} は {{math|''G''}} の{{仮リンク|完全特性部分群|en|fully characteristic subgroup}}であり、これは単に正規であるというよりも非常に強い性質である。

交換子部分群は、群 {{math|''G''}} の元 {{math|''g''}} を積の形 {{math|''g'' {{=}} ''g''<sub>1</sub> ''g''<sub>2</sub> … ''g<sub>k</sub>''}} に書くとき、右辺の積の順番を適当に交換して単位元にすることができるような元 {{math|''g''}} の全体で生成される部分群として定義することもできる。

=== 導来列 ===
導来群を作る操作を繰り返して
:<math>G^{(0)} := G</math>
:<math>G^{(n)} := [G^{(n-1)},G^{(n-1)}] \qquad (n \in \mathbb{N})</math>
と定義する。このとき部分群 {{math|''G''<sup>(''n'')</sup>}} を '''{{mvar|n}} 次導来部分群'''、降{{仮リンク|正規列|en|normal series}}
:<math> G = G^{(0)} \triangleright G^{(1)} \triangleright G^{(2)} \triangleright \dotsb </math>
を'''導来列''' (''derived series'') と呼ぶ。これと'''{{仮リンク|降中心列|en|lower central series}}'''とを混同してはならない。降中心列の各項は {{math|''G''<sub>''n''</sub> :{{=}} [''G''<sub>''n''&minus;1</sub>, ''G'']}} であって、{{math|''G''<sup>(''n'')</sup> :{{=}} [''G''<sup>(''n''&minus;1)</sup>, ''G''<sup>(''n''&minus;1)</sup>]}} ではない。

有限群の場合には、導来列は{{仮リンク|完全群|en|perfect group}} (perfect group) で終わる（これは自明な場合も自明でない場合もある）。無限群の場合、導来群は必ずしも有限項で終わるとは限らず、[[超限再帰]]によって無限[[順序数]]項まで続けることができて'''超限導来列''' (''transfinite derived series'') となることもあるが、最終的には群の{{仮リンク|完全核|en|perfect core}}で終わる。

=== アーベル化 ===
群 {{math|''G''}} とその正規部分群 {{math|''N''}} に対し、[[剰余群]] {{math|''G''/''N''}} が[[アーベル群]]となる必要十分条件は {{math|''N''}} が交換子部分群 {{math|[''G'', ''G'']}} を含むことである。 

剰余群 {{math|''G''/[''G'', ''G'']}} は群 {{math|''G''}} の'''[[アーベル化]]'''と呼ばれるアーベル群である。また剰余群としてアーベル化を得ることを、{{math|''G''}} をアーベル化すると言う{{sfn|Fraleigh|1976|p=108}}。{{math|''G''}} のアーベル化は {{math|''G''<sup>ab</sup>}} や {{math|''G''<sub>ab</sub>}} と書かれるのが普通である。

標準的な全射 {{math|''&pi;'': ''G'' &rarr; ''G''<sup>ab</sup>}} には有用な圏論的解釈がある。つまり {{mvar|&pi;}} は
; 群からアーベル群への群準同型に対する普遍性: 任意のアーベル群 {{math|''A''}} と群準同型 {{math|''&phi;'': ''G'' → ''A''}} に対し、群準同型 {{math|''&psi;'': ''G''<sup>ab</sup> → ''A''}} で {{math|''&phi;'' {{=}} ''&psi;'' ∘ ''&pi;''}} を満たすものが一意的に存在する。
を満たす。普遍性からアーベル化 {{math|''G''<sup>ab</sup>}} は[[自然変換|自然同型]][[同型を除いて|を除いて]]一意的である。また存在性は具体的な構成 {{math|''G'' → ''G''/[''G'', ''G'']}} からわかる。このアーベル化函手は、アーベル群の圏から群の圏への包含函手の[[随伴函手|左随伴]]である。一方で[[群の中心]]はこのような函手性を持たない。

これとは別の、アーベル化 {{math|''G''<sup>ab</sup>}} の重要な解釈は、{{math|''G''}} の一次の整数係数[[ホモロジー群]] {{math|''H''<sub>1</sub>(''G'', '''Z''')}} と見做すことである。

=== 関連する群のクラス ===
* 群 {{math|''G''}} が[[アーベル群]]となる必要十分条件は、[[#導来列|導来部分群]]が自明となること（{{math|[''G'', ''G''] {{=}} {{mset|''e''}}}}）である。これは {{math|''G''}} がそのアーベル化と等しいことと言ってもよい。
* 群 {{math|''G''}} が{{仮リンク|完全群|en|perfect group}}となる必要十分条件は、導来部分群が群全体と等しいこと（{{math|[''G'', ''G''] {{=}} ''G''}}）である。これは群のアーベル化が自明となることと言ってもよい。これは上記のアーベル群の場合と「逆」になっている。
* 適当な {{math|''n'' &isin; '''N'''}} に対して、{{math|''n''}} 次導来部分群が {{math|''G''<sup>(''n'')</sup> {{=}} {{mset|''e''}}}} となるような群は[[可解群]]と呼ばれる。{{math|''n'' {{=}} 1}} のときは[[アーベル群]]であるから、可解群はアーベル群の性質を拡張した概念と考えることができる。
: 任意の {{math|''n'' &isin; '''N'''}} に対して、{{math|''n''}} 次導来部分群が{{math|''G''<sup>(''n'')</sup> &ne; {{mset|''e''}}}} となる群は'''非可解群'''と言う。
* 適当な[[順序数]]（無限でもよい）{{mvar|&alpha;}} に対して {{math|''G''<sup>(''&alpha;'')</sup> {{=}} {{mset|''e''}}}} となるような群は{{仮リンク|完全根基|en|perfect radical|label=超アーベル群}} (hypoabelian group) と言う。これは可解であることよりも弱い（{{mvar|&alpha;}} が有限順序数、つまり自然数ならば可解）。

== 例 ==
* 四次[[交代群]] {{math|''A''<sub>4</sub>}} の交換子部分群は[[クラインの四元群]]である。
* [[対称群]] {{math|''S''<sub>''n''</sub>}} の交換子部分群は[[交代群]] {{math|''A''<sub>''n''</sub>}} である。
* [[一般線形群]] {{math|''GL''{{sub|''n''}}('''C''')}} の交換子部分群は[[特殊線形群]] {{math|''SL''{{sub|''n''}}('''C''')}} である。
* {{仮リンク|四元数群|en|quaternion group}} <math>Q = \langle \,-1,i,j,k\mid (-1)^2 = 1, \;i^2 = j^2 = k^2 = ijk = -1 \,\rangle</math> の交換子部分群は {{math|[''Q'', ''Q''] {{=}} {{mset|1, &minus;1}}}} である。
* [[弧状連結]][[位相空間]] {{math|''X''}} の[[基本群]] {{math|{{π}}<sub>1</sub>(''X'')}} の交換子部分群は、整係数一次[[特異ホモロジー群]] {{math|''H''<sub>1</sub>(''X''; '''Z''')}} の上への自然な準同型の[[核 (代数学)|核]]である。言い換えると、{{math|{{π}}<sub>1</sub>(''X'')}} のアーベル化は {{math|''H''<sub>1</sub>(''X''; '''Z''')}} に[[自然に同型]]である。

=== 外部自己同型群からの準同型 ===
導来部分群は[[特性部分群]]ゆえ、{{math|''G''}} の任意の自己同型はそのアーベル化の自己同型を引き起こす。また、アーベル化はアーベル群ゆえ、内部自己同型は自明に作用する。従って準同型定理から準同型写像
:<math>\operatorname{Out}(G) \to \operatorname{Aut}(G^{\text{ab}})</math>
が得られる。

== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
{{reflist|30em}}

== 参考文献 ==
* {{ citation | last1 = Dummit | first1 = David S. | last2 = Foote | first2 = Richard M. | title = Abstract Algebra | publisher = [[John Wiley & Sons]] | year = 2004 | edition = 3rd | isbn = 0-471-43334-9 }}
* {{ citation | first1 = John B. | last1 = Fraleigh | year = 1976 | isbn = 0-201-01984-1 | title = A First Course In Abstract Algebra | edition = 2nd | publisher = [[Addison-Wesley]] | location = Reading }}
* {{citation | last = Lang | first = Serge | authorlink = Serge Lang | title = Algebra | publisher = [[Springer Science+Business Media|Springer]] | series = [[Graduate Texts in Mathematics]] | year = 2002 | isbn = 0-387-95385-X | url = {{google books|Fge-BwqhqIYC|plainurl=yes}} }}
* {{ cite web | url = http://math.stackexchange.com/questions/7811/derived-subgroups-and-commutators | first = Mariano | last = Suárez-Alvarez | title = Derived Subgroups and Commutators | accessdate=2014-02-19 }}

== 関連項目 ==<!--項目の50音順-->
*[[移送 (群論)|移送]]
*[[可解群]]
*[[冪零群]]

== 外部リンク ==
*{{Kotobank|交換子群|2=ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典}}
*{{MathWorld|title=Commutator Subgroup|urlname=CommutatorSubgroup|last=Rowland |first=Todd }}
*{{SpringerEOM|title=Commutator subgroup|id=Commutator_subgroup}}
{{DEFAULTSORT:こうかんしふふんくん}}<!--カテゴリの50音順-->
{{Normdaten}}
[[Category:群論]]
[[Category:数学に関する記事]]