優秀環のソースを表示

[[可換環論]]の'''優秀環'''（ゆうしゅうかん、{{lang-en-short|excellent ring}}）、または'''エクセレント環'''とは、[[ネーター環|ネーター]]な[[可換環]]であって[[完備化_(環論)|完備化]]の操作に関して振る舞いがよく、さらに[[鎖状環|強鎖状]]であるもののことをいう。また、強鎖状以外の条件を満たす環のことを'''準優秀環'''、または'''準エクセレント環'''という。優秀環は、[[数論]]や[[代数幾何学]]に現れるほとんどの[[環_(数学)|環]]を含み、かつ振る舞いのよい自然な環のクラスを探求する中で生まれた。ネーター環がそのクラスだと考えられていた頃もあったようだが、一般のネーター環は必ずしも振る舞いがよくないことを示す奇妙な反例が[[永田雅宜]]らによって複数発見された。例えば、正規ネーター[[局所環]]は必ずしも{{仮リンク|解析的正規|en|analytically normal}}ではない。

優秀環のクラスは、振る舞いのよい環のクラスの候補として[[アレクサンドル・グロタンディーク]]によって1965年に定義された。準優秀環上では[[特異点解消]]問題を解くことができるだろうと[[予想 (数学)|予想]]されている。[[標数]]0の場合には[[広中平祐]]によってこれは示されている{{Sfn|Hironaka|1964}}が、正標数の場合は大きな未解決問題として残されている（2016年）。基本的には、代数幾何学や数論に自然に現れるネーター環はすべて優秀である。優秀ではないネーター環の例を構成するのはかなり難しい。

==定義==

優秀環の定義は非常に込み入っているため、まず優秀環の定義に必要な各種の技術的な条件を復習しなければならない。優秀環であるためには非常に多くの条件を満たす必要があるように見えるかもしれないが、実際にはほとんどの環は優秀である。例えば、[[可換体|体]]や[[多項式環]]、[[完備化 (環論)|完備]]なネーター環、標数0の[[デデキント環]]（<math>\mathbb{Z}</math> など）、そしてこれらの[[剰余環|商]]や[[環の局所化|局所化]]を取ったものは全て優秀である。

=== 定義の準備 ===

*体 <math>k</math> を含む環 <math>R</math> が <math>k</math> 上'''{{仮リンク|幾何学的に正則|en|geometrically regular}}'''とは、<math>k</math> の任意の[[有限次拡大]] <math>K</math> に対して環 <math>R\otimes_kK</math> が[[正則環|正則]]であることをいう。

*環の[[環準同型|準同型]] <math>R \to S</math> が'''正則'''であるとは、[[平坦加群|平坦]]かつ全ての <math>\mathfrak{p} \in \text{Spec}(R)</math> に対してファイバー <math>S\otimes_R\kappa(\mathfrak{p})</math> が <math>\mathfrak{p}</math> の剰余体 <math>\kappa(\mathfrak{p})</math> 上幾何学的に正則であることをいう。

*環 <math>R</math> が'''{{仮リンク|G環|label=G環|en|G-ring}}'''<ref name="stacks.math.columbia.edu">
{{Cite web|title=Section 15.49 (07GG): G-rings—The Stacks project|url=https://stacks.math.columbia.edu/tag/07GG|access-date=2020-07-24|website=stacks.math.columbia.edu}}
</ref>（または'''グロタンディーク環'''）であるとは、ネーターかつその形式的ファイバーが幾何学的に正則であることをいう。これは、任意の <math>\mathfrak{p} \in \text{Spec}(R)</math> に対して、その局所化から完備化への準同型 <math>R_\mathfrak{p} \to \hat{R_\mathfrak{p}}</math> が先の意味で正則であるという意味である。

最後に、環が{{仮リンク|J-2環|label='''J-2'''|en|J-2 ring}}であるとは、任意の有限型 <math>R</math> 代数 <math>S</math> が'''J-1'''であること、つまり正則部分スキーム
<math>\text{Reg}(\text{Spec}(S)) \subset \text{Spec}(S)</math>
が開であることをいう<ref>
{{Cite web|title=Section 15.46 (07P6): The singular locus—The Stacks project|url=https://stacks.math.columbia.edu/tag/07P6|access-date=2020-07-24|website=stacks.math.columbia.edu}}
</ref>。

=== 優秀環と準優秀環の定義 ===

環
<math>R</math>
がG環かつJ-2環であるとき'''準優秀'''という。さらに、[[鎖状環|強鎖状]]であるとき'''優秀'''という<ref>{{Citation | title=Stacks Project, Tag 07QT| url=https://stacks.math.columbia.edu/tag/07QT}}</ref><ref name=":0">
{{Cite journal|last=Grothendieck|first=Alexander|date=1965|title=Éléments de géométrie algébrique : IV. Étude locale des schémas et des morphismes de schémas, Seconde partie|url=http://www.numdam.org/item/PMIHES_1965__24__5_0/|journal=Publications Mathématiques de l'IHÉS|language=en|volume=24|pages=5–231}}</ref><sup>pg 214</sup>。実際上のほとんどのネーター環は強鎖状なので、優秀環と準優秀環の差は大きくない。

'''スキーム'''が優秀、または準優秀であるとは、この性質を持つ開アフィン部分スキームによる被覆を持つことをいう。このとき、任意の開アフィン部分スキームは同様の性質を持つ。

== 性質 ==

優秀環
<math>R</math>
はG環なので<ref name="stacks.math.columbia.edu"/>、定義より[[ネーター環]]である。強鎖状なので、任意の2つの[[素イデアル]]を結ぶ素イデアルの極大鎖はすべて同じ長さを持つ。{{要検証|=このことはこの環の次元の研究に便利である。ある特定の極大鎖によって次元を抑えられるからである。実際これは、素イデアルの極大鎖の帰納的定義を持つ無限次元ネーター環<ref>
{{Cite web|title=Section 108.14 (02JC): A Noetherian ring of infinite dimension—The Stacks project|url=https://stacks.math.columbia.edu/tag/02JC|access-date=2020-07-24|website=stacks.math.columbia.edu}}
</ref>は作れないことを意味する。|date=2021年11月}}

=== スキーム ===

優秀スキーム <math>X</math> に対して局所的に有限型な射 <math>f:X'\to X</math> があったとすると、<math>X'</math> は優秀である<ref name=":0" /><sup>pg 217</sup>。

=== 準優秀環 ===

準優秀環は{{仮リンク|永田環|en|Nagata ring}}<ref>{{Citation | title=Stacks Project, Tag 07QV| url=https://stacks.math.columbia.edu/tag/07QV}}</ref>。

準優秀かつ[[被約環|被約]]な局所環は{{仮リンク|解析的被約|en|analytically reduced}}。

準優秀かつ[[正規環|正規]]な局所環は{{仮リンク|解析的正規|en|analytically normal}}<ref>{{Citation | title=Stacks Project, Tag 0C23| url=https://stacks.math.columbia.edu/tag/0C23}}</ref>。

==例==

===優秀環===

以下の例に示されるように、数論や代数幾何学に自然に現れるほとんどの可換環は優秀である。

*全ての完備ネーター局所環は優秀<ref>{{Citation | title=Stacks Project, Tag 07QW| url=https://stacks.math.columbia.edu/tag/07QW}}</ref>。体や [[P進数|{{math|''p''}} 進整数]]の環 {{math|'''Z'''<sub>''p''</sub>}} など。

*全ての標数{{math|0}}のデデキント環は優秀。特に、[[整数]]環 {{math|'''Z'''}} は優秀である。標数が{{math|1=0}}より大きい体上のデデキント環は優秀とは限らない。

*[[実数体]] {{math|'''R'''}} や[[複素数体]] {{math|'''C'''}} 上の有限個変数の[[収束級数|収束]][[冪級数]]の環は優秀<ref>EGA IV<sub>2</sub>, p. 217 に「収束冪級数環が優秀であることを§18で見る」とある。ただし、§18に該当する記述は見当たらなかった。</ref>。

*優秀環の局所化は優秀<ref name="#1">{{Citation | title=Stacks Project, Tag 07QU| url=https://stacks.math.columbia.edu/tag/07QU}}</ref>。

*優秀環上有限生成な環は優秀<ref name="#1"/>。したがって優秀環 <math>R</math> 上多項式で生成される環 <math>R[x_1,\ldots, x_n]/(f_1,\ldots,f_k)</math> は優秀である。これは代数幾何学で考察の対象になるほとんどの環は優秀であることを意味する。

=== G環ではないJ-2環 ===

標数 {{math|''p'' &gt; 0}} で次元が{{math|1}}の[[離散付値環]]
{{math|''A''}}
で{{math|J-2}}であるが{{math|G}}環ではない、したがって準優秀でもない環の例を挙げる。{{math|''k''}} を標数
{{math|''p''}}
の体で
{{math|1=[''k'' : ''k''<sup>''p''</sup>] = ∞}}
となるものとする。冪級数 {{math|Σ''a''<sub>''i''</sub>''x''<sup>''i''</sup>}} で
{{math|[''k''<sup>''p''</sup>(''a''<sub>0</sub>, ''a''<sub>1</sub>, ...) : ''k''<sup>''p''</sup>]}}
が有限になるもの全体の環を
{{math|''A''}}
とする。{{math|''A''}} の形式的ファイバーは幾何学的に正則にならないので、{{math|''A''}}
は{{math|G}}環ではない。次元が{{math|1}}以下の全てのネーター局所環は{{math|J-2}}環なので、これは{{math|J-2}}環である。また、これはデデキント環なので強鎖状である。ここで、{{math|''k''<sup>''p''</sup>}} は[[フロベニウス自己準同型|フロベニウス射]]
{{math|''a'' → ''a''<sup>''p''</sup>}}
による
{{math|''k''}}
の像である。

===J-2環ではないG環===

G環だがJ-2環ではなく、したがって準優秀でもない環の例を挙げる。無限に多くの不定元を持つ多項式環 {{math|''k''[''x''<sub>1</sub>,''x''<sub>2</sub>,...]}} の[[部分環]]
{{math|''R''}}
を、全ての不定元の2乗と3乗で生成されるものとして定義し、{{math|''x''<sub>''n''</sub>}}
で生成されるどの[[イデアル_(環論)|イデアル]]にも入らない元の逆元を
{{math|''R''}}
に付け加えた環を
{{math|''S''}}
とする。{{math|''S''}}
は1次元ネーター整域でG環であるが、{{math|''S''}}
の全ての閉点は尖型特異点なので特異点の集合が閉にならず、{{math|J-1}}環ではない。この環も、任意の素イデアルでの局所化が正則環の商になるため、強鎖状である。

===優秀ではない準優秀環===

鎖状だが強鎖状ではない2次元ネーター局所環の[[鎖状環|永田の例]]はG環で、任意の局所G環はJ-2環{{harv|Matsumura|1980|loc=p.88, 260}}なのでJ-2環でもある。したがってこれは準優秀かつ鎖状な局所環だが優秀ではない環の例になっている。

==特異点解消==

準優秀環は[[特異点解消]]の問題と密接に関係している。準優秀環を定義したグロタンディークの動機<ref name=":0" /><sup>pg 218</sup>はこれだったと考えられる。グロタンディーク (1965) は、整な完備ネーター局所環の特異点を解消することが可能ならば、被約準優秀環の特異点を解消することも可能であることを観察した。[[広中平祐]] (1964) は標数0の体上の整な完備ネーター局所環に対して特異点解消が可能であることを[[証明_(数学)|証明]]した。その結果、標数0の体上の優秀スキームの特異点は解消可能であることが示された。逆に、ネーター環 {{mvar|R}} 上の整な有限代数の {{math|Spec}} の特異点を解消することが可能ならば、環 {{mvar|R}} は準優秀である<ref>EGA IV<sub>2</sub>, Proposition 7.9.5.</ref>。

== 関連項目 ==

* [[特異点解消]]

== 脚注 ==

{{Reflist|2}}

==参考文献==

*[[アレクサンドル・グロタンディーク|Alexandre Grothendieck]], [[ジャン・デュドネ|Jean Dieudonné]], [http://www.numdam.org/item?id=PMIHES_1965__24__5_0 ''Eléments de géométrie algébrique IV'']  [[Publications_Mathématiques_de_l'IHÉS]] 24 (1965), section 7
*{{springer |id=e/e036760|title=Excellent ring|author=V.I. Danilov}}
* {{citation|last=Hironaka|first= Heisuke |authorlink=Heisuke Hironaka|title=Resolution of singularities of an algebraic variety over a field of characteristic zero. I|journal= Ann. of Math. |series=  2 |volume=79|year= 1964|pages=109–203|doi=10.2307/1970486|issue=1 |jstor=1970486|mr=0199184}} and {{citation|title=part II|pages= 205–326 | jstor=1970547}}
*Hideyuki Matsumura, ''Commutative algebra'' {{ISBN2|0-8053-7026-9}}, chapter 13.

==外部リンク==

*{{Citation | author1=The Stacks Project Authors | title=The Stacks Project  | url=http://stacks.math.columbia.edu/}}

[[Category:代数幾何学]]
[[Category:可換環論]]
[[Category:数学に関する記事]]
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