単項イデアル整域のソースを表示

[[代数学]]において'''単項イデアル整域'''（たんこうイデアルせいいき、あるいは'''主イデアル整域'''、{{lang-en-short|''principal ideal domain''}}; '''PID'''）あるいは'''主環'''（しゅかん、{{lang-fr-short|anneau principal}}）とは、任意の[[イデアル]]が[[単項イデアル]]である（可換）[[整域]]のことである。

より一般に、任意のイデアルが単項イデアルであるような（零環でない）可換環を[[単項イデアル環]]と呼ぶ（この場合、整域とは限らない、つまり[[零因子]]をもつかもしれない）が、文献によっては（例えばブルバキなどでは）「主（イデアル）環」という呼称によって、ここでいう「単項イデアル整域」のことを指している場合があるので注意が必要である。
{{可換環のクラス}}

== 例 ==
単項イデアル整域の例を挙げる。以下では可換環 ''R'' の元 ''a''{{sub|1}}, …, ''a{{sub|n}}'' の生成するイデアルを (''a''{{sub|1}}, …, ''a{{sub|n}}'') = { ''r''{{sub|1}}''a''{{sub|1}} + … + ''r{{sub|n}}a{{sub|n}}'' | ''r{{sub|i}}'' ∈ ''R'' } と表す。
* '''Z''': [[整数環]]{{sfn|永尾|1986|loc=例21.6}}。
* '''Z'''[''i'']: [[ガウス整数]]環{{sfn|永尾|1986|loc=例21.6}}。
* '''Z'''[ω]: [[アイゼンシュタイン整数]]環。
* '''Z'''{{sub|(''p'')}}: 整数環の[[素イデアル]] (''p'') ≠ 0 における[[環の局所化|局所化]]{{sfn|永尾|1986|loc=問25.14.ii}}。非自明なイデアルは (''p{{sup|e}}'') の形で表せる。 
* ''K'': 任意の[[可換体|体]]。
* ''K''[''X'']: 体 ''K'' 上の一変数[[多項式環]]{{sfn|永尾|1986|loc=例21.6}}。実は逆も成り立つ（多項式環 ''A''[''X''] が PID となるならば ''A'' は体である）。
* ''K''⟦''X''⟧: 体 ''K'' 上の一変数[[形式冪級数]]環。任意の非自明なイデアルは (''X{{sup|k}}'') の形で表せる<!-- Probably true for any noetherian local ring with a principal maximal ideal.-->。


単項イデアル整域とならない整域の例を挙げる。
* '''Z'''[''X'']: 整数係数の一変数[[多項式環]]。たとえばイデアル (2, ''X'') は単項イデアルでない。
* ''K''[''X'', ''Y'']: 体 ''K'' 上の二変数多項式環{{sfn|永尾|1986|loc=問21.8}}。たとえばイデアル (''X'', ''Y'') は単項イデアルでない。

== 性質 ==
''R'' を単項イデアル整域とすると、以下の性質が成り立つ。
* 単項イデアル整域は[[ネーター環]]である{{sfn|永尾|1986|loc=定理29.5}}。
* 0 ≠ ''p'' ∈ ''R'' について次の3つは同値である：「''p'' は[[素元]]」、「(''p'') は[[素イデアル]]」、「(''p'') は[[極大イデアル]]」{{sfn|永尾|1986|loc=例題26.4}}。
* 単項イデアル整域は[[一意分解環]]である{{sfn|永尾|1986|loc=定理26.5}}。逆は成り立たない<ref group="注">体 ''K'' 上の 2 変数多項式環 ''K''[''X'', ''Y''] は一意分解環であるが、(''X'', ''Y'') は単項イデアルでない。</ref>。
* (''a''{{sub|1}}, …, ''a{{sub|n}}'') = (''d'') &hArr; ''d'' は ''a''{{sub|1}}, …, ''a{{sub|n}}'' の[[最大公約数|最大公約元]]{{sfn|永尾|1986|loc=問26.7}}
* 単項イデアル整域は[[整閉整域]]である。
* 単項イデアル整域は[[デデキント環]]である。
* [[ユークリッド環]]は単項イデアル整域である{{sfn|永尾|1986|loc=定理21.5}}。逆は成り立たない{{refnest|group="注"|ユークリッド整域でない単項イデアル整域の例として、
<math>\mathbb{Z}[(1+\sqrt{-19})/2]</math> 
が挙げられる<ref>Wilson, Jack C. "A Principal Ring that is Not a Euclidean Ring." [[Math. Mag]] '''46''' (Jan 1973) 34-38 [http://links.jstor.org/sici?sici=0025-570X(197301)46%3A1%3C34%3AAPIRTI%3E2.0.CO%3B2-U]</ref><ref>George Bergman, ''A principal ideal domain that is not Euclidean - developed as a series of exercises'' [http://math.berkeley.edu/~gbergman/grad.hndts/nonEucPID.ps PostScript file]</ref>。この整域では 
<math>(1+\sqrt{-19})=(4)(q) + (r)</math>
を満たす ''q'', ''r'' (0 ≤ |''r''| ≤ 4) は存在しないにもかかわらず <math>1+\sqrt{-19}</math> と 4 の最大公約数は 2 である。
}}。
* ''R''-加群が平坦であることと捩れなしであることは同値である<ref>[https://crazyproject.wordpress.com/2011/05/30/over-a-pid-flat-and-torsion-free-are-equivalent/ Over a PID, flat and torsion free are equivalent] 2015年2月19日閲覧</ref>。

== 特徴付け ==
整域 ''R'' に対して、以下は同値である。
#''R'' は単項イデアル整域である。
#''R'' の任意の素イデアルが単項イデアルである<ref>[http://math.berkeley.edu/~mreyes/oka1.pdf T. Y. Lam and Manuel L. Reyes, A Prime Ideal Principle in Commutative Algebra] {{webarchive |url=https://web.archive.org/web/20100726160025/http://math.berkeley.edu/~mreyes/oka1.pdf |date=2010年7月26日}}</ref>。
#''R'' は UFD かつデデキント整域である。
#''R'' の任意の有限生成イデアルが単項イデアル（すなわち ''R'' は[[ベズー整域]]）であり、かつ ''R'' は単項イデアルに関する[[昇鎖条件]]を満足する。
#''R'' には[[デデキント–ハッセ・ノルム]]が入る{{sfn|Hazewinkel et al.|2004|loc={{google books quote|id=AibpdVNkFDYC|page=170|Proposition 7.3.3}}}}。
[[ノルム (体論)|体のノルム]]はデデキント–ハッセノルムだから、5 番の条件からユークリッド整域が PID であることが従う。4番の条件は
* 整域が UFD であるための必要十分条件は、それが[[GCD整域]]（すなわち、任意の二元が最大公約元を持つような整域）で、[[主イデアルに関する昇鎖条件]]を満たすことである。
と類似する条件になっている。整域が[[ベズー整域]]であるための必要十分条件は、その任意の二元が「その二元の線型結合である」最大公約元を持つことである。従って、ベズー整域は GCD 整域であり、ゆえに 4 番の条件は PID が UFD であることの別証明を示すものとなっている。

== 加群の構造 ==
{{main|主イデアル整域上の有限生成加群の構造定理}}
{{See also|デデキント環#加群の構造}}
単項イデアル整域上の有限生成加群の構造に関する主要な結果は以下のようなものである。

''R'' が単項イデアル整域で ''M'' 有限生成 ''R''-[[環上の加群|加群]]であるならば、''M'' は次のような[[巡回加群]]（単項生成加群）の有限個の直和に分解される{{sfn|永尾|1986|loc=定理30.5}}{{sfn|Broubaki|1989}}。
:<math>M \cong R/(e_1) \oplus \dotsb \oplus R/(e_r) \oplus R \oplus \dotsb \oplus R</math>
ただし<math>R \supsetneq (e_1) \supseteq \dotsb \supseteq (e_r) \supsetneq 0</math>である。特に有限生成[[直既約加群]]は ''R'' と同型か、ある[[既約元]] ''p'' の正べき ''p{{sup|n}}'' が生成するイデアルによる商加群 ''R''/(''p{{sup|n}}'') と同型である。

''M'' が単項イデアル整域 ''R'' 上の[[自由加群]]ならば ''M'' の任意の部分加群もやはり自由である{{sfn|Broubaki|1989}}。しかしこれを任意の環上の加群に対して考えたものは一般には正しくない。例えば '''Z'''[''X''] のイデアル (2, ''X'') を '''Z'''[''X''] 上の加群としての '''Z'''[''X''] の部分加群と見ると自由でない。

== 脚注 ==
=== 注 ===
{{Reflist|group=注}}
=== 出典 ===
{{Reflist|20em}}

== 参考文献 ==
* {{Cite book|和書 |author=永尾汎 |title=代数学 |url=http://www.asakura.co.jp/books/isbn/978-4-254-11434-8/ |year=1986 |edition=初版第4刷 |publisher=[[朝倉書店]] |isbn=4-254-11434-6 |ref=harv}}
* {{Cite book |first=N. |last=Broubaki |title=Algebra II: Chapter 4-7 |url={{google books|bDLecF34d8UC|page=RA1-PA1|plainurl=yes}} |year=1989 |series=Elements of mathematics |publisher=Springer-Verlag |isbn=3-540-00706-7 |ref=harv}}
* {{Cite book |first1=Michiel |last1=Hazewinkel |first2=Nadiya |last2=Gubareni |first3=V. V. |last3=Kirichenko |title=Algebras, rings and modules |url={{google books|AibpdVNkFDYC|plainurl=yes}} |publisher=[[Kluwer Academic Publishers]] |year=2004 |isbn=1-4020-2690-0 |ref={{sfnref|Hazewinkel et al.|2004}}}}

== 関連項目 ==
* [[ベズーの等式]]

== 外部リンク ==
* {{MathWorld|title=Principal ring|url=PrincipalRing}}

{{DEFAULTSORT:たんこういてあるせいいき}}
[[Category:可換環論]]
[[Category:数学に関する記事]]