合成代数のソースを表示

{{Algebraic structures}}
[[数学]]における[[可換体|体]] {{mvar|K}} 上の'''合成代数'''（ごうせいだいすう、{{lang|en|''composition algebra''}}）は、{{mvar|K}} 上の（必ずしも[[結合法則|結合的]]でない）[[単位的環|単位的]][[分配多元環|多元環]] {{mvar|A}} で、{{仮リンク|完全乗法的函数|label=乗法性|en|Completely multiplicative function}}条件
:<math>N(xy) = N(x)N(y)\quad(\forall x,y\in A)</math>
を満たす[[非退化形式|非退化]][[二次形式]] {{mvar|N}} を持つ。合成代数のデータには'''共軛'''と呼ばれる[[対合]] {{math|''x'' ↦ ''x''*}} も含まれる。付随する二次形式は {{math|1=''N''(''x'') = ''xx''*}} として与えられ、しばしばその合成代数の'''ノルム'''と呼ばれる（その意味で合成代数を「ノルム多元環」ともいうが、[[関数解析学]]にいう[[ノルム代数]]とは同じものでないことに注意）。

合成代数 {{math|(''A'', &lowast;, ''N'')}} は[[多元体]]（'''[[ノルム多元体]]'''）か、さもなくば'''分解型多元環''' (''split algebra'') であり、それは[[ヌルベクトル]]（{{math|1=''N''(''v'') = 0}} を満たす非零元 {{math|''v'' ∈ ''A''}}）の存在によって決まる<ref>{{Cite book |author=[[T. A. Springer]] |author2=F. D. Veldkamp |year=2000 |title=Octonions, Jordan Algebras and Exceptional Groups |page=18 |publisher=[[Springer-Verlag]] |isbn=3-540-66337-1}}</ref>。実際、ヌルベクトルが全く存在しないとき、非零元 {{mvar|x}} の[[乗法逆元]]は {{math|''x''*/''N''(''x'')}} が与えるから、その代数は多元体である。他方ヌルベクトルが存在するとき、{{mvar|N}} は[[等方二次形式]]と呼ばれ、その代数は「分裂」(split) する（または分解型 (split type) である）と言う。

== 合成代数の構造定理 ==
[[標数]]{{math| ≥ 2}} の体 {{mvar|K}} 上の[[単位的多元環|単位的]]合成代数はすべて、{{mvar|K}} から[[ケーリー＝ディクソンの構成法]]を繰り返し用いることによって構成できる（標数 {{math|1== 2}} の場合は {{mvar|K}} の代わりに二次元の部分合成代数を考えればよい）。合成代数が取りうる次元は {{math2|1, 2, 4, 8}} のうちのいずれかに限られる<ref name=NJ/><ref name="GR08">Guy Roos (2008) "Exceptional symmetric domains", §1: Cayley algebras, in ''Symmetries in Complex Analysis'' by Bruce Gilligan & Guy Roos, volume 468 of ''Contemporary Mathematics'', [[American Mathematical Society]], ISBN 978-0-8218-4459-5</ref><ref>{{Cite book |first=Richard D. |last=Schafer |year=1995 |origyear=1966 |zbl=0145.25601 |title=An introduction to non-associative algebras |publisher=[[Dover Publications]] |isbn=0-486-68813-5 |pages=72-75}}</ref>。
* {{mvar|K}} 上一次元の合成代数が存在するのは標数 {{math|char(''K'') ≥ 2}} に限る。
* {{mvar|K}} 上一次元または二次元の合成代数は可換かつ結合的である。
* {{mvar|K}} 上二次元の合成代数は、{{mvar|K}} の二次拡大体か {{math|''K'' &oplus; ''K''}} のいずれかである。
* {{mvar|K}} 上四次元の合成代数は結合的だが非可換であり、{{mvar|K}} 上の（一般）[[四元数環]]と呼ばれる。
* {{mvar|K}} 上八次元の合成代数は非結合的かつ非可換であり、{{mvar|K}} 上の（一般）[[八元数環]]と呼ばれる。

語法を一貫させる場合には、一次元の代数を（一般）'''一元数環''' (''unarion algebra'') および二次元の代数を（一般）'''二元数環''' (''binarion algebra'') と呼ぶ<ref name=KMC/>。

== 例と用例 ==
基礎体 {{mvar|K}} を[[複素数]]体 {{mathbf|C}} として二次形式 {{math|''z''{{sup|2}}}} をノルムに持つものと考えるとき、{{mathbf|C}} 上の合成代数は {{mathbf|C}} 自身、[[双複素数]]環、{{仮リンク|双四元数|en|biquaternion}}環（これは複素 {{math|2}}次正方[[行列環]] {{math|M(2, '''C''')}} に同型）、[[双八元数]]環（複素八元数環）{{math|'''C''' ⊗ '''O'''}} の4種類である。

全行列環 {{math|M(2, '''C''')}} は長く興味を持たれた対象で、最初は[[ウィリアム・ローワン・ハミルトン|ハミルトン]] (1853) が[[双四元数]]として言及し、後にはそれと同型な行列の形で（特に[[パウリ行列|パウリ代数]]として）扱われる。

実数体上で[[平方数|平方函数]] {{math|1=''N''(''x'') = ''x''{{sup|2}}}} を考えたものは根源的な合成代数を成す。基礎体 {{mvar|K}} を実数体 {{mathbf|R}} にとるならば、その上の合成代数は {{mathbf|R}} の他は6種類しかない<ref name=GR08/>{{rp|166}}。{{math2|2, 4, 8}} の各次元において、合成代数は「分解型」と「多元体」の二種類が存在しており、それぞれ[[分解型複素数]]環（ノルム {{math|''x''{{sup|2}} &minus; ''y''{{sup|2}}}}）と[[複素数]]体（ノルム {{math|''x''{{sup|2}} + ''y''{{sup|2}}}}）、{{仮リンク|分解型四元数|en|Split-quaternion}}環と[[四元数]]体、[[分解型八元数]]環と[[八元数]]体と呼ばれる。

== 歴史 ==
平方和の合成則に関する言及は古くからいくつか存在している。[[アレクサンドリアのディオファントス|ディオファントス]]は、今日では[[ブラーマグプタの二平方恒等式|ブラーマグプタ&ndash;フィボナッチの公式]]と呼ばれる、二つの平方数の和を含む式について記しているが、これは複素数のユークリッドノルムが複素数の積に関して持つ乗法性と見れば事態をはっきりさせることができる。[[レオンハルト・オイラー|オイラー]]は1748年に[[オイラーの四平方恒等式|四平方和の公式]]を論じたが、それは後に[[ウィリアム・ローワン・ハミルトン|ハミルトン]]が[[四元数]]の成す四次元多元環を構成することに通じている<ref name="KMC">Kevin McCrimmon (2004) ''A Taste of Jordan Algebras'', Universitext, Springer ISBN 0-387-95447-3 {{mr|id=2014924}}</ref>{{rp|62}}。1848年に{{仮リンク|テッサリン|en|tessarine|redirect=1}}が述べられたことで双複素数に初めて光が当てられた。

1818年ごろデンマークの学者フェルディナンド・デゲンが示した{{仮リンク|デゲンの八平方恒等式|label=八平方和の公式|en|Degen's eight-square identity}}は、後に[[八元数]]体の元のノルムに関連付けられた。
: 八元数体は、歴史的には[[ケイリー数]]全体の成す代数系として、初めて知られた非結合多元環である。ケイリー数は二次形式の合成可能性に関する数論的問題の文脈で生じた。この数論的問題は、ある種の代数系（すなわち合成代数）に関する問題に読み替えることができる<ref name=KMC/>{{rp|61}}。

1919年に[[レオナード・E・ディクソン|ディクソン]]は、それまでの成果を取り纏めて{{仮リンク|フルヴィッツの問題|en|Hurwitz problem|label=フルヴィッツの平方和公式}}の研究を深化させ、二重化の方法を示して四元数からケイリー数を得た。ディクソンは新たな[[虚数単位]] {{mvar|e}} を導入して、二つの四元数 {{math2|''q'', ''Q''}} に対してケイリー数を {{math|''q'' + ''Qe''}} と書き表した。四元数の共軛を {{mvar|{{'}}}} で表せば、二つのケイリー数の積は
:<math>(q+Qe)(r+Re) = (qr-R'Q) + (Rq+Qr')e</math>
で与えられる<ref>{{Citation |author=[[Leonard Dickson]] |title=On Quaternions and Their Generalization and the History of the Eight Square Theorem |jstor=1967865 |publisher=Annals of Mathematics |series=Second Series |year=1919 |journal=[[Annals of Mathematics]] |issn=0003-486X |volume=20 |issue=3 |pages=155-171 |doi=10.2307/1967865}}</ref>。ケイリー数の共軛は {{math|''q''' &minus; ''Qe''}} で与えられ、付随する二次形式 {{math|''qq&prime;'' + ''QQ&prime;''}} は互いに共軛な二数の積によって与えられる。この二重化法は[[ケイリー&ndash;ディクソン構成]]と呼ばれるようになった。

実合成代数で[[正定値二次形式]]をノルムに持つ場合は、1923年に{{仮リンク|フルヴィッツの定理 (合成代数)|en|Hurwitz's theorem (composition algebras)|label=合成代数に関するフルヴィッツの定理}}で区切りが付けられた。

1931年に[[マックス・ツォルン]]はディクソン構成の乗法規則にパラメタ {{mvar|γ}} を導入して[[分解型八元数]]環を生成した<ref>Max Zorn (1931) "Alternativekörper und quadratische Systeme", [[Abhandlungen aus dem Mathematischen Seminar der Universität Hamburg]] 9(3/4): 395–402</ref>。{{仮リンク|アドリアン・アルバート|en|Adrian Albert}}もまた、1942年に {{mvar|γ}} を用いて、ディクソンの二重化を任意の[[可換体|体]]で平方函数をノルムとしたものに適用して、各々の二次形式を持つ（一般）二元数・四元数・八元数環が構成できることを示した<ref>{{Cite journal |author=[[Adrian Albert]] |year=1942 |title=Quadratic forms permitting composition |journal=[[Annals of Mathematics]] | volume=43 |pages=161-177 |zbl=0060.04003 |doi=10.2307/1968887}}</ref>。{{仮リンク|ネイサン・ヤコブソン|en|Nathan Jacobson}}は1958年に合成代数の[[自己同型]]について述べている<ref name=NJ>{{Cite journal |author=[[Nathan Jacobson]] |year=1958 |title=Composition algebras and their automorphisms |journal=[[Rendiconti del Circolo Matematico di Palermo]] |volume=7 |pages=55-80 |zbl=0083.02702 |doi=10.1007/bf02854388}}</ref>。

{{math|ℝ}} および {{math|ℂ}} 上の古典合成代数は[[単位的多元環]]であった。[[乗法単位元]]を'''持たない'''合成代数は、ハンス・ピーターソン（{{仮リンク|ピーターソン代数|en|Petersson algebra}}）、[[大久保進]]（{{仮リンク|大久保代数|en|Okubo algebra}}）らによって見出された<ref name="KMRT">Max-Albert Knus, [[Alexander Merkurjev]], [[Markus Rost]], Jean-Pierre Tignol (1998) "Composition and Triality", chapter 8 in ''The Book of Involutions'', pp 451–511, Colloquium Publications v 44, [[American Mathematical Society]] ISBN 0-8218-0904-0</ref>{{rp|463–81}}。

== 関連項目 ==
* {{仮リンク|フロイデンタールの魔方陣|en|Freudenthal magic square}}
* {{仮リンク|フィスター形式|en|Pfister form}}
* {{仮リンク|三対性|en|Triality}}

== 参考文献 ==
{{Reflist}}
*{{Cite book |last1=Faraut |first1=Jacques |author2=[[Ádám Korányi]] |isbn=0-19-853477-9 |mr=1446489 |pages=81-86 |publisher=The Clarendon Press, Oxford University Press, New York |series=Oxford Mathematical Monographs |title=Analysis on symmetric cones |year=1994}}
* {{Cite book |title=Introduction to Quadratic Forms over Fields |volume=67 |series=[[Graduate Studies in Mathematics]] |author=[[Tsit Yuen Lam]] |publisher=American Mathematical Society |year=2005 |isbn=0-8218-1095-2 |zbl=1068.11023}}
*{{Cite book |first=F. Reese |last=Harvey |year=1990 |series=Perspectives in Mathematics |volume=9 |title=Spinors and Calibrations |publisher=[[アカデミー出版|Academic Press]] |location=San Diego |isbn=0-12-329650-1 |zbl=0694.53002}}
* {{Cite book|和書 |author=佐武一郎|authorlink=佐武一郎 |title=リー環の話［新版］|publisher=日本評論社 |series=日評数学選書}}

== 外部リンク ==
* {{MathWorld|urlname=RealNormedAlgebra|title=Real Normed Algebra}}
* {{PlanetMath|urlname=CompositionAlgebra|title=composition algebra}}
* {{nlab|id=composition+algebra|title=composition algebra}}

{{DEFAULTSORT:こうせいたいすう}}
[[Category:合成代数|*]]
[[Category:二次形式論]]
[[Category:数学に関する記事]]