実数空間のソースを表示

{{refimprove|date=April 2013}}
[[数学]]において'''実 {{mvar|n}}-次元数空間'''（すうくうかん、{{lang-en-short|real {{mvar|n}}-space}}）は[[実数|実]]変数の {{mvar|n}}-組を一つの変数であるかのように扱うことを許す[[数ベクトル空間|座標空間]]である。太字の R の右肩に n を置いた {{math|'''R'''{{exp|''n''}}}} で表す（または[[黒板太字]]を用いて {{math|ℝ<sup>''n''</sup>}} とも、プレーンテキストでは {{code|R^n}} とも書く）。さまざまな次元の {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} が純粋数学や応用数学、あるいは[[物理学]]などの多くの分野で利用される。実 {{mvar|n}}-次元数空間は実線型空間の原型例であり、[[ユークリッド空間|{{mvar|n}}-次元ユークリッド空間]]を[[表現 (数学)|表現]]するものとしてよく用いられる。この事実から、[[幾何学]]的な[[メタファー|暗喩]]が{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} に対して広く用いられる（具体的には {{math|'''R'''<sup>2</sup>}} を[[平面]]、および {{math|'''R'''<sup>3</sup>}} を[[三次元空間|空間]]として扱うなど）。

== 定義 ==
任意の[[自然数]] {{mvar|n}} に対し、[[実数]]の {{mvar|n}}-[[タプル|組]]の全体からなる[[集合]] {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} を「{{mvar|n}}-次元実数空間」("{{mvar|n}}-dimensional real space") と呼ぶ。{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の元は、各 {{math|''x''<sub>''i''</sub>}} を実数として
: <math>\mathbf{x} = (x_1, x_2, \ldots, x_n)</math>
と書かれる。

各 {{mvar|n}} に対して数空間 {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} は'''ただ一つ'''存在する (''the'' real {{mvar|n}}-space)<ref>ある種の数学的対象が[[同型を除いて]]一意という状況は多いが、それと異なり{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} が一意というのはより強い意味である。各元は {{mvar|n}} 個の実座標で明示的に記述される。</ref>

== 性質と構造 ==
実数の集合 {{math|'''R'''}} の {{mvar|n}} 個の元からの構成であることに依存して、{{math|'''R'''{{exp|''n''}}}} には {{math|'''R'''}} の持つある種の[[数学的構造]]が遺伝する。特に注目すべきは:
* [[ベクトル空間の直和]]としての定義により {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} に加法と[[スカラー倍]]が定義できる（[[数ベクトル空間]]を参照）、
* {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} は[[位相空間]]になる
ことである。

=== 位相構造 ===
{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の'''標準位相'''、'''ユークリッド位相'''あるいは'''通常の位相'''と呼ばれる[[位相空間|位相]]は、定義節に言うように単に直積集合と見ただけでは出てくる構造ではない。これはユークリッド距離の誘導する{{仮リンク|自然な位相|en|natural topology}}に一致する。すなわち {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の部分集合が[[開集合|開]]であるとは、その部分集合の各点においてその点を中心とする適当な[[開球体]]をその部分集合が必ず含むことをいう。{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} は[[位相線型空間]]でもあり、線型構造と両立することのできる（非自明な）位相はただ一つ存在する。

{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の[[ルベーグ被覆次元|位相次元]]は {{mvar|n}} である。
{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の位相に関する表面的でない重要な結果の一つが[[ライツェン・エヒベルトゥス・ヤン・ブラウワー|ブラウワー]]の{{仮リンク|領域不変性|en|invariance of domain}}である。{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の部分集合（に[[相対位相|部分空間の位相]]を入れたもの）で {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の別の開部分集合に[[同相]]となるものは、それ自身が開である。ここから直ちに {{math|'''R'''<sup>''m''</sup>}} と {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} は {{math|''m'' ≠ ''n''}} のとき[[同相]]でないことが帰結される（これは直観的には明らかだが証明するのは難しい）。

位相次元が異なるにも拘らず、および素朴な予測に反して、低次元の数空間を {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} の[[全射|上に]]連続的に写すことができる。連続的（だが滑らかでない）[[空間充填曲線]]（{{math|'''R'''<sup>1</sup>}} の像）が可能である。

=== 向き ===
ほかの一般の[[可換体|体]]と異なり、[[実数]]体 {{math|'''R'''}} が[[順序体]]となることから、{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} 上に[[向き]]が導かれる。{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} からそれ自身への任意の非退化線型写像は、付随する行列の[[行列式]]の符号に従って、向きを保つか向きを逆にするかのいずれか一方に分類される。座標（基底の元）の[[置換 (数学)|置換]]を行った結果の向きは置換の偶奇性によって決まる。

{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} またはその[[領域 (解析学)|領域]]上の[[微分同相写像|微分同相]]もまた向きを保つか逆にするかで分類できる。これは[[微分形式]]の理論で重要な帰結を持つ。

=== 平行移動 ===
{{details|アフィン空間}}
{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} は、ベクトル空間としての {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} がそれ自身に[[平行移動]]として[[群作用|作用]]するものとして、アフィン空間と看做すことができる。逆に、一つのベクトルを「二点間の[[変位]]」と解釈して、ふつうは二点を結び有向線分として描かれる。この違いはつまり、アフィンな {{mvar|n}}-次元空間では標準的な[[原点 (数学)|原点]]の選び方が存在しない（平行移動でどこへでもやってしまえるから）ということである。

=== ユークリッド構造 ===
{{main|ユークリッド空間|直交座標系}}
[[点乗積]]
: <math>\mathbf{x}\cdot\mathbf{y} = \sum_{i=1}^n x_iy_i = x_1y_1+x_2y_2+\cdots+x_ny_n</math>
はベクトル空間 {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} 上の[[ノルム]] {{math|1= {{norm|'''x'''}} = {{sqrt|'''x'''&sdot;'''x'''}}}} を定める。任意のベクトルがその[[ユークリッドノルム]]を持つならば、任意の二点間に距離
:<math>d(\mathbf{x}, \mathbf{y}) = \|\mathbf{x} - \mathbf{y}\| = \sqrt{\sum_{i=1}^n (x_i - y_i)^2}</math>
が定義され、{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} には（そのアフィン構造に加えて）[[距離空間]]の構造が入る。

{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} のベクトル空間の構造と同じく、上記の点乗積およびユークリッド距離は暗黙的にその存在が仮定されているのが通例である。しかし厳密に言えば、{{mvar|n}}-次元実数空間と {{mvar|n}}-次元ユークリッド空間は異なる数学的対象である。任意の {{mvar|n}}-次元ユークリッド空間は、点乗積およびユークリッド距離が上記の形になる[[ルネ・デカルト|デカルト]][[座標系]]（[[直交座標系]]）を持つが、一つのユークリッド空間上に直交座標系は「無数に」存在する。

逆に、ユークリッド距離に対する上記の式は {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} 上に「標準」ユークリッド構造を定めるが、それが唯一可能なユークリッド構造というわけではない。実際、任意の[[定符号二次形式|正定値二次形式]] {{mvar|q}} は固有の「距離」{{sqrt|''q''('''x''' − '''y''')}} を定義するが、これは
: <math>\exist C_1 > 0,\ \exist C_2 > 0,\ \forall \mathbf{x}, \mathbf{y} \in \mathbb{R}^n:
 C_1 d(\mathbf{x}, \mathbf{y}) \le \sqrt{q(\mathbf{x} - \mathbf{y})} \le
 C_2 d(\mathbf{x}, \mathbf{y})</math>
を満たすという意味においてユークリッド距離とそう変りない。このように距離を取り替えても、例えば[[完備距離空間|完備性]]など、幾らかの性質は保たれる。

上記の距離函数の同値性は {{sqrt|''q''('''x''' − '''y''')}} を任意の凸[[斉次函数|正斉一次函数]]（つまり[[ノルム線型空間|ベクトルのノルム]]）{{mvar|M}} に対する {{math|''M''('''x''' − '''y''')}} で取り替えても正しい（例えば[[ミンコフスキー距離]]を参照）。このように {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} 上の任意の「自然な」距離がユークリッド距離とそう大差ないという事実があるため、職業数学者の手になるものでさえ {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} が {{mvar|n}}-次元ユークリッド空間と常に区別されるわけではない。

== 用例 ==
=== 多変数函数の定義域 ===
{{main|多変数微分積分学|{{仮リンク|実多変数函数|en|Real multivariable function}}}}
実 {{mvar|n}}-変数の任意の函数 {{math|''f''(''x''<sub>1</sub>, ''x''<sub>2</sub>, … , ''x''<sub>''n''</sub>)}} は {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} 上の[[写像]]と看做すことができる（つまり、 {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} を定義域と考える）。複数の変数を個別に考える代わりに実 {{mvar|n}}-次元数空間を考えることで、記法が簡素になり合理的な定義などが示唆される。例えば {{math|1=''n'' = 2}} として、[[連続函数]] {{math|''g''<sub>1</sub>}} および {{math|''g''<sub>2</sub>}} に対して
: <math> F(t) = f(g_1(t),g_2(t))</math>
なる形の[[写像の合成]]を考えるとき、
: {{math|∀''x''<sub>1</sub> ∈ '''R''' : ''f''(''x''<sub>1</sub>, &bull;)}} が（{{math|''x''<sub>2</sub>}} に関して）連続、
: {{math|∀''x''<sub>2</sub> ∈ '''R''' : ''f''(&bull;, ''x''<sub>2</sub>)}} が（{{math|''x''<sub>1</sub>}} に関して）連続
と仮定しても {{mvar|F}} は必ずしも連続とならない。連続性はより強い条件であり、'''多変数の連続性'''と呼ばれる {{math|'''R'''<sup>2</sup>}} の自然な位相に関する {{mvar|f}} の連続性は、合成函数 {{mvar|F}} が連続となるための十分条件になる。
=== 多様体論 ===
[[多様体]]の定義においてモデル空間は {{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} である必要はないのだが、そうするのが最も一般的な選択であり、[[微分幾何学]]においてはほとんどそうである。

他方、{{仮リンク|ホイットニー埋蔵定理|en|Whitney embedding theorem}}は任意の {{mvar|m}}-次元[[可微分多様体]]が {{math|'''R'''<sup>2''m''</sup>}} に[[埋め込み (数学)|埋め込める]]ことを述べる。

=== その他 ===
{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} 上で定義されるその他の構造には{{仮リンク|擬ユークリッド空間|en|pseudo-Euclidean space}}、（{{mvar|n}} が偶数のとき）[[斜交幾何学|斜交構造]]、（{{mvar|n}} が奇数のとき）{{仮リンク|接触構造|en|contact structure}} などが含まれる。これらの構造は座標に依存しないやり方で定義することもできるけれども、座標に関して標準形（および適当な意味で単純な形）にすることができる。

{{math|'''R'''<sup>''n''</sup>}} は[[複素数空間|{{math|'''C'''<sup>''n''</sup>}}]] の[[複素共軛]]不変な実線型部分空間でもある。{{仮リンク|複素化|en|complexification}}も参照のこと。

== 関連項目 ==
* {{仮リンク|実射影空間|en|Real projective space}}

== 注釈 ==
{{reflist}}

== 参考文献 ==
*{{cite book | author=Kelley, John L. | title=General Topology | publisher=Springer-Verlag | year=1975 | isbn= 0-387-90125-6 }}
*{{cite book | author=Munkres, James | title=Topology | publisher=Prentice-Hall | year=1999 | isbn= 0-13-181629-2 }}

== 外部リンク ==
* {{nlab|urlname=cartesian+space|title=cartesian space}}
* {{nlab|id=CartSp}}
* {{MathWorld|urlname=CartesianSpace|title=Cartesian Space}}

{{DEFAULTSORT:しつすうくうかん}}
[[Category:実数]]
[[Category:位相線型空間]]
[[Category:解析幾何学]]
[[Category:多変数微分積分学]]
[[Category:解析学]]
[[Category:数学に関する記事]]