普遍性のソースを表示

{{See Wiktionary|圏論を中心とした数学におけるuniversality|word=普遍性|3=普遍|4=universal|5=universal}}

[[数学]]において'''普遍性'''（{{Lang-en|universality}}、または {{En|universal property}}）とは、ある特定の状況下において一意に[[射 (圏論)|射]]（あるいは[[準同型]]、構造を保つ[[写像]]）を定めるような抽象的性質で、それが特定の構成（例えば[[積 (圏論)|直積]]や[[直和]]、[[加群のテンソル積]]、[[距離空間]]の[[完備距離空間|完備]]化など）を特徴づけるようなものをいう。

普遍性の具体例となる構成には他にも、様々な構成における{{仮リンク|自由対象|en|Free object}}、[[核 (代数学)|核]]や[[余核]]、[[帰納極限|順極限]]および[[射影極限|逆極限]]、群に対する[[アーベル化]]、集合や様々な空間に対する[[引き戻し (圏論)|引き戻し]]や{{日本語版にない記事リンク|押し出し (圏論)|en|Pushout (category theory)|label=押し出し|interwikilabel=pushout}}、[[局所コンパクト空間#無限遠点|ストーン－チェックのコンパクト化]]などが存在する。

このような構成は個別の数学の分野において議論されていたが、横断的な議論を試みたのは1948年のピエール・サミュエル{{Enlink|Pierre Samuel|3=en}}の論文<ref>{{Cite journal|last=Samuel|first=P.|year=1948|title=On universal mappings and free topological groups|url=https://www.ams.org/bull/1948-54-06/S0002-9904-1948-09052-8/|journal=Bulletin of the American Mathematical Society|volume=54|issue=6|pages=591–598|language=en|doi=10.1090/S0002-9904-1948-09052-8|issn=0002-9904}}</ref>によって初めて行われ、その後[[ニコラ・ブルバキ|ブルバキ]]によって広められたとされる<ref>{{Harvnb|Mac Lane|1998|p=78}}</ref>。

== 概要 ==
''U'' : ''D'' &rarr; ''C'' を [[圏 (数学)|圏]] ''D'' から圏 ''C'' への[[関手]]とし、''X'' を''C'' の対象とする。''X'' から ''U'' への'''普遍射''' （universal morphism） は、''D'' の対象 ''A'' と''C''の射 &phi; : ''X'' &rarr; ''U''(''A'') からなる対(''A'', &phi;)で表され、かつ以下の'''普遍性'''（universal property）を満たす。
* ''Y'' が''D''の対象で ''f'' : ''X'' &rarr; ''U''(''Y'') が ''C'' の射であるような場合、常に ''D'' の射 ''g'' : ''A'' &rarr; ''Y'' が一意に存在して、次の図を[[可換図式|可換]]にする。
[[画像:UniversalProperty-03.png|center|XからUへの普遍射]]

射 ''g'' の存在は、直感的には(''A'', &phi;)が「十分に一般的」であることを示しながら、一方で射の一意性は、(''A'', &phi;)が「過度に一般的ではない」事を表している。さらに、次の関係も成り立つ<ref>[[#MacLane(1998)|MacLane(1998)]] p.59</ref>。
:<math>Hom_D(A,Y) \cong Hom_C(X, U(Y))</math>

また、上述の定義で全ての射を逆向きにすることで、圏論的な[[双対]]を考えることができる。''U'' から ''X'' への'''普遍射'''は、''D''の対象''A'' と''C''の射  &phi; : ''U''(''A'') &rarr; ''X'' の対(''A'', &phi;)で表され、かつ以下の'''普遍性'''を満たす。
*''Y'' が ''D''の対象で ''f'' : ''U''(''Y'') &rarr; ''X'' が''C''の射であるような場合、常に ''D'' の射''g'' : ''Y'' &rarr; ''A'' が一意に存在して、次の図を[[可換図式|可換]]にする。
[[画像:UniversalProperty-04.png|center|UからXへの普遍射]]

ここで、人によっては一方を''普遍射''と呼び、もう一方を''余普遍射''（co-universal property）と呼ぶ場合もある事に注意されたい。どちらがどちらかはその人次第である。

== 表現可能関手による定義 ==
エミリー・リール（{{En|Emily Riehl}}）は『Category Theory in Context』において、圏 {{Math|'''C'''}} の対象 {{Mvar|c}} に対する普遍性（{{Lang-en-short|universal property}}）を次のように定義している{{Sfn|Riehl|2004|p=62|loc=Definition 2.3.3}}：
{{定義リスト|dt1=定義|dd1=圏 {{Math|'''C'''}} の対象 {{Mvar|c}} の'''普遍性'''は、表現可能関手 {{Math|''F'': '''C''' → '''Set'''}} と、[[米田の補題]]を通して自然同型 {{Math|'''C'''(''c'', _) ≅ ''F''}}（または {{Math|'''C'''(_, ''c'') ≅ ''F''}}）を定める'''普遍要素'''（{{Lang-en-short|universal element}}）{{Math|''x'' ∊ ''Fc''}} によって表現されるものである。<br>
（ここで '''Set''' とは[[集合の圏]]のことである。）}}
定義を言い換えると、{{Math|''c'' ∊ '''C'''}} の普遍性とは、(表現可能)関手 {{Math|''F'': '''C''' → '''Set'''}} と {{Math|''x'' ∊ ''Fc''}} を用いて米田の補題から定まる自然変換 {{Math|'''C'''(''c'', _) → ''F''}} が自然同型であるという性質のことである。

圏 {{Math|'''C'''}} が小さなhom集合を持つ（各対象 {{Math|''x'', ''y''}} について {{Math|'''C'''(''x'', ''y'') ∊ '''Set'''}} である）とき、前節で定義した普遍射は普遍要素の特別な場合である。また逆に、普遍要素は普遍射の特別な場合である<ref>{{Harvnb|Mac Lane|1998|p=|pp=76–77}}. ただし『圏論の基礎』では「普遍要素」の定義はリールのものと異なっており、リールが「普遍要素」と呼んだものは (集合値)関手の表現（{{En|representation of a functor}}）として定義されているものと同値の概念である。</ref>。

==例==

=== ベクトル空間のテンソル積 ===
[[可換体|体]] {{Mvar|K}} 上の[[ベクトル空間]] {{Math|''V'', ''W''}} について、任意の[[双線型写像|双線形写像]] {{Math|''f'': ''V'' × ''W'' → ''X''}} に対して {{Math|1=''f'' = ''f&apos;''◦g}} を満たす準同型 {{Math|''f&apos;'': ''T'' → ''X''}} がただ1つ存在するような {{Mvar|K}}-ベクトル空間 {{Mvar|T}} と双線形写像 {{Math|''g'': ''V'' × ''W'' → ''T''}} の組が、同型を除いてただ1つ存在する。このときの {{Mvar|T}} を {{Math|''V'' &#x2297; ''W''}} と表し、{{Mvar|V}} と {{Mvar|W}} の[[テンソル積]]と呼ぶ。

テンソル積を特徴づけるこの性質もまた普遍性と呼ばれる。実際、テンソル積の普遍性から、圏論的な普遍性が次のように与えられる：いま、{{Math|''V'' × ''W''}} からの双線形写像の集合を与える対応は関手 {{Math|Bilin(''V'', ''W''; _): '''Vect'''<sub>''K''</sub> → '''Set'''}} （{{Math|'''Vect'''<sub>''K''</sub>}} とは {{Mvar|K}}-ベクトル空間とその間の線形写像からなる圏）を定める。このとき、テンソル積の普遍性から自然同型 {{Math|'''Vect'''<sub>''K''</sub>(''V'' &#x2297; ''W'', _) ≅ Bilin(''V'', ''W''; _)}} が定まり、従って {{Math|Bilin(''V'', ''W''; _)}} は表現可能関手である。双線形写像 {{Math|''g'': ''V'' × ''W'' → ''V'' &#x2297; ''W''}} はこのとき、同型 {{Math|'''Vect'''<sub>''K''</sub>(''V'' &#x2297; ''W'', ''V'' &#x2297; ''W'') ≅ Bilin(''V'', ''W''; ''V'' &#x2297; ''W'')}} によって恒等射が写る先として定まる{{Sfn|Riehl|2016|loc=Example 2.3.7}}。

また、カノニカルな双線形写像 {{Math|''g'': ''V'' × ''W'' → ''V'' &#x2297; ''W''}} は一点集合からの写像 {{Math|''ψ'':＊→ Bilin(''V'', ''W''; ''V'' &#x2297; ''W'')}} によっても表される。いま、任意の {{Math|''X'' ∊ '''Vect'''<sub>''K''</sub>}} と{{Math|''h'':＊→ Bilin(''V'', ''W''; ''X'')}} に対して、テンソル積の性質から {{Math|1=''h'' = ''h&apos;''◦''ψ''}} が成り立つような準同型 {{Math|''h&apos;'': ''V'' &#x2297; ''W'' → ''X''}} がただ1つ定まる。従って {{Mvar|h}} は一点集合から {{Math|Bilin(''V'', ''W''; _)}} への普遍射である。

=== 剰余群への射影 ===
[[群 (数学)|群]] {{Mvar|G}} の[[正規部分群]] {{Mvar|K}} について、[[商群|剰余群]] {{Math|''G''/''K''}} への射影を {{Math|''φ'': ''G'' → ''G''/''K''}} で表す。[[群準同型]] {{Math|''f'': ''G'' → ''H''}} について、{{Mvar|K}} が {{Mvar|f}} の[[核 (代数学)|核]] {{Math|Ker&nbsp;''f''}} ({{Math|''f''(''x'')}} が {{Mvar|H}} の単位元となる {{Mvar|G}} の元の集合) に含まれるとき、群の[[準同型定理]]によって {{Math|1=''f'' = ''h''◦''φ''}} を満たす群準同型 {{Math|''h'': ''G''/''K'' → ''H''}} がただ1つ存在することがわかる。
[[ファイル:FundHomDiag.png|中央|フレームなし]]
(小さな) 群とその間の群準同型からなる[[群の圏]]を {{Math|'''Grp'''}} で表す。群 {{Mvar|H}} に対して、群準同型 {{Math|''f'': ''G'' → ''H''}} であって {{Math|Ker&nbsp;''f'' ⊂ ''K''}} を満たすものの集合を {{Math|''FH''}} とおくと、この対応は関手 {{Math|''F'': '''Grp''' → '''Set'''}} をなす。準同型定理の主張から、任意の {{Mvar|H}} に対して同型 {{Math|''FH'' ≅ '''Grp'''(''G''/''K'', ''H'')}} が存在して、さらに唯一性からこの同型は {{Mvar|H}} について自然であることがわかる。

以上のことから、剰余群 {{Math|''G''/''K''}} と剰余群への射影 {{Math|''φ'': ''G'' → ''G''/''K''}} は普遍性を持っていることがわかる。普遍性の帰結として、商群についての他のすべての性質は、これ以上余集合（剰余群の通常の構成で使われる {{Math|''G''/''K''}} の各要素）に言及しなくてよくなる<ref>{{Harvtxt|Mac Lane|1998|p=57}}. 原文：{{行内引用|once the cosets are used to prove this ''one'' “universal” property of {{Math|''p'' : ''G'' → ''G''/''N''}}, ''all'' other properties of quotient groups — for example, the isomorphism theorems — can be proved with no further mention of cosets (see Mac Lane-Birkhoff [1967]).}}</ref>。

=== ファン・カンペンの定理 ===
[[位相空間]] <math>(X,\mathcal{O}_X)</math> は、2つの開部分集合 <math display="inline">U,V\in\mathcal{O}_X</math> によって[[集合の被覆|覆われる]]ものとする。すなわち、<math display="inline">X=U\cup V</math> が成り立つとする。このとき、共通部分 <math display="inline">U\cap V</math> からの包含写像 <math>U\cap V\xrightarrow{i}U\xrightarrow{j'}X</math> と <math>U\cap V\xrightarrow{j}V\xrightarrow{i'}X</math> による可換図式は、[[位相空間の圏]] {{Math|'''Top'''}} において普遍性を持つ。すなわち、連続写像 {{Math|''f'': ''U'' → ''Y''}} と {{Math|''g'': ''V'' → ''Y''}} が {{Math|1=''f'' ◦ ''i'' = ''g'' ◦ ''j''}} を満たすとき、{{Math|1=''f'' = ''h'' ◦ ''j&apos;''}} と {{Math|1=''g'' = ''h'' ◦ ''j&apos;''}} を満たすような連続写像 {{Math|''h'': ''X'' → ''Y''}} がただ1つ存在する。

よい条件（<math display="inline">U\cap V</math> は[[空集合|空]]でなく[[弧状連結]]）の下で、この図式から誘導される基本群のなす図式は同様に普遍性を持つ{{Sfn|Leinster|2014|pp=6–7|loc=Example 0.9}}。これを (基本群に関する)[[ザイフェルト–ファン・カンペンの定理|ファン・カンペンの定理]]と呼ぶ。
[[ファイル:VanKampen-01.png|中央|サムネイル|540x540ピクセル]]

== さまざまな普遍性 ==

=== 随伴関手との関係 ===
(''A''<sub>1</sub>, &phi;<sub>1</sub>) を ''X''<sub>1</sub> から ''U'' への普遍射、 (''A''<sub>2</sub>, &phi;<sub>2</sub>) を ''X''<sub>2</sub> から ''U'' への普遍射とする。普遍性から、任意の射 ''h'' : ''X''<sub>1</sub> &rarr; ''X''<sub>2</sub> に対して一意な射 ''g'' : ''A''<sub>1</sub> &rarr; ''A''<sub>2</sub> が存在して、次の図式を可換にする。
[[画像:UniversalProperty-05.png|center]]

もし ''全ての'' ''C'' の対象 ''X''<sub>''i''</sub>  に''U'' への普遍射が認められるならば、''X<sub>i</sub>'' <math>\mapsto</math> ''A<sub>i</sub>'' 及び ''h'' <math>\mapsto</math> ''g'' によって''C'' から ''D'' への関手 ''V''が定義される。 これに伴って、&phi;<sub>''i''</sub> は 1<sub>''C''</sub> （''C'' の恒等関手） から ''U V'' への[[自然変換]]を定義する。関手 (''V'', ''U'') は[[随伴関手]]の対となる。（''V'' は ''U'' の左随伴、及び ''U'' は ''V'' の右随伴）

同様の言明は ''U'' からの普遍射という双対な状況においても適用できる。全ての ''C'' における ''X''  について、関手 ''V'' : ''C'' &rarr; ''D'' が得られ、これは ''U'' への右随伴になっている。（つまり ''U'' は ''V'' の左随伴である。）

実際、このような方法で全ての随伴関手の対を普遍的構成から得られる。''F'' と ''G'' を単位（unit）&eta; と余単位（co-unit）&epsilon; （定義は[[随伴関手]]の記事を参考のこと）によって構成される随伴関手の対とする。このとき、任意の対象 ''C'' と ''D'' への普遍射が得られる。
* ''C'' の各対象 ''X'' に対し、 (''F''(''X''), &eta;<sub>''X''</sub>) は ''X'' から ''G'' への普遍射である。つまり、任意の ''f'' : ''X'' &rarr; ''G''(''Y'') に対して一意な ''g'' : ''F''(''X'') &rarr; ''Y'' が存在して以下の図式を可換にする。
* ''D'' の各対象 ''Y'' に対し、 (''G''(''Y''), &epsilon;<sub>''Y''</sub>) は ''F'' から ''Y'' への普遍射である。つまり、任意の ''g'' : ''F''(''X'') &rarr; ''Y'' に対して一意な ''f'' : ''X'' &rarr; ''G''(''Y'') が存在して以下の図式を可換にする。

[[画像:AdjointFunctors-02.png|center]] 

普遍的構成は随伴関手の対より更に一般的である。普遍的構成は最適化問題のようなもので、この問題が ''C'' 中の全ての対象 （同様に、''D'' の全ての対象）について解を持つとき、かつそのときのみ随伴関手の対が得られる。 

== 脚注 ==
{{reflist}}

==参考文献==
* {{cite book | author=Paul M. Cohen | title=Universal Algebra | year=1981 | publisher=D.Reidel Publishing, Holland | ISBN=90-277-1213-1 | ref=Cohen(1981) }}
* {{cite book | title=Categories for the Working Mathematician | edition=2nd | year=1998 | series=Graduate Texts in Mathematics 5  | publisher=Springer | ISBN=0-387-98403-8 | ref=MacLane(1998) |洋書|last=Mac Lane|first=Saunders|author-link=ソーンダース・マックレーン}}
* {{Cite book|洋書|title=Basic Category Theory|year=2014|publisher=Cambridge University Press|last=Lainster|first=Tom|isbn=9781107044241|series=Cambridge Studies in Advanced Mathematics|doi=10.1017/CBO9781107360068|language=英語|arxiv=1612.09375}}
* {{Cite book|洋書|title=Category Theory in Context|year=2016|publisher=Dover Publications|last=Riehl|first=Emily|url=https://emilyriehl.github.io/files/context.pdf|series=Aurora: Modern Math Originals|isbn=9780486809038|ASIN=B06XHZ82GF}}

{{圏論}}

[[Category:圏論|ふへんせい]]
[[Category:数学に関する記事|ふへんせい]]