普遍性
数学において普遍性(テンプレート:Lang-en、または テンプレート:En)とは、ある特定の状況下において一意に射(あるいは準同型、構造を保つ写像)を定めるような抽象的性質で、それが特定の構成(例えば直積や直和、加群のテンソル積、距離空間の完備化など)を特徴づけるようなものをいう。
普遍性の具体例となる構成には他にも、様々な構成におけるテンプレート:仮リンク、核や余核、順極限および逆極限、群に対するアーベル化、集合や様々な空間に対する引き戻しやテンプレート:日本語版にない記事リンク、ストーン-チェックのコンパクト化などが存在する。
このような構成は個別の数学の分野において議論されていたが、横断的な議論を試みたのは1948年のピエール・サミュエルテンプレート:Enlinkの論文[1]によって初めて行われ、その後ブルバキによって広められたとされる[2]。
概要
U : D → C を 圏 D から圏 C への関手とし、X をC の対象とする。X から U への普遍射 (universal morphism) は、D の対象 A とCの射 φ : X → U(A) からなる対(A, φ)で表され、かつ以下の普遍性(universal property)を満たす。
- Y がDの対象で f : X → U(Y) が C の射であるような場合、常に D の射 g : A → Y が一意に存在して、次の図を可換にする。

射 g の存在は、直感的には(A, φ)が「十分に一般的」であることを示しながら、一方で射の一意性は、(A, φ)が「過度に一般的ではない」事を表している。さらに、次の関係も成り立つ[3]。
また、上述の定義で全ての射を逆向きにすることで、圏論的な双対を考えることができる。U から X への普遍射は、Dの対象A とCの射 φ : U(A) → X の対(A, φ)で表され、かつ以下の普遍性を満たす。
- Y が Dの対象で f : U(Y) → X がCの射であるような場合、常に D の射g : Y → A が一意に存在して、次の図を可換にする。

ここで、人によっては一方を普遍射と呼び、もう一方を余普遍射(co-universal property)と呼ぶ場合もある事に注意されたい。どちらがどちらかはその人次第である。
表現可能関手による定義
エミリー・リール(テンプレート:En)は『Category Theory in Context』において、圏 テンプレート:Math の対象 テンプレート:Mvar に対する普遍性(テンプレート:Lang-en-short)を次のように定義しているテンプレート:Sfn: テンプレート:定義リスト 定義を言い換えると、テンプレート:Math の普遍性とは、(表現可能)関手 テンプレート:Math と テンプレート:Math を用いて米田の補題から定まる自然変換 テンプレート:Math が自然同型であるという性質のことである。
圏 テンプレート:Math が小さなhom集合を持つ(各対象 テンプレート:Math について テンプレート:Math である)とき、前節で定義した普遍射は普遍要素の特別な場合である。また逆に、普遍要素は普遍射の特別な場合である[4]。
例
ベクトル空間のテンソル積
体 テンプレート:Mvar 上のベクトル空間 テンプレート:Math について、任意の双線形写像 テンプレート:Math に対して テンプレート:Math を満たす準同型 テンプレート:Math がただ1つ存在するような テンプレート:Mvar-ベクトル空間 テンプレート:Mvar と双線形写像 テンプレート:Math の組が、同型を除いてただ1つ存在する。このときの テンプレート:Mvar を テンプレート:Math と表し、テンプレート:Mvar と テンプレート:Mvar のテンソル積と呼ぶ。
テンソル積を特徴づけるこの性質もまた普遍性と呼ばれる。実際、テンソル積の普遍性から、圏論的な普遍性が次のように与えられる:いま、テンプレート:Math からの双線形写像の集合を与える対応は関手 テンプレート:Math (テンプレート:Math とは テンプレート:Mvar-ベクトル空間とその間の線形写像からなる圏)を定める。このとき、テンソル積の普遍性から自然同型 テンプレート:Math が定まり、従って テンプレート:Math は表現可能関手である。双線形写像 テンプレート:Math はこのとき、同型 テンプレート:Math によって恒等射が写る先として定まるテンプレート:Sfn。
また、カノニカルな双線形写像 テンプレート:Math は一点集合からの写像 テンプレート:Math によっても表される。いま、任意の テンプレート:Math とテンプレート:Math に対して、テンソル積の性質から テンプレート:Math が成り立つような準同型 テンプレート:Math がただ1つ定まる。従って テンプレート:Mvar は一点集合から テンプレート:Math への普遍射である。
剰余群への射影
群 テンプレート:Mvar の正規部分群 テンプレート:Mvar について、剰余群 テンプレート:Math への射影を テンプレート:Math で表す。群準同型 テンプレート:Math について、テンプレート:Mvar が テンプレート:Mvar の核 テンプレート:Math (テンプレート:Math が テンプレート:Mvar の単位元となる テンプレート:Mvar の元の集合) に含まれるとき、群の準同型定理によって テンプレート:Math を満たす群準同型 テンプレート:Math がただ1つ存在することがわかる。

(小さな) 群とその間の群準同型からなる群の圏を テンプレート:Math で表す。群 テンプレート:Mvar に対して、群準同型 テンプレート:Math であって テンプレート:Math を満たすものの集合を テンプレート:Math とおくと、この対応は関手 テンプレート:Math をなす。準同型定理の主張から、任意の テンプレート:Mvar に対して同型 テンプレート:Math が存在して、さらに唯一性からこの同型は テンプレート:Mvar について自然であることがわかる。
以上のことから、剰余群 テンプレート:Math と剰余群への射影 テンプレート:Math は普遍性を持っていることがわかる。普遍性の帰結として、商群についての他のすべての性質は、これ以上余集合(剰余群の通常の構成で使われる テンプレート:Math の各要素)に言及しなくてよくなる[5]。
ファン・カンペンの定理
位相空間 は、2つの開部分集合 によって覆われるものとする。すなわち、 が成り立つとする。このとき、共通部分 からの包含写像 と による可換図式は、位相空間の圏 テンプレート:Math において普遍性を持つ。すなわち、連続写像 テンプレート:Math と テンプレート:Math が テンプレート:Math を満たすとき、テンプレート:Math と テンプレート:Math を満たすような連続写像 テンプレート:Math がただ1つ存在する。
よい条件( は空でなく弧状連結)の下で、この図式から誘導される基本群のなす図式は同様に普遍性を持つテンプレート:Sfn。これを (基本群に関する)ファン・カンペンの定理と呼ぶ。

さまざまな普遍性
随伴関手との関係
(A1, φ1) を X1 から U への普遍射、 (A2, φ2) を X2 から U への普遍射とする。普遍性から、任意の射 h : X1 → X2 に対して一意な射 g : A1 → A2 が存在して、次の図式を可換にする。

もし 全ての C の対象 Xi にU への普遍射が認められるならば、Xi Ai 及び h g によってC から D への関手 Vが定義される。 これに伴って、φi は 1C (C の恒等関手) から U V への自然変換を定義する。関手 (V, U) は随伴関手の対となる。(V は U の左随伴、及び U は V の右随伴)
同様の言明は U からの普遍射という双対な状況においても適用できる。全ての C における X について、関手 V : C → D が得られ、これは U への右随伴になっている。(つまり U は V の左随伴である。)
実際、このような方法で全ての随伴関手の対を普遍的構成から得られる。F と G を単位(unit)η と余単位(co-unit)ε (定義は随伴関手の記事を参考のこと)によって構成される随伴関手の対とする。このとき、任意の対象 C と D への普遍射が得られる。
- C の各対象 X に対し、 (F(X), ηX) は X から G への普遍射である。つまり、任意の f : X → G(Y) に対して一意な g : F(X) → Y が存在して以下の図式を可換にする。
- D の各対象 Y に対し、 (G(Y), εY) は F から Y への普遍射である。つまり、任意の g : F(X) → Y に対して一意な f : X → G(Y) が存在して以下の図式を可換にする。

普遍的構成は随伴関手の対より更に一般的である。普遍的構成は最適化問題のようなもので、この問題が C 中の全ての対象 (同様に、D の全ての対象)について解を持つとき、かつそのときのみ随伴関手の対が得られる。
脚注
参考文献
- ↑ テンプレート:Cite journal
- ↑ テンプレート:Harvnb
- ↑ MacLane(1998) p.59
- ↑ テンプレート:Harvnb. ただし『圏論の基礎』では「普遍要素」の定義はリールのものと異なっており、リールが「普遍要素」と呼んだものは (集合値)関手の表現(テンプレート:En)として定義されているものと同値の概念である。
- ↑ テンプレート:Harvtxt. 原文:テンプレート:行内引用