複素数の絶対値のソースを表示

[[画像:Complex number.svg|thumb|複素数 {{mvar|z}} の絶対値 {{math|{{abs|''z''}}}} は、[[複素数平面]]上において、原点 {{math|O(0)}} と {{math|P(''z'')}} の距離 {{math|OP}} に等しい。]]
[[数学]]における[[複素数]]の'''絶対値'''（ぜったいち、{{lang-en-short|''absolute value''}}, {{lang-fr-short|''module''; '''母数'''}}）とは、[[複素数平面]]における、原点 {{math|O(0)}} との[[ユークリッド距離]]として定義できる。これは、[[実数]]の[[絶対値]]を複素数に拡張した、唯一の[[ノルム代数|乗法的ノルム]]として特徴付けることができる。複素数 {{mvar|z}} の絶対値は {{math|{{abs|''z''}}}} などで表される。

具体的には、複素数 {{math2|''z'' {{=}} ''a'' + ''bi''}}（{{math2|''a'', ''b''}} は実数）（{{mvar|i}} は[[虚数単位]]）の'''絶対値'''は次の式で定義される：
:<math>|z|:=\sqrt{a^2+b^2}</math>
複素数の絶対値の概念は実数の絶対値の拡張であり、乗法的ノルムの公理を満たす。これにより複素[[数列]]の[[極限|収束]]・[[発散級数|発散]]の概念が[[イプシロン-デルタ論法|{{mvar|ε}}-{{mvar|δ}}論法]]により導入でき、[[複素解析]]を講ずることができる。

用語として ''module'' を導入したのは {{Citation |first=Jean-Robert |last={{ill2|ジャン゠ロベール・アルガン|en|Jean-Robert Argand|label=Argand}} |title=Réflexion sur la nouvelle théorie des imaginaires, suivie de la démonstration d'un théorème d'analyse |journal=[[Annales de Gergonne]] |volume=5 |pages=197-209 |year=1814}} で、幾何学的構成による虚数の表現を説明するものとして用いられた{{sfn|Argand|1874|p=[https://archive.org/stream/essaisurunemani00argauoft#page/122/mode/2up 122]}}。

== 定義 ==
複素数 {{math|''z'' {{=}} ''a'' + ''bi''}}（{{math2|''a'', ''b''}} は実数）の絶対値 {{math|{{abs|''z''}}}} は、幾何学的な定義と代数的な定義がある。幾何学的には、絶対値 {{math|{{abs|''z''}}}} は、[[複素数平面]]における、原点 {{math|O(0)}} との[[ユークリッド距離]]として定義できる。具体的には、次の式で定義できる：
:<math>|z|:=\sqrt{a^2+b^2}</math>
代数的には、複素数の絶対値は、実数の絶対値を拡張した[[ノルム代数|乗法的ノルム]]として定義できる。つまり、複素関数 <math>| \quad |: \mathbb{C} \rightarrow \mathbb{R}</math> で以下の性質を満たすものを、複素変数の絶対値関数という：
* <math>|x| = \max \{ x, -x \}</math>（{{mvar|x}} は実数）
* 非負性：<math>|z| \ge 0</math>
* 非退化性：<math>|z|=0 \iff z=0</math>
* 乗法性：<math>|z_1z_2| = |z_1||z_2|</math>
* '''[[三角不等式]]'''：<math>|z_1+z_2| \le |z_1|+|z_2|</math>
複素数の乗法的ノルムは幾何学的定義の絶対値に等しいことの証明は、以下の流れになる：
#{{mvar|z}} の極形式表示を {{math2|''r''(cos ''θ'' + ''i'' sin ''θ'')}} とする。
#{{math|1={{abs|cos ''θ'' + ''i'' sin ''θ''}} = 1}} を証明すればよい。
#[[ド・モアブルの定理]]より、{{mvar|θ}} が[[有理数]]の場合については、<br /> &nbsp; &nbsp; {{math|1={{abs|cos ''θ'' + ''i'' sin ''θ''}} = 1}}<br />が示される。
#ノルム関数 {{math|{{abs|•}}}} は、三角不等式より[[連続写像|連続]]である。
#{{mvar|θ}} を有理数列で近似していくと、余弦関数、正弦関数、ノルム関数の連続性より、{{math2|1={{abs|cos ''θ'' + ''i'' sin ''θ''}} = 1}}（証明終）

== 性質 ==
{{math2|''z'' ; ''z''{{sub|1}}, …, ''z{{sub|n}}''}} を複素数とする。
* 非負性：<math>|z|\ge 0</math>
** 等号成立は {{math|1=''z'' = 0}} のとき。
* 非退化性：<math>|z|=0 \iff z=0</math>
* 乗法性：<math>|z_1z_2|=|z_1||z_2|</math>
** <math>\left| \frac{z_1}{z_2} \right| = \frac{|z_1|}{|z_2|} \quad (z_2 \ne 0)</math>
** <math>| z^n | = |z|^n</math>（{{mvar|n}} は整数、ド・モアブルの定理より）
** <math>| z^r | = |z|^r</math>（{{mvar|r}}は実数、[[オイラーの公式]]より）
* '''[[三角不等式]]'''：<math>|z_1+z_2|\le|z_1|+|z_2|</math>
** 等号成立は <math>\overline{z_1} z_2 \in \R_+</math> のとき。つまり、{{math|0}} 以上のある実数 {{mvar|λ}} が存在して<math>z_2=\lambda z_1</math> または <math>z_1=\lambda z_2</math> と書けるときである。
** <math>|z_1 + z_2 + \cdots + z_n| \leq |z_1| + |z_2| + \cdots + |z_n|</math>
** 逆向き三角不等式：<math>|z_1 \pm z_2| \ge \bigl| |z_1| - |z_2| \bigr|</math>
** <math>| \operatorname{Re} z| \le |z|</math>, <math>| \operatorname{Im} z| \le |z|</math>
*** <math>\lim_{n\to\infty} z_n = \alpha \iff \lim_{n\to\infty} \operatorname{Re} z_n = \operatorname{Re} \alpha , \ \lim_{n\to\infty} \operatorname{Im} z_n = \alpha</math>
*** 複素関数 <math>|z|</math> は[[連続写像|連続]]
上記の3性質は、絶対値を特徴付けるため、重要である。
* <math>|z|=|-z|=|\overline{z}|=|-\overline{z}|</math> ただし、上線 {{math|{{overline|•}}}} は[[複素共役]]を表す。
* <math>|z|^2 = z\overline{z}</math>
実数 {{mvar|x}} について成り立つ等式 {{math|{{abs|''x''}} {{=}} max{{mset|''x'', &minus;''x''}}}} は、複素数では成り立たない{{efn2|複素数全体は、実数の場合と異なり、[[順序体]]でない（演算と両立する大小関係を持たない）。したがって、実数の場合に成り立つ {{math|{{abs|''x''}} {{=}} max{{mset|''x'', &minus;''x''}}}} は、複素数では、最大・最小の概念が意味を為さず、成り立たない。}}。

複素絶対値関数 {{math2|''f''(''z'') {{=}} {{abs|''z''}}}} は[[正則関数|正則]]でない。

== 演算の特徴 ==
複素数全体からなる集合 {{math|'''C'''}} において、
:<math>d(z_1, z_2) = |z_1 - z_2|\quad (z_1, z_2 \in \mathbb{C})</math>
で定義される関数 {{mvar|d}} は[[距離函数]]である。つまり {{math|('''C''', ''d'')}} は[[距離空間]]（特に[[位相空間]]）になる。さらに {{math|('''C''', ''d'')}} は[[完備距離空間|完備]]である。

{{math|'''C'''}} は、上で述べた非負性・非退化性・乗法性（の一部）と三角不等式の成立により、複素数の絶対値を[[ノルム]]とする実[[次元 (線型代数学)|二次元]][[ノルム線型空間]]である。さらに複素数の持つ代数的演算は、この標準的な距離空間の位相（{{ill2|ノルム位相|de|Normtopologie}}）に関して[[連続写像|連続]]である。特に、絶対値の乗法性により、{{mathbf|C}} は乗法的[[バナッハ環]]（したがって完備[[ノルム多元体|ノルム体]]）を成す。

より代数的な言葉で述べるならば、複素数の絶対値は複素数全体の成す集合に[[付値体]]の構造を与えるという意味において「絶対値」（[[付値]]）である。複素数の全体は完備[[アルキメデスの性質|アルキメデス]]付値体になる。

== 絶対値 1 の複素数 ==
{{See also|単位円|円周群}}
写像 {{math|''z'' ↦ {{abs|''z''}}}} は複素数の乗法群 {{math|('''C'''*, ×)}} を実数の乗法群 {{math|('''R'''*, ×)}} へ写す[[群準同型]]である。この準同型の[[核 (代数学)|核]]は{{nowrap|絶対値 {{math|1}}}} の複素数全体の成す集合 {{mathbf|U}} である。したがって {{mathbf|U}} は {{math|('''C'''*, ×)}} の[[部分群]]（特に[[正規部分群]]）であり、{{mathbf|C}} の[[円周群]]と呼ばれる。

写像 {{math|''x'' ↦ [[純虚指数函数|exp(''ix'')]]}} は実数の加法群 {{math|('''R''', +)}} を円周群 {{math|('''U''', ×)}} へ写す[[群準同型]]である。この準同型は基本周期 {{math|2''π''}} を持つ[[周期函数]]になる。[[ニコラ・ブルバキ|ブルバキ]]の[[数学原論]]ではこれを [[円周率|{{mvar|π}}]] の定義におく{{sfn|ブルバキ|1968|p=93|loc=命題 3.}}。

== 一般化 ==
=== 合成代数のノルム・絶対値 ===
{{main|合成代数}}
任意の合成代数 {{mvar|A}} は共軛と呼ばれる[[対合]] {{math|''x'' ↦ ''x''*}} を備えている。各元 {{mvar|x}} とその共軛元 {{mvar|x*}} との積 {{math|''N''(''x'') {{coloneqq}} ''xx*''}} は {{mvar|x}} のノルムと呼ばれる。

[[実数]]体 {{mathbf|ℝ}}, [[複素数]]体 {{mathbf|ℂ}}, [[四元数]]体 {{mathbf|ℍ}} は何れも[[正定値二次形式]]によって与えられるノルムを持つ合成代数であり、これら[[ノルム多元体|多元体]]における絶対値は上記合成代数としてのノルムの[[平方根]]: <math display="block">\begin{cases}
 |x|_\mathbb{R} := \sqrt{x \cdot x} = \sqrt{x^2} &(\forall x\in \mathbb{R} )\\[5pt] 
 |z|_\mathbb{C} := \sqrt{z \cdot \overline{z}} = \sqrt{(a+bi)(a-bi)} = \sqrt{a^2+b^2} &(\forall z:=a+bi \in \mathbb{C};\,a,b\in\mathbb{R})\\[5pt]
 |h|_\mathbb{H} := \sqrt{h\cdot h^*} = \sqrt{(r+\mathbf{q})(r-\mathbf{q})} = \sqrt{r^2+ \Vert \mathbf{q} \Vert^2} & (\forall h:=r+\mathbf{q}\in\mathbb{H};\,r\in\mathbb{R},\,\mathbf{q}\in\mathbb{R}^3)
\end{cases}</math> で与えられる。

一般には合成代数のノルムは[[二次形式]]として不定値となり得るし、[[等方ベクトル]]も持ち得る。それでも上記の多元体の場合と同様に非零ノルムを持つ元 {{mvar|x}} は必ず[[乗法逆元]]として {{math|''x*''/''N''(''x'')}} を持つ。

== 注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{notelist2}}
=== 出典 ===
{{Reflist}}

== 参考文献 ==
* {{Citation |first=Jean-Robert |last=Argand |title=Essai sur une manière de représenter les quantités imaginaires par des constructions géométriques |publisher=Gauthier-Villars |location= Paris |year=1874}}
* {{Citation|和書 |author=[[ニコラ・ブルバキ]] |series=ブルバキ数学原論 |title=実一変数関数(基礎理論)〈1〉 |translator=小島順、[[村田全]]、加地紀臣男 |publisher=[[東京図書]] |date=1986-10-15}}

== 関連項目 ==
{{Portal|数学}}
* [[極座標系]]
* [[複素数の偏角]]

== 外部リンク ==
* {{MathWorld|urlname=ComplexModulus|title=Complex Modulus}}
* {{PlanetMath|urlname=AbsoluteValue|title=absolute value}}
* {{SpringerEOM|urlname=Absolute_value|title=Absolute value}}
* {{nlab|urlname=absolute+value#OnTheRealAndComplexNumbers|title=absolute value, On the real and complex numbers}}
* {{ProofWiki|urlname=Definition:Complex_Modulus|title=Definition:Complex Modulus}}

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{{複素数}}-->
{{DEFAULTSORT:ふくそすうのせつたいち}}
[[Category:複素数|せつたいち]]
[[Category:数学に関する記事]]