多変数の微分

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テンプレート:複数の問題 多変数の微分(たへんすうのびぶん)[1][2][3][4]は、多変数関数を、局所的に線形写像ヤコビ行列)で近似する手法である。本記事では、多変数微分の理論的な側面について解説する。

数ベクトル空間についての補足

数ベクトル空間

n 次元実数ベクトル空間 n とは、集合としては

n={(x1xn) |x1,,xn}        (1-2)

である。つまり n 個の実数 x1 ,  , xn を用いて

(x1xn)  (1-3)

の形で表せるもの全てを集めてきたものである。 特に、以下で定まる 𝐞i を、第 i 標準ベクトルという。

𝐞1=(10), ,𝐞n=(01)    (1-8)

である。

標準座標系

次に n, m の標準座標系を定義する。n に対し、

rj(𝐱)=𝐱 | 𝐞j    (1-6)

とし、これを n の第 j 座標関数という。ここで |内積を表す。つまり、

rj((x1xn))=xj    (1-7)

である。 n 標準座標系とは、r1,r2,,rn の組 r1,r2,,rn のことである[4]。当然、

x=(x1xn)=j=1nrj(𝐱)ej    (1-9)

が成立する。m にも、同様に、𝐞1,𝐞m や、標準座標系 r1,r2,,rm が定まっている。

さて、次節にて、多変数ベクトル値関数を考えるが、定義域側 (n) の標準座標系を r1,r2,,rn と表記し、値域側 (m) の標準座標系も r1,r2,,rm と表記していては紛らわしいので、n の標準座標系を x1,x2,,xnと書くことにする。つまり、

xj(𝐱)=rj(𝐱)yi(𝐲)=ri(𝐲)    (1-10)

とする。[注 1] 以降、「n に、標準座標系 x1,,xn が定まっているとする」と宣言した場合には、式 (1-10) のように考えることにする。

多変数ベクトル値関数

n標準座標系 x1,,xn が定まっているとし、m標準座標系 y1,,ymが定まっているとする。

<mi fromhbox="1">D</mi>n の部分集合とし、

𝐟(x1,,xn)=(f1(x1,,xn)fm(x1,,xn))    (1-1)

を、<mi fromhbox="1">D</mi> 上で定義された m に値を取る多変数ベクトル値関数という。

以降 fif の第 i 成分を表す。fi は以下の性質を満たす。

fi(𝐱)=yi𝐟(𝐱)=yi(𝐟(𝐱))=𝐞i|𝐟(𝐱)    (1-11)
𝐟(x1,,xn)=(f1(x1,,xn)fm(x1,,xn))=i=1mfi(𝐱)𝐞i

偏微分

設定

n に、標準座標系 x1,,xn が定まっているとし、m に、標準座標系 y1,,ym が定まっているとする。 <mi fromhbox="1">D</mi> を、n開集合とし、

𝐟(x1,,xn)=(f1(x1,,xn)fm(x1,,xn))    (1-1)

を、<mi fromhbox="1">D</mi> 上で定義された m に値を取る多変数ベクトル値関数とする。 ここで fif の第 i 成分を表す。

偏微分の定義

p<mi fromhbox="1">D</mi> 内の点とし、an のベクトルとする(ppD でなければならないが aa<mi fromhbox="1">D</mi>であってよい)。

p, a は固定されているものとする。

このとき、fpa について偏微分可能であるとは、以下の極限値

limt0𝐟(𝐩+t𝐚)𝐟(𝐩)t    (1-4)

が存在することを意味する。

このとき fpにおける、a について偏微分商、 [𝐚]𝐟|[𝐩] を、以下のように定義する[注 2]

[𝐚]𝐟|[𝐩] = limt0𝐟(𝐩+t𝐚)𝐟(𝐩)t   (1-5)

成分関数の微分可能性

f の第 i 成分 fi は以下の等式を満たす。

fi(𝐱)=yi𝐟(𝐱)=𝐞i | 𝐟(𝐱)    (1-11)

上式において | は内積を意味する。

式 (1-10), (1-11) を用いて、fi を((1-5) の定義式通りに)pa について偏微分することを考える。 fpa について偏微分可能ならば、fipa について偏微分可能で、

[𝐚]fi|[𝐩]=limt0fi(𝐩+t𝐚)fi(𝐩)t=ei(limt0(𝐟(𝐩+t𝐚)𝐟(𝐩)t))=tei[𝐚]f|[𝐩]=[𝐚]f|[𝐩]ei    (1-12)

が成立する。

逆に、式(1-1)より、

𝐟(x1,,xn)=(f1(x1,,xn)fm(x1,,xn))=i=1mfi(𝐱)𝐞i    (1-13)

なので、f1,,fm すべてが pa について偏微分可能であれば、f も微分可能で、

[𝐚]𝐟|[𝐩]=([𝐚]f1|[𝐩][𝐚]fm|[𝐩])  (1-14)

が成立する。これは式 (1-13) の両辺に、式 (1-5) の右辺の極限をとれば証明できる。

一変数関数の微分への帰着

(1-6) の各成分、つまり [𝐚]fi|[𝐩] は、それぞれ、(1-15) に示す t についての一変数スカラー値関数

fil[𝐚,𝐩](t)=fi(t𝐚+𝐩)      (1-15)

を、t = 0 において(一変数スカラー値意味で)微分したものである。つまり、

[𝐚]fi|[𝐩]=d(fil[𝐚,𝐩])dt|t=0=dfi(t𝐚+𝐱0)dt|t=0      (1-16)

である。但し、l[𝐚,𝐩] は、

l[𝐚,𝐩](t)=t𝐚+𝐩  (1-17)

で定まる n の直線である。 また、後述の合成写像の微分法則 (3-7) を用いると (1-16) の計算はさらにすすめられる。この結果は第三節で後述する。

記号「∂f/∂xj」について

f の点 𝐩 における「(nの) ベクトル 𝐞j」に対する偏微分商、即ち [𝐞j]𝐟[𝐩] を、 𝐟xj|[𝐩] と書く。 即ち、

𝐟xj|[𝐩]=[𝐞j]𝐟[𝐩]=limt0f(t𝐞i+𝐩)f(𝐩)t (1-18)

と表記する。

また、f の第 i 成分、つまり fi の点 𝐩 における「(n の)ベクトル 𝐞j」に対する偏微分商 [𝐞j]fi[𝐩] を、fixj|[𝐩] と表記する。

ここで、e1,en は、それぞれ n 標準基底であり、ej は、第 j 標準ベクトルを意味する。

ヤコビ行列の導入

fp において、e1,en 全てに対して偏微分可能であるとき、

(J𝐟)[𝐩]=(f1x1|[𝐩]f1xn|[𝐩]fmx1|[𝐩]fmxn|[𝐩])    (1-20)

f𝐩 におけるヤコビ行列という。

微分

設定

Dn の開集合とし、

f(𝐱)=(f1(𝐱)fm(𝐱))    (2-1)

を、<mi fromhbox="1">D</mi> 上で定義された m に値を取る多変数ベクトル値関数とする。

微分の定義

p<mi fromhbox="1">D</mi> 内の点とする(つまり pD)。このとき、fp で微分可能であるとは、

lim𝐱𝐩(𝐟(𝐱)(𝐀(𝐱𝐩)+𝐟(𝐩))𝐱𝐩)=0    (2-2)

を充たす n×m 行列 A が存在することを意味する。この A を、fp における微分という。

<mi fromhbox="1">x</mi><mi fromhbox="1">p</mi>=<mi fromhbox="1">h</mi> とおくと、次のようにも表せる。

 lim<mi fromhbox="1">h</mi><mn fromhbox="1">0</mn>f(<mi fromhbox="1">p</mi>+<mi fromhbox="1">h</mi>)f(<mi fromhbox="1">p</mi>)A<mi fromhbox="1">h</mi>||<mi fromhbox="1">h</mi>||=0

微分の一意性

fp で微分可能であるとき、(2-2) を満たす n×m 行列はひとつしか存在しない。つまり、n×m 行列 B が、

lim𝐱𝐩(𝐟(𝐱)(𝐁(𝐱𝐩)+𝐟(𝐩))𝐱𝐩)=0    (2-3)

を満たすとすると、

A=B    (2-4)

が成立する。

微分可能性と偏微分可能性

fp で微分可能であるとき、fp で任意のベクトル a に対して偏微分可能である。実際、

(𝐟(t𝐚+𝐩)𝐟(𝐩)t)𝐀𝐚=(f(t𝐚+𝐩)(𝐀((t𝐚+𝐩)𝐩)+f(𝐩))(t𝐚+𝐩)𝐩)𝐚  (2-5)

ここで、

limt0(f(t𝐚+𝐩)(𝐀((t𝐚+𝐩)𝐩)+f(𝐩))(t𝐚+𝐩)𝐩)    (2-6)

は、(2-2) に 𝐱=𝐩+t𝐚 を代入したに過ぎないため(従って (2-2) の特別な場合に過ぎない)、(2-5) の両辺の t0 極限は 0 となる。従って、

limt0f(t𝐚+𝐩)f(𝐩)t=𝐀𝐚    (2-7)

となる。以上より fp で微分可能であるとき、fpn の任意のベクトル a に対して偏微分可能であることが示された。

式 (1-5), (2-6) から、fp で微分可能ならば

[𝐚]f|[𝐩]=𝐀𝐚    (2-8)

であることが分かる。

ヤコビ行列の導入

式 (1-2-8) に e1,en を代入すると、

fxj|[𝐩]=𝐀𝐞j    (2-9)

である。従って fp での微分 A の第 j 列は、

𝐟xj|[𝐩]    (2-10)

i , j 成分は

fixj|[𝐩]    (2-11)

となる。従って、

𝐀=(𝐟x1|[𝐩]𝐟xn|[𝐩])=(f1x1|[𝐩]f1xn|[𝐩]fmx1|[𝐩]fmxn|[𝐩])=(J𝐟)[𝐩]    (2-12)

となる。

誤差項の導入

「誤差項」の導入を行う。 fp に対し、fp における誤差項(ランダウの記号o[f,p]

𝐨[𝐟,𝐩](𝐱)=𝐟(𝐱)((J𝐟)[𝐩](𝐱𝐩)+𝐟(𝐩))    (2-13)

によって定める。

limx𝐩𝐨[𝐟,𝐩]=𝟎    (2-14)

lim𝐱𝐩𝐨[𝐟,𝐩](𝐱)𝐱𝐩=𝟎    (2-15)

であることが分かる。

(2-14) は、以下の恒等式

𝐟(𝐱)=(J𝐟)[𝐩](𝐱𝐩)+𝐟(𝐩)+𝐨[𝐟,𝐩](𝐱)    (2-16)

xp を代入すれば直ちに得られる。 (2-16) の恒等式ことを、本記事では f の点 p における一次展開ということにする。 (2-15) 式は、(2-2) 式に (2-13) 式を代入したに過ぎないが、o[f,p] が一次の微小量であることを意味しており、思想的には重要である。

(2-16) 式と (2-13) 式を見比べると、ヤコビ行列は f の一次近似を表していると見ることができる。 つまり、点 p の近傍で f

𝐟(𝐱)𝐟(𝐩)+(J𝐟)[𝐩](𝐩)(𝐱𝐩)    (2-17)

とみなせることが分かる。

微分に関するいくつかの公式

偏微分の「方向」に関する公式

式 (2-8) から、fp で微分可能であるとき、fp において n の任意のベクトル a, b と、任意の実数 λ,μ に対して、

[λ𝐚+μ𝐛]f|[𝐱]=λ([𝐚]f|[𝐱])+μ([𝐛]f|[𝐱])    (3-1)

が成立することが分かる。実際 (2-8) および行列の積の線型性から、

[λ𝐚+μ𝐛]f|[𝐩]=(Jf)[𝐩](λ𝐚+μ𝐛)=λ(Jf)[𝐩](𝐚)+μ(Jf)[𝐩](𝐛)=λ([𝐚]f|[𝐩])+μ([𝐛]f|[𝐩])                                    (3-2)

である。

また、(2-8) から、fp で微分可能であるとき、fpn の任意のベクトル a に対して、

[𝐚]f|[𝐩]=(Jf)[𝐩]𝐚=(f1x1|[𝐩]f1xn|[𝐩]fmx1|[𝐩]fmxn|[𝐩])(a1an)=j=1nai(fxj|𝐩)                                    (3-3)

が、成立することがわかる。式 (3-2), (3-3) は、ヤコビ行列の幾何学的な意味を表している。

アフィン写像の微分

次に、アフィン写像の微分について説明する。アフィン写像とは、適当な m×n 行列 A と、n 次元代数数ベクトル b を用いて

T(x)=Ax+b  (3-4)

の形で具体的な数式として書ける、nからmへの写像のことである。(3-4)のアフィン写像は、任意の点(nの点)pで微分可能で、任意の点(nの点)pにおいて、

(JT)[𝐩]=A  (3-5)

である。逆に、任意の点pにおいて  (3-5)を充たす写像があったとすれば、それはアフィン写像である。

合成写像の微分

次に、合成写像の微分について説明する。Emの開集合とし、Eは、fの値域を含む(つまり、f(D)E、特にf(p)Eとする)とする。多変数ベクトル値関数 𝐠(𝐲)=(g1(𝐲)gm(𝐲))    (3-6)

は、Eで定義され、lに値をとるとする。このとき、𝐠fとの合成写像𝐠fは、Dで定義され、lに値をとる多変数ベクトル値関数である。

fが点pで微分可能で、𝐠が、点𝐟(𝐩)で微分可能であるとき、𝐠fpで微分可能で、

(J(g𝐟))[p]=(J𝐠)[f(𝐩)](Jf)p    (3-7)

ここで“”とは、行列としての積である。

■証明
fを点pで一次展開し、 gを点𝐟(𝐩)で(2-16)同様に一次展開すると、

𝐟(𝐱)=(J𝐟)[𝐩](𝐱𝐩)+𝐟(𝐩)+𝐨[𝐟,𝐩](𝐱)    (3-8)

𝐠(𝐲)=(J𝐠)[𝐟(𝐩)](𝐲𝐟(𝐩))+𝐠(𝐟(𝐩))+𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](f(𝐩))    (3-9)

となるので、

𝐠f(x) =𝐠(f(x)) =(J𝐠)[𝐟(𝐩)](𝐟(𝐱)𝐟(𝐩))+𝐠(𝐟(𝐩))+𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](f(𝐩))

=(J𝐠)[𝐟(𝐩)]((J𝐟)[𝐩](𝐱𝐩)+𝐨[𝐟,𝐩](𝐱))

+𝐠(𝐟(𝐩))+𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩))

=(J𝐠)[𝐟(𝐩)](J𝐟)[𝐩](𝐱𝐩)+(J𝐠)[𝐟(𝐩)]𝐨[𝐟,𝐩](𝐱)+𝐠(𝐟(𝐩))+𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩))

=(J𝐠)[𝐟(𝐩)](J𝐟)[𝐩](𝐱𝐩)+𝐠(𝐟(𝐩)) +𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩))+(J𝐠)[𝐟(𝐩)]𝐨[𝐟,𝐩](𝐱)     (3-10)

である。従って

lim𝐱𝐩(𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩))+(J𝐠)[𝐟(𝐩)]𝐨[𝐟,𝐩](𝐱))𝐱𝐩=0    (3-11)

を示すを示せば終証である。

以下(3-11)を示す。

(𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩)))𝐱𝐩 =(𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩)))𝐱𝐩(𝐟(𝐱)𝐟(𝐩)𝐟(𝐱)𝐟(𝐩)) =(𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩)))𝐟(𝐱)𝐟(𝐩)(𝐟(𝐱)𝐟(𝐩)𝐱𝐩)     (3-12)

より、 lim𝐱𝐩(𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩)))𝐱𝐩=lim𝐱𝐩(𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩)))𝐟(𝐱)𝐟(𝐩)(𝐟(𝐱)𝐟(𝐩)𝐱𝐩)    (3-13)

一方、

lim𝐱𝐩(𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩)))𝐟(𝐱)𝐟(𝐩)=lim𝐟(𝐱)𝐟(𝐩)(𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩)))𝐟(𝐱)𝐟(𝐩)    (3-14)

は、

lim𝐲𝐟(𝐩)(𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩)))𝐲𝐟(𝐩)    (3-15)

の特殊なケースに過ぎないので、

lim𝐱𝐩(𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩)))𝐟(𝐱)𝐟(𝐩)=0    (3-16)

さらに、

lim𝐱𝐩(𝐟(𝐱)𝐟(𝐩)𝐱𝐩)    (3-17)

は有限の値であることから、

lim𝐱𝐩(𝐨[𝐠,𝐟(𝐩)](𝐟(𝐩)))𝐱𝐩=0    (3-18)

また、

lim𝐱𝐩((J𝐠)[𝐟(𝐩)]𝐨[𝐟,𝐩](𝐱))𝐱𝐩=0   (3-19)

は、

lim𝐱𝐩((J𝐠)[𝐟(𝐩)]𝐨[𝐟,𝐩](𝐱))𝐱𝐩=lim𝐱𝐩((J𝐠)[𝐟(𝐩)](𝐨[𝐟,𝐩](𝐱)𝐱𝐩))     (3-20)

であることと、線形写像の連続性から明らかである。

(3-7)を行列として具体的に表記すると

(J(g𝐟))[p]=(g1x1|[𝐟(𝐩)]g1xm|[𝐟(𝐩)]glx1|[𝐟(𝐩)]glxm|[𝐟(𝐩)]) (f1x1|[𝐩]f1xn|[𝐩]fmx1|[𝐩]fmxn|[𝐩])(3-21)

となる。これから、

(𝐟𝐠)ixj|[p]=k=1mfixk|[f(p)]gkxj|[p](3-22)

が分かる。

合成写像の偏微分

次に(3-7)の合成写像の微分法を用いて、(1-8)式の計算をさらにすすめる。(1-8)式のうち、本議論に用いるものを(3-23)にて再掲する。

[𝐚]fi|[𝐩]=d(fil[𝐚,𝐩])dt|t=0       (3-23)

(3-23)式の右辺に式(3-21)を適用すると、

d(fil[𝐚,𝐩])dt|t=s=(Jfi)l[𝐚,𝐩](l[𝐚,𝐩])s =(fix1|[l[𝐚,𝐩]],,fixn|[l[𝐚,𝐩]]) sa =i=1msajfixj|[s𝐚+𝐛]   (3-24)

以上より、

[𝐚]fi|[𝐩]=i=1msajfixj|[s𝐚+𝐛]      (3-25)

逆写像の微分

次に、(弱いほうの)逆写像定理(逆関数定理)を示す。Emの開集合とし、Eは、fの値域を含む(つまり、f(D)E、特にf(p)Eとする)とする。多変数ベクトル値関数

𝐠(𝐱)=(g1(𝐱)gm(𝐱)) (3-26)

は、Eで定義され、mに値をとるとする。さらに、gfの逆写像、つまり

𝐠=𝐟1 (3-27)

とする。このとき、

(J𝐟1)[𝐟(𝐩)]=((J𝐟)[𝐩])1 (3-28)

が成立する。標語的にいえば、「逆写像のヤコビ行列は、元の写像の逆行列」である。 これは、(3-7)の特殊な例に過ぎない。

導関数の導入

これまでの議論では、一点pを固定して、この点での微分可能性について議論してきた。本節では、領域全体での微分可能性について説明し、導関数[3]を定義する。

<mi fromhbox="1">D</mi>を、n開集合とし、

𝐟(x1,,xn)=(f1(x1,,xn)fm(x1,,xn))    (4-1)

を、<mi fromhbox="1">D</mi>上で定義され、mに値を取る多変数ベクトル値関数とする。

aを、nの固定されたベクトルとする。(a<mi fromhbox="1">D</mi>でもよい。)このとき、「f<mi fromhbox="1">D</mi>で、aについて偏微分可能である」とは<mi fromhbox="1">D</mi>内の全ての点において、(4-1)の意味でfaについて偏微分可能であることを意味する。このとき「faについての偏導関数[𝐚]𝐟」とは、「<mi fromhbox="1">D</mi>の点xxにおける偏微分商[𝐚]𝐟|xを対応させる多変数ベクトル値関数」のことである。つまり、

[𝐚]𝐟(x)= [𝐚]𝐟|x    (4-2)

である。特に

[𝐞j]𝐟(x)=(𝐟xj)(x)    (4-3)

とする。

f<mi fromhbox="1">D</mi>で、微分可能である」とは、「<mi fromhbox="1">D</mi>内の全ての点において、(2-2)の意味でfが微分可能」であることを意味する。

このとき「f<mi fromhbox="1">D</mi>における導関数𝐟'」とは、「<mi fromhbox="1">D</mi>の点xxにおける微分(J𝐟)[𝐱]を対応させる行列値の関数」である[3]。つまり、

𝐟'(𝐱)=(J𝐟)[𝐱]    (4-4)

である[3]𝐟のことをJ𝐟や、T𝐟と書くこともある。 尚、「dfとヤコビ行列」で後述するように、dfは、文脈によっては、(4-4)と同じ意味で使われる場合がある。

また、(4-5)から、直ちに「f<mi fromhbox="1">D</mi>で、微分可能」ならば、「f<mi fromhbox="1">D</mi>で、任意のaについて偏微分可能」である。しかし、この逆は成り立たない。つまり、「f<mi fromhbox="1">D</mi>で、任意のaについて偏微分可能」であっても、「f<mi fromhbox="1">D</mi>で、微分可能」とは限らない。

f<mi fromhbox="1">D</mi>で、連続微分可能である」とは、「f<mi fromhbox="1">D</mi>で、𝐞1, , 𝐞j, 𝐞n全てについて偏微分可能であり、かつ𝐞1, , 𝐞j, 𝐞nについての偏導関数がすべて<mi fromhbox="1">D</mi>で、連続であること」を意味する。

一見、連続微分可能性は、全微分可能性よりも弱い性質のように見えるが、実は連続微分可能性のほうが強い条件である。つまり「f<mi fromhbox="1">D</mi>で、連続微分可能」ならば「f<mi fromhbox="1">D</mi>で、微分可能」であるものの、「f<mi fromhbox="1">D</mi>で、微分可能」であっても、「f<mi fromhbox="1">D</mi>で、連続微分可能」とは限らない。

但し、「f<mi fromhbox="1">D</mi>で微分可能であり、導関数が<mi fromhbox="1">D</mi>で、連続」ならば、「f<mi fromhbox="1">D</mi>で、連続微分可能」である。

全微分

nx1,,xn 座標系が定まっているとする。 式 (1-14) の x1,,xn は全て n から への線形写像であり、従って式 (3-5) と同様の方法で微分可能で、恒等的に

xi(𝐱)=t𝐞i    (5-1)

である。ここで t は転置を意味する。すなわち tei とは、第 i 成分のみが 1 で、それ以外が 0 の 1 行 n 列の行列(横ベクトル)である。

式 (4-4) より 𝐟(𝐱) は、

𝐟(𝐱)=((𝐟x1)(𝐱),,(𝐟xn)(𝐱))     (5-2)

で定まる行列値関数であるため、

𝐟(𝐱)=i=1n((𝐟xi)(𝐱)) t𝐞i    (5-3)

であり、

𝐟(𝐱)=i=1n((𝐟xi)(𝐱))(ri(𝐱))    (5-4)

がわかる。ここで、𝐟d𝐟xidxi と書くと、

d𝐟(𝐱)=i=1n((𝐟xi)(𝐱))(dxi(𝐱))    (5-5)

となる。式 (5-5) において、変数を省略すると、

d𝐟=i=1n(𝐟xi)dxi    (5-6)

となる。

微分の“逆問題”

スカラーポテンシャルの定義

<mi fromhbox="1">D</mi>を、n開集合とし、

A=(a11,,a1n)  (6-1-1)

を、<mi fromhbox="1">D</mi>上で定義された1行n列の行列値関数とする。行列値関数とは、 各成分が関数である行列のことを意味する。

式(6-1-1)のAに対し、

f(x)=A  (6-1-2)

を充たす、一変数スカラー値関数fを求める問題を考える。(6-1-2)の条件をみたす一変数スカラー値関数のことを、Aのスカラーポテンシャルという。

以下、1行n列の行列値関数Aがあたえられたとき、Aのスカラーポテンシャルが存在する条件を調べ、スカラーポテンシャルの構成方法(所謂ポアンカレの補助定理)について述べる[注 3]

偏導関数に関する「微積分学の基本定理」

<mi fromhbox="1">D</mi>を、n開集合とし、h<mi fromhbox="1">D</mi>上で定義された多変数スカラー値関数とする。

pを、<mi fromhbox="1">D</mi>内の点とする。(つまり、pDaを、nのベクトルとする。(a<mi fromhbox="1">D</mi>でもよい。) このとき、

s=0s=1(([𝐚]h)(s𝐚+𝐩))ds=h(𝐚+𝐩)h(𝐩)  (6-2-1)

が成立する。但し、0s1を充たす全てのsに対して、 (s𝐚+𝐩)D  (6-2-2) が成り立っているものとする。

以下、(6-2-1)を示す。まず、

hl[𝐚,𝐩](s)=h(s𝐚+𝐩)      (6-2-3)

で、 [𝐚]h(𝐱)=(d(hl[𝐚,𝐩])ds)      (6-2-4) である。但し、l[𝐚,𝐩]は、(1-9)同様、

l[𝐚,𝐩](s)=s𝐚+𝐩  (6-2-5)

である。

(6-2-4)の右辺を、sについて(一変数関数の意味で)積分すると、

s=0s=1(d(hl[𝐚,𝐩])ds)ds= [h(s𝐚+𝐩)]s=0s=1  (6-2-5)

従って、(6-2-1)が分かる。

ポアンカレの補助定理の準備

(6-1-1)のAに対し、作用積分U[A,𝐩]を定義する。

𝐩=(p1pn)  (6-3-1)

nの点とする。また、<mi fromhbox="1">D</mi>を、n開集合とし、さらに<mi fromhbox="1">D</mi>pを中心に星型とする。

<mi fromhbox="1">D</mi>pを中心に星型とは、任意の<mi fromhbox="1">D</mi>の点xと、任意のs[0,1]に対し、

s(𝐱𝐩)+𝐩D  (6-3-2)

であることを意味する。

pは固定されているものとする。また、

x=(x1xn)  (6-3-3)

も固定されていると考える。

式(6-1-1)の、<mi fromhbox="1">D</mi>上で定義された1行n列の行列値関数Aに対し、U[A,𝐩]|𝐱

U[A,𝐩]|𝐱=s=0s=1(A(s(𝐱𝐩)+𝐩)(x1p1xnpn))ds  (6-3-4 )

と定義する。(6-3-4)の右辺の被積分関数

A(s(𝐱𝐩)+𝐩)(x1p1xnpn)  (6-3-5)

は、sについての一変数スカラー値関数である。そして、右辺の積分は、(6-3-5)の「sについての一変数スカラー値関数」を(一変数関数の意味で)定積分したものである。また、 U[A,𝐩]を、点xと、 実数U[A,𝐩]|𝐱を対応させる多変数スカラー値関数

U[A,𝐩](𝐱)=U[A,𝐩]|𝐱  (6-3-6)

とする。以降、点xは、変数とみなす。

脚注

注釈

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引用

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参考文献


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