理想数
数論のテンプレート:読み仮名 ruby不使用とは、エルンスト・クンマーが円分体の整数の理想的な素因子分解に現れる数として想像した、架空の数の概念である。この概念はリヒャルト・デーデキントによる環のイデアルの定義へと発展した。
定義
理想数そのものは直接定義されず、円分整数に「理想因子が含まれるかどうか」だけが定義されるテンプレート:Sfn。この定義を述べる。
テンプレート:Mvar を奇素数、テンプレート:Mvar を 1 の テンプレート:Mvar 乗根とする。現代の慣例とは記号の使い方が異なるが、テンプレート:Harvtxt はこのように記号を使っている。以下もクンマーの記号の使い方にあわせる。
テンプレート:Mvar を テンプレート:Mvar とは異なる素数とするテンプレート:Efn。テンプレート:Mvar を テンプレート:Math となる最小の正整数とする。テンプレート:Mvar は テンプレート:Math を割り切るので テンプレート:Math と置くとこれは正整数である。整数 テンプレート:Mvar を テンプレート:Mvar を法としての原始根とする。つまり テンプレート:Mvar が定める テンプレート:Math での剰余類がこの巡回群の生成元となるようなものとする。
テンプレート:Math と置く。これはテンプレート:仮リンクと呼ばれている。0番目は テンプレート:Math と略記する。クンマーはガウス周期の整数による一次結合全体 テンプレート:Math が環になることを示した。これにより テンプレート:Math と テンプレート:Math は等しいので、この環は後者の記号で表すことにする。当時「環」という概念は無かったので、クンマーはこれを「周期の有理整関数は周期の一次結合として表示できる」と言い表している。
テンプレート:Math の元は テンプレート:Math と表すことにする。一般には テンプレート:Math と テンプレート:Math は異なる[1]。したがって後者の環のすべての元を整数係数の多項式 テンプレート:Mvar を使って テンプレート:Math と表すことはできない。そのため テンプレート:Math という書き方は誤解を招きやすいのであるが、クンマーにならって テンプレート:Math の整数係数の一次結合をこのような記号で表すことにする。
テンプレート:Math を根に持つ整数係数のモニック多項式が存在し、それは テンプレート:Math で テンプレート:Mvar 個の根を持つテンプレート:Efn。 整数 テンプレート:Math を テンプレート:Math するとその根になるものとする。テンプレート:Math を一つ取ると、環準同型 テンプレート:Math であって テンプレート:Mvar の像が テンプレート:Math の剰余類になるものが唯一存在する。クンマーの時代に「環準同型」という概念は無かったので クンマーは テンプレート:Math の テンプレート:Mvar を テンプレート:Math に置き換えて合同式を考える、というような表現をしている。簡潔に述べるため、ここでは「環準同型」の言葉を用いる。
テンプレート:Math を一変数の整数係数多項式として テンプレート:Math を考える。これは今日でいうところの円分整数であるが、クンマーは「複素数」と呼んでいる。またアルファベットの テンプレート:Mvar はもう使ってしまっているので記号は重複しているのであるが、多項式の方の テンプレート:Mvar は必ず テンプレート:Math として使うことにして区別する。
以上の準備のもと、クンマーは テンプレート:Math が
を満たすとき「テンプレート:Math は 置換 テンプレート:Math に属する テンプレート:Mvar の理想素因子を含む」と定義したテンプレート:Sfn。この合同式の定義は次の通りである。まず テンプレート:Math を テンプレート:Math の元 テンプレート:Math(テンプレート:Math)を使って テンプレート:Math として表す(表せる)。そしてすべての テンプレート:Mvar に対して テンプレート:Math が成り立つこと、つまり テンプレート:Math を先ほどの環準同型で送ると 0 になることを先の合同式の定義とする。
クンマーはこの合同式で理想因子が含まれるかどうか判定することを化学で例えて「試薬によって生じる沈殿物で溶液に含まれる元素を決定するようなもの」と言っているテンプレート:Sfn。
イデアル論を使った解釈
記号は今までと同じとする。クンマーが定義した環準同型 テンプレート:Math の核を テンプレート:Math とする。これは剰余環が整域(更に強く体)なので素イデアルである。これを延長したイデアル テンプレート:Math も テンプレート:Math の素イデアルである(後述)。円分整数 テンプレート:Math がこの素イデアルに含まれることと「置換 テンプレート:Math に属する テンプレート:Mvar の理想素因子を含む」ことは同値である。このことは次のように状況を整理すれば判明する。
- 代数体 テンプレート:Math は円分体であり、有理数体 テンプレート:Math の テンプレート:Math 次の巡回拡大である。テンプレート:Math は テンプレート:Math の部分体で、テンプレート:Math 上の拡大次数は テンプレート:Mvar である。これは テンプレート:Mvar の共役が テンプレート:Math 達でこれらが互いに相異なることから分かる。
- テンプレート:Math の整数環は テンプレート:Math である。また、テンプレート:Math の整数環は テンプレート:Math である。さらに強く、テンプレート:Math は整基底であるテンプレート:Sfn。
- 素数 テンプレート:Mvar は テンプレート:Mvar と異なる素数なので、拡大 テンプレート:Math での テンプレート:Mvar の分岐指数は 1、剰余次数は テンプレート:Mvar である。よってガロア拡大における素イデアルの分解理論から、テンプレート:Mvar は拡大 テンプレート:Math において テンプレート:Math 個の素イデアルに分解する。
- また、テンプレート:Mvar の分解体は テンプレート:Math である。これは分解体の テンプレート:Math 上の拡大次数が テンプレート:Math と同じく テンプレート:Mvar であることと テンプレート:Math が巡回拡大であることから分かる。したがって テンプレート:Math においても テンプレート:Mvar は テンプレート:Mvar 個の素イデアルに分解する。
- テンプレート:Math は剰余体の標数が テンプレート:Mvar なので、この テンプレート:Mvar 個の素イデアルのうちの一つである。
- テンプレート:Math が テンプレート:Mvar の分解体なので、テンプレート:Math は拡大 テンプレート:Math で分解せず、剰余体の拡大のみ起きる。したがって テンプレート:Math は テンプレート:Math の素イデアルである。
- 有限体 テンプレート:Math は有限体 テンプレート:Math の テンプレート:Mvar 次拡大である。また テンプレート:Math の剰余類がその基底である。
- したがって、テンプレート:Math が テンプレート:Math で 0 になることと、すべての テンプレート:Math が テンプレート:Math で 0 になることは同値である。また、テンプレート:Math の テンプレート:Math での剰余類は テンプレート:Math の テンプレート:Math での剰余類と自然に同一視できる。
- 以上から、円分整数 テンプレート:Math が素イデアル テンプレート:Math に含まれることと「置換 テンプレート:Math に属する テンプレート:Mvar の理想素因子を含む」ことは同値である。
象徴的に言えば、「理想素因子を含む」の定義はイデアル論での「素イデアルを含む」の定義と完全に一致している、ということになる。
歴史
クンマーは円分体では一意分解が必ずしも成立しないことを1844年にマイナーな雑誌でまず公表した。これは1847年にリウヴィルの数学誌で再版された。これに続き、1846年と1847年の論文で彼は彼の主定理、つまり(実際の、また理想の)因子への一意分解定理を公表した。
クンマーはフェルマーの最終定理への興味に導かれて「理想複素数」の概念に至ったと広く信じられている。また、ディリクレによって彼の議論が一意分解に依存していることを指摘されるまで、クンマーは(ラメのように)フェルマーの最終定理を証明できたと勘違いしていた、という物語もよく目にする。しかし、この物語は1910年にクルト・ヘンゼルによってはじめて語られたものであるが、ヘンゼルの情報源の一つには混乱があった(それを裏付ける証拠もある)。テンプレート:仮リンクによれば、クンマーの主な興味がフェルマーの最終定理にあったとする信仰は「はっきりと誤り」である(Edwards 1977, p. 79)。λ で素数を表し α で 1 の λ 乗根を表すクンマーの記号の使い方や、 を満たす素数の「1 の 乗根から構成される複素数」への分解の研究はすべてテンプレート:仮リンクを扱ったヤコビの論文を踏襲している。クンマーの1844年の論文はケーニヒスベルク大学の創立記念に寄せたものでヤコビに捧げることを意図したものであった。クンマーはフェルマーの最終定理を1830年代に研究していたので、おそらく彼の理論がフェルマーの最終定理に対して何か意味することのあることを気づいていたが、ヤコビ(とガウス)が興味を持っていたテーマ、つまり高次相互法則のほうが彼にとってより重要であった、とするほうがよりありそうなことと考えられる。クンマーは自身の正則素数に対するフェルマーの最終定理の証明を「整数論において重要なものというより珍品」だと言っており、高次相互法則(彼は「予想」と書いている)を「主要なテーマであり現代整数論の頂点」と言っている。ただし、後者の発言はクンマーが相互法則に関する研究に成功して興奮冷めやらぬころになされたもので、それはフェルマーの最終定理の研究が息切れしていたときだったので、割り引いて聞いたほうがいいかもしれない。
クンマーのアイデアを一般の場合に拡張することはクロネッカーとデデキントによってその後の40年で独立に達成された。直接的な一般化は非常な困難に遭遇したので、ついにはこれがデデキントを加群とイデアルの理論の創造に導くことになった。クロネッカーは"form"(二次形式の一般化)の理論と因子の理論を切り拓くことによって困難に立ち向かった。デデキントの貢献は環論と抽象代数学の基礎になり、クロネッカーの手法は代数幾何学の重要なツールになった。
脚注
注釈
出典
関連項目
参考文献
- ニコラ・ブルバキ, Elements of the History of Mathematics. Springer-Verlag, NY, 1999.
- テンプレート:仮リンク, Fermat's Last Theorem. A genetic introduction to number theory. Graduate Texts in Mathematics vol. 50, Springer-Verlag, NY, 1977.
- C.G. Jacobi, Über die complexen Primzahlen, welche in der theori der Reste der 5ten, 8ten, und 12ten Potenzen zu betrachten sind, Monatsber. der. Akad. Wiss. Berlin (1839) 89-91.
- E.E. Kummer, De numeris complexis, qui radicibus unitatis et numeris integris realibus constant, Gratulationschrift der Univ. Breslau zur Jubelfeier der Univ. Königsberg, 1844; reprinted in Jour. de Math. 12 (1847) 185-212.
- E.E. Kummer, Über die Zerlegung der aus Wurzeln der Einheit gebildeten complexen Zahlen in ihre Primfactoren, Jour. für Math. (Crelle) 35 (1847) 327-367.
- テンプレート:仮リンク, introduction to Theory of Algebraic Integers by Richard Dedekind. Cambridge Mathematical Library, Cambridge University Press, Great Britain, 1996.
- テンプレート:Cite journal
- テンプレート:Cite arXiv
- テンプレート:Cite journal
関連文献
- テンプレート:Cite book理想数の解説がある。
- テンプレート:Cite bookクンマーの1851年の論文の解説がある。
外部リンク
- Ideal Numbers, 理想数の理論が円分整数の一意分解を救うことの証明が書かれた Fermat's Last Theorem Blog の記事
- ↑ Lawrence C. Washington, テンプレート:Google books