量子ゼノン効果

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量子力学において、量子ゼノン効果(りょうしゼノンこうか、テンプレート:Lang-en-short)とは、短時間内での観測の繰り返しにより、時間発展による量子状態の他状態への遷移が抑制される現象[1][2]。観測の頻度を高めていくと、究極的には時間発展が停まり、初期状態に留まり続けることを示唆するため、量子ゼノンパラドックスとも呼ばれる。量子ゼノンという名は「飛んでいる矢は観測している各瞬間で止まっている 」というゼノンのパラドックスに因むテンプレート:R。また、ときに英語の諺「見つめる鍋は煮え立たない」(テンプレート:En) の量子力学版に例えられる[3]。量子ゼノン効果は1977年テキサス大学オースティン校の物理学者B. ミスラとE. C. G. スダルシャンによって、提起された[4]。ミスラとスダルシャンは粒子が崩壊する不安定量子系で議論を行い、観測の繰り返しの極限では粒子が崩壊しないパラドックスが生じることを指摘した。1990年アメリカ国立標準技術研究所のW. M. イターノらの研究グループはベリリウムイオンによる3準位系を用いた実験で量子ゼノン効果を初めて実証した[5]。近年、量子情報理論では、量子ゼノン効果による量子状態の制御により、量子計算の妨げとなるデコヒーレンスを抑制する試みが提案されている。

概要

量子ゼノン効果は量子系の時間発展の短時間領域での振る舞いと観測による初期状態への射影により、普遍的に起こるテンプレート:R。量子系のハミルトニアンテンプレート:Mvar とし、初期状態を テンプレート:Math とする。また、簡略化のために換算プランク定数テンプレート:Math とする単位系をとる。このとき、シュレディンガー方程式に従う状態の時間発展は

|ψ(t)=eiHt|ψ0

で与えられる。また、初期状態から時間発展した状態が初期状態に留まる生存振幅 テンプレート:Math と生存確率 テンプレート:Math を次式で導入する。

A(t)=ψ0|ψ(t)=ψ0|eiHt|ψ0
p(t)=|A(t)|2=|ψ0|eiHt|ψ0|2

初期時刻後の短時間領域 テンプレート:Mvar では、生存振幅と生存確率は

A(δt)=1iH0δt12H20(δt)2+O((δt)3)
p(δt)=1(ΔH)2(δt)2+O((δt)4)=1(δt)2τz2+O((δt)4)

と振る舞う。但し、テンプレート:Mathランダウの記号であり、テンプレート:Math は初期状態での期待値 テンプレート:Math を表すものとする。また、

(ΔH)2=H02H20
τZ2=(ΔH)2

とおいた。ここで時間区間 テンプレート:Mathフォン・ノイマンの射影仮説に基づく観測を間隔 テンプレート:Mathテンプレート:Mvar 回行う。初期時刻後に状態が初期状態のままであるかを確認する観測を行うと、間隔 テンプレート:Mvar が十分短ければ、状態は初期状態 テンプレート:Math に射影される。その後、状態は再びシュレディンガー方程式に従って、時間発展する。よって、テンプレート:Mvar 回の繰り返し後には生存確率 テンプレート:Math

p(N)(t)=p(τ)N[1(tNτz)2]N

になる。テンプレート:Mvar を増やしていくと、テンプレート:Math は1に近づく。これは、観測の頻度を上げると初期状態から他状態への遷移が抑制されることを意味する。この現象を量子ゼノン効果と呼ぶ。

さらに テンプレート:Math とする極限をとれば、

limNp(N)(t)=1

となり、連続的に観測し続ける極限では系の状態は初期状態から動かなくなることになる。これは、例えば、放射性崩壊する量子力学的な粒子を連続的に観測し続けるならば、粒子はいつまでも崩壊しないことを示唆する。この一見して奇妙な帰結を量子ゼノンパラドックスと呼ぶ。量子ゼノン効果が広く受け入れられているのに対し、量子ゼノンパラドックスを導く観測の極限操作はあくまで机上の操作であり、物理的に可能な操作ではないという反論がなされているテンプレート:R

最も簡単な量子系として、ラビ振動を示す2状態系を考えるテンプレート:R。共鳴波長の光に応答する原子の2準位系や磁場に応答するスピン テンプレート:Sfrac の系はそうした例である。正規直交化された2状態を テンプレート:Math とすると、ハミルトニアンは2状態のエネルギー差を無視すると

H=Hint=Ω2(|12|+|21|)

と表せる[注 1]。但し、テンプレート:Math はラビ振動数である。このとき、時刻 テンプレート:Math での初期状態を テンプレート:Math とすると系の時間発展は、

eiHt=cos(Ωt/2)Iisin(Ωt/2)(|12|+|21|)(I=|11|+|22|)
|ψ(t)=eiHt|1=cos(Ωt/2)|1isin(Ωt/2)|2

であり、生存振幅と生存確率はそれぞれ、

A(t)=ψ(t)|1=cos(Ωt/2)
p(t)=|A(t)|2=cos2(Ωt/2)

で与えられる。時間区間 テンプレート:Math に観測を間隔 テンプレート:Mathテンプレート:Mvar 回行うと、 テンプレート:Mvar 回観測後の生存確率 テンプレート:Math

p(N)(t)(1Ω2τ24)2N

となり、観測回数 テンプレート:Mvar を増やしていくと、テンプレート:Math は1に近づく。

実験

最初の実験

量子ゼノン効果は1990年にアメリカ国立標準技術研究所のW. M. イターノらの実験によって、初めて確認されたテンプレート:R。イターノらの実験はベリリウムイオン9Be+による3準位系を用いたものである。まず、約 テンプレート:Valのベリリウムイオンは、電場と磁場を組み合わせたテンプレート:仮リンクに閉じ込められ、レーザー冷却で冷却される。ベリリウムイオンは最初にレーザー光による光ポンピングで準位1の状態 テンプレート:Math に準備される。ここで共鳴無線周波数の磁場パルスを印加することで、準位1の状態 テンプレート:Math と準位2の状態 テンプレート:Math の間でラビ振動が起きる。ここで初期状態が テンプレート:Math であるとき、時刻 テンプレート:Mvar での テンプレート:Mathテンプレート:Math の生存確率はそれぞれ、

p1(t)=cos2(Ωt/2)=12{1+cos(Ωt)}
p2(t)=sin2(Ωt/2)=12{1cos(Ωt)}

で与えられる。但し、テンプレート:Math はラビ振動数である。もし、この磁場パルスの印加時間を テンプレート:Mathテンプレート:Mvarパルス)とすると、時刻 テンプレート:Mvar には状態は完全に テンプレート:Math に遷移し、

p2(T)=1

となる。一方、準位3の状態 テンプレート:Math は崩壊により、準位1の状態 テンプレート:Math のみに遷移することが可能な不安定状態である。状態 テンプレート:Math から状態 テンプレート:Math への崩壊では光子が放出される。テンプレート:Math から テンプレート:Math への励起はレーザー光の照射で生じさせることができる。このレーザー光の短時間での照射は観測に対応し、ラビ振動での テンプレート:Mathテンプレート:Math重ね合わせ状態は、テンプレート:Math または テンプレート:Math に射影される。テンプレート:Math に射影された場合、状態は テンプレート:Math に励起された後、光子の放出ともに テンプレート:Math に崩壊する。一方、テンプレート:Math に射影された場合、状態は テンプレート:Math に励起されず、光子の放出は起きない。共鳴磁場パルスの印加中に充分短い時間でのレーザー光照射を等間隔で テンプレート:Mvar 回繰り返すと、量子ゼノン効果により、時刻 テンプレート:Mvar での状態 テンプレート:Math の生存確率は

p2(T)=12{1cosN(π/N)}

になると予想されるが、イターノらの実験結果はこの予想を再現した。

 上記のようにイターノらはB. ミスラとE. C. G. スダルシャンが用いたフォン・ノイマンの射影仮説に基づいて上記のテンプレート:Math の公式を導いたが、その導出は射影仮説を援用せずにシュレディンガー方程式の解として純粋に力学過程として導き出すことができることが示されている[6]。そういう意味で、イターノらの実験結果によって、フォン・ノイマンの観測の理論の射影仮説に対する実験的検証がなされた訳でない。

不安定量子系

当初、ミスラとスダルシャンが提唱した不安定量子系での量子ゼノン効果は、2001年にテキサス大学オースティン校のテンプレート:仮リンクが率いる研究グループによって、初めて実証された[7]。レイゼンらは、極低温で光学トラップに閉じ込められたナトリウム原子のトンネル現象を用いた不安定量子系で、量子ゼノン効果と量子アンチゼノン効果を実現させた。この実験では、まず約 テンプレート:Valのナトリウム原子がレーザー冷却による光モラサス効果と磁気光学トラップで極低温状態に置かれる。その後、ナトリウム原子は光学トラップでトラップされる。実験で用いられた光学トラップのポテンシャル加速度 テンプレート:Mvar で運動する余弦波 の周期ポテンシャル テンプレート:Math である。トラップされたナトリウム原子は光学トラップとともに移動するため、一定時間後に冷却レーザー照射下の光モラサス状態で、ルミネッセンスCCDカメラで空間分布を確認することでトラップされた量を判別できる。加速度運動する光学トラップの並進座標系からみるとこの原子は傾斜した定在波のポテンシャル(洗濯板ポテンシャル)テンプレート:Math を受ける。但し、テンプレート:Mvar加速度座標系での位置座標、テンプレート:Mvar は原子の質量である。この系では加速度を変えることで傾斜を調整することができる。このポテンシャルにより、原子のエネルギーバンドが形成される。エネルギーが最低次のバンドはナトリウム原子がポテンシャルに完全にトラップされた束縛状態にあり、2番目のバンドでは部分的にトラップされる。それよりエネルギーが上のバンドではナトリウム原子はほぼ自由状態となる。量子力学的なトンネル効果により、トラップされた束縛状態から自由な連続スペクトル状態に遷移でき、不安定量子系である。レイゼンらの実験では、まず最低次のバンドのみにナトリウム原子が捕獲された状態を準備し、この状態から加速度をトンネリングが可能な加速度 テンプレート:Math に変化させた。トンネル効果でポテンシャルから脱出したナトリウム原子は、空間分布から確認することができる。

脚注

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注釈

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出典

テンプレート:Reflist

関連項目

外部リンク

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