統計集団
テンプレート:統計力学 統計集団(とうけいしゅうだん、テンプレート:Lang-en-short)とは、統計力学における基本的な概念の一つで、巨視的に同じ条件下にある力学的に同じ系を無数に集めた仮想的な集団である[1][2]。統計的(とうけいてき)アンサンブル、確率集団(かくりつしゅうだん)、ギブズ集団、あるいは単にアンサンブルとも呼ばれる。 アンサンブルの考え方はウィラード・ギブズによって初めて導入された[1]。
巨視的には同じ条件下にあっても、力学系が取り得る力学的な状態は一つに定まらない。統計力学の立場では各々の力学状態が確率的に表れるものと考える。アンサンブルの考え方では、無数に集めた系の内である状態を取っている系の割合を、系がその状態を取る確率であると考える[1]。この確率で重み付けしたテンプレート:何の加重平均をアンサンブル平均と呼ぶ。系に課される条件の違いに応じたアンサンブルを考えることができて、状態の出現確率はアンサンブルによって異なる。
概要
ボルツマンらによる気体分子運動論の立場では、理想気体を多数の分子の集まりであると考える[2]。多数の分子が衝突を繰り返して、個々の分子の力学状態が確率的に現れるものと見なされる(分子的混沌)。当時はまだ分子の存在が確証されていなかったため批判を受けた。 これに対して統計集団の立場では、力学系全体の力学状態が確率的に現れるものと見なされる[2]。この立場では必ずしも分子の存在を仮定する必要がない。今日では統計集団の考え方が統計力学の主流となった。
気体分子運動論の立場では テンプレート:Mvar-粒子系の状態は テンプレート:Mvar-空間に分布する テンプレート:Mvar 個の点の集まりとして表され[2]、テンプレート:Mvar-空間上の分布関数から気体の性質が導かれる[2]。 一方、統計集団の立場では同じ テンプレート:Mvar-粒子系の状態がテンプレート:Mvar-空間の一つの点として表される[2][3]。系の無数のコピーであるアンサンブルは テンプレート:Mvar-空間に分布する点の集まりとして表される[3]。
主要なアンサンブル

巨視的な制約条件が異なれば、アンサンブルも異なり、それに特定の統計的性質がある。次のようなものが代表的である:[4]
- 小正準集団
- (ミクロカノニカルアンサンブル、microcanonical ensemble、NVE ensemble)
- 全エネルギーが一定である系のアンサンブル。熱的に孤立しており、熱力学的には孤立系に当たる。系が許す全ての微視的状態は同じ確率で現れる(等確率の原理)。つまり、微視的状態テンプレート:Mvarが出現する確率テンプレート:Mathは
- で与えられる[5]。ここで、テンプレート:Mathは系が取りうる微視的状態の総数であり、テンプレート:Mathはエントロピーと
- の関係にある[6](ボルツマンの原理)。
- 正準集団
- (カノニカルアンサンブル、canonical ensemble、NVT ensemble)
- 巨大な熱浴との間でエネルギーをやりとりできる系のアンサンブル。熱浴の熱容量は十分大きく、系の温度は一定であると仮定できるとする。これは閉鎖系に当たる。この集団で、微視的状態テンプレート:Mvarが出現する確率テンプレート:Mathは
- で与えられる[7]。ここで、テンプレート:Mvarは逆温度、テンプレート:Mathは微視的状態テンプレート:Mvarのエネルギーである。テンプレート:Mvarは
- で定義される分配関数[8]と呼ばれる量である。テンプレート:Mathはヘルムホルツの自由エネルギーと
- の関係にある[9]。
- 大正準集団
- (グランドカノニカルアンサンブル、grand canonical ensemble)
- やはり熱浴と接触しているが、粒子のやり取りもでき、温度が一定であるような統計集団である。微視的状態テンプレート:Mvarが出現する確率テンプレート:Mathは
- で与えられる[10]。ここで、テンプレート:Mvarは逆温度、テンプレート:Mvarは化学ポテンシャル、テンプレート:Math、テンプレート:Mathは微視的状態テンプレート:Mvarのエネルギーと粒子数である。テンプレート:Mathは
- で定義される大分配関数[10]と呼ばれる量である。テンプレート:Mathはグランドポテンシャルテンプレート:Mathと
古典力学系のアンサンブル
エルゴード仮説
分子の状態に相関がない分子的混沌状態を仮定すれば、十分長い時間スケールに対して、系の時間発展に伴って可能な総ての微視的状態をとると考えられ、これはエルゴード仮説と呼ばれる[12]。エルゴード仮設により、同一の力学系を無数に集めたアンサンブルは、1つの力学系を繰り返し観測することと同等であると考えることができる[12][13]。
エルゴード仮説が等確率の原理を根拠付けると考えられており、統計力学を基礎付けるとされてきたが[12]、今日では統計力学の基礎付けとしては的を外しているという主張も専門家によってなされている[14][15][16]。
脚注
- ↑ 1.0 1.1 1.2 市村『統計力学』pp.66-67, §13.1
- ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 2.4 2.5 久保『熱学・統計力学』 pp.196-198, §5.2
- ↑ 3.0 3.1 "Statistical Physics 1" p.19
- ↑ 小正準集団、正準集団、第正準集団における要約は、北 孝文『演習しよう熱・統計力学』p.93、p.95、p.98を参考にした。
- ↑ 田崎『統計力学Ⅰ』 p.93
- ↑ 田崎『統計力学Ⅱ』p.321
- ↑ 田崎『統計力学Ⅰ』 p.106
- ↑ 田崎『統計力学Ⅰ』 p.107
- ↑ 田崎『統計力学Ⅰ』p.123
- ↑ 10.0 10.1 田崎『統計力学Ⅱ』 p.293
- ↑ 田崎『統計力学Ⅱ』p.295、p.316
- ↑ 12.0 12.1 12.2 市村『統計力学』pp.64-66, §12.2
- ↑ 久保『熱学・統計力学』p.199,
- ↑ 田崎『統計力学1』
- ↑ 田崎晴明による解説 統計力学 I, II(培風館、新物理学シリーズ)
- ↑ 大野克嗣による解説 [1](Statistical Mechanics, Japanese versionというpdf)