j-不変量

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複素平面内のクラインの j-不変量

数学では複素変数 τ の函数であるフェリックス・クラインj-不変量 (j-invariant)(もしくはj-函数)とは、複素数の上半平面上に定義された テンプレート:Math のウェイト 0 のモジュラー函数である。テンプレート:Mvar-不変量として、尖点で一位の極を持つ以外は正則な関数であり、次を満たすものが一意に定まる。

j(e23πi)=0,j(i)=1728

テンプレート:Mvarの有理函数はモジュラーであり、実際にすべてのモジュラー函数を与える。古典的には、テンプレート:Mvar-不変量は テンプレート:Math 上の楕円曲線のパラメータ化として研究されていたが、驚くべきことに、モンスター群の対称性との関係を持っている(この関係はモンストラス・ムーンシャインと呼ばれる)。

定義

テンプレート:Further

j-不変量はある無限和(下記の g2, g3 を参照)で純粋に定義することができるが、これらは楕円曲線の同型類を考えることが動機となる。C 上のすべての楕円曲線 E は複素トーラスであるので、ランク 2 の格子、つまり C の 2 次元格子と同一視できる。格子の互いに平行な反対側の辺を同一視することで、そのようにみなすことができる。複素数を格子に掛けることは格子の回転やスケーリングに対応し、これらは楕円曲線の同型類を保存することがわかり、このことから、格子を 1 と上半平面 H のある元 τ によって生成されると考えてよい。逆に、

g2=60(m,n)(0,0)(m+nτ)4,
g3=140(m,n)(0,0)(m+nτ)6,

と定義すると、この格子はヴァイエルシュトラスの楕円函数を通して、y2 = 4x3 − g2x - g3 で定義された C 上の楕円曲線に対応する。このとき、j-不変量は、

j(τ)=1728g23Δ

と定義される。ここにモジュラー判別式(modular discriminant) Δ は

Δ=g2327g32

である。

Δ はウェイト 12 のモジュラー形式であることと、g2 はウェイト 4 のモジュラー形式であるのでその3乗はウェイト 12 であることを示すことができる。したがって、 j がこれらの商であることから j はウェイト 0 のモジュラ函数であり、特に、SL(2, Z) の作用の下に不変な有理型函数 HC である。以下に説明するように j は全射であり、このことは C 上の楕円曲線の同型類と複素数の間の全単射を与えることを意味する。

基本領域

上半平面上に作用するモジュラ群の基本領域

2つの変換 τ → τ + 1 と τ → -τ−1モジュラ群と呼ばれるを生成し、この群は射影特殊線型群 PSL(2, Z) と同一視できる。この群に属する適当な変換

τaτ+bcτ+d,adbc=1,

を選択することにより、τ を j のテンプレート:仮リンク(fundamental region)内にあり j に対して同じ値をとる、ある値に帰着させることができる。基本領域は次の条件を満たす τ から構成されている。

|τ|112<(τ)1212<(τ)<0|τ|>1.

函数 j (τ) をこの領域へ制限すると、複素数 C のすべての値をちょうど一度だけ取る。言い換えると、C すべての元 c に対し、c = j(τ) となる基本領域の元 τ が一意に存在する。このように、j は基本領域を全複素平面へ写像するという性質を持っている。

リーマン面として、基本領域の種数は 0 であり、すべての(レベル 1 の)モジュラー函数は j有理函数であり、逆に、j のすべての有理函数はモジュラー函数である。言い換えると、モジュラー函数全体のなす体は C(j) である。

類体論と j-不変量

j-不変量は、多くの注目すべき性質を有する。

  • τ が虚数乗法である、すなわち、虚数部が正である虚二次体の任意の元である(従って、j-不変量が定義される)ならば、j(τ) は代数的整数である[1]
  • Λ を {1, τ} で生成される C の中の格子とすると、乗法の下に Λ を固定する Q(τ) のすべての元が、テンプレート:仮リンク(order)と呼ばれる環の単位元(unit)を形成することが容易にわかる。同様に、同じ整環の生成子 {1, τ′} を持つ格子は、Q(τ) 上で j (τ) の代数的共役である j (τ') を定義する。包含関係に従い、Q(τ) の唯一の最大整環は、Q(τ) の代数的整数の環であり、その環を持つ τ の値は、Q(τ) の不分岐拡大を導く。

これらの古典的な結果は、虚数乗法論の出発点となっている。

超越的性質

1937年、テンプレート:仮リンク(Theodor Schneider)は、前述の τ が上半平面で二次の無理数であれば j(τ) は代数的数であるということを証明した。加えて、 τ が代数的数だが虚二次体の数でないならば、j(τ) は超越数であることをも証明した。

j-函数は数多くの超越的性質を持つ。テンプレート:仮リンク(Kurt Mahler)はマーラー予想とも呼ばれる特別な超越性を予想し、1990年代にユーリ・ネステレンコ(Yu. V. Nesternko)とパトリス・フィリポン(Patrice Phillipon)の結果の系として証明された。マーラー予想とは、τ が上半平面にあればexp(2πiτ) と j(τ) は双方が同時に代数的にはならないであろうという予想である。現在はより強い結果が知られていて、例えば、exp(2πiτ) が代数的であれば次の 3つの数は代数的に独立で、超越数になる。

j(τ),j(τ)π,j(τ)π2.

q-展開とムーンシャイン

j の注目すべき性質のいくつかは、q = exp(2πiτ) でのローラン級数として書かれるq-展開フーリエ級数展開)に関連している。q-展開は、

j(τ)=1q+744+196884q+21493760q2+864299970q3+20245856256q4+

で始まっている。

なお、 j は尖点で一位の単純極を持つので、q-展開には q−1 未満の項がない。

このフーリエ係数はすべて整数であり、このことがいくつかの概整数、例えば有名なテンプレート:仮リンク(Ramanujan's constant)の理由となる。

eπ1636403203+744

テンプレート:Math の係数のテンプレート:仮リンク(asymptotic formula)は、テンプレート:仮リンク(Hardy–Littlewood circle method)で示すことができたように、

e4πn2n3/4,

により与えられる。[2][3]

ムーンシャイン

テンプレート:Main さらに注目すべきは、q の正のべき乗の項のフーリエ係数がテンプレート:仮リンク(moonshine module)と呼ばれるモンスター群の無限次元次数付き代数表現の次数部の次元であることである。特に、qn の係数は、ムーシャイン加群の次数 n の次元となっている。第一の例はテンプレート:仮リンク(Griess algebra)であり、この代数は次元 196,884 で、項196884q に対応している。この驚くべき観察がムーンシャイン理論の出発点であった。

ムーンシャイン予想の研究は、ジョン・ホートン・コンウェイテンプレート:仮リンク(Simon P. Norton)により種数 0 のモジュラ函数を見つけることに発展した。ジョン・G・トンプソンは、

q1+O(q)

という形式に正規化される種数 0 のモジュラ函数が、有限個しか存在しないことを証明した。

別の表現

λ をテンプレート:仮リンク(modular lambda function)とし、x = λ(1−λ) と置くと

j(τ)=256(1x)3x2

を得る。

λ(τ)=θ24(0,τ)θ34(0,τ)=k2(τ)

は、ヤコビのテータ函数 θm の比率であり、楕円モジュラス k(τ) の二乗である。[4] λ が次の非調和比(cross-ratio)の 6つの値で入れ替わるときは、j の値は不変である[5]

{λ,11λ,λ1λ,1λ,λλ1,1λ}.

j の分岐点は {0, 1, ∞} であるので、テンプレート:仮リンク(Belyi function)である[6]

テータ函数による表現

q=eπiτノーム)と定義し直すと、ヤコビのテータ函数

ϑ(0;τ)=ϑ00(0;τ)=1+2n=1(eπiτ)n2=n=qn2

から指標付きテータ函数を導くことができる。次のように置くこととする。

a=θ2(0;q)=ϑ10(0;τ)
b=θ3(0;q)=ϑ00(0;τ)
c=θ4(0;q)=ϑ01(0;τ)

ここに θmϑn は記法を変えたものとした。すると、ヴァイエルシュトラス定数 g2, g3デデキントのエータ函数 η(τ) に対して、

g2(τ)=23π4(a8+b8+c8)
g3(τ)=427π6(a8+b8+c8)354(abc)82
Δ=g2327g32=(2π)12η(τ)24=(2π)12(12abc)8

となる。このようにすると、j (τ) を早く計算できる形に書き換えることができる。

j(τ)=1728g23g2327g32=32(a8+b8+c8)3(abc)8.

ただし、

a4b4+c4=0

であることに注意する。

代数的定義

今までは、j を複素変数の函数として考えてきたが、楕円曲線の同型類の不変量としては、j を純粋に代数的に定義することもできる。

y2+a1xy+a3y=x3+a2x2+a4x+a6

を任意の体の上の平面楕円曲線とすると、

b2=a12+4a2,b4=a1a3+2a4
b6=a32+4a6,b8=a12a6a1a3a4+a2a32+4a2a6a42
c4=b2224b4,c6=b23+36b2b4216b6

と定義することができ、

Δ=b22b8+9b2b4b68b4327b62

と表すと、これは楕円曲線の判別式を表している。

ここで、楕円曲線の j-不変量を

j=c43Δ

と定義する。

楕円曲線が定義されている体の標数が 2 もしくは 3 でない場合に、この定義は

j=1728c43c43c62

と書き直すことができる。

逆函数

j-不変量の逆函数は、超幾何函数 2F1 で表すこともできる(テンプレート:仮リンク(Picard–Fuchs equation)も参照)。与えられた数値 N に対して 式 j(τ) = N を τ について解くためには、少なくとも 4つの方法が知られている。

方法 1: テンプレート:仮リンク(modular lambda function) λ の6次式を解く方法。

j(τ)=256(1λ(1λ))3(λ(1λ))2.

x = λ(1−λ) とすると 6次式は x の 3次式となる。すると、λ の 6つの値のどれに対しても、

τ=i 2F1(12,12,1,1λ)2F1(12,12,1,λ)

となる。

方法 2: γ の 4次式を解く方法。

j(τ)=27(1+8γ)3γ(1γ)3.

任意の 4つのに対して、

τ=i32F1(13,23,1,1γ)2F1(13,23,1,γ)

となる。

方法 3: β の 3次式を解く方法。

j(τ)=64(1+3β)3β(1β)2.

すると、任意の 3つの根に対し、

τ=i22F1(14,34,1,1β)2F1(14,34,1,β)

となる。

方法 4: α の 2次式を解く方法。

j(τ)=17284α(1α).

すると、

τ=i 2F1(16,56,1,1α)2F1(16,56,1,α)

となる。

2つの根は τ と -1/τ であるが、j (τ) = j (-1/τ) であるために、どの α を選んでも差異はない。後半 3つの方法は、ラマヌジャンの交代基底についての楕円函数論で発見された。

逆函数は、これらの根の比率が有界でないにもかかわらず、楕円函数の周期の高精度な計算を通して、うまく適用することが可能である。また、関連する帰結として、2 のべきの大きさをもつ虚数軸上の点で j の値が二次の根となることを通して(逆関数を)表すことができる(このようにして、定規とコンパスによる作図が可能となる)。レベルが 2 のモジュラ函数は 3次式であるので、この結果は自明ではない。

π公式

テンプレート:仮リンク(Chudnovsky brothers)は、1987年に、

1π=126403203/2k=0(6k)!(1633344418k+13591409)(3k)!(k!)3(640320)3k

を発見し、j(1+1632)=6403203 という事実を示すことに使用した。同様な公式は、テンプレート:仮リンク(Ramanujan-Sato series)を参照。

ボーチャーズの積公式

次はリチャード・ボーチャーズによって発見された[7]

j(τ)j(τ)=1qn,m=1(1qnqm)cnm

である(ここでc_nはj関数のq展開におけるq^nの係数).

特殊値

j-不変量は、テンプレート:仮リンク(fundamental domain)の「角」

12(1+i3)

では 0 となる。

以下に、いくつかの特殊値を示すテンプレート:疑問点範囲

J(i)=J(1+i2)=1J(2i)=(53)3J(2i)=(112)3J(22i)=125216(19+132)3J(4i)=164(724+5132)3J(1+2i2)=164(7245132)3J(1+22i3)=125216(19132)3J(3i)=127(2+3)2(21+203)3J(23i)=12516(30+173)3J(1+73i2)=640007(651+14221)3J(1+311i10)=6427(23433)2(77+1533)3J(21i)=1128(3+7)5(17+73+597+3521)3J(30i1)=14(7+52+35+210)4(55+302+125+1010)3J(30i2)=14(7+5235210)4(55+3021251010)3J(30i5)=14(752+35210)4(55302+1251010)3J(30i10)=14(75235+210)4(55302125+1010)3J(1+31i2)=(1(1+192(139313+9331+2731273+13+931393312731+273))2)3J(5i)=(1+945(13+55)2)3J(5i+12)=(1945(1355)2)3J(6i)=1216(2+3)10(231+3803+(204+1583)124)3J(70i)=(1+94(303+2202+1395+9610)2)3J(94i)=(1+98192(3+22+9+82)8(8+(12+9+82)(2+22+3+42+39+82))2)3J(7i)=(1+932284(3+7)3(13+37+(6+7)284)2)3J(8i)=(1+9424(1+2)(123+10424+882+7384)2)3J(10i)=(1+98(2402+160754+1074254+7191254)2)3J(5i2)=(1+98(2402160754+10742547191254)2)3J(130i)=(1+94(7392+32895+204013+91765)2)3J(190i)=(1+18(31570+223232+141395+999810)2)3J(258i)=(1+9256(1+2)5(5+29)5(793+9072+23729+10358)2)3J(1+1435i2)=(19(9892538+44240795+154495541+690925205)2)3J(1+1555i2)=(19(22297077+99715565+(3571365+15971635)31+2152)2)3

2014年にはいくつかの特殊値が計算された[8]

J(5i+24)=(19(1+5)382412(74857622+1479530721054(17822212+31485128910))2)3J(10i+12)=(19(1+5)382412(74857622+14795307210+54(17822212+31485128910))2)3J(5i4)=(1+9(1+5)382412(7485+7622+14795+30721054(178+22212+31485+128910))2)3J(20i)=(1+9(1+5)382412(7485+7622+14795+307210+54(178+22212+31485+128910))2)3

これ以前に示したすべての値は実数である。複素共役のペアは、J(10i)J(5i/2) に対し、参考文献のように値に沿って、上記のように対称的になっていると推察される。

J(5i±14)=(198((240210745)i±(16077195)54)2)3

4つの特殊値は、2つの複素共役のペアにより与えられる[9]

J(4(5i±1)13)=(19(15)382412(7485762214795+307210±i54(1782221231485+128910))2)3J(5(4i±1)17)=(1+9(15)382412(7485+762214795307210±i54(178+2221231485128910))2)3

参考文献

テンプレート:Reflist