冪等元

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抽象代数学において、二項演算 ∗ をもった集合の元 テンプレート:Mvarテンプレート:Math であるときに冪等元(べきとうげん、テンプレート:Lang-en-short)あるいは単に冪等テンプレート:Lang-en-short)と呼ばれる。これはその特定の元における二項演算の冪等性を反映している。

ベンジャミン・パース (1809–1880)

環論において(積に関する)冪等元は特に重要である。一般の環に対して、冪等元は加群の分解や環のホモロジー的性質と深く関わっている。この概念は テンプレート:Harvtxt によって導入されたテンプレート:Sfn

本記事は環論的な意味の冪等元を扱う。

定義

冪等元(あるいはべき等元)とは テンプレート:Math を満たす元 テンプレート:Mvar であるテンプレート:Sfn[注釈 1]。ふたつの冪等元 テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarテンプレート:Math であるとき、直交 (orthogonal) するというテンプレート:Sfn。たとえば テンプレート:Mvar が(単位元をもつ)環の冪等元ならば、テンプレート:Math もそうであり、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar は直交する。テンプレート:Mvar を環 テンプレート:Mvarイデアルとする。剰余環 テンプレート:Math における冪等元 テンプレート:Math は、テンプレート:Mvar のある冪等元 テンプレート:Mvar が存在して テンプレート:Math となるとき、テンプレート:Mvar を法として持ち上がる(lift modulo テンプレート:Mvar)という。

たくさんの特別な冪等元が例の節の後で定義される。

全行列環の冪等元

テンプレート:Mvar 次正方行列のなす全行列環を考える。テンプレート:Mvar単位行列テンプレート:Math 成分のみが 1 で他の成分はすべて 0 の行列を テンプレート:Mvar とおく。これらは冪等元である。さらに中心直交冪等元分解

e=e1++en

を与える。一般に全行列環の冪等元は射影行列とも呼ばれる。

テンプレート:Mathの冪等元

平方因子を持たない整数 テンプレート:Mvar に対して、テンプレート:Mvar を法とする整数の剰余環 テンプレート:Math を考えよう。中国剰余定理によって、この環は テンプレート:Mvar の素因数 テンプレート:Mvar を法とする整数の剰余体の直積に分解する。これらの直積因子の冪等元は 0 と 1 に限ることは明らかである。つまり、各因子は 2 つの冪等元をもつ。したがって テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar 個の因子をもてば、 テンプレート:Mathテンプレート:Math 個の冪等元をもつ。

6 を法とするの整数の剰余環 テンプレート:Math に対してこのことを確かめよう。6 は 2 つの因数(2 と 3)をもつから、22 個の冪等元をもつはずである。

02 = 0 = 0 (mod 6)
12 = 1 = 1 (mod 6)
22 = 4 = 4 (mod 6)
32 = 9 = 3 (mod 6)
42 = 16 = 4 (mod 6)
52 = 25 = 1 (mod 6)

これらの計算から、 テンプレート:Math において 0, 1, 3, 4 は冪等元であり、2 と 5 は冪等元でない。これは後述する分解の性質を証明している。テンプレート:Nowrap であるので、環の分解 テンプレート:Math が存在する。テンプレート:Math の単位元は テンプレート:Math であり、テンプレート:Math の単位元は テンプレート:Math である。

他の例

テンプレート:仮リンク の環における冪等元のテンプレート:仮リンクが存在する。

特別な冪等元

以下は重要な冪等元の部分的なリストである。

任意の非自明な冪等元 テンプレート:Mvar零因子である(なぜならば テンプレート:Math とすれば テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar も 0 でないが テンプレート:Math だからだ)。これは整域可除環は非自明な冪等元をもたないことを示している。局所環も非自明な冪等元をもたないが、これは異なる理由による。環のジャコブソン根基に含まれる唯一の冪等元が 0 だからである。

冪等元による環の特徴づけ

加群の分解における役割

テンプレート:Mvar の冪等元は テンプレート:Mvar 加群の分解と重要なつながりがある。テンプレート:Mvar を右 テンプレート:Mvar 加群とし、テンプレート:Math をその自己準同型環とすると、テンプレート:Math であることと、テンプレート:Math かつ テンプレート:Math となるような冪等元 テンプレート:Math が唯一つ存在することは同値である。すると明らかに、テンプレート:Mvar が直既約であることと、テンプレート:Mvar の冪等元が 0 と 1 のみであることが同値であるテンプレート:Sfn

テンプレート:Math のとき、自己準同型環は テンプレート:Math であり、各自己準同型はある 1 つの固定された環の元の左からの積として生じる。上で述べたことをこの場合に言い換えると、右加群として テンプレート:Math であることと、テンプレート:Math かつ テンプレート:Math となるような冪等元 テンプレート:Mvar が唯一つ存在することは同値である。したがって加群としての テンプレート:Mvar のすべての直和成分はひとつの冪等元によって生成される。

テンプレート:Mvar が中心的冪等元であれば、corner ring テンプレート:Mathテンプレート:Mvar を乗法単位元にもつ環である。冪等元が テンプレート:Mvar の加群としての直和分解を決定するのとちょうど同じように、テンプレート:Mvar の中心的冪等元は テンプレート:Mvar の環の直和としての分解を決定する。テンプレート:Mvar が環 テンプレート:Math の直和であれば、環 テンプレート:Mvar たちの単位元は、テンプレート:Mvar の中心的冪等元であり、どの 2 つも直交していて、それらすべての和は 1 である。逆に、和が 1 でどの 2 つも直交しているような テンプレート:Mvar の中心的冪等元 テンプレート:Math が与えられると、テンプレート:Mvar は環 テンプレート:Math の直和である。なので、とくに、すべての中心的冪等元 テンプレート:Mathテンプレート:Mvar の corner ring テンプレート:Mvarテンプレート:Math の直和としての分解を与える。したがって、環 テンプレート:Mvar が環として直既約であることと、単位元 1 が中心的原始冪等元であることは同値である。

単位元の直交する中心的原始冪等元の和への分解を帰納的に試みることができる。もし単位元が中心的原始冪等元であればすでに分解できている;そうでなければ、 0 でない直交する中心的冪等元の和であり、以下、各因子に対してこの手順を繰り返す。ここで起こりうる問題は、この手順が際限なく続き、直交する中心的冪等元の無限族が得られることである。「直交する中心的冪等元の無限集合を含まない」という条件は、環に対する有限性条件の一種である。たとえば環が右ネーターであることを仮定するなど、その条件が満たされるようにする方法はいくつもある。各 テンプレート:Mvar が中心原始冪等元であるような分解 テンプレート:Math が存在すれば、テンプレート:Mvar はどれも既約であるような corner ring テンプレート:Mvar の直和であるテンプレート:Sfn

体上の結合多元環テンプレート:仮リンクに対して、テンプレート:仮リンクは多元環の可換冪等元の固有空間の和としての分解である。

対合との関係

テンプレート:Mvar が自己準同型環 テンプレート:Math の冪等元であれば、自己準同型 テンプレート:Mathテンプレート:Mvarテンプレート:Mvar 加群対合である。つまり、テンプレート:Mvarテンプレート:Mathテンプレート:Mvar の恒等自己準同型であるような テンプレート:Mvar 準同型である。

テンプレート:Mvar の冪等元 テンプレート:Mvar とそれに伴う対合 テンプレート:Mvar から、テンプレート:Mvar を左加群と見るか右加群と見るかに応じて、加群 テンプレート:Mvar の 2 つの対合が生じる。テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の任意の元を表すとき、テンプレート:Mvar を右 テンプレート:Mvar 準同型 テンプレート:Math と見ることも左 R-準同型 テンプレート:Math と見ることもできる。前者ならば テンプレート:Math であり、後者ならば テンプレート:Math となる。

この過程は 2 が テンプレート:Mvar可逆元であれば逆にできる[注釈 2]テンプレート:Mvar が対合であれば、テンプレート:Mathテンプレート:Math は直交冪等元で、それぞれ テンプレート:Mvarテンプレート:Math に対応する。したがって、2 が可逆であるような環に対して、冪等元は対合と 1 対 1 に対応する

冪等元の持ち上げは テンプレート:Mvar 加群の圏に対してもまた主要な結果を持っている。ジャコブソン根基 テンプレート:Math に含まれるイデアル テンプレート:Mvar を法としてすべての冪等元が持ち上がることと、テンプレート:Mvar 加群として テンプレート:Math のすべての直和成分射影被覆を持つことは同値であるテンプレート:Sfn。冪等元は mod テンプレート:仮リンクテンプレート:Math が [[完備化 (環論)#クルル位相|テンプレート:Mvar 進完備]]であるような環ではつねに持ち上がる。

冪等元の持ち上げは特に テンプレート:Math ときに最も重要である。半完全環のさらに別の特徴づけは、 テンプレート:Math を法として冪等元が持ち上がるような半局所環であるテンプレート:Sfn

半順序構造

環の冪等元がなす集合に対し半順序

テンプレート:Math テンプレート:Math

で定めることができるテンプレート:Sfn。このとき 0 は最小の冪等元であり、1 は最大の冪等元である。直交冪等元 テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar に対し、テンプレート:Math もまた冪等元であり、テンプレート:Math および テンプレート:Math が成り立つ。原始冪等元はちょうどこの半順序のテンプレート:仮リンクであるテンプレート:Sfn

上述の半順序を環 テンプレート:Mvar の中心的冪等元がなす集合 テンプレート:Math に制限すると、ブール代数の構造を与えることができる。2 つの中心的冪等元 テンプレート:Mvar, テンプレート:Mvar に対し、結びと交わり補元はそれぞれ

テンプレート:Math
テンプレート:Math
テンプレート:Math

によって与えられる。すると順序は単に テンプレート:Mathテンプレート:Math となり、結びと交わりは テンプレート:Math および テンプレート:Math を満たす。環 テンプレート:Mvarフォン・ノイマン正則かつ右テンプレート:仮リンクであれば、 テンプレート:Math完備束であるテンプレート:Sfn

脚注

テンプレート:脚注ヘルプ

注釈

テンプレート:Notelist

出典

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参考文献

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  1. たとえば半完全環の basic idempotent はその例である テンプレート:Harv