ロジャース=ラマヌジャン恒等式
ロジャース=ラマヌジャン恒等式(ロジャース=ラマヌジャンこうとうしき、テンプレート:Lang-en-short)とは、[[q-級数|テンプレート:Mvar-級数]]の関係式[1][2][注 1]。組合せ論においては、整数分割に結びついている[3]。また数理物理学では、統計力学の可解格子模型や共形場理論に関連して現れる。イギリスの数学者レナード・ジェームス・ロジャースに1894年に導かれ[4]、後にインドの数学者シュリニヴァーサ・ラマヌジャンによって、1913年以前のどこかで再発見された[5]。ラマヌジャンと親交が深く、共同研究者であった数学者ゴッドフレイ・ハロルド・ハーディは、“ロジャース=ラマヌジャン恒等式よりも美しい公式を見つけ出すことは難しいだろう...”と述べている[6]。
内容
以下の テンプレート:Mvar-級数の関係式をロジャース=ラマヌジャン恒等式と呼ぶ。
1番目の式を第1恒等式、2番目の式を第2恒等式と呼ぶ。これらは テンプレート:Mvar の関数として、テンプレート:Math で収束するほか、テンプレート:Mvar を不定元とする形式的ベキ級数としても見ることができる。[[q-解析|テンプレート:Mvar-解析]]で使用される[[qポッホハマー記号|テンプレート:Mvar-ポッホハマー記号]]
を用いれば、
と表すことができる。
歴史
ロジャース=ラマヌジャン恒等式は、イギリスの数学者ロジャースによって最初に導出され、その証明付きの結果は論文として1894年に出版された[4]。しかし、その結果は長らく注目を浴びずに忘れ去られていた。一方で、インドに生まれて、貧しい生活ながら、数学の才能に溢れていたラマヌジャンは、彼が独自に発見した数学の公式や定理をノートブックに書き記していた。ハーディによると、ラマヌジャンは1913年以前のどこかの時点でロジャース=ラマヌジャン恒等式を得ていた[5]。但し、ラマヌジャンの数学的な結果を導く方法は、厳密な意味での証明ではなく、得られた結果についての証明は書かれなかった。1913年にラマヌジャンは自分の発見した公式をいくつか添えて、ハーディに手紙を送った。ハーディはラマヌジャンの才能を認めて、1914年にイギリスに呼び寄せた。ラマヌジャンが得たロジャース=ラマヌジャン恒等式の結果を知ったハーディ自身や、ハーディがこれを知らせた数学者たちはその証明を見つけだすことができなかった。そこで、イギリスの数学者であり、イギリス軍少佐でもあったパーシー・アレクサンダー・マクマホンは、1916年にその著書"Combinatory Analysis"の第二巻の中に、証明抜きでラマヌジャンの結果として載せた[7]。1917年に、ラマヌジャンは Proceeding of the London Mathematical Society誌の古い巻で、ロジャースの論文を偶然に見つけた。ラマヌジャンはロジャースの結果に感嘆し、ラマヌジャンはロジャースと手紙でやり取りを行なった。その結果、ロジャースは定理の証明の簡略化に至り、それをラマヌジャンとの共著論文として発表した[8]。一方、同時期に第一次世界大戦によりイギリスとの交流が断たれていたドイツにおいて、数学者イサイ・シューアは、組合せ論的な議論から、独立にロジャース=ラマヌジャン恒等式を導いた[9]。なお、ロジャースやラマヌジャンは組合せ論的な議論を行ってはおらず、組合せ論的な解釈を与えたのは、シューアとマクマホンである。
組合せ論的な解釈
組合せ論において、ロジャース=ラマヌジャン恒等式は、整数分割の母関数に関する関係式を与えている[10]。すなわち、両辺を テンプレート:Mvar のベキ乗の形で展開したときに現れる テンプレート:Math の係数は、正の整数 テンプレート:Mvar をある一定の条件を満たす形で分割したときの分割数 テンプレート:Math に対応している。 テンプレート:Mvar のベキ乗の形で展開すると、第1恒等式の両辺は
- (テンプレート:OEIS)、
第2恒等式の両辺は
となる[注 2]。
分割において、どの和因子もテンプレート:Mvar 以上の差があるとき、テンプレート:Mvar差的であるという。 第1恒等式では、左辺の無限級数は、テンプレート:Math のように和因子が2-差的となる分割の母関数を与えている。また、右辺の無限乗積は、テンプレート:Math のように和因子がテンプレート:Mvarを法としてテンプレート:Math に合同となる分割の母関数を与えている。テンプレート:Math の分割の場合、第1恒等式のベキ乗展開において、テンプレート:Mvar の係数は テンプレート:Mvar であり、これが分割の仕方の個数と一致する。同様に第2恒等式では、左辺の無限級数は、テンプレート:Math のように 和因子が2以上でテンプレート:Mvar差的となる分割の母関数を与えている。右辺の無限乗積は、テンプレート:Math のように和因子が テンプレート:Mvar を法としてテンプレート:Mathに合同となる分割の母関数を与えている。 すなわち、ロジャース=ラマヌジャン恒等式は
- 正の整数 テンプレート:Mvar の和因子がテンプレート:Mvar差的な分割数と和因子テンプレート:Mathとなる分割数は等しい
- 正の整数 テンプレート:Mvar の和因子が2以上でテンプレート:Mvar差的な分割数と和因子テンプレート:Mathとなる分割数は等しい
を意味している。
実際に第1恒等式について、テンプレート:Mathについて、対応する分割を書き下すと次のようになる[10]。但し、各和因子の現れる回数をべき指数の形で表す記法を併用した。例えば、テンプレート:Math は テンプレート:Math を表している。
| n | 分割数 | 和因子テンプレート:Mathとなる分割 | 和因子がテンプレート:Mvar差的な分割 |
|---|---|---|---|
| 1 | 1 | 11 | 1 |
| 2 | 1 | 12 | 2 |
| 3 | 1 | 13 | 3 |
| 4 | 2 | 14, 41 | 4, 3+1 |
| 5 | 2 | 15, 4111 | 5, 4+1 |
| 6 | 3 | 16, 4112, 61 | 6, 5+1, 4+2 |
| 7 | 3 | 17, 4113, 6111 | 7, 6+1, 5+2 |
| 8 | 4 | 18, 4114, 6112, 42 | 8, 7+1, 6+2, 5+3 |
| 9 | 5 | 19, 4115, 6113, 421, 91 | 9, 8+1, 7+2, 6+3, 5+3+1 |
| 10 | 6 | 110, 4116, 4212, 9111, 6141 | 10, 9+1, 8+2, 7+3, 6+3+1, 6+4 |
組合せ論的な観点からは、分割等式への深い理解は、与えられた条件を満たす和因子の2つの集合間を対応付ける全単射写像を具体的に構成することによって得られる[10]。ロジャース=ラマヌジャン恒等式に対する全単射写像は、アドリア・ガルシアとステファン・ミルンによる50ページに及ぶ論文で与えられた[11]。さらにデヴィッド・ブレスードとドロン・ザイルバーガーは全単射写像による証明を2ページまでに単純化した[12]。しかしながら、それらの証明は易しいものではなく、さらに単純な組合せ論的な証明が望まれている[10][13]。
ロジャース=ラマヌジャン連分数
テンプレート:Math に対し、
で定義される連分数をロジャース=ラマヌジャン連分数という[14]。 ロジャース=ラマヌジャン恒等式に現れる無限乗積を
とおくと、
が成り立つ。この結果はロジャースによって、示された[4]。 ラマヌジャンは テンプレート:Math の満たす関係式として、
や テンプレート:Math、テンプレート:Math としたときに、
が成り立つことを導いており、ハーディに送った最初の手紙に記している。これらの関係式について、ハーディは“これらと少しでも似通ったものを今まで見たことはなかった。一瞥しただけで、最高級の数学者のみが書き下せるものであることを示すのに十分である。それらは正しいに違いない。もし正しくないとすれば、一体誰がそんなものを捏造するだけの想像力を持ちあわせているというのか。”と述べている[15]。
周辺分野との関係
1970年代後半にロジャース=ラマヌジャン恒等式が無限次元リー代数の表現論と結びつくことが明らかにされた[16]。1978年にジェームス・レポースキーらはアフィン・リー代数 テンプレート:Mathについての標準加群の指標公式の特別な場合に相当することを見出した[17]。レポースキーとロバート・リー・ウイルソンは、さらにテンプレート:Mathのレベル3 加群を用いて、ロジャース=ラマヌジャン恒等式が導かれることを示した。
また、ロドニー・バクスターとジョージ・アンドリューズによって1980年代前半に2次元三角格子上の統計力学模型である hard hexagon model が厳密に解かれ[18][19]、その自由エネルギーや粒子密度がやの簡潔な組み合わせで表現できることが示された。これは hard hexagon model や3状態Potts模型が共有する2次元共形場理論の臨界指数などの情報が、ロジャース=ラマヌジャン恒等式に登場する無限積に埋め込まれていることを意味する。
脚注
出典
注
参考文献
書籍
- テンプレート:Cite book, Reiisued AMS Chelsea (1999); テンプレート:Cite book
- テンプレート:Cite book, Reiisued AMS Chelsea (2000)
- テンプレート:Cite book
- Andrew V. Sills、髙瀨幸一(訳):「魅惑のロジャーズ・ラマヌジャン恒等式」、共立出版、ISBN 978-4-320-11458-6 (2021年10月10日).
論文
外部リンク
関連項目
類似した恒等式
- オイラーの分割恒等式: 和因子が±1 (mod 5)であるロジャース=ラマヌジャン恒等式のmod 4版
- シューアの分割定理: 和因子が±1 (mod 5)であるロジャース=ラマヌジャン恒等式のmod 6版
研究者
- ↑ Hei-chi Chan (2011)
- ↑ A. V. Sills (2017)
- ↑ G. E. Andrews and K. Eriksson (2004)
- ↑ 4.0 4.1 4.2 L. J. Rogers, Proc. London Math. Soc., vol.26, p. 15 (1894)
- ↑ 5.0 5.1 G. H. Hardy (1940), Lecture VI
- ↑ S. Ramanujan (1927), p.xxxiv
- ↑ MacMahon (1916), chapter III
- ↑ L.J. Rogers and S. Ramanujan, Cambr. Phil. Soc. Proc.(1919)
- ↑ I. Schur, (1917)
- ↑ 10.0 10.1 10.2 10.3 G. E. Andrews and K. Eriksson (2004), chapter 4
- ↑ A.M Garsia and S. C. Milne, J. Combin. Theory, Series A (1981)
- ↑ D. M. Bressoud and D. Zeilberger, Discrete Math.(1982)
- ↑ G. H. Hardy (1999), Bruce C. Berndtによる注釈
- ↑ Hei-Chi Chan (2011), chapter 11
- ↑ G.H. Hardy (1940), Lecture I
- ↑ A.V. Sills (2017), chapter 5
- ↑ J. Lepowsky and S. Milne, Adv. Math. (1978)
- ↑ テンプレート:Cite journal
- ↑ テンプレート:Cite journal
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