アインシュタイン係数
アインシュタイン係数(アインシュタインけいすう、テンプレート:Lang-en-short)は、原子もしくは分子による光の吸収および放射の確率を評価する数学量[1]。A係数は光の自然放出の確率と関連し、B係数は光の吸収および誘導放出に関連する値である。
スペクトル線
物理学において、スペクトル線は2つの視点から考えることができる。
原子または分子が原子の特定の離散エネルギー準位テンプレート:Mathから低いエネルギー準位テンプレート:Mathに遷移し、特定のエネルギーと波長の光子を放出するときに輝線が形成される。多くのそのような光子によるスペクトルは、その光子に関連する波長において輝線のスパイクを示す。
原子または分子が低いエネルギー準位テンプレート:Mathから高い離散エネルギーテンプレート:Mathに遷移すると、吸収線が形成され、この過程で光子が吸収される。これらの吸収された光子は背景連続放射(電磁放射の全スペクトル)に由来し、スペクトルは吸収された光子に関連する波長における連続放射の降下を示す。
2つの状態は電子が原子または分子に結合している束縛状態でなければならないため、この遷移は、電子が原子から完全に連続状態に放出され(束縛自由("bound–free")遷移)、イオン化された原子を残し連続放射を生成する遷移に対して、束縛間("bound–bound")遷移と呼ばれることもある。
エネルギー準位差テンプレート:Mathに等しいエネルギーを持つ光子はこの過程で放出または吸収される。スペクトル線が生じる周波数テンプレート:Mathは、テンプレート:仮リンクテンプレート:Math(テンプレート:Mathはプランク定数)により光子エネルギーと関連する[2][3][4][5][6][7]。
放出係数と吸収係数
原子スペクトル線は、気体の放出および吸収の現象を指し、は線の高エネルギー状態の原子の密度、は線の低エネルギー状態の原子の密度である。
周波数テンプレート:Mathにおける原子線放射の放出は、エネルギー/(時間 × 体積 × 立体角)の単位で放出スペクトルにより表される。ε dt dV dΩ は体積要素により時間で立体角に放出されるエネルギーである。原子線放射の場合
である。ここでは自然放出のアインシュタイン係数であり、2つの関連するエネルギー準位の関連する原子の固有の特性により決まる値である。
原子線放射の吸収は、1/長さの単位で吸収係数により表される。式κ' dxは、距離dxを移動するときに周波数テンプレート:Mathの光ビームの吸収される強度の割合を示す。吸収係数は
で与えられる。ここでとはそれぞれ光子吸収と誘導放出のアインシュタイン係数である。係数と同様に、これらも2つの関連するエネルギー準位の関連する原子の固有の特性により決まる。熱力学およびキルヒホッフの法則の適用のために、合計吸収はそれぞれとにより表される2つの成分の代数和として記述される必要がある。これらはそれぞれ正の吸収と負の吸収とみなすことができ、直接光子吸収と一般に誘導放出と呼ばれるものである[8][9][10]。
上式は分光学的線の形状を無視している。正確にするためには、上式に(正規化された)スペクトル線の形状を掛け算する必要がある。このとき単位は1/Hzの項を含むように変えられる。
熱力学的平衡の条件の下では、数密度と、アインシュタイン係数、およびスペクトルエネルギー密度は吸収率と放出率を決定するのに十分な情報を提供する。
平衡条件
数密度スペクトルとは、局所スペクトル放射輝度(もしくは一部の発表では局所スペクトル放射エネルギー密度)含むスペクトル線が生じる気体の物理状態により決まる。この状態が厳密な熱力学的平衡またはいわゆる「局所的熱力学的平衡」である場合[11][12][13]、励起の原子状態の分布(と含む)が原子の放出と吸収の確率をキルヒホッフの放射吸収率と放射率の等式が成り立つように決定する。厳密な熱力学的平衡においては、放射場は黒体放射と呼ばれ、プランクの法則により記述される。局所的熱力学的平衡の場合、放射場が黒体場である必要はないが、原子間衝突の確率が光の量子の吸収および放出の確率をずっと超えなければならないため、原子間衝突は原子励起の状態の分布を完全に占める。強い放射効果が分子速度のマクスウェル=ボルツマン分布の傾向を圧倒するため、局所的熱力学的平衡が優位でない状況が生じる。例えば、太陽の大気では放射線の強度が支配的である。地球の高層大気では高度が100 kmを超えると分子間衝突の希少さが決定的なものとなる。
熱力学的平衡および局所的熱力学的平衡の場合、原子の数密度は励起および非励起の両方をマクスウェル=ボルツマン分布から計算できるが、他の場合(レーザーなど)では、計算はより複雑になる。
アインシュタイン係数
1916年、アルベルト・アインシュタインは原子スペクトル線の形成に3つの過程が生じることを提案した。3つの過程は自然放出、誘導放出、吸収と呼ばれる。それぞれに特定の過程が起こる確率の尺度であるアインシュタイン係数が関連している。アインシュタインは、周波数テンプレート:Mathとスペクトルエネルギー密度テンプレート:Mathの等方性放射の場合を考慮した[3][14]。
様々な定式化
Hilbornは、様々な著者によるアインシュタイン係数の導出のための様々な定式化の比較を行った[15]。例えば、Herzbergは放射強度と波数で行った[16]。Yarivは単位周波数間隔あたり、単位体積あたりのエネルギーで行った[17]。また、これが現在説明している定式化である。Mihalas & Weibel-Mihalasは放射強度と周波数で行った[13]。Chandrasekhar[18]、Goody & Yung[19]、Loudonは角周波数と放射強度を用いた[20]。
自然放出

自然放出は、電子が「自然に」(つまり、外部からの影響なしに)、高いエネルギー準位から低いエネルギー準位に減衰する過程である。この過程はアインシュタイン係数A21 (s−1)で書かれる。A21はエネルギーの状態2の電子がエネルギーの状態1に自然に減衰し、エネルギーテンプレート:Mathの光子を放出する単位時間あたりの確率を与える。エネルギー-時間の不確定性原理により、遷移は実際にはスペクトル線幅と呼ばれる狭い周波数範囲内で光子を生成する。を状態iにおける原子の数密度とすると、自然放出による単位時間当たりの状態2の原子の数密度の変化は
となる。同じ過程により状態1の数が増加する。
誘導放出

誘導放出は、遷移の周波数(もしくはその近く)の電磁放射があることにより、電子が高いエネルギー準位から低いエネルギー準位に移るよう誘導される過程である。熱力学観点から見ると、この過程は負の吸収と見なす必要がある。この過程はアインシュタイン係数 (J−1 m3 s−2)により書かれる。はエネルギーの状態2の電子がエネルギーの状態1に減衰しテンプレート:Mathのエネルギーの光子を放出する放射場の単位スペクトルエネルギー密度あたり単位時間あたりの確率を与える。誘導放出による単位時間当たりの状態1の原子の数密度の変化は
となる。ここでは遷移の周波数における等方性放射場のスペクトルエネルギー密度(プランクの法則参照)である。
誘導放出は、レーザーの開発につながった基本的な過程の1つである。しかし、レーザー放射は等方性放射の現在のものとは大きくかけ離れている。
光子吸収

吸収は、光子が原子に吸収され、電子が低いエネルギー準位から高いエネルギー準位に移る過程である。この過程はアインシュタイン係数 (J−1 m3 s−2)により書かれる。は、エネルギーの状態1の電子がエネルギーテンプレート:Mathの光子を吸収しエネルギーの状態2に移る放射場の単位スペクトルエネルギー密度あたり単位時間あたりの確率を与える。吸収による単位時間あたりの状態1の原子の数密度の変化は
である。 テンプレート:Clear
詳細釣り合い
アインシュタイン係数は各原子と関連する時間あたりの決まった確率であり、原子の含まれる気体の状態にはよらない。したがって例えば熱力学的平衡における係数の間で導出することのできる関係は全て普遍的に有効である。
熱力学的平衡では、全ての過程による損失と利得により釣り合いがとられ、励起された原子数の正味の変化がゼロになる単純なバランスがとられる。束縛間遷移に関しては、詳細釣り合いも起こる。これは、遷移の確率が他の励起原子の有無により影響を受けないためである。詳細釣り合い(平衡状態でのみ有効)には、上記の3つの過程による準位1の原子数の時間変化が0であることが必要である。
詳細釣り合いに加え、温度テンプレート:Mathにおいて、マクスウェル=ボルツマン分布でいわれる原子の平衡エネルギー分布と、プランクの黒体放射の法則でいわれる光子の平衡分布の知識を用いて、アインシュタイン係数間の普遍的な関係を導出することができる。
ボルツマン分布より、励起された原子種の数iが得られる。
ここでnは励起・非励起の原子種の総数密度、kはボルツマン定数、Tは温度、は状態iの縮退(多重度とも)、Zは分配関数である。温度テンプレート:Mathにおける黒体放射のプランクの法則より、周波数テンプレート:Mathのスペクトルエネルギー密度について
ここで[21]
これらの式を詳細釣り合いの方程式に代入し、テンプレート:Mathであることを思い出すと、
整理すると
上式は任意の温度で成立する必要がある。よって
かつ
したがって、3つのアインシュタイン係数は次のように相互関連する。
かつ
この関係式を元の方程式に代入すると、プランクの法則に関係するとの関係を導くこともできる。
振動子強度
振動子強度は、吸収断面積と次の関係により定義される[15]。
ここでは電子電荷、は電子質量、とはそれぞれ周波数と角周波数の正規化した分布関数である。 これにより3つのアインシュタイン係数全てを特定の原子スペクトル線と関連した1つの振動子強度の点から表現することができる。
関連項目
- 遷移双極子モーメント
- 振動子強度
- Breit–Wigner distribution
- 電子配置
- ファノ共鳴
- en:Siegbahn notation
- en:Atomic spectroscopy
- en:Molecular radiation
脚注
引用文献
- テンプレート:Cite journal
- テンプレート:Cite book
- Chandrasekhar, S. (1950). Radiative Transfer, Oxford University Press, Oxford.
- テンプレート:Cite journal Also テンプレート:Cite journal And a version nearly identical to the latter at テンプレート:Cite journal Translated in テンプレート:Cite book Also in Boorse, H. A., Motz, L. (1966). The world of the atom, edited with commentaries, Basic Books, Inc., New York, pp. 888–901.
- Garrison, J. C., Chiao, R. Y. (2008). Quantum Optics, Oxford University Press, Oxford UK, テンプレート:ISBN2.
- Goody, R. M., Yung, Y. L. (1989). Atmospheric Radiation: Theoretical Basis, 2nd edition, Oxford University Press, Oxford, New York, 1989, テンプレート:ISBN2.
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- Herzberg, G. (1950). Molecular Spectroscopy and Molecular Structure, vol. 1, Diatomic Molecules, second edition, Van Nostrand, New York.
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- Loudon, R. (1973/2000). The Quantum Theory of Light, (first edition 1973), third edition 2000, Oxford University Press, Oxford UK, テンプレート:ISBN2.
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他の文献
外部リンク
- ↑ テンプレート:Cite journal
- ↑ テンプレート:Harvnb.
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- ↑ テンプレート:Cite book