物質微分

テンプレート:連続体力学 物質微分（ぶっしつびぶん、テンプレート:Lang-en-short）とは流れに乗って移動する流体粒子の物理量 (温度や運動量)の時間変化率のことで、連続体力学の概念の一つである。固定された場所での物理量の時間変化でなく、流れに乗って動く仮想的な「観測者」が観た物理量の時間変化を記述する。

物質微分はラグランジュ描像に基づく時間変化をオイラー描像に基づく時間変化で記述したものである。物体固有の時間変化を記述するものなので物質微分 $\mathrm{D}/\mathrm{D}t$ は偏微分 $\partial /\partial t$ と違いテンプレート:仮リンクである。

名称としては他に、物質時間微分、流れに乗って移動するときの微分、実質微分、ラグランジュ微分などとも呼ばれる。

定義

速度場 $𝒗$ の流れにおける、スカラー場 $\phi (𝒙,t)$ およびベクトル場 $𝑨(𝒙,t)$ の物質微分は以下のように表される。

$\frac{\mathrm{D}\phi }{\mathrm{D}t}=\frac{\partial \phi }{\partial t}+𝒗\cdot \mathrm{\nabla }\phi$

$\frac{\mathrm{D}𝑨}{\mathrm{D}t}=\frac{\partial 𝑨}{\partial t}+𝒗\cdot \mathrm{\nabla }𝑨$

ここで、それぞれの式の右辺第2項を移流項、対流項と呼び、非一様な物理量の分布の中を移動したことで観測される物理量の変化率を表す。

直観的意味

スカラー場$\phi (𝒙,t)$の物質微分は直観的には流れに乗って動く物体から見た場合における$\phi (𝒙,t)$の変化率を表す。（ベクトル場の場合も同様）。 実際、位置のグラフ$𝒖(t)$で記述される質点の軌道は速度場 $𝒗(𝒙,t)$ にそっているので、

$\frac{\mathrm{d}𝒖}{\mathrm{d}t}=𝒗(𝒖,t)$

となるから(なお、この性質を満たす$𝒖(t)$を流跡線という)、ライプニッツ則から

$\frac{\mathrm{d}\phi (𝒖,t)}{\mathrm{d}t}=(\mathrm{\nabla }\phi )\cdot \frac{\mathrm{d}𝒖}{\mathrm{d}t}+\frac{\mathrm{\partial }\phi }{\mathrm{\partial }t}=𝒗\cdot \mathrm{\nabla }\phi +\frac{\mathrm{\partial }\phi }{\mathrm{\partial }t}=\frac{\mathrm{D}\phi }{\mathrm{D}t}$

が成立する。 上では一粒子しかない場合を想定したが、初期時刻における位置$𝑿$でパラメトライズされた粒子の族$𝒖(𝑿,t)$を考えた場合も、$𝑿$を固定して同様の証明を行う事で、同様の式が導ける。更に粒子の族を連続体にまで拡張したものが物質微分である。

以上の説明から分かるように、物質微分$\frac{\mathrm{D}\phi }{\mathrm{D}t}$は物質に固定して観測する座標系（物質表示）における時間微分を表すが、それに対し通常の偏微分$\frac{\partial \phi }{\partial t}$は空間上に固定された座標系（空間表示）における時間微分であるといえる。

定常流

定常流はすべての物理量のオイラー描像的時間変化率が $\partial /\partial t=0$ となる流れであるが、ラグランジュ描像的時間変化率が $\mathrm{D}/\mathrm{D}t=0$ となるとは限らないことに注意すべきである。

一つの流線に着目する。流線上のある点からの道のりを $s$ 、流線の単位接ベクトルを ${𝒆}_s$ と表す。速度ベクトルは流線に接しているので、定常流における物質微分は

$\begin{array}{cc}\frac{\mathrm{D}}{\mathrm{D}t}& =\frac{\partial }{\partial t}+𝒗\cdot \mathrm{\nabla }\\ & =0+(v{𝒆}_s)\cdot \mathrm{\nabla }\\ & =v\frac{\partial }{\partial s}& (\because {𝒆}_s\cdot \mathrm{\nabla }=\frac{\partial }{\partial s})\end{array}$

となり、流線方向の変化率に速さをかけたものに等しいことが導かれる。

これから、定常流( $\partial /\partial t=0$ )でも、流線に沿って物理量が変化するなら$\mathrm{D}/\mathrm{D}t\ne 0$ であることがわかる。

定常流における加速度

応用で重要なのは速度の物質微分すなわち加速度である。定常流、つまり、速度の時間変化がない流れでも、流体粒子の加速度は0とは限らない。定常流でも、流線に沿って速度の大きさは変化しうるし、流線に沿って速度の方向が変わる（流線が曲がる）こともありうる。これを式に表すと、

$\frac{\mathrm{D}𝒗}{\mathrm{D}t}=\frac{\partial }{\partial s}\left(\frac{v^2}{2}\right){𝒆}_s-\frac{v^2}{R}{𝒆}_r$

ただし、 $s$ は流線上のある点からの道のり、$r$ は瞬間的な曲率中心からの距離、$R$ は流線の曲率半径、${𝒆}_s$ は接線方向の単位ベクトル、${𝒆}_r$ は半径方向の単位ベクトルを表す。

導出
$\begin{array}{cc}\frac{\mathrm{D}𝒗}{\mathrm{D}t}& =𝒗\cdot \mathrm{\nabla }𝒗\\ & =v\frac{\partial (v{𝒆}_s)}{\partial s}\\ & =v\frac{\partial v}{\partial s}{𝒆}_s+v^2\frac{\partial {𝒆}_s}{\partial s}\\ & =\frac{\partial }{\partial s}\left(\frac{v^2}{2}\right){𝒆}_s-\frac{v^2}{R}{𝒆}_r\end{array}$ ただし、 曲線の曲率についての関係式 $\frac{\partial {𝒆}_s}{\partial s}=-\frac{1}{R}{𝒆}_r$ を使った。

加速度の流線方向の成分は流線にそった速さの変化率に対応し、加速度の法線方向の成分は流線が曲がることによる向心加速度に対応する。

ベルヌーイの定理と流線曲率の定理

外力のない非粘性のバロトロピック流体の定常な流れを考える。非粘性流体の流れを記述するオイラー方程式

$\frac{\mathrm{D}𝒗}{\mathrm{D}t}=-\frac{1}{\rho }\mathrm{\nabla }p+𝒇$

は定常、外力がない、バロトロピックという条件では

$\frac{\partial }{\partial s}\left(\frac{v^2}{2}\right){𝒆}_s-\frac{v^2}{R}{𝒆}_r=-\mathrm{\nabla }\int \frac{\mathrm{d}p}{\rho }$

と変形できる。

方程式の両辺にそれぞれ ${𝒆}_s,{𝒆}_r$ を内積でかけることで、流線方向(接線)成分、半径方向（主法線）成分は、

$\begin{array}{cc}\frac{\partial }{\partial s}\left(\frac{v^2}{2}\right)& =-\frac{\partial }{\partial s}\int \frac{\mathrm{d}p}{\rho }\therefore \frac{\partial }{\partial s}(\frac{v^2}{2}+\int \frac{\mathrm{d}p}{\rho })=0\\ -\frac{v^2}{R}& =-{\frac{\partial }{\partial r}\int \frac{\mathrm{d}p}{\rho }|}_{r=R}\therefore \frac{\partial p}{\partial r}=\rho \frac{v^2}{r}(\mathrm{o}\mathrm{r}\frac{\partial }{\partial r}\int \frac{\mathrm{d}p}{\rho }=\frac{v^2}{r})\end{array}$

と表せる。ただし、方向微分の性質：

${𝒆}_s\cdot \mathrm{\nabla }=\frac{\partial }{\partial s},{𝒆}_r\cdot \mathrm{\nabla }=\frac{\partial }{\partial r}$

を使った。

第1式がベルヌーイの定理、第2式が流線曲率の定理に対応する。

対流項

移流項における $\mathrm{\nabla }\phi$ は スカラー量の勾配であるが、対流項における $\mathrm{\nabla }𝑨$ はベクトル量の共変微分である。ベクトル量の対流項 $𝒗\cdot \mathrm{\nabla }𝑨$ を $(𝒗\cdot \mathrm{grad})𝑨$ と記述することがあるが、この表示はデカルト座標系でしか等価でないことに注意すべきである（スカラー量の対流項 $𝒗\cdot \mathrm{\nabla }\phi$ については $(𝒗\cdot \mathrm{grad})\phi$ と等価である）。

共変微分を使わずに一般の座標系で成り立つ表現としては

$\frac{\mathrm{D}𝑨}{\mathrm{D}t}=\frac{\partial 𝑨}{\partial t}+\frac{1}{2}\{\mathrm{grad}(𝒗\cdot 𝑨)+\mathrm{rot}𝒗\times 𝑨+\mathrm{rot}𝑨\times 𝒗-\mathrm{rot}(𝒗\times 𝑨)+𝒗\mathrm{div}𝑨-𝑨\mathrm{div}𝒗\}$

がある。特に加速度の回転形表示

$\frac{\mathrm{D}𝒗}{\mathrm{D}t}=\frac{\partial 𝒗}{\partial t}+\mathrm{grad}\left(\frac{|𝒗{|}^2}{2}\right)-𝒗\times \mathrm{rot}𝒗$

は重要である。

エディントンのイプシロンを用いた導出

エディントンのイプシロンの性質 $\begin{array}{cc}(𝒂\times 𝒃{)}_i& =\sum _{jk}{\epsilon }_{ijk}{a}_j{b}_k\\ \sum _k{\epsilon }_{ijk}{\epsilon }_{k\ell m}& ={\delta }_{i\ell }{\delta }_{jm}-{\delta }_{im}{\delta }_{j\ell }\end{array}$ を使えば、 $\begin{array}{cc}(𝒗\times \mathrm{rot}𝒗{)}_i& =\sum _{jk}{\epsilon }_{ijk}{v}_j(\mathrm{rot}𝒗{)}_k\\ & =\sum _{jk}{\epsilon }_{ijk}{v}_j\sum _{\ell m}{\epsilon }_{k\ell m}\frac{\partial }{\partial x_{\ell }}{v}_m\\ & =\sum _{j\ell m}({\delta }_{i\ell }{\delta }_{jm}-{\delta }_{im}{\delta }_{j\ell })v_j\frac{\partial }{\partial x_{\ell }}{v}_m\\ & =\sum _m(v_m\frac{\partial }{\partial x_i}{v}_m-v_m\frac{\partial }{\partial x_m}{v}_i)\\ & ={(\mathrm{grad}\left(\frac{|𝒗{|}^2}{2}\right)-𝒗\cdot \mathrm{\nabla }𝒗)}_i\end{array}$ より、 $\begin{array}{cc}\frac{\mathrm{D}𝒗}{\mathrm{D}t}& =\frac{\partial 𝒗}{\partial t}+𝒗\cdot \mathrm{\nabla }𝒗\\ & =\frac{\partial 𝒗}{\partial t}+\mathrm{grad}\left(\frac{|𝒗{|}^2}{2}\right)-𝒗\times \mathrm{rot}𝒗\end{array}$ が得られる。

曲線直交座標系

曲線直交座標系 $𝒓=𝒓(q^1,q^2,q^3)$ における対流項 $𝒗\cdot \mathrm{\nabla }𝑨$ の $j$ 成分は以下のように与えられる。

$[𝒗\cdot \mathrm{\nabla }𝑨{]}_j=\sum _k\{\frac{v_k}{h_k}\frac{\partial A_j}{\partial q^k}+\frac{A_k}{h_k{h}_j}(v_j\frac{\partial h_j}{\partial q^k}-v_k\frac{\partial h_k}{\partial q^j})\}$

ただし、

$h_k=\left|\frac{\partial 𝒓}{\partial q^k}\right|=\sqrt{g_{kk}}$

（$g_{ij}$ は計量テンソル）である。

先で述べたように

$[(𝒗\cdot \mathrm{grad})𝑨{]}_j=\sum _k{v}_k\left(\frac{1}{h_k}\frac{\partial }{\partial q^k}\right)A_j$

とはデカルト座標系 $(h_1=h_2=h_3=1)$ においてのみ等しい。

$𝑨=𝒗$ とした時の物質微分(＝加速度)の対流項に現れる第2項

$\sum _k\left\{\frac{v_k}{h_k{h}_j}(v_j\frac{\partial h_j}{\partial q^k}-v_k\frac{\partial h_k}{\partial q^j})\right\}$

は曲線直交座標系で現れる見かけの力に対応する。

実際、 $L=\frac{m}{2}\sum _k(h_k{\dot{q}}^k{)}^2$ に対して $(\mathrm{d}/\mathrm{d}t)(\partial L/\partial {\dot{q}}^j)-(\partial L/\partial q^j)=0$ を計算すると、

$\frac{\mathrm{d}{v}_j}{\mathrm{d}t}-\sum _k\left\{\frac{v_k}{h_k{h}_j}(v_j\frac{\partial h_j}{\partial q^k}-v_k\frac{\partial h_k}{\partial q^j})\right\}=0$

が得られる。ただし、$v_k=h_k{\dot{q}}^k$ であり、 ${\dot{h}}_k=\sum _i\frac{\partial h_k}{\partial q^i}{\dot{q}}^i$ を使う。

相対論的物質微分

時間$t$の代わりに固有時間$\tau$による物質微分を構成することもできる．具体的に，次式で与えられるテンプレート:要出典．

$\frac{\mathrm{D}{A}^{\mu }(x)}{\mathrm{D}\tau }=v^{\nu }{\mathrm{\nabla }}_{\nu }{A}^{\mu }.$

$v^{\nu }$は流体の四元速度，$A^{\mu }(x)$は四元時空を変数とするベクトルである．とくに，$A^{\mu }(x)$を速度とすると，測地線方程式となり，零になる．

$\begin{array}{cc}\frac{\mathrm{D}{v}^{\mu }(x)}{\mathrm{D}\tau }& =v^{\nu }{\mathrm{\nabla }}_{\nu }{v}^{\mu }=v^{\nu }({\partial }_{\nu }{v}^{\mu }+{\mathrm{\Gamma }}_{\nu \lambda }^{\mu }{v}^{\lambda })\\ & =\frac{\partial x^{\nu }}{\partial \tau }\frac{\partial v^{\mu }}{\partial x^{\nu }}+{\mathrm{\Gamma }}_{\nu \lambda }^{\mu }{v}^{\lambda }{v}^{\nu }\\ & =\frac{{\partial }^2{x}^{\mu }}{\partial {\tau }^2}+{\mathrm{\Gamma }}_{\nu \lambda }^{\mu }\frac{\partial x^{\lambda }}{\partial \tau }\frac{\partial x^{\lambda }}{\partial \tau }=0.\\ \end{array}$

関連項目

• ナビエ-ストークスの式
• オイラー方程式 (流体力学)
• 連続の式