確定記述

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テンプレート:脚注の不足

形式意味論と言語哲学において、確定記述(かくていきじゅつ、テンプレート:Lang-en)とは、「その X」(the X)の形をとる表示的な句であり、ここで X は名詞句あるいは単数の普通名詞である。確定記述は、X が唯一の個体ないし対象に当てはまる場合に適切(proper)である。たとえば「宇宙に出た最初の人物」や「アメリカ合衆国第42代大統領」は適切である。確定記述「宇宙にいる人物」や「オハイオ出身の男」は、名詞句 X が二つ以上のものに当てはまるので不適切(improper)であり、確定記述「火星に立った最初の人物」や「木星出身の男」は、X が何にも当てはまらないので不適切である。不適切な記述は、排中律、指示、様相、心的内容についてのいくつかの難しい問いを提起する。

ラッセルの分析

テンプレート:Main フランスは現在共和国なので、国王をもたない。バートランド・ラッセルは、このことが「現在のフランス国王は禿である」という文の真理値についてのパズルを提起することを指摘した[1]。

この文は真であるようには思われない。すべての禿のものを考えても、現在のフランス国王はそのなかに含まれない。なぜなら現在のフランス国王は存在しないからである。しかしもしそれが偽であるならば、この言明の否定、すなわち「現在のフランス国王が禿であるということはない」、あるいはその論理的に同値なものである「現在のフランス国王は禿でない」が真であると予期されるであろう。しかしこの文も真であるようには思われない。現在のフランス国王は、禿であるものたちのなかに含まれないのと同じく、禿でないものたちのなかにも含まれない。それゆえわれわれは排中律の侵害をもつように思われる。

ではそれは無意味なのか。そう想定することもできる(そして一部の哲学者はそうした)。なぜなら「現在のフランス国王」は確かに指示することに失敗するからである。しかし他方で、「現在のフランス国王は禿である」という文(およびその否定)は完全に理解可能であるように思われ、「現在のフランス国王」が無意味ではありえないことを示唆する。

ラッセルはこのパズルを彼の記述の理論によって解決することを提案した。彼は、「現在のフランス国王」のような確定記述は、われわれが素朴に想定するような表示する表現ではなく、むしろそれが現れる文に量化的構造を導入する「不完全記号」である、と示唆した。たとえば「現在のフランス国王は禿である」という文は、次の三つの量化された言明の連言として分析される。

  1. x が現在フランス国王であるような x が存在する:∃xKx(「Kx」を「x は現在フランス国王である」として用いる)
  2. 任意の x と y について、x が現在フランス国王であり y が現在フランス国王であるならば、x = y である(すなわち、現在フランス国王であるものはたかだか一つである):∀x∀y((Kx∧Ky)→x=y)
  3. 現在フランス国王であるすべての x について、x は禿である:∀x(Kx→Bx)(「B」を「禿」として用いる)

より簡潔に述べれば、この主張は、「現在のフランス国王は禿である」が、ある x が現在フランス国王であり、いかなる y も y = x である場合にのみ現在フランス国王であり、かつ x が禿である、と述べている、というものである。

∃x((Kx∧∀y(Ky→y=x))∧Bx)

これは偽である。なぜなら、ある テンプレート:Var が現在フランス国王であるということがないからである。

この文の否定、すなわち「現在のフランス国王は禿でない」は曖昧である。否定「ない」をどこに置くかによって、二つのことのいずれかを意味しうる。一つの読み方では、それは現在フランス国王でありかつ禿である者は存在しない、ということを意味しうる。

¬∃x((Kx∧∀y(Ky→y=x))∧Bx)

この曖昧性除去では、文は真である(現在フランス国王である x が実際に存在しないため)。

第二の読み方では、否定は「禿」に直接付くものと解釈されえ、その場合、文は現在フランス国王が存在するが、この国王が禿でない、ということを意味する。

∃x((Kx∧∀y(Ky→y=x))∧¬Bx)

この曖昧性除去では、文は偽である(現在フランス国王である x が存在しないため)。

それゆえ、「現在のフランス国王は禿でない」が真であるか偽であるかは、それが論理形式のレベルでどう解釈されるかに依存する。否定が広い作用域をとるものと解釈されれば(上記の第一のように)それは真であり、否定が狭い作用域をとるものと解釈されれば(上記の第二のように)それは偽である。いずれの場合も、それは真理値を欠かない。

それゆえわれわれは排中律の破綻をもたない。「現在のフランス国王は禿である」(すなわち ∃x((Kx∧∀y(Ky→y=x))∧Bx))は偽である。なぜなら現在のフランス国王が存在しないからである。

この言明の否定は、「ない」が広い作用域をとるもの、すなわち ¬∃x((Kx∧∀y(Ky→y=x))∧Bx) である。この言明は真である。なぜなら現在フランス国王であるものは何も存在しないからであるテンプレート:要出典。

一般化量化子による分析

スティーヴン・ニール[2]は、とりわけ、ラッセルの理論を擁護し、それを一般化量化子の理論に組み込んだ。この見解では、「その」(the)は「ある」(some)、「すべての」(every)、「ほとんどの」(most)などのような量化的限定詞である。限定詞「その」は次の表示をもつ(ラムダ記法を用いる)。

λf.λg.∃x(f(x)=1∧∀y(f(y)=1→y=x)∧g(x)=1)

(すなわち、定冠詞「その」は、性質の対 テンプレート:Var と テンプレート:Var を、性質 テンプレート:Var をもつものが存在し、性質 テンプレート:Var をもつものが一つだけであり、かつそのものが性質 テンプレート:Var をもつ場合にのみ、真へと写す関数を表示する。)述語「現在のフランス国王」(再び略して テンプレート:Var)と「禿」(略して テンプレート:Var)の表示

λx.Kx
λx.Bx

が与えられれば、二段階の関数適用によってラッセル的真理条件が得られる。「現在のフランス国王は禿である」が真であるのは、∃x((Kx∧∀y(Ky→y=x))∧Bx) の場合、かつその場合に限る。この見解では、「現在のフランス国王」のような確定記述は確かに表示をもつ(具体的には、確定記述は性質から真理値への関数を表示する。その意味でそれらは共義的語、すなわち「不完全記号」ではない)。しかしこの見解はラッセル的分析の本質を保持し、ラッセルが論じたまさにその真理条件をもたらす。

フレーゲ的分析

確定記述のフレーゲ的分析は、フレーゲの仕事のうちに含意され、後にストローソン[3]らによって擁護されたもので、ラッセル的理論への主要な代替案を代表する。フレーゲ的分析では、確定記述は量化的表現ではなく指示表現として解釈される。存在と一意性は、確定記述を含む文によって主張される内容の一部としてではなく、その文の前提として理解される。たとえば「現在のフランス国王は禿である」という文は、禿である唯一の現在のフランス国王が存在すると主張するために用いられるのではない。そうではなく、唯一の現在のフランス国王が存在するということはこの文が前提することの一部であり、それが述べることは、この個体が禿である、ということである。前提が満たされなければ、確定記述は表示することに失敗し、文全体は命題を表現することに失敗する。

それゆえフレーゲ的見解は、ラッセル的分析が回避するよう設計された種類の真理値ギャップ(および排中律の破綻)にコミットしている。現在フランス国王が存在しないので、「現在のフランス国王は禿である」という文は命題を表現することに失敗し、それゆえ真理値をもつことに失敗する。その否定「現在のフランス国王は禿でない」も同様である。フレーゲ主義者は、これらの文がそれでもなお有意味であるという事実を、これらの文のいずれかが真なる命題を表現するために用いられうる条件についての話者の知識に依拠することによって説明する。フレーゲ主義者はまた、排中律の限定されたバージョンを保持することもできる。すなわち、前提が満たされる(それゆえ命題を表現する)任意の文について、その文かその否定のいずれかが真である。

フレーゲ的見解では、定冠詞「その」は次の表示をもつ(ラムダ記法を用いる)。

λf:∃x(f(x)=1∧∀y(f(y)=1→y=x)). [f(z)=1 であるような唯一の z]

(すなわち、「その」は、性質 テンプレート:Var をとり、そのような テンプレート:Var が存在するならば性質 テンプレート:Var をもつ唯一の対象 テンプレート:Var をもたらし、そうでなければ未定義である関数を表示する。)存在と一意性の条件の前提的性格は、ここでは、定冠詞が性質の集合上の部分関数を表示するという事実に反映されている。それは、ちょうど一つの対象について真であるような性質 テンプレート:Var に対してのみ定義される。それゆえ、現在フランス国王であるという性質はいかなる対象についても真でないので、それは述語「現在フランス国王である」の表示の上では未定義である。同様に、アメリカ上院議員であるという性質は二つ以上の対象について真なので、それは述語「アメリカ上院議員」の表示の上でも未定義である。

数理論理学

テンプレート:Further 『プリンキピア・マテマティカ』の例に倣って、「反転した」(回転させた)ギリシア小文字のイオタ文字「℩」を用いて記号化された確定記述演算子を用いるのが慣例である。記法 ℩x(ϕx) は「ϕx であるような唯一の x」を意味し、

ψ(℩x(ϕx))

は「ちょうど一つの ϕ があり、それが性質 ψ をもつ」と同値である。

∃x(∀y(ϕ(y)⟺y=x)∧ψ(x))

関連項目

脚注

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参考文献

  • Donnellan, Keith, "Reference and Definite Descriptions," in Philosophical Review 75 (1966): 281–304.
  • Neale, Stephen, Descriptions, MIT Press, 1990.
  • Ostertag, Gary (ed.). (1998) Definite Descriptions: A Reader Bradford, MIT Press.
  • Reimer, Marga and Bezuidenhout, Anne (eds.) (2004), Descriptions and Beyond, Clarendon Press, Oxford.
  • Russell, Bertrand, "On Denoting," in Mind 14 (1905): 479–493.
  • Strawson, P. F., "On Referring," in Mind 59 (1950): 320–344.

外部リンク