「量子力学の数学的定式化」の版間の差分

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2025年2月7日 (金) 09:19時点における最新版

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テンプレート:Pathnav本項では相対論的効果を考えない量子力学の数学的定式化(りょうしりきがくのすうがくてきていしきか)を厳密に述べる。本項では量子力学に対する最低限の知識を仮定する。

状態空間のヒルベルト空間による定式化

量子力学において の(純粋)量子状態は、状態ベクトルと呼ばれる単位ベクトルによって表現され、状態ベクトルとその定数倍のなすベクトル空間を状態空間という。状態空間はヒルベルト空間という数学的概念によって定式化される。そこで本節ではヒルベルト空間の定義を述べる。

ヒルベルト空間

定義

ヒルベルト空間の概念を定義するため、まずは複素計量ベクトル空間を定義する: テンプレート:Math theorem

複素計量ベクトルの元ψに対し、内積,に対応するψノルムψ

ψ=ψ,ψ

により定義し、ψ,χの間の距離

ψχ

により定義するとはこの距離に関して距離空間の公理を満たす。 テンプレート:Math theorem

紛れがなければ以下内積,を省略し、記号だけでヒルベルト空間を表すものとする。特に断りがない限り、本項ではヒルベルト空間として可分なもののみを考える

上述の定義より、内積,は、第二成分に関しては線形であるが、第一成分に対しては反線形性

  • a,b𝐂に対し、 aψ+bφ,χ=a¯ψ,χ+b¯φ,χ

が成立する。なお、ここで提示した内積の定義は量子力学では一般的なものだが、数学の文献では、ここに載せたのとは逆に、第一成分に対して線形、第二成分に対して反線形であるものを用いる事が多い。

ヒルベルト空間の一意性

ヒルベルト空間12に対し、全単射線形写像Φ:12

Φ(ψ),Φ(χ)=ψ,χ

が全てのψ,χ1に対して成立するものが存在するとき、12同型であるという。

可分な無限次元ヒルベルト空間は同型を除いて1つしか存在しない。すなわち以下が成立する: テンプレート:Math theorem

前述のように本項ではヒルベルト空間として可分なもののみを取り扱う。よって本項で登場するヒルベルト空間で次元が無限のものは全て同型である。

状態空間

量子力学では以下の仮定を課す: テンプレート:Math theorem

本節では以降、こうした量子力学の仮定を幾つか述べるが、新井の本Hallの本など多くの本ではこうした仮定の事を公理(axiom)と呼んでいる。しかしこうした仮定は数学的な意味での公理ではないH13テンプレート:Rpので、本項ではその事を明確化するため、F15に従い、「公理」と呼ばず「仮定 (postulate)」と呼ぶものとする。

L2空間

すでに述べたように(可分な)無限次元ヒルベルト空間は全て同型なので、任意に一つ無限次元ヒルベルト空間を持って来れば、原理的にはそのヒルベルト空間を状態空間とみなした量子力学を定式化できる。しかし通常の量子力学では、物理的な解釈をわかりやすくするため、テンプレート:Mvar空間というヒルベルト空間を用いて量子力学を展開する事が多い。そこで本節ではテンプレート:Mvar空間の定義を述べる。

準備

テンプレート:Mvar空間を定義するには、測度論の概念を必要とする。そこでまず測度論を直観的説明する。厳密な説明は当該項目を参照されたい。

測度空間テンプレート:Mvarとは、テンプレート:Mvarの部分集合の「大きさ」の概念が定義された空間で、「大きさ」の具体例としては元の個数、面積、体積などがある。測度空間上定義された「大きさ」のことを測度という。テンプレート:Mvarの全ての部分集合に測度が定義されている必要はなく、測度が定義可能な部分集合を可測な部分集合という。

測度空間上では積分を定義可能な事が知られている。ただし測度の場合と同様、全ての関数に対してその積分が定義できるわけではない。積分概念を定義可能な関数の事を可測関数という。

測度空間テンプレート:Mvar上の2つの可測関数テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar

テンプレート:Mvarの可測部分集合テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarの測度がテンプレート:Mvarであるものが存在し、xXA:ψ(x)=φ(x)

を満たすとき、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarほとんど至るところ等しいといい、

ψ(x)=φ(x) a.e.

と表記する(「a.e.」は「almost everywhere」の略)。

定義

テンプレート:Mvarを測度空間とする。量子力学の文脈ではテンプレート:Mvar𝐑dの可測部分集合である事が多い。テンプレート:Mvar上の可測関数テンプレート:Mvar

X|ψ(x)|2dx<

となるものを考え、こうした関数全体の集合に

ψφdefψ(x)=φ(x) a.e.

という同値類を定義する。 テンプレート:Math theorem

粒子がテンプレート:Mvar個からなる系の場合、各粒子が3次元分の自由度を持つので、テンプレート:Math空間を利用すれば量子力学を自然に展開できる。また例えば(ポテンシャルの壁に遮られるなどして)粒子が有限の区間テンプレート:Mvarの内部しか動けないようなケースに対しても、テンプレート:Mathの場合のL2空間テンプレート:Mathを利用できる。

注意

以上で述べたように、量子力学の数学的定式化にはヒルベルト空間、特にL2空間の概念が有効である。ただし、物理学者が量子力学で用いている議論の全てをヒルベルト空間上で数学的に正当化できる事を意味しているわけではない

例えば物理学者が量子力学の記述に通常用いるデルタ関数は、そもそも通常の意味での関数ではないので、L2空間には属さない。後の章でL2空間にさらに元を添加する事でデルタ関数をも取り扱う数学的手法についても述べるが、この手法は万能ではなく、例えばデルタ関数同士の積が定義できないという欠点を抱える。よって特にデルタ関数同士の内積を定義できず、デルタ関数を添加した空間はヒルベルト空間にはならない。

こうした数学的な困難を避けるため、以降の議論は、基本的にデルタ関数のような「関数もどき」は慎重に排除した上で展開するものとする。

有界作用素

ヒルベルト空間上で定義可能な関数のクラスとして最も自然なものの一つに有界作用素があり、量子力学における主要概念の一つであるユニタリ作用素は有界作用素の一つである。そこで本節では有界作用素の概念とユニタリ作用素の概念を定式化する。

テンプレート:Math theorem

次の事実が知られている: テンプレート:Math theorem

したがって有界線形作用素とは、連続線形作用素と言い換えても良い。

有界線形作用素の例としてユニタリ作用素がある。後述するように量子力学ではユニタリ作用素は時間発展を記述するのに用いられる。

テンプレート:Math theorem

上記の条件をみたすときは、明らかにテンプレート:Mvarは単射なので、テンプレート:Mvarは全単射である事になる。したがってユニタリ作用素とはから自分自身への同型写像(自己同型写像)である。

なお、が有限次元の場合には、単射性から全射性が従うため、ユニタリ作用素の定義において全射という条件は必要ない。しかしが無限次元の場合には、全射ではない単射線形作用素も存在するため、全射の条件は必須となる。


定義から明らかに次が成立する: テンプレート:Math theorem

ブラベクトルとケットベクトル

本節では共役ベクトル空間の概念を定義することでディラックのブラベクトル、ケットベクトルの概念を数学的に定式化し、さらにリースの表現定理を導入することで、ブラベクトルの概念を別の角度から再定式化する。

共役ベクトル空間

ヒルベルト空間で使われている足し算「テンプレート:Math」、(スカラーとの)掛け算「テンプレート:Math」、および内積,を明示して、(,+,,,)と書くことにする。 テンプレート:Math theorem

定義より、共役ベクトル空間は掛け算以外は元の空間と同一である。以下、掛け算を明示しなくても共役ベクトル空間を区別できるようにするため、の共役ベクトル空間を*と表記する。またψ*の元である事が文脈から明らかな場合は、a×ψを略記して単にaψと表記する。

ブラベクトルとケットベクトル

ヒルベルト空間上の内積,は、第一成分に対して反線形、第二成分に対して線形であった。しかし内積の第一成分を共役ベクトル空間を*とみなして

(χ,ϕ)*×χ,ϕ𝐂

だとすれば、内積,は、第一成分、第二成分双方に関して線形である事になるので便利である。そこで量子力学ではの元と*の元とを区別して考え、以下のように呼ぶ: テンプレート:Math theorem

リースの表現定理

ブラベクトルψ*に対し、線形作用素

χψ,χ𝐂

を考えると、コーシー=シュワルツの不等式

ψ,χψχ

より、この作用素は有界作用素である。実は複素数値の有界線形作用素はこの形のものに限られる事が知られている: テンプレート:Math theorem なおが有限次元であれば上に述べた事実は自明であるが、無限次元であってもこの事実が成り立つ所にこの定理の主眼がある。以上の事実から、ブラベクトルを以下のように特徴づけられる事がわかる: テンプレート:Math theorem

オブザーバブル

既に述べたように作用素が有界である事はその作用素が連続である事を意味している為、有界性はヒルベルト空間上の作用素の最も自然な概念の一つである。しかし量子力学で用いられる作用素の多くは有界ではないし、しかもの部分領域でしか定義できない。この原因は、量子力学で用いられる作用素の多くが微分を用いて定義されており、微分作用素が有界でもなければ全域で定義できるわけでもない事にある。

幸運な事に、これら量子力学で用いる作用素は「稠密に定義された可閉作用素」という、比較的扱いやすいクラスに属している事が知られている。そこで本節では、まず「稠密に定義された」という概念と「可閉」という概念を定式化する。

次に本節では、この「稠密に定義された可閉作用素」の概念をベースとして、量子力学におけるオブザーバブルの概念を定式化する。すなわち、稠密に定義された可閉作用素の共役作用素の概念を定式化し、共役作用素の概念を用いて自己共役作用素の概念を定式化し、最後に量子力学におけるオブザーバブルの概念を自己共役作用素により定式化する。

稠密に定義された作用素

オブザーバブルは状態空間の全域で定義されているとは限らないが、状態空間の稠密部分集合上では定義が可能である。そこでまず、稠密に定義された作用素の概念を導入する。 テンプレート:Math theorem 紛れがなければ1上稠密に定義された作用素を単に

T:12 

と書く[注 1]

特にDom(T)=1が成立しているとき、テンプレート:Mvar1全域で定義されているという。

稠密に定義された作用素に対し以下の拡大の概念を定義できる: テンプレート:Math theorem

有界作用素に関しては、次の重用な性質が知られている: テンプレート:Math theorem

したがって有界作用素に限定すれば、稠密に定義されている事は全域で定義されている事と実質的な差がない。しかし量子力学で用いる作用その多くは有界ではないので、この定理を用いる事ができない。

可閉作用素

テンプレート:Math theorem


テンプレート:Mvarが可閉作用素である必要十分条件は、任意の点列テンプレート:Mathに対し、テンプレート:Mathのときテンプレート:Mathかつテンプレート:Mathであればテンプレート:Mathが成立する事である新井テンプレート:Rp

共役作用素

T:12を稠密に定義された線形作用素とする。ベクトルψ2に対し、以下の性質を満たすψ1を考える:

任意のϕDom(T)に対し、ψ,ϕ=ψ,T(ϕ) 

このようなψは常に存在するとは限らないが、存在すれば一意である事を示せる新井テンプレート:Rp[注 2]。そこで共役作用素を以下のように定義する: テンプレート:Math theorem

定義より明らかに

任意のxDom(T)Dom(T**)に対し、T**(x)=T(x)

であるが、テンプレート:Mvarが有界とは限らない時、テンプレート:Mvarが稠密に定義されていたとしてもテンプレート:Mvarが稠密に定義されることもテンプレート:Mathテンプレート:Mvarの定義域が一致する事も無条件には保証されない新井テンプレート:Rpが、テンプレート:Mvarが可閉であればこれらは保証される: テンプレート:Math theorem

自己共役作用素とオブザーバブル

テンプレート:Math theorem

量子力学では以下の仮定を課す: テンプレート:Math theorem

自己共役作用素とその関連概念の性質

明らかに次が成立する: テンプレート:Math theorem

しかし逆向きは一般には成り立たない。与えられた作用素が自己共役かどうかを決定する問題を自己共役性の問題といい、それだけで一冊の本が書けるほど難しい問題である新井テンプレート:Rp

自己共役作用素とその関連概念に対し以下が知られている: テンプレート:Math theorem 上記定理の性質3はテンプレート:Mvarが可閉作用素である必要十分条件はテンプレート:Mvarが稠密に定義されることと性質2から従う新井テンプレート:Rp

性質1より、以下本項ではテンプレート:Mvarが本質的に自己共役な場合には、紛れがなければテンプレート:MvarT¯を混用する

自己共役作用素は必ず掛け算作用素として表現できる事が知られている: テンプレート:Math theorem

オブザーバブルの具体例

本節では

=L2(𝐑d) 

の場合に対して、オブザーバブルの具体例を述べる。

微分作用素

量子力学で登場する代表的なオブザーバブルは、いずれも偏微分を用いて表現できるので、まず本節では微分作用素の定義と性質を述べる。 テンプレート:Math theorem

本節の目標は、微分作用素テンプレート:Mvarのうち性質の良いものを=L2(𝐑d)上定義されたオブザーバブルとみなす事である。しかしそもそも偏微分xjψ(x)ψ(x)L2(𝐑d)が可微分でなければそもそも定義できないので、単純にテンプレート:Mvar=L2(𝐑d)の元に作用させることはできない。そこで以下の事実を用いる: テンプレート:Math theorem 微分作用素テンプレート:Mvarテンプレート:Math上で明らかに定義可能であり、しかもテンプレート:Mathの元をテンプレート:Mathに写すので、以下の系が従う: テンプレート:Math theorem

位置作用素

テンプレート:Math theorem

テンプレート:Math theorem 上記の定理は以下のように証明できる。可測性から

C0(𝐑d)Dom(Mf) 

なのでテンプレート:Mvarは稠密に定義された作用素であり、しかも明らかにテンプレート:Mvarは対称作用素である。さらにϕDom(Mf*)とすれば、任意のψDom(Mf)に対し、χ,ψ=ϕ,Mf(ψ)をみたすので、

𝐑dχ(x)ψ(x)dx=χ,ψ=ϕ,Mf(ψ)=𝐑df(x)ϕ(x)ψ(x)dx 

である。ψDom(Mf)の任意性より、これはχ(x)=f(x)ϕ(x) a.eを意味する。テンプレート:Mvar自乗可積分性テンプレート:Mathの定義より、ϕDom(Mf)である。よってテンプレート:Mathであり、掛け算作用素テンプレート:Mvarは自己共役作用素である。

運動量作用素、軌道角運動量作用素

テンプレート:Math theorem

テンプレート:Math theorem


(テンプレート:EquationNote)の形の微分作用素テンプレート:Mvarが自己共役である事の証明は本項の範囲を超えるため省略するが、テンプレート:Mvarが対称作用素である事は以下のように示すことができる。テンプレート:Mathに対し、部分積分の公式から

ijϕ,ψ=𝐑d(ijϕ(x))*ψ(x)dx=ij𝐑dϕ(x)ψ(x)dx𝐑dϕ*(x)(ijψ(x))dx=ϕ,ijψ 

である。(テンプレート:EquationNote)の形の微分作用素はijの実数係数多項式であるので、

D(ϕ),ψ=ϕ,D(ψ) 

が成立する。テンプレート:Mvarの定義域テンプレート:Math=L2(𝐑d)で稠密だったので、これはテンプレート:Mvarが対称作用素である事を意味する。

シュレディンガー作用素

量子力学では時刻テンプレート:Mvarに依存するかもしれないポテンシャルと呼ばれる実数値局所可積分関数テンプレート:Mathを固定し、シュレディンガー作用素と呼ばれる作用素

H=j=1n2mj(2xj,12++2xj,2)+V(x,t) 

を考える。ここでテンプレート:Mvarは何らかの定数で、物理的にはテンプレート:Mvar番目の粒子の質量を表す。またテンプレート:Mvarは次元であり、物理学的なセッティングではテンプレート:Mvarである。各時刻テンプレート:Mvarに対しシュレディンガー作用素は常に対称作用素であるが新井テンプレート:Rp、本質的に自己共役であるか否かはポテンシャルによる。

テンプレート:Math theorem

ここでLp()+L()Lp()の元とL()の元の和で書ける関数の集合である。

超関数によるデルタ関数の定式化

量子力学を定式化するため、ディラックデルタ関数

δ(x)={if x=00otherwise 

を導入した。数学的に見た場合、このような「関数」は存在しないものの関数概念を一般化した「超関数」の概念を使う事でデルタ関数を数学的に定式化でき、これによりディラックの議論をある程度の部分まで数学的に正当化ができる(全ての議論を正当化できるわけではない。詳細後述)。そこで本稿では超関数の概念を導入し、デルタ関数を超関数の概念を使って定式化し、超関数の性質を調べる。

準備

本節では超関数の概念を定式化するのに必要な概念を導入する。

テンプレート:Math theorem

性質

明らかに

C0(𝐑d)𝒮(𝐑d)

である。また前述したようにテンプレート:Mathテンプレート:Mathの稠密部分空間なので、次の事実が成り立つ:

𝒮(𝐑d)テンプレート:Mathの稠密部分空間である新井テンプレート:Rp

定義から明らかなように𝒮(𝐑d)は次を満たす

テンプレート:Math𝒮(𝐑d)なら、任意のテンプレート:Mathテンプレート:Mathに対し、xαβψ(x)𝒮(𝐑d)

よって特に、位置作用素や運動量作用素は𝒮(𝐑d)の元を𝒮(𝐑d)の元に写す。

収束

テンプレート:Mathの元の列および𝒮(𝐑d)の元の列の収束性を定義する。

テンプレート:Math theorem

超関数の定義

シュワルツ超関数の定義

テンプレート:Mvarテンプレート:Mathの領域とし、テンプレート:Mathを局所可積分関数とするとき、テンプレート:Math上の線形汎関数テンプレート:Mvar

Tψ:C0(Ω)𝐂、 ϕ𝐑dϕ(x)ψ(x)dx

により定義することで、局所可積分関数テンプレート:Mvarテンプレート:Math上の線形汎関数テンプレート:Mvarを対応させる事ができる。この対応関係が単射な事は容易に確かめられるので、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarを自然に同一視することにすると、テンプレート:Math上の線形汎関数の集合は局所可積分関数の集合を部分集合として含むことになるので、テンプレート:Math上の線形汎関数を局所可積分関数よりも広いクラスの「関数」であるとみなせる。そこでテンプレート:Math上の線形汎関数で「連続」なものの事を「シュワルツ超関数」、あるいは単に「超関数」と呼ぶことにする。 テンプレート:Math theorem

2つの超関数に対してその線形和を自然に定義できるため、超関数全体の集合はベクトル空間をなす。同様に緩増加超関数を以下のように定義する:

テンプレート:Math theorem

以下、超関数テンプレート:Mvarと局所可積分関数テンプレート:Mvarに対し、

T,ψ:=T(ψ)

と表記する。緩増加超関数に対しても同様の表記を用いる。なお上述の表記は内積に似ているが、内積の定義では複素共役を取っている事が原因で、

Tϕ,ψ=ϕ*,ψ

となることに注意されたい。

超関数と緩増加超関数の関係

テンプレート:Mvarを緩増加超関数とするとき、テンプレート:Mvarの定義域を𝒮(𝐑d)の部分集合テンプレート:Mathに制限した

T|C0(𝐑d):C0(𝐑d)𝐂

は超関数になる。よって制限写像により緩増加超関数全体の集合𝒮(𝐑d)から超関数全体の集合𝒟(𝐑d)への写像

𝒮(𝐑d)𝒟(𝐑d)TT|C0(𝐑d)

を考える事ができる。この写像は単射である事が知られているので、この写像により自然に𝒮(𝐑d)𝒟(𝐑d)の部分集合とみなすことができる。

デルタ超関数

ディラックのデルタ関数の概念は、緩増加超関数の概念を用いて定式化する事ができる。 テンプレート:Math theorem 内積の定義より、これは

δ,ϕ=ϕ(0)

を意味する。上式をテンプレート:Mvar空間における内積の定義と照らし合わせると、上式はディラックの議論における

Ωδ(x)ϕ(x)dx=ϕ(0)

を数学的に正当化したものとみなせる。

超関数の偏微分

超関数に対する偏微分の概念を定義する為、まずはテンプレート:Mathの元の偏微分に関して簡単な考察をする。テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarテンプレート:Mathの2つの元とするとき、テンプレート:Mathの定義よりテンプレート:Mathテンプレート:Mathが0でないテンプレート:Mvarの集合は有界閉集合であるのに対し、テンプレート:Mvarテンプレート:Math開集合であるので、テンプレート:Mvarの境界上ではテンプレート:Mathテンプレート:Mathは0になる。よって微分積分学の基本定理から、

Ωxi(ψ(x)ϕ(x))dx=0

が成立する。よってライプニッツルールにより

xiψ,ϕ=Ωxi(ψ(x))ϕ(x)dx=Ωψ(x)xi(ϕ(x))dx=ψ,xiϕ

が成立する。そこで上式を参考にして、超関数の偏微分を以下のように定義する: テンプレート:Math theorem テンプレート:Mathの元は無限回微分可能なので、上記の定義は常に意味を持つ。より一般に微分作用素を

(α:|α|mψα(x)x1α1xdαd)T:=α:|α|mψα(x)x1α1xdαdT

も定義可能である。

ここで注意すべきことは、局所可積分関数テンプレート:Mvarそれ自身が偏微分不能な関数であっても、xiTψは定義可能な事である。これはテンプレート:Mvarの偏微分は通常の関数としては存在しなくとも、超関数の中にはテンプレート:Mvar(と同一視されるテンプレート:Mvar)の偏微分が存在する事が原因である。紛れがなければ以下xiTψの事を単にxiψと書き、xiψテンプレート:Mvar超関数としての偏微分と呼ぶ。

また通常の関数の場合、仮に二階偏微分可能であってもxixjψxjxiψが異なる関数になる場合があるが、超関数としての微分を考えた場合、xixjTψxjxiTψは必ず同一の超関数になる事を簡単に確認できる。

限界

以上で示したように、超関数の概念を用いる事でディラックによるデルタ関数の議論の一部を数学的に正当化できるが、超関数を用いても全ての議論を正当化できるわけではない。例えば以下の議論は超関数では正当化されない:

  • 公式δ(xλ),δ(xτ)=δ(λτ):そもそも超関数同士の積は定義不可能である。(詳細はシュワルツ超関数の項目を参照されたい)
  • テンプレート:Math以外のテンプレート:Mvar空間の元とデルタ関数との内積を取ること:前述した内積の定義は超関数とテンプレート:Mathの元との間にのみ定義されているので、テンプレート:Mathに属していない元とは内積を取れない。
  • デルタ関数は超関数であり、テンプレート:Mvar空間の元ではないので、デルタ関数をあたかも通常の状態ベクトルであるかのように扱う議論は必ずしも正当化できない。

弱微分

関数テンプレート:Mathの超関数としての微分が関数で書けるとき、その関数をテンプレート:Mathの弱微分という:

テンプレート:Math theorem

テンプレート:Math theorem

フーリエ変換

本節では、関数 テンプレート:Mathフーリエ変換

(f)(ξ):=1(2π)d/2f(x) eixξdx

とその逆変換に当たるフーリエ逆変換

*(g)(x):=1(2π)d/2g(ξ) eixξdx

の厳密な定義を述べ、その性質を調べ、そして最後に位置作用素と運動量作用素が(換算プランク定数を除いて)フーリエ変換で移り合う関係にある事を見る。

フーリエ変換とその逆変換を定義する上で問題になるのは、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarがどのようなクラスに属すればこれらの変換が定義でき、変換によってできあがる関数(f)*(g)がどのようなクラスに属するか、という事である。本節ではまずシュワルツ空間という関数空間のクラスを定義し、フーリエ変換がシュワルツ空間上の全単射になっている事を示す。次に本節では、シュワルツ空間上の線型汎函数である「緩増加超関数」に対してもフーリエ変換が定義可能なことを見る。そして最後にフーリエ変換がテンプレート:Mvar空間上の全単射になっている事を見る。

𝒮(𝐑d)𝒮(𝐑d)の上のフーリエ変換

𝒮(𝐑d)上のフーリエ変換

次が成立する事を簡単な計算で確かめることができる: テンプレート:Math theorem

またこれらの変換は連続である: テンプレート:Math theorem

シュワルツ関数の埋め込み

ψ,χ𝒮(𝐑d)に対し、超関数の時と同様

Tψ(χ):=𝐑dψ(x)χ(x)dx

と定義する事で、シュワルツ関数ψ𝒮(𝐑d)に緩増加超関数テンプレート:Mvarを対応させることができる。 テンプレート:Math theorem

𝒮(𝐑d)上のフーリエ変換

𝒮(𝐑d)の元テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarに対し、プランシュレルの定理

𝐑d(ψ)(ξ)*(χ)(ξ)dξ=𝐑dψ(x)χ(x)*dx

が成り立つので、φ(x)=(χ)(x)とする事で、

𝐑d(ψ)(ξ)φ(ξ)dξ=𝐑dψ(x)(φ)(x)dx

となる事が分かる。これを参考にして緩増加超関数テンプレート:Mvarのフーリエ変換を以下のように定義する: テンプレート:Math theorem

これらの変換は緩増加超関数全体の集合𝒮(𝐑d)で逆写像の関係にある事を以下のように簡単に示すことができる:

(*(T))(ψ):=T((*(ψ)))=T(ψ)

𝒮(𝐑d)上のフーリエ変換が連続であることから、上に定義した𝒮(𝐑d)上のフーリエ変換も連続である事が従う。

テンプレート:Mvar空間上のフーリエ変換

定義

L2関数テンプレート:Mvarに緩増加超関数

Tψ(χ):=𝐑dψ(x)χ(x)dx

を自然に対応させることで、L2空間を𝒮(𝐑d)の部分集合とみなせる。よって𝒮(𝐑d)上でフーリエ変換の定義域をL2空間に制限する事でL2空間にもフーリエ変換が定義できる。次の事実が成り立つことが知られている: テンプレート:Math theorem

実はこのような性質を満たすフーリエ変換の拡張は一意である: テンプレート:Math theorem

性質

L2関数テンプレート:Mvarのフーリエ変換は

1(2π)d/2ψ(x) eixξdx

という形式で書くことがでるとは限らない。なぜならテンプレート:MvarがL2関数の場合は上述の積分は一般には定義できるとは限らないからである。しかし

FR(ψ):=1(2π)d/2|x|Rψ(x) eixξdx

は定義でき新井テンプレート:Rp、L2関数のフーリエ変換は以下を満たすことが知られている: テンプレート:Math theorem

運動量作用素のフーリエ変換

最後に、位置作用素と運動量作用素とがフーリエ変換で移り合う関係にある事を見る。

そのためにより一般に微分作用素

D=α:|α|m(i)|α|aααα1x1αdxd, α:aα𝐑  

(の閉包作用素)を考え、多項式テンプレート:Mvar

F(x1,,xd)=α:|α|maαx1α1xdαd

と定義すると、以下が成立することが知られている新井テンプレート:Rpテンプレート:Math theorem ここでテンプレート:Mvarテンプレート:Mvarを乗じる掛け算作用素である。よって特に運動量作用素

Pj=ixj

(の閉包作用素)は以下を満たす: テンプレート:Math theorem テンプレート:Mvar倍する掛け算作用素は位置作用素であったことから、上式は換算プランク定数を除いて位置作用素と運動量作用素が移り合うことを意味する。

スペクトル

スペクトルとは、有限次元における固有値・固有ベクトルの理論の「無限次元版」であり、量子力学では物理量を観測する時に得られる値の集合となる。本節の目標は、ヒルベルト空間上定義された自己共役作用素のスペクトルの概略を述べる。

有限次元における固有値

無限次元におけるスペクトル理論について述べる前に、まず有限次元の固有値の性質を調べる。テンプレート:MvarA:の固有値である事は明らかに

ker(AλI){0}

を意味し、これはテンプレート:Mathは単射ではない事を意味する。が有限次元であれば線形写像が単射である事は全射である事と同値なので、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarの固有値である事はテンプレート:Mathが全単射でない事と同値である。したがってテンプレート:Mvarテンプレート:Mvarの固有値ではない場合、テンプレート:Mathは全単射である為、

Rλ:=(AλI)1

が存在し、逆にテンプレート:Mvarが存在すればテンプレート:Mvarテンプレート:Mvarの固有値ではない。

しかし無限次元の場合には

  • 単射ではない全射線形作用素
  • 全射ではない単射線形作用素

が存在するため、このような単純な関係は存在しない。スペクトル理論は、上述のような作用素の存在を考慮した上で、固有値・固有ベクトルの理論を適切に「無限次元化」したものである。

スペクトルの定義

これまで同様をヒルベルト空間とし、A:を稠密に定義された(有界とは限らない)閉作用素とし、テンプレート:Mvarを複素数とする。恒等写像テンプレート:Mvarは全域で定義されているので、テンプレート:Mathテンプレート:Mvarと同一の定義域を持つ作用素として定義できる。 テンプレート:Math theorem なお、本稿で述べているレゾルベント集合を狭義のレゾルベント集合と呼び、「レゾルベント集合」という語には別の意味を与えているテキストも存在するので注意されたい。

レゾルベント

テンプレート:Math theorem 次の事実が知られている: テンプレート:Math theorem

なお本稿ではテンプレート:Mvarが閉作用素の場合に限定してレゾルベント集合を定義したが、テンプレート:Mvarが閉作用素でない場合にレゾルベント集合の定義を拡張する際は、テンプレート:Mathが全単射になり、しかもテンプレート:Mvarが有界になるテンプレート:Mvarの全体をレゾルベント集合と定義する新井テンプレート:Rp

点スペクトル

スペクトルテンプレート:Mathの定義より、テンプレート:Mvarテンプレート:Mathに属する場合、テンプレート:Mathは全単射でない。すなわちテンプレート:Mathは「全射でない」かもしくは「単射でない」事を意味する。 テンプレート:Math theorem テンプレート:Mvarテンプレート:Mathの元であれば明らかに

ker(AλI){0}

であるので、

Aψ=λψ

となるテンプレート:MvarでないψDom(A)が存在する。すなわち点スペクトルテンプレート:Mathの元はテンプレート:Mvar固有値であるK12テンプレート:Rpテンプレート:Mathの元テンプレート:Mvarに対し、ker(AλI)テンプレート:Mvarでない元をテンプレート:Mathテンプレート:Mvarに対応する固有ベクトルといい、dimker(AλI)テンプレート:Mvar多重度というK12テンプレート:Rp

有限次元の場合と違い、テンプレート:Mathが単射であるにもかかわらず、全射ではない事が起こりうる。よってσ(A)σP(A)は一般には空集合ではない。σ(A)σP(A)の詳細については後述する。

剰余スペクトル、連続スペクトル

スペクトルテンプレート:Mathに属するテンプレート:Mvarのうち、テンプレート:Mathが単射でないもの全体が点スペクトルテンプレート:Mathであった。それ以外のテンプレート:Mathの元、すなわちテンプレート:Mathが単射ではあるが全射でないものは2つのタイプに分類できる。 テンプレート:Math theorem

テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarの剰余スペクトルもしくは連続スペクトルに属していれば、テンプレート:Mathは単射であるので、テンプレート:Mathの像(AλI)(Dom(A))の上定義された逆写像(AλI)1を定義できる。この意味において、レゾルベント集合においてもテンプレート:Mathの逆写像が定義できるので、この意味で剰余スペクトルや連続スペクトルはレゾルベント集合に類似しているが、違いは逆写像の定義域にある。レゾルベント集合においては(AλI)1の全域で定義され、しかも(テンプレート:Mvarが閉作用素であれば)(AλI)1は必ず有界である。それに対し連続スペクトルの場合は(AλI)1の稠密部分空間で定義されているに過ぎず、しかも(AλI)1は有界ではない新井テンプレート:Rp。さらに剰余スペクトルにおいては(AλI)1の定義域はで稠密ですらない。

以上で定義した概念をまとめると次のようになる。

テンプレート:Math theorem なお連続スペクトルは本稿で述べたのとは別の定義があり、その定義を採用した場合には連続スペクトルと剰余スペクトルは排他的になるとは限らないK12テンプレート:Rp

点スペクトルテンプレート:Math以外ではテンプレート:Mathが単射になるので、テンプレート:Mathの像の上で逆写像(AλI)1が定義できるが、剰余スペクトルでは(AλI)1の定義域は有界ではなく、連続スペクトルでは稠密に定義されているが有界ではなく、レゾルベント集合では全域で定義されていてしかも有界である。

自己共役作用素のスペクトル

本節では以下、A:を(稠密に定義された有界とは限らない)自己共役作用素とする。このときテンプレート:Mathは実数体テンプレート:Mathの閉部分集合である事が知られているH13テンプレート:Rp。またテンプレート:Mathの元は必ずしも点スペクトルではないため、(AλI)ψテンプレート:Mathとなるテンプレート:Mathが存在するとは限らないが、(AλI)ψをいくらでもテンプレート:Mathに近く取る事ができるH13テンプレート:Rpテンプレート:Math theorem なお上の後半の性質を満たすテンプレート:Mvar全体の集合をテンプレート:Mathと書き、近似スペクトルというS12テンプレート:Rp。したがって上述の事実は、自己共役作用素のスペクトルは近似スペクトルと一致する事を意味する。さらに次が成立する事が知られている: テンプレート:Math theorem 以上をまとめると、以下が成立する。 テンプレート:Math theorem

スペクトル分解と観測

スペクトル分解とは、有限次元ベクトル空間における線形作用素の固有値分解を無限次元に拡張したものであるが、単純に有限次元の固有値分解を無限次元に拡張することはできない。これは無限次元の場合、有限次元と違って連続スペクトルが存在し、連続スペクトルには点スペクトル(=固有値)と違い、対応する固有ベクトルが存在しないことに起因する。

本稿では自己共役作用素をスペクトル分解する方法として、以下の3種類を紹介する:

  • 直積分によるスペクトル分解
  • スペクトル測度によるスペクトル分解
  • ゲルファントの3つ組によるスペクトル分解

これら3つのスペクトル分解のうちで、量子力学において通常用いられるスペクトル分解の定式化、すなわちデルタ関数を用いたスペクトル分解に最も近いのは最後にあげたゲルファントの三つ組によるものである。しかしこのゲルファントの三つ組によるスペクトル分解は、すべての自己共役作用素に対して適応できるわけではないという欠点を持つ上、この手法でスペクトル分解するには数学的な準備が必要となる。そこでこの手法によるスペクトル分解は後の節にまわし、本節では残り2つのスペクトル分解を紹介し、これらをもとに、量子状態の観測の概念を数学的に定式化する。


直積分によるスペクトル分解

が有限次元の場合、

=λσ(A)λ 

のように直和として表記可能である。ここでテンプレート:Mvar上の自己共役作用素であり、λは固有値テンプレート:Mvarに対応する固有空間である。さらに任意のψλに対し、

A(ψ)=λψ 

である。

一方が無限次元の場合には、テンプレート:Mvarは非可算無限個のスペクトル点を持ちうるので、単純に上式を無限次元に拡張する事はできない。しかしベクトル空間の「直和」の代わりに「直積分」という概念を用いる事で無限次元の場合も同種の公式が成立する事が知られており、これをテンプレート:Mvarの直積分によるスペクトル分解と呼ぶ。本節では直積分の概念を数学的に定式化し、直積分を用いて上式を無限次元の場合に拡張する。

直積分の定義

直積分の概念を定式化するため、「切断」の概念を導入する: テンプレート:Math theorem

さらに2つの切断s=(s(λ))λXt=(t(λ))λXに対し、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarの内積を

s,t:=Xs(λ),t(λ)dμ 

により定義することができる。 テンプレート:Math theorem

直積分は前述した内積に関して完備であることが知られており、よって直積分はヒルベルト空間になるH13テンプレート:Rp

可測性の定義

前節でペンディングしていたs=(s(λ))λXの可測性の定義を述べる。s=(s(λ))λX可測性を定義するには、(λ)λXに技術的な付加構造を加える必要がある(よって直積分は(λ)λXにこの付加構造を付け加えた場合のみ定義可能である)。まずその付加構造を定義する: テンプレート:Math theorem なお、写像λXdimλ[0,]が可測であるときは、(λ)λXは必ず同時正規直交基底を持つことが知られている。

テンプレート:Math theorem

スペクトル分解

以上の準備のもと、直積分によるスペクトル分解を定式化する: テンプレート:Math theorem


上述の定理はが無限次元の場合も、テンプレート:Mvarの「固有空間」λの直積分に分解でき、しかも直積分の元テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarによる像テンプレート:Mathの「λ成分」であるテンプレート:Mathテンプレート:Mvarの「λ成分」テンプレート:Mathを「固有値」テンプレート:Mvar倍したものになっている事を意味するように見えるので、λテンプレート:Mvarに対応するテンプレート:Mvar一般化した固有空間λの元をテンプレート:Mvarに対応するテンプレート:Mvar一般化した固有ベクトルであるとみなし得るH13テンプレート:Rp。実際、スペクトル点テンプレート:Mathにおいてテンプレート:Mathであれば、テンプレート:Mvarτに対し切断を

s(λ)={sτif λ=τ0otherwise 

により定義すると、写像

mτ:sττs(τ)σ(A)λdμA

s,s=σ(A)s(λ),s(λ)λdμAsτsτμA({τ})0if sτ0

を満たすので、mτ(τ)の元はテンプレート:Mathテンプレート:Mvarでない固有ベクトルになる。しかしテンプレート:Mathの場合にはテンプレート:Mvarが恒等的にテンプレート:Mvarである為、τは通常の意味での固有空間にはならない。

直積分によるスペクトル定理は、前述した掛け算作用素によるスペクトル定理から容易に従う[注 3]。実際、掛け算作用素によるスペクトル定理より、は何らかのテンプレート:Math空間L2(X,μ)と同型で、テンプレート:MvarL2(X,μ)上で実数値関数h(x)を乗じる作用素として表現できるので、テンプレート:Mvarの像である実数直線テンプレート:Math上に測度テンプレート:Mathを入れれば、

L2(X,μ)𝐑λdh*(μ)、   ここでλ=h1(λ)

と表記できる。λ=h1(λ)テンプレート:Mathでないテンプレート:Mvarの集合がテンプレート:Mathと一致する事を容易に確認できるので、上記の積分をテンプレート:Mathに制限すれば、直積分によるスペクトル定理が従う。

スペクトル測度によるスペクトル分解

本節の目標は、非有界作用素のもう一つのスペクトル分解方法であるスペクトル測度によるスペクトル分解を定式化する事である。まず、スペクトル測度の概念を定式化する動機を与える為に、有限次元における固有値分解を復習する。

を有限次元のヒルベルト空間とし、テンプレート:Mvar上の自己共役作用素とする。有限次元の場合、自己共役作用素は必ず固有値分解可能な事が知られている。すなわちテンプレート:Mvarの固有値をテンプレート:Mvarとし、これらの固有値に対応する固有空間をテンプレート:Mvarとすると、の元テンプレート:Mvarは必ず

テンプレート:Mvar、  テンプレート:Mvar 

と表現でき、

テンプレート:Mvar 

が成立する。そこでの元のテンプレート:Mvarへの射影変換をテンプレート:Mvarとすると、明らかに

A=j=1nλjPj 

が成立する。

スペクトル測度テンプレート:Mvarは、以上の考察を無限次元に拡張する事を可能にする概念であり、テンプレート:Mathボレル可測部分集合テンプレート:Mvarに対し、の閉部分線形空間への正射影変換テンプレート:Mathを対応させる。スペクトル測度テンプレート:Mvarの概念を直観的に説明するため、再び有限次元の場合を考えると、テンプレート:Mvarとスペクトルテンプレート:Mathの共通部分が{λj1,,λjm}であるとき、スペクトル測度テンプレート:Mvarによるテンプレート:Mvarの像テンプレート:Mathは、の元をの部分空間

Vλj1Vλjm 

に射影する射影変換である。

スペクトル測度

スペクトル測度の概念を厳密に定式化する。なお、スペクトル測度の概念それ自身は、テンプレート:Mvarのスペクトルとは無関係に定義する。スペクトル測度の概念がテンプレート:Mvarのスペクトルと結びつくのは、後述するスペクトル定理においてである。𝒫()の元をの閉部分線形空間に対応させる正射影作用素全体の集合とする。すなわち

P𝒫()V(閉部分線形空間) s.t. P:ϕ=ϕV+ϕVVV=ϕVV 

さらに(𝐑)テンプレート:Math上のボレル加法族とする。直観的にはこのテンプレート:Mathは、自己共役作用素のスペクトルやレゾルベントの取りうる値の集合である。

テンプレート:Math theorem

スペクトル分解

μ:(𝐑d)𝒫()をスペクトル測度とするとき、次の事実が成り立つことが知られているH13テンプレート:Rp新井テンプレート:Rp。ここで,の内積である: テンプレート:Math theorem 上述のように定義される測度をμψ(B)=ψ,μ(B)ψと書くとき、次が成立する事が知られている: テンプレート:Math theorem

なお任意の可測関数テンプレート:Mvarに対しテンプレート:Mathで稠密であることが知られているのでH13テンプレート:Rp、作用素値積分は上稠密に定義された線形作用素である。またテンプレート:Mvarが実数値可測関数の場合は作用素値積分は必ず自己共役作用素になる事も知られているH13テンプレート:Rp

以上の準備のもと、スペクトル定理を定式化する: テンプレート:Math theorem  なお、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarのレゾルベント集合上でテンプレート:Mvarになる事が知られているのでH13テンプレート:Rp、上述の積分を

A=σ(A)λdμ

と書き表す事もできる。

スペクトル分解定理は前述した有限次元の場合の固有値分解

A=j=1nλjPj 

の無限次元版である。実際、ディラック測度テンプレート:Mvar

δx(B)={0,x∉B;1,xB 

により定義し、スペクトル測度テンプレート:Mvar

μ(B)=j=1nδλj(B)Pj 

とすれば、両者が一致する事を確認できる。

直積分によるスペクトル分解との関係

スペクトル測度によるスペクトル分解定理は直積分によるスペクトル定理から容易に従う。実際、直積分によるスペクトル定理からは直積分σ(A)λdμAとして表現できるので、テンプレート:Mathに対してテンプレート:Mathσ(A)λdμABλdμA,s(λ)χB(λ)s(λ)とすればよい。ここでテンプレート:Mathテンプレート:Mvar特性関数である。

観測

観測確率

テンプレート:Mvarを何らかの物理量を表す自己共役作用素とし、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarのスペクトル測度とする。量子力学では以下を仮定する: テンプレート:Math theorem

直積分を使うと、上の仮定をより直観的に表現できる。状態空間テンプレート:Mvarのスペクトルでスペクトル分解して

σ(A)λdμA 

と直積分で書き表し、テンプレート:Mvarを直積分の切断として

ψ{ψ(λ)}λσ(A) 

と書き表すと、直積分とスペクトル測度の関係により、状態テンプレート:Mvarにある系でテンプレート:Mvarを観測した観測値テンプレート:Mvarがボレル集合B𝐑に属している確率は

σ(A)Bψ(λ)2dμA 

に一致する。

また簡単な計算により、テンプレート:Mvarを観測した観測値の期待値が

ψ,A(ψ) 

となる事を確かめられる新井テンプレート:Rp

波束の収縮

量子力学では以下を仮定する: テンプレート:Math theorem

上述の仮定では観測値が固有値、すなわち点スペクトルに属していた場合の事を述べているが、観測値が連続スペクトルに属していた場合については何も規定していない事に注意されたい。

ゲルファントの3つ組によるスペクトル分解

前節までで見たように、状態空間が無限次元である場合のスペクトル分解においては連続スペクトルが生じるため、全てのスペクトル点に対して対応する「固有関数」が存在するわけではないという困難を抱える。そこでディラックは、状態空間にデルタ関数のような超関数を添加し、これら超関数を一種の固有関数だとみなす事でこの困難を解消する道筋を建てた。

本節では、このディラックのアイデアを拡張することで得られるゲルファントの三つ組の概念を用いて、自己共役作用素をスペクトル分解する方法を説明する。

ゲルファントの三つ組

ゲルファントの三つ組の定義の基本的な雛形は、(緩増加)超関数の概念である。そこで、まず、緩増加超関数の定義を振り返る。今シュワルツ空間𝒮(𝐑d)からヒルベルト空間=L2(𝐑d)へは自然な単射

ι:𝒮(𝐑d)

が存在する。ψに対し、写像テンプレート:Math

ι(ψ):𝒮(𝐑d)𝐂,φψ,ι(φ)

と定義すると、

ι(ψ)𝒮(𝐑d)

なので、写像

ι:𝒮(𝐑d),ψι(ψ)

を定義する事ができ、テンプレート:Mathは反線形写像となる。

定義

以上の議論を踏まえ、より一般に位相の定義されたベクトル空間𝒢からヒルベルト空間への連続な単射

ι:𝒢

があるとき、𝒢双対空間𝒢

𝒢:={T:𝒢𝐂、連続かつ線形}

と定義すると、シュワルツ空間𝒮(𝐑d)のときと同様の方法により、反線形写像

ι:𝒢

を定義できる。 テンプレート:Math theorem

ブラ-ケットベクトルによる解釈

写像

ι:𝒢

は反線形な埋め込み写像なので、𝒢の共役線形空間をそれぞれ*𝒢'*とすると、

ι:*𝒢
ι:𝒢'*

はいずれも線形な埋め込みとなる。

物理学的に見た場合、*はそれぞれブラベクトル、ケットベクトルの空間であったので、それを含んでいる𝒢𝒢'*もやはり(一般化された意味での)ブラベクトル、ケットベクトルの空間とみなすことにする。

既に述べたように、連続スペクトルに対応する「固有ベクトル」は*の中には存在しなかった。そこでブラベクトル、ケットベクトルの空間を*より広い空間である𝒢𝒢'*へと拡張し、𝒢𝒢'*から連続スペクトルに対応する「固有ベクトル」を探す、というのがゲルファントの三つ組の基本的なアイデアである。

とくに𝒢=𝒮(𝐑d)である場合は、𝒢は緩増加超関数の空間𝒮(𝐑d)に一致するので、「固有ベクトル」として𝒢からデルタ超関数を選ぶ事ができる。したがってこの場合は、ゲルファントの三つ組のアイデアはディラックの元々のアイデアと合致する。

ゲルファントの三つ組に関する諸概念

先に進む前にゲルファントの三つ組に関する諸概念を定義する。

テンプレート:Math theorem テンプレート:Mvarの元とするとき、

ι(φ),ψ=ι(φ)(ψ)=φ,ι(ψ)=φ,ι(ψ)

となるので、上述した内積は上の内積と両立する。

テンプレート:Math theorem 言い換えるとこれは𝒢にはweak-*位相を入れたものを考えるという事である。

一般化固有ベクトル

ディラックがデルタ関数を量子力学に導入したそもそもの動機は、デルタ関数を位置作用素に対する「固有ベクトル」とみなすというものであった。すなわち、第テンプレート:Mvar方向の位置作用素

Mxj(ψ)=xjψ(x)

に形式的に

δa(x)=δ(xa)

を代入すると、この関数はテンプレート:Mvar以外でテンプレート:Mvarになる事から、

Mxj(δa)=xjδ(xa)=ajδ(xa)

であり、したがってテンプレート:MvarMxjの「固有値」テンプレート:Mvarに対応する「固有ベクトル」であるとみなせるのである。数学的に見た場合、ヒルベルト空間=L2(𝐑d)において自己共役作用素Mxjはそもそも固有値を持たないし、当然それに対応する固有ベクトルも存在しない。しかしこれはそもそもデルタ関数が=L2(𝐑d)に属さない事に起因しており、ゲルファントの三つ組の概念を用いれば、こうしたデルタ関数による固有値・固有ベクトルの概念を正当化できる。本節ではまず、固有値概念の一般化であるスペクトルの概念を定式化し、ゲルファントの三つ組においてスペクトルに対応する固有ベクトル概念に相当する一般化固有ベクトルの概念を定式化する。

定義

(,𝒢,ι)をゲルファントの三つ組とし、テンプレート:Mvar上の自己共役作用素とする。本節の目標はよりも広い空間である𝒢からテンプレート:Mvarの固有ベクトルを探す事にあるが、そもそもテンプレート:Mvar上でしか定義されていないので、𝒢の元をテンプレート:Mvarの固有ベクトルとみなすには、まずテンプレート:Mvarの定義域を𝒢上に拡張する必要がある。

そこでテンプレート:Mvarとして以下の2性質を満たすものを考えるF15テンプレート:Rp。なおこの2性質を満たすとき、テンプレート:Mvar(,𝒢,ι)に付随するゲルファントの三つ組と両立するという:

  • 𝒢Dom(A)
  • A(𝒢)𝒢

テンプレート:Mvarが上述の性質を満たす時、T𝒢に対し、写像テンプレート:Math

A(T):ψ𝒢T,A(ψ)𝐂

により定義すると、前述の2性質からこの定義はwell-definedであり、A(T)𝒢となる事を確かめられる。よって𝒢上の線形写像

A:T𝒢A(T)𝒢

が定義できる。

上述のように定義したテンプレート:Mvarは埋め込み写像テンプレート:Mvar

A=Aι

という関係を満たすという意味でテンプレート:Mvarの拡張になっている。実際、任意のφ,ψ𝒢に対し、テンプレート:Mvarの対称性から

Aι(φ),ψ=φ,ι(A(ψ))=φ,A(ψ)=A(φ),ψ

であるので、テンプレート:Mvarの任意性から上述の事実が従う。

そこで一般化固有値・固有ベクトルを以下のように定義する: テンプレート:Math theorem

なお、T𝒢なので、ここでいう「一般化固有ベクトル」はブラベクトルであるが、共役線形空間を考えることで、ケットベクトルの空間𝒢'*上にも同様に一般化固有ベクトルの概念を考える事ができる。A=Aιであったので、テンプレート:Mvarの通常の意味での固有ベクトルは一般化固有ベクトルでもある。

定義から明らかなように、一般化固有ベクトルの定義は(,𝒢,ι)に依存している。テンプレート:Mvarと両立する(,𝒢,ι)は複数考えられるので、(,𝒢,ι)の取り方に依存して異なる一般化固有ベクトルの概念が存在する事になる。

完全性

有限次元のベクトル空間の場合、自己共役作用素の固有値分解を行うと、ベクトル空間上の任意のベクトルは、固有ベクトルの線形和として書き表す事ができる事が知られている。この性質を満たす時、自己共役作用素は固有ベクトルの完全系を持つというが、一般化固有ベクトルの場合も類似した完全系の概念を考える事ができる。

実数テンプレート:Mathに対し、一般化固有値テンプレート:Mvarに属する一般化固有ベクトル全体の集合(すなわちテンプレート:Mvarの(一般化)固有空間)

E(λ):=Ker(λidA)𝒢

を考える。ψ𝒢に対し、テンプレート:Mvarとの内積

T𝒢T,ψ𝐂

テンプレート:Mathへの制限写像

ψ^λ:TE(λ)T,ψ𝐂

テンプレート:Mathの双対空間テンプレート:Mathの元である:

ψ^λE(λ)

有限次元空間の場合であればψ^λは「テンプレート:Mvarテンプレート:Math方向成分」に相当するものであるので、完全系の概念を以下のように定義する: テンプレート:Math theorem

なお、テンプレート:Mvarが運動量作用素である場合は、上述した写像ψψ^は、フーリエ変換と自然に同一視できる事が知られている(詳細後述)。そこで上述した写像のことを一般化フーリエ変換というF15テンプレート:Rp

完全形の概念はweak-*位相の言葉を用いても定式化できることが知られている: テンプレート:Math theorem

具体例

𝒢=𝒮(𝐑)の場合に対し、運動量作用素と位置作用素の一般化固有ベクトルを調べる。

運動量作用素

運動量作用素

P=iddx

𝒮(𝐑)と両立する事は既に述べた。T𝒮(𝐑)に対し、

P(T):ψ𝒮(𝐑)T,P(ψ)𝐂

とすると、一般化固有値テンプレート:Mvar対するPの一般化固有ベクトルTλ

P(Tλ)=λTλ

を満たすので、任意のψ𝒮(𝐑)に対し、

λTλ,ψ=P(Tλ),ψ=Tλ,P(ψ)=iTλ,ddx(ψ)=iddxTλ,ψ

となる。よって

λTλ=iddxTλ

という微分方程式の解がTλとなる。したがって

Tλ=ceiλxj/ for some c𝐂

という形のものは全て解となる。ここで上式右辺はceiλxj/を乗じて積分する超関数を表す。またこれ以外に解がない事も知られているF15テンプレート:Rp

以上の議論からPの一般化固有値テンプレート:Mvarに対応する一般化固有空間テンプレート:Math

E(λ)={ceiλx/c𝐂}

である。これは一次元空間なので、E(λ)𝐂である。したがってψ𝒮(𝐑)に対し、

ψ^λ:TE(λ)T,ψ𝐂

は、

ψ^λ(ceiλx/)=𝐑ceiλx/ψ(x)dx

である。すなわちc𝐂ceiλx/𝐑eiλx/ψ(x)dx倍する写像である。したがってPに関するψ𝒮(𝐑)の一般化フーリエ変換

ψ^={ψ^λ}λ𝐑

は自然に

{𝐑eiλx/ψ(x)dx}λ𝐑

と同一視できる。これはψ𝒮(𝐑)をフーリエ変換したものに相当する。これがψ^={ψ^λ}λ𝐑を一般化フーリエ変換と呼ぶ理由であるF15テンプレート:Rp

位置作用素

位置作用素

X=x

T𝒮(𝐑)に対し、

X(T):ψ𝒮(𝐑)T,X(ψ)𝐂

とすると、Xの一般化固有値テンプレート:Mvar対する一般化固有ベクトルTλ

λTλ,ψ=X(Tλ),ψ=Tλ,X(ψ)=Tλ,xψ=xTλ,ψ

を満たすので、

λTλ=xTλ

デルタ関数の定数倍

Tλ=cδ(xλ)

がこの解になる事を簡単に確認でき、しかもこれ以外に解がない事も知られているF15テンプレート:Rp

以上の議論からXjの一般化固有値テンプレート:Mvarに対応する一般化固有空間テンプレート:Math

E(λ)={cδ(xλ)c𝐂}

である。これは一次元空間なので、E(λ)𝐂である。したがってψ𝒮(𝐑)に対し、

ψ^λ:TE(λ)T,ψ𝐂

は、

ψ^λ(cδ(xλ))=𝐑cδ(xλ)ψ(x)dx=cψ(λ)

である。すなわちc𝐂cδ(xλ)ψ(λ)倍する写像である。したがってXに関するψ𝒮(𝐑)の一般化フーリエ変換

ψ^={ψ^λ}λ𝐑

は自然に

{ψ(λ)}λ𝐑

と同一視でき、これはψそれ自身と同一視できる。よってXに関するψ𝒮(𝐑)の一般化フーリエ変換はψそれ自身である。

スペクトル定理

本節では(,𝒢,ι)に付随するゲルファントの三つ組に対するスペクトル定理について述べる。このスペクトル定理は、𝒢核型フレシェ空間、もしくはより一般に核型局所凸空間の場合に対して成立するF15テンプレート:Rp核型局所凸空間の定義はテクニカルなものなので、本項ではその定義について述べるのは避けるが、重要なのは以下の集合がいずれも核型局所凸空間になるという事である:

テンプレート:Math theorem 既に述べたように完全系は一般化フーリエ変換であるとみなせるが、このようにみなした場合最後の式はプランシュレルの定理に対応しているF15テンプレート:Rp

なお、スペクトル分解が固有値分解の「無限次元版」であったことを考えると、上述したスペクトル定理における積分区間をテンプレート:Math全体ではなくテンプレート:Mathに置き換えたほうが自然である。しかし𝒢におけるテンプレート:Mvarのスペクトルはにおけるテンプレート:Mvarのスペクトルより大きくなる事があるのでA97テンプレート:Rp、積分区間のテンプレート:Mathテンプレート:Mathに置き換えられないテンプレート:Mathテンプレート:Mathに置き換えられるとき、(,𝒢,ι)テンプレート:Mvartightly riggingしているというA97テンプレート:Rp

時間発展

本節では、ポテンシャルが時間に依存しない場合に対する系の時間発展について述べる。

シュレディンガー方程式

を状態空間とし、上の自己共役作用素テンプレート:Mvarを任意に固定し、ハミルトニアンと呼ぶことにする。量子力学ではテンプレート:Mvarj=1n2mjΔj+V(x)という形で書き表せる場合を扱うが、本節の議論はテンプレート:Mvarが必ずしもこの形でなくとも成立する。

テンプレート:Math theorem

ここで微分は強微分の意味で考える。すなわち

limtt0ψ(t)ψ(t0)tt0χ=0

を満たすχが存在する時、χテンプレート:Mathにおけるψ(t)強微分といい、

ddtψ(t)|t=t0=χ 

と書き表す。量子力学では、ψの時間発展がシュレディンガー方程式に従う事を仮定する。

テンプレート:Mvarが有界作用素の場合のシュレディンガー方程式の解

テンプレート:Mvarが有界作用素であれば、シュレディンガー方程式を以下のように解くことができる。まず

exp(itH):=n=01n!(it)nHn

と定義すると、右辺が一様作用素位相で収束する事をテンプレート:Mvarの有界性から示すことができるM16テンプレート:Rp。そこで

ψ(t):=exp(itH)(ψ)

と定義する。これを形式的に微分すると、

iddtψ(t)=iddtexp(itH)ψ=Hddtexp(itH)ψ=Hψ(t)

となり、シュレディンガー方程式を満たす事になる。詳細は省略するが、この形式的な議論は数学的にも正当化可能である。

しかしテンプレート:Mvarが有界作用素ではない場合はテイラー展開

exp(itH):=n=01n!(it)nHn

は一般には意味を持たない。実際、たとえテンプレート:Mvarで稠密に定義されていたとしてもDom(H2)で稠密になるとは限らない為、上述のテイラー展開が意味を持つ集合は非常に小さくなってしまうかもしれない。またたとえテンプレート:MvarnDom(Hn)に入っていたとしても、n=01n!(it)nHnψが収束するとは限らないM16テンプレート:Rp

そこで本節ではテイラー展開に頼らずexp(itH)を定義する作用素解析という手法を導入し、exp(itH)に関するストーンの定理を導入する事で上述の問題を解決する。

作用素解析

を状態空間とし、テンプレート:Mvar上の(有界とは限らない)自己共役作用素とする。スペクトル測度によるスペクトル定理より、スペクトル測度テンプレート:Mvarが一意に存在し、H=σ(H)λdμが成立する。

そこで有界可測関数f:σ(A)𝐂に対し、線形作用素テンプレート:Mvar

f(H):=σ(H)f(λ)dμ 

により定義する事ができるH13テンプレート:Rp新井テンプレート:Rp。この手法により線形作用素テンプレート:Mvarを定義する手法を作用素解析新井テンプレート:Rp(operational calculus)という。特に関数テンプレート:Mvarとして指数関数を選ぶことで、

exp(H):=σ(H)exp(λ)dμ 

を定義できる。

ストーンの定理

作用素解析により、

Ut:=exp(itH) 

と定義すると、テンプレート:Mvarはユニタリ変換であり、しかも準同型性を満たす。すなわち任意のs,t𝐑に対し、

UtUs=Ut+s 

が成立する事が知られているH13テンプレート:Rp。さらにテンプレート:Mvarテンプレート:Mvarに関して強連続である。すなわち任意のψと任意のt𝐑に対し、

limstUs(ψ)Ut(ψ)=0 

であるH13テンプレート:Rp

一般に上のユニタリ変換の族{Ut}t𝐑で準同型性と強連続性とを満たすものを強連続1パラメータユニタリ群というH13テンプレート:Rp

実は強連続1パラメータ変換は、上述した指数関数のものに限られる事が知られている: テンプレート:Math theorem

以上の事から、写像A{exp(itA)}t𝐑により、上の自己共役作用素に強連続1パラメータ変換を対応させる事ができ、逆に{Ut}t𝐑に対してその無限小生成元対応させる事で、強連続1パラメータ変換に自己共役作用素を対応させる事ができる。両者は逆写像の関係になっており、自己共役作用素と強連続1パラメータ変換は1対1に対応するH13テンプレート:Rp

A(ψ)=limt01iexp(itA)(ψ)ψt

一般の場合のシュレディンガー方程式の解

を状態空間とし、テンプレート:Mvar上の(有界とは限らない)自己共役作用素とする。このときexp(tH)を作用素解析の手法により定義し、

ψ(t):=exp(itH)(ψ)

とすると次が成立する: テンプレート:Math theorem 実際、前節で述べた事と強微分の定義から、

iddtψ(t)=ilimt0exp(itH)(ψ)ψt=H(ψ)

が成立する。さらに作用素解析の定義より、

exp(0H)=σ(H)exp(0λ)dμ(ψ)=σ(H)dμ(ψ)=id 

である。最後の等号は作用素値積分の定義より従う。よって

ψ(0)=exp(0H)(ψ)=ψ

となり、テンプレート:Mathはシュレディンガー方程式の解となる。

ハイゼンベルク描像

これまで我々はいわゆるシュレディンガー描像で時間発展を記述してきた。すなわち任意のオブザーバブルテンプレート:Mvarは時間に関して不変であり、状態ベクトルテンプレート:Mvarの方が

Ut=exp(itH)

により

ψ(t)=Ut(ψ)

と時間発展するとみなしてきた。一方同じ時間発展をハイゼンベルク描像で記述することも可能である。この場合状態ベクトルテンプレート:Mvarは時間に対して不変であり、オブザーバブルテンプレート:Mvarの方が

At=UtAUt

と時間発展するとみなせる。

ハイゼンベルクの運動方程式

テンプレート:Mvar上の自己共役作用素とし、テンプレート:Mvar上の自己共役作用素で、

A(Dom(H))Dom(H)

を満たすものとし、

ψDom(H)

を取り、

At=UtAUt、ここでUt=exp(itH)

とすると、これまでの議論から、At(ψ)Dom(H)が任意のt𝐑に対して成立し、しかも

dAt(ψ)dt=[H,At](ψ)

が成立する事が示せる新井テンプレート:Rp。ここで上式左辺の時間微分は強微分である新井テンプレート:Rp

一般に自己共役作用素の族{Bt}t𝐑と、の元テンプレート:Mvarに対し、

dBt(ψ)dt=[H,Bt](ψ)

という形の{Bt}t𝐑に関する方程式をハイゼンベルクの運動方程式という新井テンプレート:Rp。上述したAtに関する議論は、ハイゼンベルクの運動方程式の解が存在する十分条件を示した事になる。

ネーターの定理

1変数の場合

を状態空間とし、上の(有界とは限らない)自己共役作用素テンプレート:Mvarをハミルトニアンとして固定し、

Ut=exp(itH)

とする。

{Vs}s𝐑を強連続1パラメータユニタリ変換群とし、テンプレート:Mvarをその無限小生成元とする。

このとき以下が成立する: テンプレート:Math theorem

これは以下に述べる理由により量子力学におけるネーターの定理M16テンプレート:Rpであるとみなせる。

まず最初の条件VsHVs=Hは、ハミルトニアンテンプレート:Mvarが強連続1パラメータユニタリ変換群{Vs}s𝐑に対して不変である事を示している。すなわち、テンプレート:Mvarによって記述される系は対称性{Vs}s𝐑を持つ。

一方2番目の条件はUtAUt=Aの左辺はハイゼンベルク描像で見たときのテンプレート:Mvarの時間発展であるので、この条件は対称性{Vs}s𝐑を定義する無限小生成元が運動の不変量である事を意味している。

解析力学におけるネーターの定理は系の対称性の無限小変換が運動の不変量になり、その逆も成り立つというものだったので、上述した2条件の同値性は量子力学におけるネーターの定理であると解釈できる。なお3番目の条件は、時間発展してから対称性Vsで系を動かす行為と、対称性Vsで系を動かしてから時間発展する事とが同一である事を意味している。

なお、ほとんどの物理の教科書では、上述した量子力学におけるネーターの定理を時間微分と交換子を用いて記述しているがM16テンプレート:Rp、そのような記述方法は作用素の定義域に関する多くの問題点を含むM16テンプレート:Rp

一般の場合

上のユニタリ変換全体の集合を𝒰()と表記すると、強連続1パラメータユニタリ変換群{Vs}s𝐑は実数にユニタリ変換を対応させる準同型写像

s𝐑Vs𝒰()

とみなす事ができる。解析力学におけるネーターの定理はこうした実数からの写像だけでなく、一般の有限次元リー群からの写像に対しても成立していた。そこで本節では量子力学における有限次元リー群のネーターの定理を見出す。有限次元リー群テンプレート:Mvarから𝒰()への写像

Π:G𝒰()

で準同型性

g,hG:Π(gh)=Π(g)Π(h)

強連続性

{gn}n𝐍Ggg:limngn=glimnΠ(gn)Π(g)=0

とを満たすものをテンプレート:Mvar上のユニタリ表現というH13テンプレート:Rp。なおここで「強」連続と呼ぶのは、弱位相における連続性と区別するためである。

𝔤テンプレート:Mvarリー環とし、テンプレート:Mvar𝔤の元とする時、

Vs:=Π(exp(sX))

とすると(上式のexpはリー環の元にリー群の元を対応させる写像である)、{Vs}s𝐑は強連続1パラメータユニタリ変換群になるので、ストーンの定理より、

Π(exp(sX))=exp(itAX)

を満たす自己共役作用素テンプレート:Mvarが存在する(ここで左辺のexpは前述の通りリー環の元にリー群の元を対応させる写像、右辺のexpは自己共役作用素に1パラメータ変換を対応させる写像)。よって𝔤の元に自己共役作用素を対応させる写像

π:X𝔤AX

が定義可能である。

上の自己共役作用素テンプレート:Mvarをハミルトニアンとして固定し、

Ut=exp(itH)

とすると、強連続1パラメータユニタリ変換群に関するネーターの定理から、以下の3つは同値である:

  1. 任意のs𝐑に対しVsHVs=H
  2. 任意のt𝐑に対しUtπ(X)Ut=π(X)
  3. 任意のs,t𝐑に対しUtVs=VsUt

これが一般のリー群に関するネーターの定理であるが、強連続1パラメータユニタリ変換群に関するネーターの定理と違い、さらに𝔤リー括弧に関しても、以下の性質が言える事であるH13テンプレート:Rpテンプレート:Math theorem なお、自己共役作用素の括弧積

[A,B]:=ABBA

Dom(A)Dom(B)の稠密部分集合になる場合にしか自己共役作用素ならないが、のユニタリ表現の場合には

D𝔤:WDom(π(X))

を満たすの稠密部分集合テンプレート:Mvarが必ず存在する事が知られているので、括弧積は必ず自己共役作用素となるH13テンプレート:Rp

フォン・ノイマンの一意性定理

位置作用素Qj(ψ):=xjψと運動量作用素Pj(ψ)=ixj(ψ)は、状態空間=L2(𝐑d)の稠密部分集合𝒮(𝐑d)で定義された作用素である。よってこれらの交換子もの稠密部分集合𝒮(𝐑d)上で定義可能であり、以下の関係式(正準交換関係)を満たす。ここでテンプレート:Mvarは単位行列であり、δj,kクロネッカーのデルタである:

j,k=1,,d:[Qj,Pk]=iδj,kI,[Qj,Qk]=0,[Pj,Pk]=0

なおBLT定理より、これらの交換子はの全域に拡張可能であり、上式はの全域で成立する。

テンプレート:仮リンク新井テンプレート:Rp(「ストーン=フォン・ノイマンの定理」ともH13テンプレート:Rp)は、正準交換関係のやや強いバージョンである「ヴァイルの関係式」を満たす有限個の「既約な」作用素の組は同型を除いて、位置作用素と運動量作用素に限られるというものである。

なお、フォン・ノイマンの一意性定理を示すには、「ヴァイルの関係式」をはじめとした正準交換関係よりも強い仮定を課す事が必須であり、正準交換関係を満たすにもかかわらずフォン・ノイマンの一意性定理が成立しない反例で、物理的にも興味深い例が存在する新井テンプレート:Rp

定義

フォン・ノイマンの一意性定理を定式化するために必要な概念を定義する。

ヴァイルの関係式

上の自己共役作用素Aj,Bkj,k=1,,dに対し、正準交換関係を指数関数の上に乗せた下記の式をヴァイルの関係式という新井テンプレート:RpH13テンプレート:Rp

j,k=1,,d,s,t𝐑:
exp(isAj)exp(itBk)exp(isAj)exp(itBj)=exp(iδj,k),
exp(isAj)exp(itAk)exp(isAj)exp(itAj)=I,
exp(isBj)exp(itBk)exp(isBj)exp(itBj)=I.

通常の正準交換関係の場合には、Aj,Bkの定義域の共通部分がで稠密でないとそもそも交換子が定義できないという問題を抱えていたが、ヴァイルの関係式の場合、Aj,Bkを指数関数の上に乗せた結果出来上がるユニタリ変換を取り扱っており、しかもBLT定理よりこれらのユニタリ変換の定義域は全体であるので、こうした定義域の問題は起こらない。

正準交換関係をヴァイル関係式で表す事を、正準交換関係のヴァイル表現という。なお、一般には通常の正準交換関係よりもヴァイルの関係式の方が強い制約条件であり、両者は同値ではない。

規約性

上の自己共役作用素Aj,Bkj,k=1,,dヴァイル表現として規約であるとは、exp(isAj),exp(itBk)j,k=1,,d,s,t𝐑の共通の不変真部分閉空間が{0}のみである事をいう。すなわち閉部分空間𝒦

j,k=1,,ds,t𝐑:exp(isAj)(𝒦)𝒦,exp(itBk)(𝒦)𝒦

をみたすなら

𝒦={0}

である事をいう。

定理

次の事実をフォン・ノイマンの一意性定理という: テンプレート:Math theorem

ハイゼンベルク群による表現

フォン・ノイマンの一意性定理は、量子力学に重要なリー群であるハイゼンベルク群を用いる事でより簡潔に表現できる。

ハイゼンベルク群

テンプレート:Mvar次のハイゼンベルク群とは、

𝐇d=𝐑d×𝐑d×𝐑

に以下のような積を入れる事で定義されるリー群であるWテンプレート:Rp

(𝐩,𝐪,c)(𝐩,𝐪,c):=(𝐩+𝐩,𝐪+𝐪,c+c+12(𝐩𝐪𝐪𝐩))

ここで𝐩𝐪𝐪𝐩𝐑d上の内積である。

ハイゼンベルクリー環

ハイゼンベルク群が量子力学で重要なのは、対応するリー環(ハイゼンベルクリー環)が正準交換関係(で=1にしたもの)を満たすからである。すなわち、テンプレート:Mvar次のハイゼンベルクリー環は、

𝔥d=𝐑d×𝐑d×𝐑

と表記でき、テンプレート:Mvarのとき、テンプレート:Mvarのとき、テンプレート:Mvarのときそれぞれ、座標軸(0,,0,1ˇj,0,,0)の事をPjQjIと書くと、これらのリー・ブラケット

j,k=1,,d:[Qj,Pk]=δj,kI,[Qj,Qk]=0,[Pj,Pk]=0

を満たすWテンプレート:Rp

ハイゼンベルク群によるフォン・ノイマンの一意性定理

まずフォン・ノイマンの一意性定理の仮定をハイゼンベルク群を用いて表現する。をヒルベルト空間とし、𝒰()上のユニタリ作用素全体の集合とする。

Π:𝐇d𝒰()

Π(I)=iI

を満たす強連続な写像とし、さらに

Aj:=Π(Qj),Bj:=Π(Pj)

とする。するとフォン・ノイマンの一意性定理の条件であるヴァイルの関係式は、テンプレート:Mvarが準同型である事を意味している。すなわちヴァイルの関係式を満たすテンプレート:Mvarはハイゼンベルク群の強連続なユニタリ表現である。このように見た時、ヴァイル表現に関する規約性の条件は、このヴァイル表現が規約である事と同値である。なお、ハイゼンベルク群のニタリ表現の事をシュレディンガー表現というZ13テンプレート:Rp

一方、フォン・ノイマンの一意性定理の結論部分は、このユニタリ表現が同型を除いて一意であり、その唯一のユニタリ表現によるQj,Pkの像がそれぞれ

まとめると、以下の結論が得られるWテンプレート:Rpテンプレート:Math theorem

Mackeyの定理

Mackeyはより弱い条件のもとフォン・ノイマンの一意性定理を示しているM16テンプレート:Rpテンプレート:Math theorem

注釈

  1. 例えば新井H13で用いられている記法
  2. H13テンプレート:Rpでは新井テンプレート:Rpと違い、ϕψT(ϕ)が有界になる事を要請しているが、両者の定義はリースの表現定理より同値になる。
  3. ただしH13では逆に直積分によるスペクトル定理から掛け算作用素によるスペクトル定理を導出しているので、下記の「証明」は循環論法となる。

参考文献

テンプレート:量子力学