ナビエ–ストークス方程式
ナビエ–ストークス方程式(ナビエ–ストークスほうていしき、テンプレート:Lang-en-short)は、流体の運動を記述する2階非線型偏微分方程式であり、流体力学で用いられる。[1][2]アンリ・ナビエとジョージ・ガブリエル・ストークスによって導かれた[3][4]。日本語の文献だと「NS方程式」とも略される[5]。ナビエ・ストークス方程式は、ニュートン力学における運動の第2法則に相当する。
導出
流体の質量保存の法則と運動量保存の法則を表す連続の方程式 テンプレート:Indent テンプレート:Indent を用いると、流れの速度場 の物質微分は テンプレート:Indent と導かれる。ここで、 は密度場、 は応力場、 は流体の単位質量あたりに作用する外力場(加速度場)である。
ここで、ニュートン流体を仮定すれば、応力場が テンプレート:Indent で与えられる。ただし、 は圧力(静圧)、 は体積粘性率、 は剪断粘性率である。 は対称化したテンプレート:仮リンクで、デカルト座標の下で成分表示をすれば テンプレート:Indent で表され、 は速度場の発散 テンプレート:Indent である。
この形の応力場 を用いると、速度場 の物質微分が テンプレート:Indent で与えられる。この方程式がナビエ–ストークス方程式である[1][2][6][注 1]。この3本[注 2]の連立偏微分方程式を解いて3次元ベクトル とスカラー の計4つの未知関数の一般解が常に存在する(もしくは一般解が存在しないケースがある)ことを証明せよ、という問題が「ナビエ–ストークス方程式の解の存在と滑らかさ(ミレニアム懸賞問題の1つ)」である。加えて、それらの解が「時間大域的かつ滑らかな解」なのかどうかも、非常に重要な論点となる。
なお、速度場の物質微分の第二項は「対流項」あるいは「移流項」と呼ばれ、ベクトル解析の公式により、 テンプレート:Indent と変形することができる。ここで テンプレート:Mvar は速度場の回転 テンプレート:Indent であり、渦度と呼ばれる[7]。
単純化した方程式
ナビエ–ストークス方程式は非線形であり、複雑過ぎるので解を求めることは困難である[1][2][6]。このため、いくつかの仮定をして問題を簡単化することが多い[8]。しかし簡単化された方程式ですら解析的な方法では解が得られないことが普通であり、解の存在性などの定性的な議論[9]を超えて、具体的な解の様子を知るためには、ほとんどの場合に数値的な近似解法が必要になる[注 3][10]。
非圧縮性流れ
非圧縮性流れ[11]では、速度場の発散 テンプレート:Mvar がゼロなので、速度場の発散を含む項を落として
となる。
粘性率が一定の流れ
粘性率 テンプレート:Mvar や テンプレート:Mvar は温度や圧力の関数であり一定ではないが、粘性率を定数と仮定する場合は、粘性率の勾配を含む項を落として、
となる。また、体積粘性率 テンプレート:Mvar は非常に小さいので、テンプレート:Math と仮定すると、
となる(ストークスの仮説)。ここで テンプレート:Math は動粘性率である。
粘性率が一定の非圧縮性流れ
となる。ここで テンプレート:Math は動粘性率である。各項はそれぞれ、
- 左辺 - 第1項:時間[微分]項、第2項:移流項(対流項)
- 右辺 - 第1項:圧力項、第2項:粘性項(拡散項)、第3項:外力項
と呼ばれる。外力項は、状況によって、重力をはじめ浮力・表面張力・電磁気力などが該当する。
- ストークス流れ(クリープ流れ)
- 粘性率が一定の非圧縮性流れのうち、流体の速度が遅かったりスケールが小さいなど、レイノルズ数が小さい流れを特にストークス流れあるいはクリープ流れという。ストークス流れでは、非線型である対流項 が無視できて、
- となる。この式はストークス方程式(Stokes equations)と呼ばれ[12][13]、線形方程式のため基本解が知られている[14]。例としてクエット流れやハーゲン・ポアズイユ流れがある。
オイラー方程式
粘性のない(テンプレート:Math)流れでは
となる。この式はオイラー方程式と呼ばれている。[15][16]
ポテンシャル流れ
渦度(速度場の回転)がない流れ
の場合には、ベクトル解析の定理により
となる速度ポテンシャル テンプレート:Mvar が存在する。
近似
数値シミュレーション
もし一般解が求まれば、流体の挙動を完全に知る事ができることになるが、未だに一般解は発見されていない。また、解の存在可能性についても明らかとはなっておらず、物理学と数学の両方にまたがる重要な課題の一つとなっている[1][2](詳細は、ミレニアム懸賞問題、ナビエ–ストークス方程式の解の存在と滑らかさを参照)。従って、極めて特殊な制約条件の問題を除いて数値解析によって近似的に解を求める[18][19]。
流体の数値シミュレーション(数値流体力学、CFD)では、このナビエ–ストークス方程式と連続の式、その他必要に応じてエネルギー保存の法則(熱対流)やマクスウェルの方程式(磁気流体力学)、状態方程式などを連立して、数値的に解くことで流体の挙動を予測する。[10][20][21][22]
移流と拡散両方に関係している現象であるので、クーラン数、拡散数の両方を満たすようにシミュレーションを行う必要がある。
性質
乱流
乱流は流体の多くの流れで見られる時間依存のカオス的な振る舞いである。[23][24][25][26]全体としての流体の慣性にそれがしたがうことが一般に信じられている。それゆえ慣性の効果が小さな流れは層流となる傾向がある。[27]移流と粘性の強さの比率はレイノルズ数と呼ばれる無次元量であり、レイノルズ数がある閾値を越えると、微小なかく乱が移流項の非線型性により拡大していき、流れ場は非定常な乱流となる[28]。
一方、右辺の粘性率を含む項(粘性項)は乱流の変動を抑制する効果を持つ。あまり深く理解されていないにもかかわらず、ナビエ‐ストークス方程式が乱流の性質を正確に記述することが信じられている[29][30]。計算に対して計算時間が有意味に解き得るようになるちょうどよい計算メッシュによる解のようなこの要求条件の安定した解または直接数値シミュレーションの、乱流に関するナビエ‐ストークス方程式の数値解は、極度に困難である。[31][32][33][34]難易度はその乱流に含まれている混合長さの尺度の違いに強く依存する。適当に変換するのに役立たない、層流を解くものを用いて乱流の流れを解く試みは、非定常解で典型的な結果を残す。
これに反して、レイノルズ平均ナビエ-ストークス方程式(RANS)のような、乱流モデルを補った時間平均方程式は、乱流をモデル化するときに実用的な数値流体力学(CFD)の応用で用いられる。追加の方程式を加えてRANSを導く、テンプレート:仮リンク、[35]テンプレート:仮リンク、[36]テンプレート:仮リンクを含む幾つかのモデルは、テンプレート:仮リンク(LES)[37][38][39][40]がこれらの方程式を数値的に解くように用いるようにもできる。RANSよりも計算時間と計算機メモリーの面で、これらのアプローチは電子計算機で行うには大変コストがかかる。しかし、それは陽的に大きな乱流の尺度を分解するのでより良い結果を生み出すのである。
脚注
参考文献
関連項目
- ナビエ–ストークス方程式の解の存在と滑らかさ
- ミレニアム懸賞問題
- 流体力学
- バーガース方程式
- 移流拡散方程式
- gifted/ギフテッド(2017年のアメリカ映画。ナビエ–ストークス方程式を題材として扱っている)
- 偏微分方程式
- 微分方程式
外部リンク
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 Constantin, P., & Foias, C. (1988). Navier-stokes equations. University of Chicago Press.
- ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 小薗英雄. (2002). Navier-Stokes 方程式. 数学, 54(2), 178-202.
- ↑ C. L. M. H. Navier, "Mémoire sur les lois du mouvement des fluides," Mémoires Acad. Roy. Sci. Inst. France, 6, pp.389-440 (1823)
- ↑ G. G. Stokes, "On the Theories of the Internal Friction of Fluids in Motion, and of the Equilibrium and Motion of Elastic Solids," Trans. Camb. Phil. Soc., 8, pp.287-319(1845)original paper
- ↑ 児玉良明. (1996). CFD 入門 (その 1)− NS 方程式の様々な形 とモデル方程式 一. 日本造船学会誌, (805).
- ↑ 6.0 6.1 藤田宏. (1962). Navier-Stokes 方程式の数学的プロフイル. 日本物理学会誌, 17(4), 260-264.
- ↑ テンプレート:Kotobank
- ↑ テンプレート:Cite
- ↑ 柴田良弘、久保隆徹:「非線形偏微分方程式」、朝倉書店、ISBN 978-4-254-11771-4 (2012年)
- ↑ 10.0 10.1 テンプレート:Cite
- ↑ Panton, R. L. (2013). Incompressible flow. John Wiley & Sons.
- ↑ Pironneau, O. (1973). On optimum profiles in Stokes flow. Journal of Fluid Mechanics, 59(1), 117-128.
- ↑ Pozrikidis, C. (2001). Interfacial dynamics for Stokes flow. Journal of Computational Physics, 169(2), 250-301.
- ↑ テンプレート:Cite
- ↑ テンプレート:Cite journal
- ↑ テンプレート:Cite journal
- ↑ Zeytounian, R. K. (2003). Joseph Boussinesq and his approximation: a contemporary view. Comptes Rendus Mecanique, 331(8), 575-586.
- ↑ Temam, R. (2001). Navier-Stokes equations: theory and numerical analysis (Vol. 343). American Mathematical Society.
- ↑ Girault, V., & Raviart, P. A. (2012). Finite element methods for Navier-Stokes equations: theory and algorithms (Vol. 5). Springer Science & Business Media.
- ↑ Anderson, John D. (1995). Computational Fluid Dynamics: The Basics With Applications. Science/Engineering/Math. McGraw-Hill Science. ISBN 978-0-07-001685-9.
- ↑ Chung, T. J. (2010). Computational fluid dynamics. Cambridge University Press.
- ↑ Wesseling, P. (2009). Principles of computational fluid dynamics. Springer Science & Business Media.
- ↑ テンプレート:Kotobank
- ↑ H. Tennekes、J. L. Lumley、藤原仁志、荒川忠一訳『乱流入門』東海大学出版会、1998年。ISBN 978-4-486-01440-9。
- ↑ Lesieur, M. (2012). Turbulence in fluids (Vol. 40). Springer Science & Business Media.
- ↑ Davidson, P. A. (2015). Turbulence: an introduction for scientists and engineers. Oxford University Press.
- ↑ テンプレート:Kotobank
- ↑ テンプレート:Kotobank
- ↑ Foias, C., Manley, O., Rosa, R., & Temam, R. (2001). Navier-Stokes equations and turbulence (Vol. 83). Cambridge University Press.
- ↑ テンプレート:Cite book
- ↑ 大宮司久明, 三宅裕, & 吉澤徴. (1998). 乱流の数値流体力学. 東京大学出版会.
- ↑ 梶島, & 岳夫. (2014). 乱流の数値シミュレーション. 養賢堂.
- ↑ Wilcox, D. C. (1998). Turbulence modeling for CFD (Vol. 2, pp. 103-217). La Canada, CA: DCW industries.
- ↑ Chen, C. J. (1997). Fundamentals of turbulence modelling. CRC Press.
- ↑ Spalart, P. R. and Allmaras, S. R., 1992, "A One-Equation Turbulence Model for Aerodynamic Flows" AIAA Paper 92-0439
- ↑ テンプレート:Citation
- ↑ Piomelli, U. (1999). Large-eddy simulation: achievements and challenges. Progress in Aerospace Sciences, 35(4), 335-362.
- ↑ Mason, P. J. (1994). Large‐eddy simulation: A critical review of the technique. Quarterly Journal of the Royal Meteorological Society, 120(515), 1-26.
- ↑ Zhiyin, Y. (2015). Large-eddy simulation: Past, present and the future. Chinese journal of Aeronautics, 28(1), 11-24.
- ↑ Sagaut, P. (2006). Large eddy simulation for incompressible flows: an introduction. Springer Science & Business Media.