調和関数

環帯上で定義された調和関数

数学における調和関数（ちょうわかんすう、テンプレート:Lang-en-short）は、ラプラス方程式を満足する二回連続的微分可能な関数のことをいう。

調和関数に関する重要な問題はディリクレ問題である。ディリクレ問題の解決方法にはいくつかあるが、その中でも重要な一般的方法はディリクレの原理である。

20世紀には、ウィリアム・ホッジ、ジョルジュ・ド・ラーム、小平邦彦らが調和積分論の発展の中心的な役割を果たした。

導入

物理学において生じる調和函数は、その特異点と（ディリクレ境界条件やノイマン境界条件などの）境界条件によって決定される。さらに、境界のない領域上では任意の整函数の実部または虚部が同じ特異点を持つ調和函数を与えるから、この場合調和函数をその特異点のみで決定することはできないが、物理学的な要請として解は無限遠において消えるものと仮定すれば、やはり一意的な解を得ることができる（この一意性はリウヴィルの定理による）。

このような調和函数の特異点は、電気力学の言葉で言えば「電荷」や「電荷密度」として解釈することができて、対応する調和函数はこの電荷分布に従う電位に比例するものと理解することができる。またそのような函数は定数倍したり、回転したり、定数を加えたりしても調和函数を与える。調和函数のテンプレート:仮リンクもまた調和函数だが、特異点はもとの函数の（球面に関する）「鏡像」に写る。二つの調和函数の和も調和函数である。

定義といくつかの事実

関数 テンプレート:Math がラプラス作用素

$\mathrm{\Delta }=\frac{{\partial }^2}{\partial x_1^2}+\frac{{\partial }^2}{\partial x_2^2}+\cdots +\frac{{\partial }^2}{\partial x_n^2}$

に対し、テンプレート:Math を満たすとき、関数 テンプレート:Mvar は調和 テンプレート:En である、あるいは テンプレート:Mvar は調和関数であるという。

• 与えられた領域 テンプレート:Mvar 上の調和函数全体の成す集合はラプラス作用素 テンプレート:Math の核であり、従って実ベクトル空間となる。すなわち、調和函数の和・差・スカラー倍はまた調和函数になる。
• 領域 テンプレート:Mvar 上の調和函数 テンプレート:Mvar に対し、テンプレート:Mvar の任意の偏導函数はまた テンプレート:Mvar 上の調和函数である。ラプラス作用素 テンプレート:Math と偏微分作用素 テンプレート:Math は調和函数のクラスの上では可換になる。
• 幾つかの意味において、調和函数は正則函数の実解析における対応物と考えることができる。任意の調和函数は実解析的である（つまり局所的に冪級数によって表される）。これは楕円型作用素（ラプラス作用素はその例としてよく知られている）に関する一般的な事実である。
• 調和函数の一様極限函数はまた調和函数である。これは中間値性質をもつ任意の連続函数が調和であることから分かる。テンプレート:Math 上の函数列を テンプレート:Math と定めればこれは一様に零函数に収束するが、注意すべきはこれらの偏導函数の成す列は（零函数の導函数としての）零函数には一様収束しないことである。つまり、極限が調和であるというためには連続性と中間値性質の両方を満足することが重要であることを示している。

性質

以下では テンプレート:Mvar を虚数単位として用いる。

複素関数と2次元調和関数

複素数 テンプレート:Math を変数とする複素 1 変数複素関数 テンプレート:Math について、これを実 2 変数の関数として書き直すことができる。実 2 変数複素関数 テンプレート:Math を、実部と虚部に分解すると テンプレート:Math 実部と虚部に対応する実 2 変数の実関数として テンプレート:Math と テンプレート:Math が得られる。このとき、テンプレート:Mvar が複素微分可能であれば テンプレート:Math は実 2 変数の調和関数となる。 コーシー・リーマンの関係式より、2 つの関数 テンプレート:Math は

$\{\begin{array}{c}\frac{\partial u}{\partial x}(x,y)=\frac{\partial v}{\partial y}(x,y)\\ \frac{\partial u}{\partial y}(x,y)=-\frac{\partial v}{\partial x}(x,y)\end{array}$

を満たすが、これをベクトル解析の言葉で書き直せば テンプレート:Math となり、この湧き出し テンプレート:Math はゼロなので、関数 テンプレート:Math は 2 次元のラプラス方程式を満たす調和関数であることが分かる。同様の方法でまた テンプレート:Math も調和関数であることが導かれる。すなわち、正則な複素関数の実部と虚部は実調和関数となる。

逆に、2 つの実調和関数がコーシー・リーマンの関係式を満たすとき、それらは共役であるといい、共役な実調和関数の対テンプレート:Math, テンプレート:Math が与えられると、テンプレート:Math を変数とする正則関数テンプレート:Math が得られる。単連結領域上の実調和関数は共役調和関数を持つ（すなわち正則関数の実部あるいは虚部である）。

平均値の性質

テンプレート:Math を テンプレート:Math 内の領域 テンプレート:Mvar で定義された調和関数とする。このとき、ある点 テンプレート:Mvar における値 テンプレート:Math は、点 テンプレート:Mvar を中心として テンプレート:Mvar に含まれる任意の半径 テンプレート:Mvar を持つ[[超球面| テンプレート:Math-次元球面]] テンプレート:Math 上での テンプレート:Mvar の平均値に等しいテンプレート:Sfn。すなわち、

$\varphi (x)=\frac{1}{\omega (n)r^{n-1}}\underset{\partial B(x,r)}{\int }\varphi (y)dS(y)$

が成り立つ。但し、テンプレート:Mathは

$\omega (n)=\frac{n{\pi }^{n/2}}{\mathrm{\Gamma }(\frac{n}{2}+1)}$

で与えられる n − 1 次元単位球面の面積である。これは調和関数の平均値の性質 テンプレート:En、あるいはガウスの平均値定理 テンプレート:En、または単に調和関数に関する平均値定理 テンプレート:En と呼ばれる。この結果から調和関数 テンプレート:Mathは点 テンプレート:Mvar を中心として テンプレート:Mvar に含まれる任意の半径 テンプレート:Mvar を持つ[[球体| テンプレート:Mvar-次元球体]] テンプレート:Math での平均にも一致する。すなわち、

$\varphi (x)=\frac{1}{\alpha (n)r^n}\underset{B(x,r)}{\int }\varphi (y)dy$

が成り立つ。但し、テンプレート:Mathは

$\alpha (n)=\frac{{\pi }^{n/2}}{\mathrm{\Gamma }(\frac{n}{2}+1)}$

で与えられる テンプレート:Mvar-次元単位球の体積である。

逆にテンプレート:Mathは、テンプレート:Mathがテンプレート:Mvar内の任意の球面テンプレート:Math上の平均と一致するならば、テンプレート:Mathは調和関数となるテンプレート:Sfn。

ディリクレ問題とランダムウォーカー

平均値の性質から、点 テンプレート:Mvar における調和関数の値 テンプレート:Math は、点 テンプレート:Mvar から出発したランダムウォーカーが領域 テンプレート:Mvar の境界 テンプレート:Mvar に到達したとき、到達した点での調和関数の境界テンプレート:Math の期待値に対応していることが分かる。逆に、任意のディリクレ境界条件に対して、任意の点 テンプレート:Mvar の調和関数の値 テンプレート:Math を見積もるには、テンプレート:Mvar を出発して到達した点での境界値の算術平均をとればよい。

最大値原理

テンプレート:Main 調和関数の平均値の性質は、最大値（最小値）に強い制約を課すため、調和関数は領域の境界で最大値（最小値）をとるテンプレート:Sfn。正確には、テンプレート:Mvar を テンプレート:Math の有界な開集合とし、φ が U 上の調和関数で、φ を境界に連続に拡張できるならば、

$\underset{\bar{U}}{\max }\varphi =\underset{\partial U}{\max }\varphi$

が成り立つ。この性質を調和関数の最大値原理と呼ぶ。テンプレート:Mvar が連結開集合である場合に、$\underset{U}{\max }\varphi$ が存在すれば、テンプレート:Mathは定数関数となる。この性質を調和関数の強最大値原理と呼ぶ。

最大値原理の直接的な応用としては、ポアソン方程式の境界値問題における解の一意性の証明がある。テンプレート:Math の有界な開集合テンプレート:Mvar とその境界 テンプレート:Mvar において、テンプレート:Mathとテンプレート:Mathを与え、ポアソン方程式の境界値問題を考える。この境界値問題の二つの解に対し、差を取ったものは調和関数であり、最大値原理より、その最大値、最小値はゼロとなる。すなわち、二つの解は一致する。

正則性

調和関数は2階連続微分可能性のみを仮定しているに関わらず、無限回微分可能であるテンプレート:Sfn。これは調和関数に球対称な軟化子を作用させたものが、平均値の性質から調和関数自身に一致することから示される。この性質は、より一般的な条件の下でワイルの補題として知られる。さらに、調和関数は解析的であるテンプレート:Sfn。

リウヴィルの定理

全テンプレート:Math 上で定義された有界な調和関数は定数関数となるテンプレート:Sfn。この定理は、全複素平面で正則な複素関数（整関数）が有界ならば定数関数であるという、関数論におけるリウヴィルの定理の類似を与えている。

一般化

弱調和函数

テンプレート:Main 函数（あるいはより一般にシュヴァルツ超函数）がラプラス方程式 テンプレート:Math の弱解（シュヴァルツ超函数の意味での解）となるときテンプレート:仮リンクであるという。

弱調和函数は殆ど至る所真の調和函数に一致し、特に滑らかである。弱調和超函数とは、真の調和函数に同伴するシュヴァルツ超函数のことであり、従ってこれもまた滑らかである。これラプラス方程式に関するワイルの補題という。

このほかにもラプラス方程式の弱バージョンで有用なものがたくさんある。そういったものの一つはディリクレの原理で、これはソボレフ空間 テンプレート:Math に属する調和函数をディリクレエネルギー積分

$J(u):=\underset{\mathrm{\Omega }}{\int }|\mathrm{\nabla }u{|}^{2}dx$

を局所変分に関して最小化するものとして表現する。すなわち、調和函数 テンプレート:Math は、任意の テンプレート:Math に対して（あるいは同じことだが テンプレート:Math に対して テンプレート:Math を満たす。

多様体上の調和函数

任意のリーマン多様体上の調和函数は、テンプレート:仮リンク テンプレート:Math を用いて定義することができる。すなわち、この文脈における函数が調和であるとはラプラス・ベルトラミ作用素に関する方程式 テンプレート:Math を満足することを言う。

既に述べたユークリッド空間内の領域上定義された調和函数が持つ多くの性質は、このより一般の状況に於いても満足され、例えば （測地的球体上の）平均値の定理、最大値原理、ハルナックの不等式などが成立する。平均値の定理を除けば、これらは二階の線型楕円型偏微分方程式一般に対する対応する結果の簡単な帰結である。

劣調和函数

テンプレート:Main ラプラス方程式の代わりに、テンプレート:Math を満足する テンプレート:Math-級函数は劣調和であると言う。この条件のもとでも最大値原理は保証されるが、調和函数が持つ他の性質は満たされるとは限らない。より一般に、劣調和函数となるための必要十分条件は、定義域内の任意の球体の内部においてその函数のグラフがその球体の境界値を補間する調和函数のグラフの下にあることである。

調和形式

テンプレート:Main 調和函数に関する研究を一般化するものの一つとして、リーマン多様体上の調和形式及びそれに関連したコホモロジー論がある（同様にベクトル値調和函数や二つのリーマン多様体間の調和写像なども定義できる）。例えば、リーマン多様体内の曲線（つまり、実数直線 テンプレート:Math 内の区間からリーマン多様体への写像）が調和となるための必要十分条件はそれが測地的であることである。

滑らかな計量を持つ向き付け可能なコンパクト多様体 テンプレート:Mvar 上の微分作用素の成すド・ラム複体

$0\to {\mathrm{\Omega }}^0(M)\stackrel{d_0}{\to }{\mathrm{\Omega }}^1(M)\stackrel{d_1}{\to }\cdots \stackrel{d_{n-1}}{⟶}{\mathrm{\Omega }}^n(M)\stackrel{d_n}{\to }0$

（ここで テンプレート:Math は次数 テンプレート:Mvar の滑らかな微分形式の層、テンプレート:Math は テンプレート:Math 上の外微分である）に対して、ベクトル空間の系列

$H^k(M)=\ker d_k/\mathrm{im}{d}_{k-1}$

はド・ラムコホモロジーと呼ばれる。テンプレート:Mvar の計量が誘導する内積に関して、外微分 テンプレート:Mvar に対する形式的な随伴作用素としてテンプレート:仮リンク テンプレート:Mvar を定義することができる。

このとき、微分形式上のラプラス作用素が テンプレート:Math で定義され、調和形式の空間

${\mathscr{H}}_{\mathrm{\Delta }}^k(M)=\{\alpha \in {\mathrm{\Omega }}^k(M)\mid \mathrm{\Delta }\alpha =0\}$

が定義される。$d{\mathscr{H}}_{\mathrm{\Delta }}^k(M)=0$ であるから自然な写像

$\phi :{\mathscr{H}}_{\mathrm{\Delta }}^k(M)\to H^k(M)$

が存在するが、ホッジの定理の第一部はこの テンプレート:Mvar がベクトル空間の同型となることを述べる。すなわち、テンプレート:Mvar 上の各ド・ラムコホモロジー類に対し、その代表元として調和形式が一意的に取れる。

同様のことは、コンパクト多様体上の楕円型複体に対して述べられる。すなわち、楕円型複体のコホモロジーは調和切断の空間と自然に同型であり、各コホモロジー類は調和な代表元を一意に持つ。

多様体間の調和写像

テンプレート:Main ふたつのリーマン多様体 テンプレート:Math に対し、調和写像 テンプレート:Math は、一般化ディリクレエネルギー汎函数

$D[u]=\frac{1}{2}\underset{M}{\int }\Vert du{\Vert }^{2}dV$

の臨界点として定義される。ここで テンプレート:Math は テンプレート:Mvar の微分であり、ノルムは テンプレート:Mvar および テンプレート:Mvar の距離から誘導されるテンソル積束 テンプレート:Math 上のノルムである。

上述のように、これに特別の場合として調和函数が含まれることはディリクレの原理に他ならない。

多様体間の調和写像の特別の場合として重要なものに極小曲面がある。これは曲面の三次元ユークリッド空間への調和はめ込み (harmonic immersion) に一致する（より一般に、極小部分多様体は多様体から別の多様体への調和はめ込みになる）。テンプレート:仮リンク とは、多様体から同じ次元のユークリッド空間の開部分集合への調和微分同相写像のことである。

参考文献

• テンプレート:Cite book

関連項目

• ラプラス方程式
• ホッジ分解
• 重調和関数
• 劣調和関数と優調和関数
• 多重劣調和関数

外部リンク

• テンプレート:Kotobank
• テンプレート:SpringerEOM
• テンプレート:MathWorld
• Harmonic Function Theory by S.Axler, Paul Bourdon, and Wade Ramey