計量ベクトル空間

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内積を用いたベクトルの成す角の定義の幾何学的解釈

線型代数学における計量ベクトル空間(けいりょうベクトルくうかん、テンプレート:Lang-en-short)は、内積と呼ばれる付加的な構造を備えたベクトル空間であり、内積空間(ないせきくうかん、テンプレート:Lang-en-short)とも呼ばれる。この付加構造は、空間内の任意の二つのベクトルに対してベクトルの内積と呼ばれるスカラーを対応付ける。内積によって、ベクトルの長さや二つのベクトルの間の角度などの直観的な幾何学的概念に対する厳密な導入が可能になる。また内積が零になることを以ってベクトルの間の直交性に意味を持たせることもできる。内積空間は、内積として点乗積(スカラー積)を備えたユークリッド空間を任意の次元(無限次元でもよい)のベクトル空間に対して一般化するもので、特に無限次元のものは函数解析学において研究される。

内積はそれに付随するノルムを自然に導き、内積空間はノルム空間の構造を持つ。内積に付随するノルムの定める距離に関して完備となる空間はヒルベルト空間と呼ばれ、必ずしも完備でない内積空間は(内積の導くノルムに関する完備化がヒルベルト空間となるから)前ヒルベルト空間 (pre-Hilbert space) と呼ばれる。複素数体上の内積空間はしばしばユニタリ空間 (unitary spaces) とも呼ばれる。

定義

テンプレート:Main 本項ではスカラー テンプレート:Math実数テンプレート:Math または複素数テンプレート:Math の何れかを意味するものとする。

厳密に言えば、内積空間とは体 テンプレート:Math 上のベクトル空間 テンプレート:Math であって、内積と呼ばれる写像

,:V×VF

で以下の公理を満足するものを備えたものを言う[1][2]

  • 共軛対称性: x,y=y,x.
  • 第一引数に対する線型性: ax+y,z=ax,z+y,z.
  • 正定値性: x,x0,[x,x=0x=0]

テンプレート:Math のときは共軛対称性(エルミート対称性)は単に対称性に帰着される。

注意

上記内積の定義において、係数体を実数体 テンプレート:Math および複素数体 テンプレート:Math に制限する必要があることにはいくつか理由がある。簡潔に述べれば、半正定値性が意味を持つために係数体は(内積の値域となる)適当な順序体を含む必要がある(従って、任意の順序体がそうであるように標数テンプレート:Math でなければならない)ことである(ここから直ちに有限体は除外される)。また、係数体は区別された自己同型 (distinguished automorphism) のような付加構造を持たなければならない。そういう意味では、より一般に テンプレート:Math または テンプレート:Math の二次閉部分体(任意の元が平方根を持つ体、例えば全代数的数体)を考えれば十分だが、(テンプレート:Math でも テンプレート:Math でもない)真の部分体を取ってしまうと、有限次元の内積空間でさえ完備距離空間にならない。これと対照的に、テンプレート:Math または テンプレート:Math 上の有限次元内積空間は自動的に完備となり、従ってヒルベルト空間になる。

性質

計量ベクトル空間では様々な定理が成立する。

様々なベクトル空間に様々な内積が定義できる。 テンプレート:See also 最も単純な例として、実数全体の成すベクトル空間に通常の乗法によって内積 テンプレート:Math2 を定めたものは内積空間になる。

内積空間上のノルム

テンプレート:Math とするとき、ベクトル空間に

xp=(i=1|ξi|p)1/p(x={ξi}p)

なるノルムをいれてノルム空間を得ることはできるが、中線定理(平行四辺形公式)を満たさないので内積空間にはならない(ノルムに付随する内積が存在するには中線定理が成り立たなければならない)[3][4]

しかし内積空間ならば、内積から自然に定義され、中線定理を満足するノルム

x=x,x

を持つ。このノルムは内積の定義における正定値性公理によってきちんと定義される。ノルムはベクトル テンプレート:Math の長さ(あるいは大きさ)と考えることができる。公理から直接に以下のようなことが分かる:

コーシー=シュワルツの不等式
テンプレート:Math の任意の元 テンプレート:Math に対して
|x,y|xy
が成立する(等号は テンプレート:Mathテンプレート:Math とが線型従属であるとき、かつそのときに限り成立)。
これは数学においてもっとも重要な不等式のうちの一つである。ロシア語の文献ではコーシー=ブニャコフスキー=シュワルツの不等式とも呼ぶ。重要性に鑑みて、簡潔な証明を記しておこう:
テンプレート:Math のときは自明ゆえ、テンプレート:Math は非零とする。このとき
λ=y,y1x,y
と置けば
0xλy,xλy=x,xy,y1|x,y|2
となり、整理すれば証明を得る。
直交性
内積は角度や長さといった言葉で幾何学的に解釈することができるので、内積空間において幾何学的な用語法を用いる動機付けを与えるものとなる。実際、コーシー=シュワルツの不等式の直接の帰結として、テンプレート:Math の場合には、二つの非零ベクトル テンプレート:Math の間の角を等式
angle(x,y)=arccosx,yxy
で定義することが正当化できる。ここでは角度の値を テンプレート:Math から選ぶものとする。これは二次元ユークリッド空間における場合の対応物になっている。テンプレート:Math の場合の角度(閉区間 テンプレート:Math
angle(x,y)=arccos|x,y|xy
と定義するのが典型的である。このような角度の定義に呼応して、テンプレート:Math の二つの非零ベクトル テンプレート:Math が直交することの必要十分条件をそれらの内積の値が テンプレート:Math となることと定める。
斉次性
テンプレート:Math の任意の元 テンプレート:Math とスカラー テンプレート:Math に対して テンプレート:Math が成り立つ。
三角不等式
テンプレート:Math の任意の二元 テンプレート:Math に対して テンプレート:Math が成り立つ。

斉次性と三角不等式は函数 テンプレート:Math が実際にノルムを成すことを示すものである。これにより テンプレート:Mathノルム線型空間となり、従ってまた距離空間を成す。最も重要な内積空間は、この距離に関して完備距離空間となるもので、それらはヒルベルト空間と呼ばれる。任意の内積空間 テンプレート:Math は、適当なヒルベルト空間の稠密な部分空間であり、このヒルベルト空間は テンプレート:Math の完備化として、本質的に テンプレート:Math によって一意に決定される。

ピタゴラスの定理
テンプレート:Math の二元 テンプレート:Mathテンプレート:Math を満たすならば テンプレート:Math が成り立つ。

この等式の証明には、ノルムを定義に従って内積を用いて書いて、各成分に関する加法性に従って展開すれば十分である。「ピタゴラスの定理」という名称はこの結果を幾何学的に解釈したものが綜合幾何学における同名の定理の類似対応物になっていることによる。無論、綜合幾何学におけるピタゴラスの定理の証明は、基礎に置かれた構造が乏しいために、より複雑なものとなることに注意すべきである。その意味において、綜合幾何学におけるピタゴラスの定理は、いま述べた内積空間におけるものよりも深い結果である。

ピタゴラスの定理に数学的帰納法を適用することにより、テンプレート:Math がベクトルの直交系、即ち相異なる任意の添字 テンプレート:Math に対して テンプレート:Math を満たすならば

i=1nxi2=i=1nxi2

となることが示せる。コーシー=シュワルツの不等式から、テンプレート:Math連続写像となることも分かるから、ピタゴラスの定理を無限和にまで拡張することができる:

パーシヴァルの等式
テンプレート:Math完備内積空間ならば、テンプレート:Math} がどのに元も互いに直交する テンプレート:Math のベクトル族であるとき、
i=1xi2=i=1xi2
が、左辺の無限級数が収斂する限りにおいて成立する。

空間の完備性は、部分和の列(これがコーシー列となることは容易)が収斂することを保証するために必要である。

中線定理
テンプレート:Math の任意の二元 テンプレート:Math に対し、テンプレート:Math が成り立つ。

実は中線定理はノルム空間において、そのノルムを導く内積が存在するための必要かつ十分な条件であり、これを満足するとき対応する内積は偏極恒等式

x+y2=x2+y2+2x,y

によって与えられる(これは余弦定理の一つの形である)。

正規直交系

テンプレート:Main テンプレート:Math を次元 テンプレート:Math を持つ有限次元内積空間とする。任意の基底はちょうど テンプレート:Math 本の線型独立なベクトルからなることを思い出そう。グラム–シュミットの正規直交化法を用いれば、任意の基底を正規直交基底に取り換えてから話を進めて良い。即ち、基底は各ベクトルが単位ノルムを持ち互いに直交するものとする。式で書けば、基底 テンプレート:Math} が正規直交であるとは、テンプレート:Math ならば テンプレート:Math, かつ各 テンプレート:Math に対して テンプレート:Math を満足することを言う。

この正規直交基底の定義は、以下のように無限次元内積空間に対して一般化することができる。テンプレート:Math は任意の内積空間として、ベクトルの系 テンプレート:Mathテンプレート:Math(位相的)基底であるとは、テンプレート:Math の元からなる有限線型結合全体の成す テンプレート:Math の部分集合が テンプレート:Math において(内積の導くノルムに関して)稠密となるときに言う。基底 テンプレート:Mathテンプレート:Math の正規直交基底であるとは、それが各添字 テンプレート:Math に対して テンプレート:Math ならば テンプレート:Math かつ テンプレート:Math を満足することをいう。

グラム-シュミットの方法の無限次元版を用いれば

定理
任意の可分な内積空間 テンプレート:Math は正規直交基底を持つ。

が示される。また、テンプレート:仮リンクおよび完備内積空間において線型部分空間への直交射影が定義可能であるという事実を用いれば、

定理
任意の完備内積空間 テンプレート:Math は正規直交基底を持つ。

も示せる。これら二つの定理は「任意の内積空間が正規直交基底を持ち得るか」という問いに答えるもので、これには否定的な結論が下される。これは非自明な結果であり、以下のような証明が知られている:

証明[5]
内積空間の次元とは、与えられた正規直交系を含む極大正規直交系の濃度であったことを思い出そう(ツォルンの補題により、そのような極大系は少なくとも一つ存在し、またそのような極大系はどの二つも同じ濃度を持つのであった)。一つの正規直交基底は極大正規直交系であるが、逆は必ずしも成り立たないことは既知である。テンプレート:Math が内積空間 テンプレート:Math の稠密部分空間ならば、テンプレート:Math の任意の正規直交基底は自動的に テンプレート:Math の正規直交基底となるから、テンプレート:Math よりも真に次元の小さな稠密部分空間 テンプレート:Math を持つ内積空間 テンプレート:Math を構成すれば十分である。

テンプレート:Math は次元 テンプレート:Math のヒルベルト空間(例えば テンプレート:Math)とする。テンプレート:Mathテンプレート:Math の基底とすれば テンプレート:Math である。基底 テンプレート:Mathテンプレート:Mathハメル基底(代数基底) テンプレート:Math (テンプレート:Math) に延長するならば、テンプレート:Math のハメル次元が連続体濃度 テンプレート:Math であることは既知であるから、テンプレート:Math でなければならない。

テンプレート:Math を次元 テンプレート:Math のヒルベルト空間(例えば テンプレート:Math)とし、テンプレート:Math の正規直交基底 テンプレート:Math と全単射 テンプレート:Math を考えれば、線型写像 テンプレート:Math で、テンプレート:Math (テンプレート:Math) かつ テンプレート:Math (テンプレート:Math) を満たすものが存在する。

テンプレート:Math と置き、テンプレート:Math} を テンプレート:Math のグラフ、テンプレート:Mathテンプレート:Mathテンプレート:Math における閉包とすれば、テンプレート:Math が示せる。各 テンプレート:Math に対して テンプレート:Math ゆえ、テンプレート:Math が従う。

次に、テンプレート:Math とすれば適当な テンプレート:Math によって テンプレート:Math と書けるから、テンプレート:Math である。同様に テンプレート:Math ゆえ、テンプレート:Math もわかる。従って テンプレート:Math であり、テンプレート:Math すなわち テンプレート:Mathテンプレート:Math において稠密である。

最後に テンプレート:Math} が テンプレート:Math における極大正規直交系であることを見よう。

0=(e,0),(k,Tk)=e,k+0,Tk=e,k

が任意の テンプレート:Math に対して成り立つならば、テンプレート:Math が確定するから、テンプレート:Mathテンプレート:Math の零ベクトルであり、テンプレート:Math の次元は テンプレート:Math となるが、一方 テンプレート:Math の次元が テンプレート:Math であることは明らかである。これで証明は完成した。

パーシヴァルの等式から直ちに次が従う。

定理
可分内積空間 テンプレート:Math とその正規直交基底 {ek}k に対し、写像
x{ek,x}k
は稠密な像を持つ等距線型写像 テンプレート:Math である。

この定理はフーリエ級数の抽象版であり、任意の正規直交基底がフーリエ級数における三角多項式の成す直交系の役割を果たす。上記の添字集合は任意の可算集合としてよい(また実は、ヒルベルト空間の項にあるように、そうして得られる空間は全て、適当な集合上で定義された テンプレート:Math となる)ことに注意。特に、フーリエ級数に関して

定理
テンプレート:Math が内積空間 テンプレート:Math ならば、整数全体の成す集合で添字付けられた連続函数の双無限列
ek(t)=eikt2π
テンプレート:Math-内積に関して空間 テンプレート:Math の正規直交基底であり、写像
f{12πππf(t)eiktdt}k
は稠密な像を持つ等距線型写像になる。

点列 {ek}k の直交性は テンプレート:Math のとき

ππei(jk)tdt=0

から直ちにわかる。正規性は列の作り方による(即ち、列の各係数はノルムが テンプレート:Math となるように選ばれたものである)。 最後に、この列が内積の定めるノルムに関して稠密な(代数的)線型包を持つことは、このとき テンプレート:Math 上の連続な周期函数が一様ノルムに関して成すノルム空間においてこの列が稠密な線型包を持つことから従う。これは、三角多項式の一様稠密性に関するヴァイエルシュトラスの定理の内容である。

内積空間上の作用素

内積空間 テンプレート:Math から内積空間 テンプレート:Math への線型写像 テンプレート:Math に対して、望ましい性質を持つクラスがいくつか挙げられる。

内積空間論の観点からは、互いに等長同型な二つの空間は区別を要しない。スペクトル定理は有限次元内積空間上の対称作用素、ユニタリ作用素、あるいは一般に正規作用素に対する標準形を与えるものである。スペクトル定理の一般化はヒルベルト空間上の連続正規作用素に対しても成り立つ。

関連項目

脚注

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参考文献

外部リンク

テンプレート:Linear algebra