アトラクター

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離散時間力学系のグモウスキー・ミラの写像で現れるストレンジアトラクター。赤い軌道が複雑な黒点の連なりの領域へ引き込まれる。
連続時間力学系のファン・デル・ポール方程式で現れる周期アトラクター。軌道は各矢印に沿って赤い閉曲線へ引き込まれる。

力学系におけるアトラクターテンプレート:Lang-en)とは、時間発展する軌道を引き付ける性質を持った相空間上の領域である。力学系において重要なトピックの一つ。引き込まれた後の軌道は、アトラクター内に留まり続ける。アトラクターへ引き込まれる初期値の集合はベイスンや吸引領域と呼ばれる。

アトラクターは、その構造・性質にもとづき点アトラクター周期アトラクター準周期アトラクターストレンジアトラクターの4種類に分類される。点アトラクターはもっとも単純で、周りの軌道を引き寄せる1つのである。周期アトラクターと準周期アトラクターは、連続力学系でいえばそれぞれ閉曲線トーラスの形を成す。ストレンジアトラクターは、カオスと呼ばれる非周期的軌道から成るアトラクターで、バタフライ効果として知られる初期値鋭敏性とフラクタルな幾何学的構造を持つ。

物理的なアトラクターの典型的な例は、減衰摩擦を受けて振動しながら最終的に静止する振り子で、これは点アトラクターの一種である。実現象で起こるアトラクターを限られた時系列データから再現する手法はアトラクターの再構成として知られ、実現象の力学系的性質の調査や、実物の品物に対する異常検出といった応用研究にも用いられる。

背景

摩擦を受ける振り子は十分時間経過後に静止する(左)。その運動を相空間(相平面)上で見ると、運動は1点に収束する軌道を描く(右)。

何かの状態の時間発展が、規則にしたがって決定論的に一意的に決まっている系を力学系というテンプレート:Sfn。一般に、力学系の振る舞いは「保存的」か「散逸的」かに分類できるテンプレート:Sfn。物理的な系としてばね振り子の系を考えると、系に摩擦が無いときは力学的エネルギーが保存され続けるのに対して、系が摩擦があるときは力学的エネルギーは熱に変わって系から失われるテンプレート:Sfn。前者のような系を保存系と呼び、後者のような系を散逸系と呼ぶテンプレート:Sfn。日常的に観測される実存の系の多くは散逸系といえるテンプレート:Sfnm。物理的な観点から言えば、散逸系はエネルギー的に開放されているのが特徴で、非平衡開放系とも呼ばれるテンプレート:Sfn[1]。摩擦がある振り子は、時間が十分経つと静止するテンプレート:Sfn。しかし散逸系であっても、エネルギーが流出すると同時に流入してバランスすると、最終的な運動が静止状態になるとは限らず、安定な振動状態を取ることもあるテンプレート:Sfn[1]

力学系の考え方では、対象とする状態を変数の組として表し、それを空間上の1点とみなすテンプレート:Sfn。時間発展に従って動く空間上の点の軌跡は軌道と呼ばれ、状態の時間変化を表しているテンプレート:Sfn。状態の集まりである空間は相空間や状態空間と呼ばれるテンプレート:Sfn。散逸系とは、数学的には、相空間上に体積要素を取ったときにその要素の体積が時間発展にともなって減少していく系を指す(ここでの体積とは3次元以上2次元以下を含む一般化された体積、特記無い限り以下同じ)テンプレート:Sfn。散逸系では、相空間上の軌道がある一定の領域(状態の集まり)へ引き付けられる現象が存在するテンプレート:Sfn。このような領域をアトラクターと呼ぶテンプレート:Sfn。一方の保存系では、アトラクターは存在しないテンプレート:Sfn

アトラクターが存在するとき、ある程度の時間経過後に系の状態はそのアトラクターにほとんど引き込まれるため、アトラクター上での振る舞いが実質的に系の長期的な振る舞いを支配しているといえるテンプレート:Sfn。また、何かの乱れが系に加わったとしても、乱れがさほど大きくなければ、やはり状態はアトラクターへ引き込まれるテンプレート:Sfnm。したがって、散逸系の振る舞いを理解するためには、系のアトラクターとアトラクター周辺の性質を調べることが重要となるテンプレート:Sfn。力学系において、アトラクターを理解することは重要な鍵となる[2]。特に、後述のストレンジアトラクターが具体的な微分方程式の数値実験で現れることが確認されて以降、力学系理論への注目が高まり、多くの研究が行われるに至ったテンプレート:Sfn

定義と一般的性質

吸引集合、アトラクター

相空間(Rn)上のアトラクター (A) とベイスン (B) の概念図

アトラクター(テンプレート:Lang-en)とは、「引き付ける」を意味する英語単語 attract から出来た言葉でテンプレート:Sfn、大雑把にいえばアトラクターとは、その周りの軌道を引き付けるような性質をもった領域であるテンプレート:Sfn。さらに、軌道がそのような領域まで引き付けられた後は、軌道はその領域内に留まり続けるテンプレート:Sfnm

アトラクターの厳密な定義については議論が残っており、広く共有された統一的な数学的定義は今のところ存在していないテンプレート:Sfnm。ここでは、まずは テンプレート:Harvnb に沿った定義を以下に述べる。力学系相空間テンプレート:Math とし、相空間上の点(状態変数)を テンプレート:Mvar とする。連続力学系を定めるベクトル場流れテンプレート:Math で表すとする。離散力学系を定める写像テンプレート:Mvar繰り返し適用テンプレート:Math で表すとする。部分集合 テンプレート:Math が以下を満たすとき、テンプレート:Mvar吸引集合と呼ぶテンプレート:Sfn

さらに、吸引集合と流れの組 テンプレート:Math あるいは吸引集合と写像の組 テンプレート:Math が以下のように位相的推移性を満たすとき、テンプレート:Mvarアトラクターと呼ぶテンプレート:Sfn

力学系の位相的推移性あるいは推移性とは、簡単に言えば、軌道がその領域内をくまなく動き回ることを意味するテンプレート:Sfnテンプレート:Harvnbテンプレート:Harvnbテンプレート:Harvnb も位相的推移性をアトラクターの条件に課しているテンプレート:Sfnmテンプレート:Harvnb でも稠密な軌道の存在という形でアトラクターを定義付けているテンプレート:Sfnテンプレート:Harvnbテンプレート:Harvnb では、位相的推移性の代わりに テンプレート:Mvar極小集合であること、すなわち テンプレート:Mvar の全ての真部分集合が吸引集合の条件を満たさないことをアトラクターの定義としているテンプレート:Sfnm

テンプレート:Math2 による2次元ベクトル場の例。赤い線分の範囲 テンプレート:Math は吸引集合だがアトラクター(位相的推移的)ではない。

いずれにしても、吸引集合にさらに位相的推移性や極小の条件を課す理由は、認定したアトラクターが実は独立したアトラクターの集まりであり、実際にはさらに細かく分けられるような事態を避けたいという動機によるテンプレート:Sfnm。吸引集合の条件だけでは、軌道が最終的にどこに落ち着くのか曖昧だという欠点があるテンプレート:Sfnm。この点を説明する例として良く出されるのが次の テンプレート:Math の2次元ベクトル場であるテンプレート:Sfnm

x˙=xx3
y˙=y

ここで、上付きの · は時間微分 (テンプレート:Math) を意味する。このベクトル場の テンプレート:Math相平面の テンプレート:Math という線分状の集合を テンプレート:Mvar とする。テンプレート:Mvar を囲む長方形や楕円のような適当な近傍を取れば、近傍内の点は全て テンプレート:Mvar に収束するテンプレート:Sfnm。また、テンプレート:Mvar 上の点が テンプレート:Mvar から出ることはないテンプレート:Sfn。よって、テンプレート:Mvar は吸引集合であるテンプレート:Sfnm。しかし、テンプレート:Mvar 軸を除く相平面上のほとんど全ての点は、テンプレート:Math または テンプレート:Math のどちらかのみに収束するテンプレート:Sfnm。この例であれば テンプレート:Math をアトラクターとは考えたくない、テンプレート:Mathテンプレート:Math にアトラクターが2つあると考えたい、それが位相的推移性をアトラクターの定義に課す動機であるテンプレート:Sfnm

一方で、テンプレート:Harvnbテンプレート:Harvnbテンプレート:Harvnbテンプレート:Harvnb などは位相的推移性を課さない条件の集合、すなわち上記における吸引集合のことをアトラクターの定義としているテンプレート:Sfnm。このように上記定義における「吸引集合(位相的推移性を満たさない集合 テンプレート:Mvar)」をアトラクターと呼ぶときは、上記定義における「アトラクター(位相的推移性を満たす集合 テンプレート:Mvar)」を推移的アトラクターと呼んだりもするテンプレート:Sfnm

力学系が体積要素が縮小する性質を持つとき、その力学系を散逸系といったテンプレート:Sfn。散逸系上にはアトラクターが存在し、散逸系上の全ての軌道はアトラクターへ引き付けられるテンプレート:Sfnm。散逸系の性質から導かれる必然として、あるいはアトラクターに課す定義として、アトラクターの体積は一般的に 0 となるテンプレート:Sfnm。すなわち、テンプレート:Math 相空間上のアトラクターの(通常の意味での)体積は 0 であり、テンプレート:Math 相空間上のアトラクターの面積は 0 であるテンプレート:Sfn。これらの帰結として、アトラクターの次元 テンプレート:Mvar は相空間の次元 テンプレート:Mvar よりも常に小さく、テンプレート:Math の関係にあるテンプレート:Sfn。さらに体積縮小の結果、アトラクターに引き込まれる軌道の初期値の情報は失われることなるテンプレート:Sfn。つまり、アトラクターに引き込まれた後の点から、時間を逆にたどってその点の初期値を知ることは不可能となるテンプレート:Sfn。また、アトラクターに一旦引き込まれた軌道は、以降アトラクターから出ることはないテンプレート:Sfnm。これは、アトラクターが不変集合として定義されることへ対応するテンプレート:Sfn

ベイスン、過渡状態、トラッピング領域、リペラー

テンプレート:Math2 による2次元ベクトル場のベイスン。安定多様体の テンプレート:Mvar軸を除いて、左半面の初期値は テンプレート:Math へ、右半面の初期値は テンプレート:Math へ吸引される。

あるアトラクターに引き付けられる全ての初期値の集合をベイスンテンプレート:Lang-en または単に テンプレート:Lang、表記揺れでベイスィンベイシンとも)と呼ぶテンプレート:Sfnm[3]。他には、吸引域テンプレート:Sfnm吸引領域テンプレート:Sfnmという呼び方があり、引力圏テンプレート:Sfnm吸引圏テンプレート:Sfn吸引の鉢テンプレート:Sfnといった表現もある。英語の basin にはの意味があり、鉢の中に置かれた物が鉢の底へ向かって転がっていくイメージから命名されたと推測されるテンプレート:Sfn

数学的には、アトラクターの定義に出てくる近傍 テンプレート:Mvar の内、様々な大きさが取り得る中で最大の テンプレート:Mvar がベイスンであるテンプレート:Sfn。あるアトラクターに対するベイスンは、そのアトラクター自体も含んでいるテンプレート:Sfn。また、アトラクターは散逸系の特性から体積が 0 だが、ベイスンの体積は 0 ではないテンプレート:Sfn。言い換えると、アトラクターに引き込まれる初期値の集合の測度は 0 ではない値を持つテンプレート:Sfn。このことと極限集合の概念を使い、アトラクターを非零の測度の初期値を引き込む テンプレート:Mvar 極限集合と定義する流儀もあるテンプレート:Sfn

ベイスンからアトラクターに引き込まれるまでの系の振る舞いを過渡状態テンプレート:Sfn過渡運動テンプレート:Sfnトランジェントテンプレート:Lang-enテンプレート:Sfnmなどと呼ぶ。定義上は時間が無限に過ぎたときに軌道はアトラクターに引き込まれることになっているが、アトラクター周囲に達した後は軌道はアトラクター上と同じ振る舞いをするので、有限時間でアトラクターに引き込まれたと見なして実際上の問題はさほど起きないテンプレート:Sfnm

また、アトラクターないし吸引集合と関連してトラッピング領域テンプレート:Lang-enテンプレート:Sfnm捕捉領域テンプレート:Sfnm閉じこめ領域テンプレート:Sfnなどと呼ばれる相空間上の領域もある。これは、全ての前方軌道がそこから出ることがない領域を意味するテンプレート:Sfnm。具体的には、トラッピング領域 テンプレート:Mvar とは次の条件を満たす有界閉集合であるテンプレート:Sfnm

連続力学系のトラッピング領域は、テンプレート:Mvar境界のどの点においてもベクトル場が テンプレート:Mvar の内へ向いていることと同等であるテンプレート:Sfnm。トラッピング領域 テンプレート:Mvar を用いて吸引集合 テンプレート:Mvar を次のようにも定義できるテンプレート:Sfnm

  • 連続力学系の場合:
    A=t>0ϕ(t,R)
  • 離散力学系の場合:
    A=k0fk(R)

その他の概念として、リペラーテンプレート:Lang-en)があるテンプレート:Sfnm。これは、時間を反転させたときに吸引的になる解を指すテンプレート:Sfn。離散力学系 テンプレート:Math でいえば、逆写像 テンプレート:Math のアトラクターが テンプレート:Math のリペラーであると定義できるテンプレート:Sfnm。不安定な性質を持ち軌道が離れていく不動点平衡点が、リペラーの例であるテンプレート:Sfnm

分類

点アトラクター

テンプレート:Math2エノン写像における点アトラクターの例。左図は テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の時系列変化を、右図は テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarテンプレート:Mvar平面で最終的に引き込まれる点を示す。

相空間上の1つのへ収束するアトラクターを、点アトラクターテンプレート:Lang-en)というテンプレート:Sfnm[3]。これは、アトラクターの中でもっとも単純なものといえるテンプレート:Sfnm。点アトラクターという呼び方の他に、静止アトラクターテンプレート:Sfn[3]ポイントアトラクターテンプレート:Sfn[4]固定点アトラクターテンプレート:Sfn[5]平衡点アトラクターテンプレート:Sfn[6]不動点アトラクターテンプレート:Sfnといった言い方もある。

固定点とは、時間変化しても相空間上で動かない点のことでテンプレート:Sfn、連続力学系では平衡点、離散力学系では不動点とも呼び分けることもあるテンプレート:Sfn。近傍の軌道を引き付ける性質を持つ固定点を漸近安定であるといったり、吸引的であるというテンプレート:Sfnm。点アトラクターとは、言い換えれば漸近安定な固定点のことであるテンプレート:Sfn。ただし、点アトラクターを指して単に固定点テンプレート:Sfn平衡点テンプレート:Sfn[3]不動点テンプレート:Sfnと呼ぶこともある。

点アトラクターの一例として、次のエノン写像が挙げられるテンプレート:Sfn

xn+1=1axn2n+yn
yn+1=bxn

ここで、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar は時間変化しない定数(パラメータ)である。エノン写像は、ミシェル・エノンが後述するローレンツアトラクターのメカニズムを研究するために導入された力学系であるテンプレート:Sfn。エノン写像の振る舞いは テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の値によってさまざまな様相を示すが、テンプレート:Math かつ テンプレート:Math のとき、吸引的不動点すなわち点アトラクターが存在するテンプレート:Sfn

減衰振り子の点アトラクター。赤、青、緑の異なる初期値から出発した軌道が全て原点に収束する。

点アトラクターの物理的な典型例は、減衰を受ける振り子であるテンプレート:Sfnm空気抵抗などの減衰を受けるとき、振り子は動きながらエネルギーを失い、最終的には静止するテンプレート:Sfn。振り子が速度に比例した減衰力を受けるとする。このとき、振り子の運動は次の2次元微分方程式系で表されるテンプレート:Sfn

x˙=y
y˙=glsinxcmly

ここで、テンプレート:Mvar は振り子の角度テンプレート:Mvar は振り子の角速度テンプレート:Mvar重力加速度テンプレート:Mvar は振り子の支点から重りまでの長さ、テンプレート:Mvar は重りの質量、テンプレート:Mvar は減衰係数であるテンプレート:Sfnテンプレート:Mvarテンプレート:Mvar は正の定数であり、さらに テンプレート:Math も正の定数とするテンプレート:Sfn。このとき、テンプレート:Math(ちょうど真上で倒立した状態)の条件を除き、全ての運動はテンプレート:Math(真下で停止した状態)に収束するテンプレート:Sfnm

微分方程式に独立変数 テンプレート:Mvar を陽に含まない系を自励的というテンプレート:Sfnテンプレート:Math 上の自励的な1次元連続力学系で存在可能なアトラクターは、点アトラクターのみであるテンプレート:Sfnm。一方の離散力学系では軌道が連続的であるという制限がないので、1次元写像の段階から点アトラクター以外の種類のアトラクターが許容されるテンプレート:Sfnm

周期アトラクター

ブラッセレーター方程式で現れる周期アトラクター。赤、青、緑の異なる初期値から出発した軌道が、1つの閉曲線に巻きつく。
テンプレート:Math2エノン写像における4周期アトラクター

相空間上の周期軌道に収束するタイプのアトラクターを、周期アトラクターテンプレート:Lang-enテンプレート:Sfnm[3]周期的アトラクターテンプレート:Sfn[4]という。

連続力学系では、周期軌道とは相空間上の1本の単純閉曲線であり、解はその線を沿って動き続けるテンプレート:Sfn。つまり、ある時間経過ごとに元の状態に戻る周期的な振る舞いを示すテンプレート:Sfn。近傍の軌道が引き付けられる漸近安定な閉曲線と、近傍の軌道が離れていく漸近不安定な閉曲線を、合わせてリミットサイクルと呼ぶテンプレート:Sfn。漸近安定なリミットサイクルが周期アトラクターに対応するテンプレート:Sfn。ただし、周期アトラクターを指して単にリミットサイクルと呼ぶこともあるテンプレート:Sfnm[3]。自励的連続力学系では、周期アトラクターは2次元以上の相空間で存在するテンプレート:Sfnm

連続力学系の周期アトラクターが現れる例として、次のブラッセレーター方程式があるテンプレート:Sfnm

x˙=a+x2y(1+b)x
y˙=bxx2y

ブラッセレーターはイリヤ・プリゴジンらが導入した化学振動反応のモデルで、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar は時間変化する分子濃度を表すテンプレート:Sfnm。代表的な化学振動反応であるベロウソフ・ジャボチンスキー反応では、条件によっては反応物質濃度の安定なリミットサイクル振動が起きることが知られている[7]。ブラッセレーターのテンプレート:Mvarテンプレート:Mvar も分子濃度を表すが、ここでは定常状態にあり、パラメータだとするテンプレート:Sfnテンプレート:Math のとき、ブラッセレーターの軌道が相平面上で閉曲線に接近していくのが観察できるテンプレート:Sfn

離散力学系の場合、写像を繰り返し合成したときにある繰り返し数で元の状態に戻るような点列が周期軌道と呼ばれるテンプレート:Sfn。周期が テンプレート:Mvar だとすると、テンプレート:Math2 という点列の集合が離散力学系における周期軌道で、このような周期軌道にも近くの点を引き込む漸近安定な場合があるテンプレート:Sfnm。漸近安定な周期軌道が、離散力学系における周期アトラクターであるテンプレート:Sfn[2]。エノン写像の例では、パラメータが テンプレート:Math2 のときに周期 4 の漸近安定な周期軌道が存在するテンプレート:Sfn

準周期アトラクター

ラングフォード方程式で現れる準周期アトラクター。赤、青、緑の異なる初期値から出発した軌道が、ドーナツ形の2次元トーラスに引き込まれる。
エノン写像に一見類似のテンプレート:Math2 の離散力学系で現れる準周期アトラクター。赤と青の軌道は黒点が連なってできる準周期軌道に引き込まれる。

相空間上の準周期軌道に収束するタイプのアトラクターを、準周期アトラクターテンプレート:Lang-enテンプレート:Sfnm[3]概周期アトラクター[4][3]という。

連続力学系では、準周期軌道とは相空間上のトーラス表面に巻きつく非閉曲線であるテンプレート:Sfn。これは振動数比が無理数の関係にある振動同士が重ね合わさって起きる振る舞いで、振動同士の重ね合わせとして表現できるが、周期軌道とは異なって同じ状態に戻ることはないのが特徴である[8]。準周期軌道はトーラス上を稠密に覆いつくし、ある点を通る準周期軌道はいくらでもその点の近くに戻って来るテンプレート:Sfn。準周期アトラクターを指して単にトーラスと呼ぶこともあるテンプレート:Sfnm。自励的連続力学系では、周期アトラクターは3次元以上の相空間で存在するテンプレート:Sfnm

連続力学系で準周期アトラクターが現れる例として、ウィリアム・ラングフォードがトーラスからカオスへの分岐を研究するために用いた次のラングフォード方程式が挙げられるテンプレート:Sfnm

x˙=(zβ)xωy
y˙=ωx+(zβ)y
z˙=λ+αzz33(x2+y2)(1+ρz)+ϵzx3

パラメータが テンプレート:Math2 のとき、近傍の軌道がドーナツの形をした2次元トーラスに収束し、その上を閉じることなく回り続けることが観察できるテンプレート:Sfn

離散力学系の準周期軌道は、閉包を取ると同相で、なおかつその閉包上で写像が単調である軌道として定義されるテンプレート:Sfn。離散力学系の準周期アトラクターの例として、エノン写像に式はよく似ているが振る舞いは異なる次の写像がある[9]

xn+1=1ayn2n+xn
yn+1=bxn

この写像は、第1式右辺の テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar がエノン写像とちょうど逆になっている。この系もカオスへの分岐を研究するために提案されたもので、例えばパラメータ テンプレート:Math で準周期アトラクターが現れる[9]

ストレンジアトラクター

テンプレート:Math2ローレンツ方程式で現れるストレンジアトラクター。赤、青、緑の異なる初期値から出発した軌道が、「チョウの1対の羽」テンプレート:Sfnのような形をしたアトラクターに引き付けられる。

複雑な構造を持ち、軌道がカオスとなるタイプのアトラクターを、ストレンジアトラクターテンプレート:Lang-en)というテンプレート:Sfn。この命名はデービット・リュエルテンプレート:仮リンクによるテンプレート:Sfn。他には、カオスアトラクターテンプレート:Sfnmカオティックアトラクターテンプレート:Sfnカオス的アトラクターテンプレート:Sfnm奇妙なアトラクター[10][11]フラクタルアトラクターテンプレート:Sfnmといった呼び方もある。

力学系におけるカオスとは、大雑把に言えば、決定論的に確定した規則に従って生み出される複雑・不規則・不安定な振る舞いを指すテンプレート:Sfn。カオスの厳密な定義は専門家間でも微妙に異なっており、カオスの統一的な数学的定義は未だに存在していないテンプレート:Sfnm。散逸系におけるカオスとはストレンジアトラクターを意味するテンプレート:Sfn

古くから知られていたアトラクターは、点アトラクター、周期アトラクター、準周期アトラクターの3つだけであったテンプレート:Sfn。ストレンジアトラクターというクラスのアトラクターは、コンピューターが発達して数値計算が実用になって以降の1960年代になって見つかったテンプレート:Sfn。「カオス」と同様、ストレンジアトラクターの広く共有された定義も現在のところ存在していないテンプレート:Sfnm。ここではアトラクターの定義に合わせ、テンプレート:Harvnb に沿ったストレンジアトラクターの定義を挙げる。集合 テンプレート:Mvar が位相的に推移的なアトラクターであり、かつコンパクトであるとする。さらに テンプレート:Math あるいは テンプレート:Math が以下の初期値鋭敏性を満たすとき、テンプレート:Mvarストレンジアトラクターと呼ぶテンプレート:Sfn

初期値鋭敏性とは、わずかな初期値の違いが時間発展にともなって次第に大きくなることを意味し、バタフライ効果という言葉としても知られるテンプレート:Sfn。ただし、上記の初期値鋭敏性の定義は指数関数的な分離を必ずしも要求していない[12]。現在では、指数関数的分離すなわち正のリアプノフ指数を持つことを初期値鋭敏性に要求することが多い[12]

ファイル:Lorentz сhaos as black hole.ogv 準周期アトラクターと同じく、自励的な連続力学系においてはストレンジアトラクターは3次元以上から存在するテンプレート:Sfnm。最初に広く知られた連続力学系のストレンジアトラクターは、エドワード・ローレンツ熱対流の振る舞いをモデル化から導入した次のローレンツ方程式で現れるテンプレート:Sfnm

x˙=σx+σy
y˙=xz+rxy
z˙=xybz

ローレンツが使用したパラメータは テンプレート:Math2 で、このときに存在するアトラクターはローレンツアトラクターとして有名であるテンプレート:Sfn

多くのストレンジアトラクターの形は、自己相似形いわゆるフラクタルの構造となっているテンプレート:Sfn。実際、フラクタル構造を持つアトラクターを指してストレンジアトラクターの定義とする考え方もあるテンプレート:Sfnm[13]。ただし、現在ではストレンジアトラクターを考える上ではフラクタル構造よりも初期値鋭敏性の方がより重要といわれるテンプレート:Sfn。初期値鋭敏性がストレンジアトラクターの力学的・動的な特徴を表しているのに対し、フラクタル構造がストレンジアトラクターの幾何学的・静的な特徴を表しているといえるテンプレート:Sfnm

テンプレート:Math2エノン写像で現れるストレンジアトラクター(最上図)とその自己相似性(下図3つ)。テンプレート:Math まで繰り返し計算した例。

ストレンジアトラクターのフラクタル構造は、離散力学系であるエノン写像が観察しやすいテンプレート:Sfnm。エノン写像のパラメータが テンプレート:Math2 のときに、バナナのような形に折れ曲がったアトラクターが存在するテンプレート:Sfn。このアトラクターはエノンアトラクターと呼ばれ、全体図からは単純な数本の線から成るように見えるが、アトラクターの一部を拡大していくと自己相似形の無限の線からできていることが分かるテンプレート:Sfn。エノンアトラクターの次元は、数値計算でボックスカウント次元フラクタル次元の一種) 1.26 という値が求められているテンプレート:Sfn

特定のものを除き、ストレンジアトラクターであることの厳密な証明は困難で、ストレンジアトラクターの一般的性質の解明は未だ十分に達成できていないテンプレート:Sfnm。数値計算実験では、繰り返しが見られずストレンジアトラクターと判断されるものであっても、厳格な立場から言えば、実はそれは計算時間を超える極めて長い周期を持つ周期アトラクターであるという可能性が残るテンプレート:Sfn。カオスであることの厳密な証明できている事例は、系が双曲型である場合にほとんど限られているテンプレート:Sfn。ある可微分写像の不変閉部分集合が双曲型であるとき、任意の点の接空間は拡大的な部分空間と縮小的な部分空間の直和となるテンプレート:Sfn。双曲型のアトラクターを双曲型アトラクターといい、双曲型アトラクターであればカオスであることが知られる[2]。双曲型力学系でストレンジアトラクターを持つことが示される例には、平面上に定義されるパイこね変換トーラス体上に定義されるソレノイドなどがあるテンプレート:Sfnm

一方で、アトラクターが非双曲型の場合、解析は一般に困難となる[2]。しかし、自然な力学系の多くは非双曲型であるテンプレート:Sfn。これまで構成・研究された双曲型アトラクターは、応用研究で現れる微分方程式とのポアンカレ写像によるつながりがないなど、やや人工的といえるテンプレート:Sfn。著名なローレンツアトラクターも、ストレンジアトラクターであることは確実視されてはいたものの、数学的証明を与えることは長い間できていなかったテンプレート:Sfn。ローレンツアトラクターが最初に発見されたのは1963年だが、ストレンジアトラクターであることの完全な形での数学的証明が最初に与えられたのは2002年のことで、ウォリック・タッカー精度保証付き数値計算と解析的手法を組み合わせて証明した[14]

指標別整理

リアプノフ指数 テンプレート:Mvar の概念図。テンプレート:Mvar が近接する軌道が離れていく度合いを表している。

アトラクターの定量的評価は、リアプノフスペクトラムフラクタル次元パワースペクトルなどによって行われるテンプレート:Sfnm。ただし、パワースペクトル評価ではカオスとノイズ(あるいは周期的振る舞いにノイズが乗ったもの)との区別が付きにくいという欠点があるテンプレート:Sfn。特に、リアプノフスペクトラムによる分類がアトラクターの正確な分類を与えてくれるテンプレート:Sfn

ある軌道とある軌道が離れていく度合いを定量化したものリアプノフ指数といい、テンプレート:Mvar 次元力学系であればリアプノフ指数は各方向に対応して テンプレート:Mvar 個存在するテンプレート:Sfn。このリアプノフ指数を大きい順に並べたもの テンプレート:Math をリアプノフスペクトラムというテンプレート:Sfn。リアプノフスペクトラムで各アトラクターの特性を説明すると以下のようになる。

点アトラクター
アトラクターすなわち固定点上からのズレは、全ての方向において吸引されるテンプレート:Sfn。よって、点アトラクターの全てのリアプノフ指数は負であるテンプレート:Sfnm
周期アトラクター
アトラクターすなわち閉曲線は周期軌道であるから、閉曲線上の2点は時間発展によって近づいたり離れたりしないテンプレート:Sfn。よって、周期アトラクターの閉曲線接線方向のリアプノフ指数は0であり、吸引的でも反発的もないテンプレート:Sfnm。閉曲線に垂直な方向のズレは全て閉曲線に吸引されるので、閉曲線に垂直な全ての方向のリアプノフ指数は負であるテンプレート:Sfnm
準周期アトラクター
準周期アトラクターを テンプレート:Mvar 次元のトーラス(テンプレート:Mathトーラス、テンプレート:Math)だとする。周期アトラクターと同じように軌道方向は近づいたり離れたりせず、中立的であるテンプレート:Sfn。よって、テンプレート:Mathトーラス上の軌道接線方向はリアプノフス指数 0 で、軌道に垂直でかつトーラス面内方向もリアプノフス指数 0 であるテンプレート:Sfnm。結局、準周期アトラクターでは テンプレート:Mvar 個のリアプノフ指数が 0 であるテンプレート:Sfnm。それ以外のトーラス面に対して垂直な全ての方向では、リアプノフ指数は負であるテンプレート:Sfnm
ストレンジアトラクター
ストレンジアトラクターは、初期値鋭敏性を持つために少なくとも1つのリアプノフ指数が正であるテンプレート:Sfnm。軌道接線方向はリアプノフ指数 0 であるテンプレート:Sfnm。残りのリアプノフ指数は負であり、さらに相空間の体積要素が縮小していくという散逸系の特性にしたがって、全てのリアプノフ指数の和は負になるテンプレート:Sfn

以上のような各アトラクターに対する指標・特性をまとめると、以下の表のようになる。

それぞれのアトラクターに対する指標・特性
点アトラクター 周期アトラクター 準周期アトラクター ストレンジアトラクター
アトラクターの幾何学的構造テンプレート:Sfn 閉曲線 テンプレート:Mvar-トーラス フラクタル構造
アトラクター上の振る舞いテンプレート:Sfn 静止 周期的 準周期的 カオス
テンプレート:Mvar 次元相空間におけるアトラクターの次元テンプレート:Sfn 0 1 テンプレート:Mvar 未満の整数 テンプレート:Mvar テンプレート:Mvar 未満の非整数
テンプレート:Mvar 次元相空間の場合のリアプノフスペクトラムテンプレート:Sfn テンプレート:Mathテンプレート:Math テンプレート:Mathテンプレート:Math

テンプレート:Mathテンプレート:Math

テンプレート:Mathテンプレート:Math

テンプレート:Mathテンプレート:Math

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3次元相空間の場合のリアプノフスペクトラムテンプレート:Sfnm テンプレート:Math

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パワースペクトルの様相テンプレート:Sfnm - 1個の基本振動数とその整数倍で線スペクトル テンプレート:Mvar 個の基本振動数とその整数倍、およびそれらの差・和の組み合わせで線スペクトル  連続スペクトル

一つの系が持つアトラクター・ベイスンの数・種類・変化

アトラクターの共存

テンプレート:Math2エノン写像において共存するアトラクターの例。4本に分かれた紫の帯がストレンジアトラクター、オレンジの点々が6周期アトラクターで、初期値によってどちらかに引き込まれる。

1つの系に存在するアトラクターは1つとは限らず、1つの系に複数のアトラクターが共存できるテンプレート:Sfn。1つの系に多数のアトラクターが併存することは珍しくなく、無限個のアトラクターを持つような系を考えることもできるテンプレート:Sfnm。アトラクターが複数のときは、リアプノフ指数のような各種特性指標もアトラクターごとに固有であるテンプレート:Sfn

点アトラクターと周期アトラクター、点アトラクターとストレンジアトラクターなど、複数の種類のアトラクターが同時に存在することもあるテンプレート:Sfn。例えば、パラメータ テンプレート:Math2 のエノン写像ではストレンジアトラクターと周期アトラクターが共存する[15]。このとき、初期値 テンプレート:Math2 であれば軌道は4本の帯のようなストレンジアトラクターへ引き込まれ、テンプレート:Math2 であれば軌道は周期6の周期アトラクターへ引き込まれる[15]

アトラクターが複数存在するときは、ベイスンの棲み分けが起き、初期条件に応じてどのアトラクターに引き込まれるかが決まるテンプレート:Sfnm。種類の異なる振る舞いごとに相空間を分ける軌道をセパラトリックスといいテンプレート:Sfn、ベイスン同士の境界線をセパラトリックスということがあるテンプレート:Sfnm。セパラトリックスも軌道の1つでありテンプレート:Sfnホモクリニック軌道鞍点から出る2つの安定多様体がセパラトリックスの例であるテンプレート:Sfnm

複雑なベイスン

アトラクターが簡単な形であっても、そのベイスンの形が簡単とは限らないテンプレート:Sfn。特に、複数のアトラクターが存在するときには、それらのベイスン同士の境界がフラクタルになることもあるテンプレート:Sfnm。例えば、エノン写像はパラメータ テンプレート:Math で3周期アトラクターと5周期アトラクターが共存しているが、それらの2つのベイスンは複雑に入り乱れ、境界はフラクタルになっているテンプレート:Sfn。1つのアトラクターに対するベイスンが連結ではなく、バラバラの連結成分に分かれていることがあり、とくに複素力学系ではベイスンが無限個の連結成分から成ることもよくあるテンプレート:Sfn。このようなとき、通常のベイスン(吸引域、鉢)に対し、アトラクターを含んでいる連結成分を直接吸引域テンプレート:Sfn吸引の直接鉢[16]と呼ぶ。

テンプレート:Mathニュートン法を適用してできるベイスンのフラクタル境界。点アトラクターは3つの点 テンプレート:Mathテンプレート:Mathテンプレート:Math でありテンプレート:Sfn、図では テンプレート:Math のベイスンを赤色で、テンプレート:Math のベイスンを緑色で、テンプレート:Math のベイスンを青色で、ガウス平面を塗り分けている。

複素力学系においてフラクタルなベイスン境界が出てくる例として、複素数へ拡張したニュートン法を扱う問題があるテンプレート:Sfn。ニュートン法とは関数 テンプレート:Math零点の値を出す数値計算法の一種で、テンプレート:Mvar を複素数 テンプレート:Math に拡張し、関数を多項式 テンプレート:Math としたとき、

zn+1=znp(zn)p(zn)

という離散力学系が定義できるテンプレート:Sfn。この写像が テンプレート:Math で収束する値は テンプレート:Math の零点であり、力学系的には複素平面上の吸引不動点(点アトラクター)であるテンプレート:Sfnmテンプレート:Math次数が3以上のとき、ニュートン法による写像のベイスン境界は非常に複雑な形となるテンプレート:Sfn。特に、テンプレート:Math の3次多項式では3つの点アトラクターのベイスン境界は鎖あるいは数珠つなぎのようなフラクタルを成すことが知られているテンプレート:Sfnm

他の特殊で複雑なベイスンとしてはリドルベイスンリドルドベイスンテンプレート:Lang-en)と呼ばれるものがあるテンプレート:Sfnm。あるアトラクター テンプレート:Math のベイスンを テンプレート:Math で、併存するアトラクター テンプレート:Math のベイスンを テンプレート:Math で表すとする。テンプレート:Mathテンプレート:Math に対してリドルであるとは、テンプレート:Math の全ての点の開近傍に テンプレート:Math が有限の割合で含まれることを意味するテンプレート:Sfn[17]。つまり、テンプレート:Math の全ての点のいくらでも近い範囲に テンプレート:Math の点が存在しているテンプレート:Sfn。名前の「リドルド(テンプレート:Lang-en)」とは「穴だらけの」の意味で、リドルベイスンとは テンプレート:Mathテンプレート:Math によって穴だらけにされているという意味であるテンプレート:Sfnm。リドルベイスンが生じるにはストレンジアトラクターを部分相空間として含むような相空間の力学系が必要であり、離散力学系であれば2次元以上から、連続力学系では4次元以上から生じるテンプレート:Sfn

フラクタル境界やリドルベイスンのような複雑なベイスンが存在する帰結として出てくるのが、カオスとは異なる形の予測困難性であるテンプレート:Sfnm。すなわち、ほとんどの初期値において、軌道はどのアトラクターに引き込まれるのか予測できなくなるテンプレート:Sfn。予測のためには初期値の指定に限りない精度が求められ、初期値に微小な差があると結果は大きく異なるテンプレート:Sfnm

分岐現象、カオスへのルート

ホップ分岐の例。パラメータの変化にともなってアトラクターが、点アトラクター → 周期アトラクター(青の閉曲線) → 点アトラクター と変化する。

系のパラメータ(微分方程式や写像の係数)が変わると、ある臨界値を境に系の定性的な振る舞いが変わることがあるテンプレート:Sfnm。この現象を分岐というテンプレート:Sfnm。アトラクターやベイスンも分岐によって変化するテンプレート:Sfnm。点アトラクターが周期アトラクターになったり、周期アトラクターが準周期アトラクターになったりするテンプレート:Sfn。あるいは、アトラクター自体が消滅したり、新しいアトラクターが出現したりするテンプレート:Sfn。基本的な分岐であるサドルノード分岐では、安定な固定点と不安定な固定点がパラメータの変化に従って接近し、衝突して共に消滅するテンプレート:Sfn。逆にパラメータを変化させると、固定点がないところから安定な固定点と不安定な固定点が現れるということになるテンプレート:Sfn。他には、安定な固定点が不安定な固定点と安定なリミットサイクルに変わるホップ分岐などがあるテンプレート:Sfn。また、クライシスと呼ばれる、アトラクターの大きさが不連続的に突然変化したり、アトラクターが不連続的に突然出現・消滅するような現象もあるテンプレート:Sfn

特に、単純な振る舞いがいくつかの分岐を経てカオス的振る舞いへ変わる道筋は、カオスへのルートテンプレート:Lang-en)などと呼ばれるテンプレート:Sfnm。広く認知されているカオスへのルートには、周期倍分岐ルート間欠ルート準周期崩壊ルートの3つがあるテンプレート:Sfn。周期倍分岐ルートでは、周期アトラクターが有限のパラメータ範囲の中で周期倍分岐を無限回繰り返してカオスに至るテンプレート:Sfn。周期倍分岐とは テンプレート:Mvar 周期の安定閉軌道が テンプレート:Mvar 周期の不安定閉軌道と テンプレート:Math 周期の安定閉軌道と分岐する現象でテンプレート:Sfn、無限の周期倍分岐の列は周期倍カスケードとして知られるテンプレート:Sfn。間欠ルートでは、カオス的不変集合を潜在的に伴っていた周期アトラクターがサドルノード分岐で消滅し、ストレンジアトラクターが現れるテンプレート:Sfnm。周期アトラクター消滅後にも、カオス軌道の中で元の周期的な振る舞いが一定時間ごとに(間欠的に)起こる特徴を持ち、このような振る舞いを間欠性カオスというテンプレート:Sfnm。準周期崩壊ルートとは、準周期アトラクターが位相ロッキングと呼ばれる振動数比の有理数化(すなわち周期アトラクター化)を経てカオスに至る道筋であるテンプレート:Sfnm。最終的なカオスへの遷移自体は、上記の周期倍カスケードや間欠カオスによって起こるテンプレート:Sfnm

特に周期倍分岐ルートはもっとも有名なカオス発生の道筋で、多数の低次元系で周期倍カスケードの例が見つかってきたテンプレート:Sfnm。周期倍分岐ルートは上述のローレンツ方程式エノン写像でも起きテンプレート:Sfnm、他にはレスラー方程式

x˙=yz
y˙=x+ay
z˙=bcz+xz

で起こるものなどが知られるテンプレート:Sfnm。レスラー方程式のアトラクターの周期倍分岐の例を以下に示すテンプレート:Sfn。図は テンプレート:Mvar-平面へ射影した軌道を示し、パラメータは テンプレート:Mathテンプレート:Math を固定で、テンプレート:Mvar を変化させている。

時系列データからの再構成

時間遅れ座標系への変換

ローレンツアトラクターを例にしたアトラクターの再構成の概念図。(A) テンプレート:Mvar-相空間のアトラクターと、それから取り出される(観測される)テンプレート:Mvar の時系列データ。(B) テンプレート:Mvar 時系列データから時間遅れ テンプレート:Mvar によって作られる時間遅れ座標系テンプレート:Math と、テンプレート:Math-空間上で再構成された軌道[18]

時間発展の法則があらかじめ分かっている系であれば、数値計算からアトラクターを描くことは容易なことであるテンプレート:Sfn。しかし、実現象の実験データなどでは、その背後の時間発展法則は不明確なことが多いテンプレート:Sfn。さらに、時間発展法則が推定できる場合でも、その系を構成する複数の状態変数の内の一部、極端には1つの状態変数しか測定できないことも多いテンプレート:Sfn。このような状況の測定データから系の振る舞いを再構成する問題は、多くの工学者や科学者にとって重要な課題であるテンプレート:Sfn。1つの状態変数の時系列データから系のアトラクターを再現する手法はアトラクターの再構成テンプレート:Lang-en)として知られテンプレート:Sfnm、特に、不規則的な時系列データについて決定論的な力学系の観点から解析を試みる上でアトラクターの再構成が解析の基礎となる[19]

アトラクターの再構成のために現在広く利用されているのが、測定された時系列データを時間遅れ座標系へ変換する手法であるテンプレート:Sfnm。1次元離散時間の時系列データ テンプレート:Math が得られたとする。これに対して適当な時間遅れ テンプレート:Mvar と適当な次元 テンプレート:Mvar を決め、テンプレート:Math から次のような テンプレート:Mvar 次元ベクトル テンプレート:Math を各 テンプレート:Mvar に対して作るテンプレート:Sfn

𝒖(t)=(u(t), u(t+τ), u(t+2τ),, u(t+(m1)τ))

ここで、テンプレート:Mvar埋め込み次元と呼ばれるテンプレート:Sfn。時間遅れ テンプレート:Mvar と埋め込み次元 テンプレート:Mvar を適切に選択すれば、時系列データを生んだ元の相空間のアトラクターの性質が、時間遅れ座標系によって作られるアトラクターに引き継がれるテンプレート:Sfn

数学的には、いくつかの仮定のもとで、この時系列データから時間遅れ座標系への変換が埋め込みであることは、ターケンスの埋め込み定理およびそれを拡張させた定理によって保証されている[19]テンプレート:Sfn。ここで埋め込みとは、滑らかな多様体 テンプレート:Mvar滑らかな写像 テンプレート:Math が与えられたとき、テンプレート:Math微分同相写像で、かつ全ての テンプレート:Math において微分 テンプレート:Math1対1であることを指すテンプレート:Sfn。ただし、時系列解析分野では、この変換を使った手法自体を埋め込みと呼んだりもするテンプレート:Sfnm。変換が埋め込みであることによって元のアトラクターのフラクタル次元が保存され、リアプノフ指数の推定も可能となるテンプレート:Sfnm。ターケンスの埋め込み定理は、ホイットニーの埋め込み定理を力学系の観測問題用に1変数時系列から時間遅れ座標系への変換を扱う形にフロリス・ターケンスが拡張したもので[19]、ターケンスの埋め込み定理以降、時系列データからの再構成に関する研究が一気に進展したテンプレート:Sfn。ターケンスの埋め込み定理では、元となるアトラクターが写像 テンプレート:Mvar のもとで不変でかつ整数次元 テンプレート:Mvar のコンパクト多様体に対して、埋め込み次元が テンプレート:Math を満たせば成立するテンプレート:Sfn。ターケンスの後にティム・サウアーらによって、ボックスカウント次元 テンプレート:Mvar を持ったコンパクト部分集合についても、いくつかの追加条件付きだが テンプレート:Math で同種の定理が成り立つことが証明されているテンプレート:Sfnm

埋め込み次元と時間遅れの最適化

ローレンツアトラクター(上)を埋め込み次元 テンプレート:Mathテンプレート:Mvar 時系列から再構成した例(下)。時間遅れは テンプレート:Math の場合。

アトラクターの再構成を行う上でまず問題となるのは、埋め込み次元 テンプレート:Mvar と時間遅れ テンプレート:Mvar をどう決めるのかであるテンプレート:Sfnm。埋め込み次元については、定理上は テンプレート:Math であれば埋め込みであることが保証されるが、これは十分条件であり、テンプレート:Mvar がこれ以下でも埋め込みとなることはあり得るテンプレート:Sfn。埋め込み次元が小さいと、再構成された曲線で摂動でも消えない自己交差が起き、1対1とならないテンプレート:Sfn。しかし、埋め込み次元を大きく取り過ぎると、計算コストの問題や予測への悪影響が出てくる[20]。そのため、先にアトラクターの次元を推定する[20]。カオス時系列の解析において標準的に利用されている手法は、ボックスカウント次元の代わりに相関次元を使うもので、テンプレート:仮リンクテンプレート:仮リンクが導入したGPアルゴリズムで比較的容易に相関次元を計算できるテンプレート:Sfnm。埋め込み次元を増やしながら再構成したアトラクターの相関次元を計算し、相関次元の増加が頭打ちになったとき、このときの相関次元値をアトラクターの次元とし、このときの埋め込み次元を最適な テンプレート:Mvar 値とするテンプレート:Sfn。他には、アトラクター次元推定を行わずに、埋め込み次元が不足していることで生じる自己交差が解消される テンプレート:Mvar 値を設定された指標を使って推定する手法もあるテンプレート:Sfnm

一方の時間遅れ テンプレート:Mvar については、埋め込み定理上では任意でよく、値の設定に制限がないテンプレート:Sfnm。しかし実際には テンプレート:Mvar が小さ過ぎると、変換後のデータの相関が高く成り過ぎて、再構成されたアトラクターの形状は細長くつぶれてしまうテンプレート:Sfnm。あるいは テンプレート:Mvar が大き過ぎると、特にストレンジアトラクターでは軌道不安定性によって相関がほとんど無相関となり、再構成されたアトラクターは雑音のような煩雑な形になるテンプレート:Sfnm。一つの方法は、アトラクターの平均的な周期の 1/2 から 1/10 程度の値に設定する方法があるテンプレート:Sfn。もう一つの方法は、時間遅れの値を増やしながら時系列データの自己相関関数を計算し、自己相関関数が最初の極小値あるいは 0 とみなせる値になったときの時間遅れを最適な テンプレート:Mvar の値とする方法があるテンプレート:Sfnm。ただし、時間遅れの最適値の決定法については、これらも含めて様々な手法が提案されているが現在のところ優劣の結論は出ていないテンプレート:Sfn

実現象への適用

以上のような時間遅れ座標系への変換を利用した手法は、一般的な信号解析では把握が難しい現象、特にカオスが関わる複雑な非線形信号データの解明に有効な手法の一つである[21]。実現象の実験測定データからアトラクターの再構成が成功した事例としては、化学振動反応のベロウソフ・ジャボチンスキー反応でのストレンジアトラクターや2円筒間のテイラークエット流れでの準周期振動があるテンプレート:Sfn

再構成の手法を使って様々な実現象の中にカオスの証拠を見出す問題が、これまでに取り組まれてきているテンプレート:Sfn。再構成されたアトラクターを利用した予測も研究されているテンプレート:Sfnm。カオスでは高精度な長期予測は原理的に不可能だが、同時にその振る舞いは決定論的に定まっているので、短期予測の精度向上の可能性は残されているテンプレート:Sfnm。また、再構成されたアトラクターを応用した異常検出・モニタリング技術も研究されているテンプレート:Sfn。アトラクターの構造はそのシステムの変化に反応して変化するため、正常な状態のアトラクターと異常な状態のアトラクターを用意しておき、現在の状態をこれらと照らし合わせることで状態監視を行うテンプレート:Sfnばね[22]ボルト[23]転がり軸受[24]ポンプ[25]などを対象に、再構成されたアトラクターを応用した異常検出の研究例がある。

ただし、時系列データから系の力学系的性質を調べるのは難しい問題でもあるテンプレート:Sfn。上手くいかなかった例としては、1984年に行われた酸素原子同位体濃度にもとづく過去100万年の気候ダイナミクスの研究で、この気候ダイナミクスが4次元程度の低次元カオスである可能性が示唆されたが、後で否定されているテンプレート:Sfnm。特に、実験系ではない純粋な自然現象を対象とする場合は、測定データ数が限られてしまうという点やダイナミクスの要因自体が長期間の間に変動する可能性も解析を難しくしているテンプレート:Sfn

歩行中のひざ角度を実験測定し、時間遅れ座標系で再構成した例。TPWSは歩行のフルード数から計算される快適な歩行速度で、図はゆっくり歩いた実験結果(20% TPWS)から早く歩いた実験結果(180% TPWS)までを示す[26]

出典

テンプレート:Reflist

参照文献

※文献内の複数個所に亘って参照したものを特に示す。

外部リンク

Chaoscope を使って描かれたアトラクター
  1. 1.0 1.1 テンプレート:Cite book ja-jp
  2. 2.0 2.1 2.2 2.3 テンプレート:Cite book ja-jp
  3. 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 3.5 3.6 3.7 テンプレート:Cite book ja-jp p. 69
  4. 4.0 4.1 4.2 テンプレート:Cite journal ja-jp
  5. テンプレート:Cite book ja-jp p. 344
  6. テンプレート:Cite journal ja-jp
  7. テンプレート:Cite journal ja-jp
  8. テンプレート:Cite book ja-jp pp. 42–43
  9. 9.0 9.1 テンプレート:Cite journal
  10. テンプレート:Cite book ja-jp pp. 96, 98
  11. テンプレート:Cite book ja-jp p. 148
  12. 12.0 12.1 テンプレート:Cite book ja-jp p. 47
  13. テンプレート:Cite book ja-jp pp. 431–433
  14. テンプレート:Cite journal ja-jp
  15. 15.0 15.1 テンプレート:Cite book ja-jp pp. 23–24
  16. テンプレート:Cite book ja-jp p. 53
  17. テンプレート:Cite journal ja-jp
  18. Giron-Nava, A., Munch, S.B., Johnson, A.F. et al. Circularity in fisheries data weakens real world prediction. Sci Rep 10, 6977 (2020). https://doi.org/10.1038/s41598-020-63773-3
  19. 19.0 19.1 19.2 テンプレート:Cite journal ja-jp
  20. 20.0 20.1 テンプレート:Cite journal ja-jp
  21. テンプレート:Cite book ja-jp pp. 107–108
  22. テンプレート:Cite book ja-jp pp. 391–402
  23. テンプレート:Cite journal ja-jp
  24. テンプレート:Cite journal ja-jp
  25. テンプレート:Cite journal ja-jp
  26. Raffalt, P., Guul, M., Nielsen, A. et al. Economy, Movement Dynamics, and Muscle Activity of Human Walking at Different Speeds. Sci Rep 7, 43986 (2017). テンプレート:Doi.