ポアンカレ・ベンディクソンの定理

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ポアンカレ・ベンディクソンの定理によれば、平面上の極限集合は(1)平衡点、(2)周期軌道、(3)複数の平衡点とそれらを繋ぐ軌道のいずれかとなる

ポアンカレ・ベンディクソンの定理(ポアンカレ・ベンディクソンのていり、Poincaré–Bendixsonの定理)とは、平面上の連続力学系あるいは自励的常微分方程式系では、有界軌道が時間経過後に最終的に落ち着く先は、平衡点を含まなければ周期軌道であることを述べる数学の定理である。19世紀末にアンリ・ポアンカレが発表し、後の20世紀初頭にテンプレート:仮リンクがより厳密・一般化した形で証明して発表した。

与えられた系の周期軌道の存在を明確にすることは一般的に難しいが、ポアンカレ・ベンディクソンの定理はその手法を与える希少なものの一つである。また、定理の帰結として、このような平面の系で状態変数収束する先は、本質的に平面上の1点(平衡点)または閉曲線(周期軌道)のいずれかに限られ、より複雑な振る舞いはないことを意味する。極限集合の概念を使うと、平面上の極限集合は(1)平衡点、(2)周期軌道、(3)複数の平衡点とそれらを繋ぐ軌道の3種に限られることが言える。ただし、定理が成立する根本的理由の一つが、平面上ではジョルダンの閉曲線定理が成立し、自己交差しない連続な閉曲線は平面を2つの領域に分けるという事実にあるので、トーラスや3次元の系で定理は成立しない。

前提とする主な定義

独立変数テンプレート:Math とし、従属変数テンプレート:Math とする。未知関数 テンプレート:Math に対して次のような一般的な自励的2元連立1階常微分方程式系を考えるテンプレート:Sfn

𝒙˙=𝒇(𝒙(t))

または

x˙=f(x(t), y(t))
y˙=g(x(t), y(t))

ここで、テンプレート:Math実数を、上付き ˙ は微分 テンプレート:Math を、右肩 テンプレート:Math転置を表す。独立変数 テンプレート:Mvar時間とみなし、時間の経過に連れて テンプレート:Mvar の値も変わるという風に微分方程式の意味をとらえるテンプレート:Sfn。従属変数の定義域 テンプレート:Mvarテンプレート:Math部分開集合で、テンプレート:Mvar相空間ともいうテンプレート:Sfnテンプレート:Math 全体としても定理は成立するテンプレート:Sfn)。テンプレート:Math は [[微分可能関数|テンプレート:Math 級関数]] テンプレート:Math とするテンプレート:Sfnテンプレート:Mvarテンプレート:Mvar 上にベクトル場を定めるテンプレート:Sfn

テンプレート:Math に対して与えられる テンプレート:Mvar の値 テンプレート:Math初期値というテンプレート:Sfn。以下、簡単のために テンプレート:Math で固定する。初期値 テンプレート:Math を満たし、時間 テンプレート:Mvar のときの テンプレート:Mvar の値を返す写像 テンプレート:Math を微分方程式の定める流れ連続力学系というテンプレート:Sfnmテンプレート:Mathテンプレート:Math 級であることから、上記の微分方程式系は解の存在と一意性を満たし、流れ テンプレート:Math

  1. テンプレート:Math
  2. 任意の テンプレート:Mathについて テンプレート:Math

を満たすテンプレート:Sfn

平面上のベクトル場の例。軌道は平面上でベクトルに沿った曲線を成す。

初期値 テンプレート:Math を決めて、テンプレート:Mvarテンプレート:Math から テンプレート:Math まで動かしながら テンプレート:Math が返す値を相空間 テンプレート:Mvar 上に描くと、それは テンプレート:Mvar 上の一つの曲線となるテンプレート:Sfn。この曲線を テンプレート:Math を通る軌道というテンプレート:Sfnテンプレート:Math を通る軌道を テンプレート:Math で表すとするテンプレート:Sfn。微分方程式の解の一意性により、ある テンプレート:Math を通る テンプレート:Math はただ一つだけに限られるテンプレート:Sfn。特に テンプレート:Mvar が非負のときの軌道

O+(𝒙0)={ϕ(t, 𝒙0)0t<}

正の半軌道といい、テンプレート:Math で表すとするテンプレート:Sfnテンプレート:Mathテンプレート:Math 級であることから軌道は(以下の平衡点である場合を除いて)滑らかな曲線でテンプレート:Sfn、曲線上の各点の接ベクトルが微分方程式の テンプレート:Math に対応するテンプレート:Sfn

初期値 テンプレート:Math に対して テンプレート:Math となる場合、微分方程式の解は定数となるテンプレート:Sfn。このときの軌道は テンプレート:Math} となり、相空間上の1点であるテンプレート:Sfnm。このような テンプレート:Math を満たす テンプレート:Mvar平衡点というテンプレート:Sfn

また、テンプレート:Math に対して、テンプレート:Math かつ テンプレート:Math を満たすような テンプレート:Math が存在するとき、これを満たすときの テンプレート:Math の軌道を周期軌道というテンプレート:Sfn。相空間上の周期軌道は、円のように自分自身と交わらない閉曲線となるテンプレート:Sfnm

周期軌道(リミットサイクル)とそれを極限集合とする点 テンプレート:Math の例。時刻の列 テンプレート:Math2 で極限集合上のテンプレート:Mvar極限点 テンプレート:Mvar に収束する。

時間が無限大に発散するときの軌道 テンプレート:Math の漸近的な振る舞いを調べるために、テンプレート:Math極限集合が重要となるテンプレート:Sfnm。ある点 テンプレート:Math に対して時刻 テンプレート:Mvar の列 テンプレート:Math を一つ適当に選ぶと

limkϕ(tk, 𝒙)=𝒚M

となるとき、テンプレート:Mvarテンプレート:Mathテンプレート:Mvar極限点という。そして、テンプレート:Mathテンプレート:Mvar極限点全てから成る集合を テンプレート:Mathテンプレート:Mvar極限集合といい、テンプレート:Math で表すとするテンプレート:Sfn。時間を逆向き テンプレート:Math にした方はテンプレート:Mvar極限集合といい、テンプレート:Math で表すとするテンプレート:Sfnテンプレート:Mvar極限集合またはテンプレート:Mvar極限集合を総称して極限集合というテンプレート:Sfn

テンプレート:Math が平衡点または周期軌道ならば、テンプレート:Mathテンプレート:Math はその テンプレート:Math 自体と同じとなるテンプレート:Sfnm。極限集合 テンプレート:Math または テンプレート:Math が周期軌道で、それでいて テンプレート:Math 自体はそれら テンプレート:Math または テンプレート:Math に含まれないとき、そのような極限集合をリミットサイクルというテンプレート:Sfn。リミットサイクルに対して、軌道は巻きつくようにして収束するテンプレート:Sfn

定理の主張

ポアンカレ・ベンディクソンの定理とは、次のような主張であるテンプレート:Sfnm

テンプレート:Math theorem

定理では テンプレート:Math ではなく、テンプレート:Mathコンパクトと仮定してもよいテンプレート:Sfnm。また、テンプレート:Math ではなく、球面 テンプレート:Math円筒 テンプレート:Math 上の流れと仮定してもよいテンプレート:Sfnm。定理は テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar極限集合についても同様に成り立つ。すなわち、テンプレート:Math または テンプレート:Math がコンパクトで平衡点を含まなければ、テンプレート:Math または テンプレート:Math は周期軌道であるテンプレート:Sfnm

同じ2次元多様体でも相空間が図のようにトーラスだとポアンカレ・ベンディクソンの定理は成立しない

ポアンカレ・ベンディクソンの定理は、相空間が平面、球面、円筒である流れ(ベクトル場)では成立するが、同じ2次元多様体でも トーラス テンプレート:Math のような種数が正の曲面では成立しないテンプレート:Sfn。また、相空間が3次元以上でも成立しないテンプレート:Sfnm。2次元ベクトル場が非自励系で与えられるときにも、実質的に相空間は3次元なので成立しないテンプレート:Sfn。定理が成立する根本的な理由は、ジョルダンの閉曲線定理として知られる、自己交差しない連続な閉曲線は平面を2つの領域に分けるという事実にあり[1]、トーラスや3次元の相空間ではこれが成立しないため、ポアンカレ・ベンディクソンの定理もまた成立しないテンプレート:Sfn

ポアンカレ・ベンディクソンの定理の主張を直感的に言い換えると、次のようにも説明できるテンプレート:Sfnm。平面上の限られた領域内に軌道があって、軌道はそこから出て行かないとする。もし軌道が1点(平衡点)に落ち着かないとすると、軌道はその領域内を永久に動き続けなければならない。軌道の曲線が自己交差をせず、なおかつ滑らかであるような条件下において、平面上でそのようなことが可能なのは軌道が閉曲線(周期軌道)に落ち着く場合だけというのがポアンカレ・ベンディクソンの定理であるテンプレート:Sfnm

もう一つポアンカレ・ベンディクソンの定理と呼ばれる別の形として、あるいは上の定理から導くことができる別の定理として、次の主張があるテンプレート:Sfnm

テンプレート:Math theorem

平衡点が有限個しか存在しないという仮定は平面上の理論を構成する上で必ずしも必要ではないが、議論を簡単にするために導入されるテンプレート:Sfnm。例えば テンプレート:Math2 という系は、平衡点が テンプレート:Math の直線上の全ての点として存在するテンプレート:Sfn。しかし、大抵の場合で扱われる微分方程式は平衡点が有限という条件を満たすテンプレート:Sfn

定理の3番目の極限集合には、ヘテロクリニック軌道ホモクリニック軌道が相当するテンプレート:Sfn。大雑把に言うと、ヘテロクリニック軌道とはある2つの平衡点 テンプレート:Math を繋ぐ曲線で、その上の点は テンプレート:Mathテンプレート:Mvar に収束し、テンプレート:Mathテンプレート:Mvar に収束する性質を持つテンプレート:Sfn。ホモクリニック軌道とは1つの平衡点 テンプレート:Math から出て テンプレート:Math に戻る曲線で、その上の点は テンプレート:Mathテンプレート:Mvar に収束し、テンプレート:Math でも テンプレート:Mvar に収束する性質を持つテンプレート:Sfn

テンプレート:Gallery

証明の概略

ポアンカレ・ベンディクソンの定理の証明は、平面の特性を活かして幾何学的なアプローチでなされるテンプレート:Sfn。以下では、主に テンプレート:Harv に沿いながらおおまかな証明の概略を記す。

まず、平面に限らない テンプレート:Math 上の自励系ベクトル場で一般的に成り立つ極限集合の性質として以下のものがあり、これらはポアンカレ・ベンディクソンの定理の証明にも使われる:

  1. テンプレート:Math不変集合テンプレート:Sfnm
  2. テンプレート:Math閉集合テンプレート:Sfnm
  3. テンプレート:Math有界ならば テンプレート:Math空集合ではないテンプレート:Sfnm
  4. テンプレート:Math が有界ならば テンプレート:Math連結集合テンプレート:Sfnm
非平衡点 テンプレート:Mvar と、近傍 テンプレート:Mvar と横断線 テンプレート:Mvar の構成

ポアンカレ・ベンディクソンの定理の証明上の道具として、ポアンカレ写像の考え方が役立つテンプレート:Sfn[1]。定理の仮定のもとで、平面上の非平衡点 テンプレート:Math に対して、テンプレート:Mvar を通る直線 テンプレート:Mvar を平面上に引く。テンプレート:Mvar近傍 テンプレート:Mvar を取って、テンプレート:Mvar との共通部分 テンプレート:Math でできる線分テンプレート:Mvar とする。このとき、テンプレート:Mvar 上の任意の点も非平衡点であるようにでき、さらに、テンプレート:Mvar を通る任意の軌道は テンプレート:Mvar に接することなく テンプレート:Mvar を通り過ぎるようにできるテンプレート:Sfn。このような テンプレート:Math は横断線や切断線と呼ばれるテンプレート:Sfnmテンプレート:Mathでもよくテンプレート:Sfn、その場合は横断弧などと呼ばれるテンプレート:Sfnm)。また、テンプレート:Mvar に含まれる テンプレート:Mvar の近傍 テンプレート:Math を十分小さくとれば、テンプレート:Mvar 上の任意の点から出発する軌道はある有限時間後に テンプレート:Mvar を通過するようにできるテンプレート:Sfn

次に、ある点 テンプレート:Mvar の極限集合 テンプレート:Math を考える。テンプレート:Math は定理の仮定のように平衡点を含まないとし、その上のある非平衡点 テンプレート:Math について上のような横断線 テンプレート:Mvar を引くテンプレート:Sfn。また、テンプレート:Mvar から出発する軌道 テンプレート:Math がもし周期軌道ならば、テンプレート:Math となり、明らかに定理が成り立つ。よって以下では テンプレート:Math は周期軌道ではないとするテンプレート:Sfn

線分 テンプレート:Mathテンプレート:Mvar で閉曲線が構成され、この閉曲線の外側 テンプレート:Mvar と内側 テンプレート:Mvar に平面は二分される。線分 テンプレート:Math を通過する軌道は テンプレート:Mvar から テンプレート:Mvar へ向かうか、テンプレート:Mvar から テンプレート:Mvar へ向かうかのいずれかとなる。図は テンプレート:Mvar から テンプレート:Mvar へ向かうパターンを示す。

この テンプレート:Mvar は極限点なので、その定義より テンプレート:Mvar に収束する無限点列が選び出せる。よって、テンプレート:Mathテンプレート:Mvar を無限回通過し、テンプレート:Mvar を通過した後には再び テンプレート:Mvar に戻って来て テンプレート:Mvar を通過しなければならないテンプレート:Sfnテンプレート:Mathテンプレート:Mvar を通過するときの1つの交点を テンプレート:Math とし、次に テンプレート:Mvar を通過する交点を テンプレート:Math とするテンプレート:Sfn。このとき、平面上には線分 テンプレート:Mathテンプレート:Math に沿って テンプレート:Math から テンプレート:Math まで引かれる弧 テンプレート:Mvar で構成される閉曲線ができる。この閉曲線を テンプレート:Mvar とする。ジョルダンの閉曲線定理からテンプレート:Mathテンプレート:Mvar の内側の領域 テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の外側の領域 テンプレート:Mvar に分けられるテンプレート:Sfn。上述のように、この定理が平面では成立するという点が、ポアンカレ・ベンディクソンの定理の成立の本質的理由といえるテンプレート:Sfn[1]

テンプレート:Mvar の性質より、線分 テンプレート:Math を通過する軌道は全て テンプレート:Mvar から テンプレート:Mvar へ向かうか、全て テンプレート:Mvar から テンプレート:Mvar へ向かうかのどちらかとなるテンプレート:Sfn。また、微分方程式の解の一意性から テンプレート:Mvar を横切る軌道は存在しないテンプレート:Sfn。どちらの場合でも同じように議論できるが、以下では線分 テンプレート:Math を通過する軌道は テンプレート:Mvar から テンプレート:Mvar へ向かうとする。すると、全ての テンプレート:Math について テンプレート:Math である。よって、テンプレート:Math の次に テンプレート:Mathテンプレート:Mvar に交わる交点を テンプレート:Math とすれば、テンプレート:Mathテンプレート:Math を境にしてテンプレート:Math の反対側に存在するテンプレート:Sfn。一般化すると、これは テンプレート:Math であれば、テンプレート:Mvar 上で テンプレート:Math は常に テンプレート:Mathテンプレート:Math の間にあることを意味し、このことを点列が テンプレート:Mvar に沿って単調と言ったり、単調点列で テンプレート:Mvar に交わると言ったりするテンプレート:Sfnm。この単調点列の結論として、一般的に テンプレート:Mathテンプレート:Mvar との交点は テンプレート:Math のみであることが補題として証明される。主張の逆を取って テンプレート:Math かつ テンプレート:Math2 という2点の存在を仮定すると、単調点列との矛盾が導かれ、背理法により主張が正しいことが確かめられるテンプレート:Sfn

次に、テンプレート:Math 上の任意の点 テンプレート:Mvar の極限集合 テンプレート:Mathテンプレート:Mathと一致することを証明する。これも背理法で考える。主張の逆が成立すると、差集合 テンプレート:Math が存在することになる。この前提と、極限集合はで有界な軌道の極限集合は連結である性質を利用して議論すると、テンプレート:Math 上のある点で横断線と複数交わるという、上記の補題と矛盾した結論が得られるテンプレート:Sfn

最後に、テンプレート:Mvar から出発する軌道 テンプレート:Math が周期軌道であることを証明する。テンプレート:Math であるので、テンプレート:Math はある無限点列 テンプレート:Math2テンプレート:Mvar 自身に収束する。テンプレート:Mvar の近傍 テンプレート:Mvar に含まれる点列上の1点 テンプレート:Math をとると、ある時間 テンプレート:Mvar 経過後に テンプレート:Mvar を通過する。よって、テンプレート:Mathテンプレート:Mvar と交わるわけだが、極限集合は不変であるという性質から テンプレート:Mathテンプレート:Math 上の点であると同時に テンプレート:Math の上の点でもある。上記の補題より テンプレート:Mvar 上でテンプレート:Math と交わるのは1点でなければならないので、テンプレート:Math2 が満たされるので、テンプレート:Mathテンプレート:Math を周期とする周期軌道である。よって テンプレート:Math は周期軌道であるテンプレート:Sfn。(証明終わり)

適用

平面上の自励系常微分方程式系ないし連続力学系を解析するための強力な道具となるのが、ポアンカレ・ベンディクソンの定理であるテンプレート:Sfn。定理は、相空間が平面の場合に解ないし軌道が極限的に落ち着く先は、本質的に平衡点周期軌道に限定されることを意味するテンプレート:Sfnm。しかし一般的に、平衡点を見つけることに比べ、周期軌道を見つけることは難しいテンプレート:Sfn。ポアンカレ・ベンディクソンの定理は、与えられた系に周期軌道の存在することを示すことができる数少ない手法の一つであるテンプレート:Sfn

ポアンカレ・ベンディクソンの定理を使いやすく言い換えると、有界閉な領域 テンプレート:Mvar 内に任意の軌道 テンプレート:Math2 が閉じ込められる(領域が正不変である)とき、テンプレート:Mvar 内に平衡点が存在しなければ、テンプレート:Mvar 内には周期軌道が存在する、というが成り立つテンプレート:Sfn。さらに言うと、このような テンプレート:Mvar 内の軌道は、それ自体が周期軌道であるか、リミットサイクルに収束する軌道であるか、どちらかになるテンプレート:Sfn。また、もう一つの重要な系は、ある周期軌道で囲まれた領域の内部には平衡点が少なくとも1つ含まれることであるテンプレート:Sfnm

例示の微分方程式系テンプレート:Sfnのベクトル場。青い範囲の境界上では任意のベクトルが内向きまたは境界に接する。色付きの曲線は軌道で、周期軌道(黒い太線)に巻きつく。

具体的な系にポアンカレ・ベンディクソンの定理を適用するには、境界上のどの点でもベクトルが内側向きとなっている領域を平面上でうまく構成(特定)する必要があるテンプレート:Sfnm。領域に内部にある平衡点も領域から適当にくりぬく必要があるテンプレート:Sfnテンプレート:Harv による適用の具体例として以下のような微分方程式系があるテンプレート:Sfn

x˙=10x4xy1+x2
y˙=x(1y1+x2)

計算より、この系の平衡点は テンプレート:Mvar-平面上に テンプレート:Math に唯一存在し、かつ渦状点である。この平衡点を覆うよう十分小さな円 テンプレート:Math を考えれば、その円の境界の任意の点は外向きのベクトルを持つ。また考察により、 テンプレート:Math2 という範囲の四角形 テンプレート:Math の境界は、内向きまた境界に接するベクトルを持っていることがわかる。よって、四角形から小さな円を切り抜いた領域 テンプレート:Math にはポアンカレ・ベンディクソンの定理より周期軌道が存在することが言えるテンプレート:Sfn

ポアンカレ・ベンディクソンの定理のもう一つの帰結は、平面では平衡点または周期軌道に収束する振る舞いに限定され、それら以上に複雑な振る舞いは起こらないという点であるテンプレート:Sfn。よって、平面上の連続力学系ではストレンジアトラクターカオス)と呼ばれる非周期的な運動の極限集合は存在しえないテンプレート:Sfnm。連続力学系では、カオスは3次元以上の相空間を持つ系で起こるテンプレート:Sfnm。また、相空間がトーラス テンプレート:Math のときも、トーラス全体を軌道が稠密に覆う新しい種類の極限集合が存在するテンプレート:Sfnm

一般化・拡張

ポアンカレ・ベンディクソンの定理の一般化・拡張と見なせるような結果は多いテンプレート:Sfn。以下は主に テンプレート:Harv に基づく。

相空間 テンプレート:Mvar が平面や球面以外のケースでは次のような結果がある。空ではない閉不変集合 テンプレート:Mvar に含まれる部分集合で、閉不変集合の性質を持つのが空集合と テンプレート:Mvar 自身のみであるとき、テンプレート:Mvar を極小集合というテンプレート:Sfnトーラス テンプレート:Math 上の テンプレート:Math 級自励系微分方程式が定める流れについて、この流れの極小集合は平衡点、周期軌道、テンプレート:Math 全体のいずれかであることが知られているテンプレート:Sfn。さらに テンプレート:Mvarテンプレート:Math 級コンパクト連結2次元多様体と仮定すると、流れの極小集合は、テンプレート:Math のときは平衡点または周期軌道、テンプレート:Math のときは平衡点、周期軌道、テンプレート:Math 全体のいずれか、と一般化できるテンプレート:Sfn

テンプレート:Mvarクラインの壺 テンプレート:Math の場合は次のような結果が知られている。非平衡点 テンプレート:Mvar について テンプレート:Math を満たす テンプレート:Math が存在するとき テンプレート:Mvar周期点というテンプレート:Sfnテンプレート:Math 上の流れでは、ある点 テンプレート:Mvar がそれ自身の極限集合に属するとき(すなわち テンプレート:Math または テンプレート:Math)、テンプレート:Mvar は平衡点または周期点であるテンプレート:Sfn

テンプレート:Mvar が高次元の場合への拡張もいくつか調べられているテンプレート:Sfnm。しかし、テンプレート:Math の境界上の全てのベクトルが内側を向いているような有界領域に平衡点または周期軌道のいずれかが必ず存在するか、といったような疑問は未決であるテンプレート:Sfn

一般化の方向性として、ポアンカレ・ベンディクソンの定理を時間 テンプレート:Mvar が正の向きのみに限られるような力学系、すなわち テンプレート:Math で定義される流れ テンプレート:Math で考えることもあるテンプレート:Sfn。このような テンプレート:Mvar は半流や半力学系と呼ばれ、過去の方向に解けない非可逆過程を記述する非線形偏微分方程式で重要となる[2]。ポアンカレ・ベンディクソンの定理の証明過程では テンプレート:Math で解が一意に存在することが前提としており、半流の場合への拡張は単純にはいかないテンプレート:Sfn。横断線(横断弧)の半流用の拡張や、テンプレート:Math または テンプレート:Math 上の半流について テンプレート:Math ならば テンプレート:Mvar は平衡点または周期点であることの証明などが得られているテンプレート:Sfn

ポアンカレとベンディクソンの議論では極限集合が平衡点を無限に含む場合を想定していなかったが、平衡点を無限に含む極限集合についてポアンカレ・ベンディクソンの定理を一般化することも調べられているテンプレート:Sfn。平衡点が テンプレート:Math の連結成分として含まれる場合、テンプレート:Math に含まれる平衡点ではない軌道の数は高々可算無限個で、なおかつ任意の非平衡点 テンプレート:Math に対して テンプレート:Mathテンプレート:Mathテンプレート:Math 上の平衡点の連結成分のどれかに含まれることなどが分かっているテンプレート:Sfn

最後に、ポアンカレ・ベンディクソンの定理の(古典的な)証明では微分方程式で定まる流れ テンプレート:Mvar を前提としていたが、テンプレート:仮リンク (Otomar Hájek) がこの定理の成立に微分可能性の仮定が不要であることを示しているテンプレート:Sfn。定理の証明で重要な役目を担った横断線(横断弧)については、まずハスラー・ホイットニー (Hassler Whitney) とミハイル・ベブートフ (Mikhail Valer'evich Bebutov) が微分可能性不要で距離空間上の任意の非平衡点で局所横断面が構成できること(ホイットニー・ベブートフの定理)を示したテンプレート:Sfnm。そしてハイエクが2次元多様体上の局所横断面はジョルダン弧または単純閉曲線のいずれかであることが示し、微分可能性を仮定しない流れにもとづくポアンカレ・ベンディクソンの定理の証明を与えたテンプレート:Sfn

歴史

アンリ・ポアンカレ(1854–1912)
テンプレート:仮リンク(1861–1935)

ポアンカレ・ベンディクソンの定理は、フランスの数学者アンリ・ポアンカレ (Henri Poincaré) とスウェーデンの数学者テンプレート:仮リンク (Ivar Otto Bendixson) によって定式化・証明されたテンプレート:Sfn。1881年から1886年にかけて、ポアンカレは次のような四つの論文を発表したテンプレート:Sfn

  • "Mémoire sur les courbes définies par une équation différentielle (1ère partie)" Journal de mathématiques pures et appliquées (1881) [3]
  • "Mémoire sur les courbes définies par une équation différentielle (2nde partie)" Journal de mathématiques pures et appliquées (1882) [4]
  • "Sur les courbes définies par les équations différentielles (3ème partie)" Journal de mathématiques pures et appliquées (1885) [5]
  • "Sur les courbes définies par les équations différentielles" Journal de mathématiques pures et appliquées (1886) [6]

題名はいずれも「微分方程式によって定義される曲線について」の意で、これらの論文の中でポアンカレは求積法で解けないような常微分方程式系に対してどのように取り組むべきかについて、常微分方程式の定性的理論という新しい研究方法を導入したテンプレート:Sfn。ポアンカレは微分方程式の軌道を調べるために位相的な手法・考察を用いてみせテンプレート:Sfn、ポアンカレ・ベンディクソンの定理の最初の形もこれら論文の中で発表されたテンプレート:Sfn。この論文は力学系理論の出発点としてしばしば引用されるテンプレート:Sfn。定理に関連するところでは横断弧、ポアンカレ写像、リミットサイクルといった概念もこの論文で導入されている[7]

その後1901年にベンディクソンは、 ポアンカレ・ベンディクソンの定理も含む平面上の微分方程式系に関する論文

  • "Sur les courbes définies par des équations différentielles" Acta Math (1901) [8]

を発表したテンプレート:Sfn。論文の題名は冠詞が異なるだけでポアンカレの論文とほぼ同名であり[9]、論文の最初にベンディクソンはこの研究はポアンカレの仕事の続きだと位置づけているテンプレート:Sfn

ポアンカレの論文ではベクトル場を与える テンプレート:Math多項式に限定して理論を展開していたが、ベンディクソンの論文はより一般的な平面上の自励的微分方程式系について調べているテンプレート:Sfn。ポアンカレ・ベンディクソンの定理の最初の証明を与えたのはポアンカレであったが、より弱い仮定の元でより厳密な証明を与えたのはベンディクソンであった[10]。また、ポアンカレの論文ではまだ解析的手法の色合いが比較的強く残っていたが、ベンディクソンの論文では位相的・幾何学的側面がより一層強調されているテンプレート:Sfnm

ベンディクソンの論文は特にポアンカレ・ベンディクソンの定理によって広く知られているが、他にも平面上の微分方程式系に関するより高度な内容も含んでいるテンプレート:Sfn。平面上の力学系の研究は、ポアンカレとベンディクソンの二人によっておおかた完成されたともいわれる[9]。2元連立1階自励系常微分方程式で定義された平面上の力学系の漸近的挙動を考察する理論を指して、今ではポアンカレ・ベンディクソンの理論とも呼ぶこともあるテンプレート:Sfn[11][12]

ポアンカレの死後に彼の定性的理論を発展させたのが米国の数学者ジョージ・バーコフ (George Birkhoff) で、バーコフは自身の研究をまとめた "Dynamical Systems"(力学系)という題のモノグラフを1927年に刊行したテンプレート:Sfnm。ポアンカレ・ベンディクソンの定理でも用いられている極限集合も、この著書の中で記されたテンプレート:Sfn。ポアンカレとベンディクソンの論文でも極限集合のような概念は現れていたが、明確な定義を与えて力学系理論に導入したのはバーコフであったテンプレート:Sfn

バーコフ以降、現在に至るまでに、定理に関係する結果は多数に上るテンプレート:Sfn。研究の方向性は、解の振る舞いをより正確に記述したり、新しい現象を捉えたり、より広いクラスへ一般化したりと、多岐にわたるテンプレート:Sfn。定理の証明も、様々なアプローチのものが報告されているテンプレート:Sfn。ポアンカレ・ベンディクソンの定理は、現在的な数学にも未だ影響を与えている存在だといえるテンプレート:Sfn

出典

テンプレート:Reflist

参照文献

テンプレート:Good article