ケイリー・ハミルトンの定理

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王立協会フェローアーサー・ケイリー (1821-1895) は19世紀のブリテンを代表する純粋数学者として広く知られている。ケイリーは1848年にダブリンに赴き、ハミルトンから発見者直々に四元数の講義を受けている。のちにケイリーは、四元数に関する成果を出版する2番目となることによりハミルトンに印象付けたテンプレート:Sfn。 ケイリーは テンプレート:Math次以下の行列に対して定理を証明したが、テンプレート:Math次の場合に対してだけ証明を発表したテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn。一般の テンプレート:Mvar次の場合についてケイリーは「……、任意次数の行列という一般の場合に定理をきちんと証明する労を引き受ける必要を覚えない。」と述べている。
アイルランドの物理学・天文学・数学者ウィリアム・ローワン・ハミルトン (1805-1865) は米国科学アカデミー初の外国人会員である。幾何学をいかにして研究すべきかについては対立する位置に立ちながらも、ハミルトンは常にケイリーと最良の関係を留めていたテンプレート:Sfn。 ハミルトンは四元数に関する線型函数に対して、それ自身が満足するある種の方程式の存在を証明したテンプレート:Sfnテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn

線型代数学におけるケイリー・ハミルトンの定理(ケイリー・ハミルトンのていり、テンプレート:Lang-en-short)、またはハミルトン・ケイリーの定理とは、(実数体や複素数体などの)可換環上の正方行列固有方程式を満たすという定理であるテンプレート:Sfnアーサー・ケイリーウィリアム・ローワン・ハミルトンに因む。

テンプレート:Mvar次正方行列 テンプレート:Mvar に対して、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar単位行列とすると、テンプレート:Mvar固有多項式

p(λ):=det(λInA)

で定義されるテンプレート:Sfn。ここで テンプレート:Math行列式を表し、テンプレート:Mvar は係数環の元(スカラー)である。引数の行列は各成分が テンプレート:Mvarテンプレート:Math次式以下の多項式(テンプレート:Math次式または定数)だから、その行列式も テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarモニック多項式になる。ケイリー・ハミルトンの定理の主張は、固有多項式を行列多項式と見れば テンプレート:Mvar零点であること、すなわち上記の テンプレート:Mvar を行列 テンプレート:Mvar で置き換えた計算結果が零行列であること、すなわち p(A)=O の成立を述べるものである。

置き換えにおいて、テンプレート:Mvar の冪は、テンプレート:Mvar の、行列の積による冪に置き換わるから、特に テンプレート:Math の定数項は テンプレート:Math すなわち単位行列の定数倍に置き換わる。

定理により、特に テンプレート:Mvar は、より低次の テンプレート:Mvar の多項式で表されることが分かる。係数環がテンプレート:Ill2のとき、ケイリー・ハミルトンの定理は「任意の正方行列 テンプレート:Mvar最小多項式テンプレート:Mvar の固有多項式を整除する(割り切る)」という主張に同値である。

この定理は1853年にハミルトンが初めて証明したテンプレート:Sfn(それは「非可換」環である四元数を変数とする一次函数の逆を用いたものであったテンプレート:Sfnテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn)。これは一般の定理において、実テンプレート:Math次または複素テンプレート:Math次という特別の場合に当たるものである。

ケイリー・ハミルトンの定理は、四元数係数の行列に対しても成立するテンプレート:Sfnテンプレート:Efn2

1858年にケイリーは テンプレート:Math次およびそれより小さい行列に関して定理を述べているが、証明は テンプレート:Math次の場合のみを著しているテンプレート:Sfn。一般の場合が初めて証明されたのは1878年でフロベニウスによるテンプレート:Sfn

テンプレート:Math次正方行列 テンプレート:Math2 に対し、その固有多項式は テンプレート:Math2 であり、テンプレート:Math2 は明らかである。

テンプレート:Math次正方行列 A=(abcd) に対しては、固有多項式は

テンプレート:Math2

となり、ケイリー・ハミルトンの定理の述べるところによれば

p(A)=A2(a+d)A+(adbc)I2=(0000)

が成り立つはずであるが、これは実際に テンプレート:Math の成分を具体的に書き出せば、確かに成り立っていることが確認できる。

短絡的な「証明」の誤りに関する注意

この定理を証明するのに、固有多項式: テンプレート:NumBlkテンプレート:Mvarテンプレート:Mvar に置き換えて テンプレート:NumBlk を得るとするのは、明らかに誤った論法であるテンプレート:Sfnテンプレート:Sfn

この論法が誤りである理由は、第一に、上式 テンプレート:EquationNote の左辺は テンプレート:Mvar次正方行列、右辺はスカラーである テンプレート:Math であり、(テンプレート:Math2 でない限り)不合理である。

第二に、(テンプレート:EquationNote) の右辺の テンプレート:Mvar はスカラーだからこそ行列式として意味をもつものであり、行列式の展開の前に テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar に置き換えると意味をなさなくなる。

様子が分かるように具体的に テンプレート:Math次の場合をとらえると、

p(λ)=|λabcλd|

テンプレート:MvarA=(abcd) に置き換えても、行列式としての意味をなさなくなることが分かる。

ただし、スカラーであるところをスカラー行列(単位行列のスカラー倍)で置き換えた区分行列

((abcd)aI2bI2cI2(abcd)dI2)=(0bb0cda0bc0adb0cc0)

を考えるならば式としては有効で、この行列式は実際に テンプレート:Math になるが、この行列が上記の論法で テンプレート:Math の引数とした テンプレート:Math でないことは明らかである。

あるいはまた、この論法が実際に成立していたと仮定した場合、それは行列式以外にもほかの任意の多重線型形式についても成立しないといけないことになる(つまり任意の線型写像は零ベクトルを零ベクトルに写すのだから、テンプレート:Math2(零行列)は任意の多重線型形式で テンプレート:Math に写る)。そのような多重線型形式として例えばパーマネント (permanent)テンプレート:Efn2を使って テンプレート:Math2 とすれば、同じ論法で テンプレート:Math2 が証明されなければならないわけだが、それは見るからに誤りである。実例として テンプレート:Math次の場合を書けば、perm(abcd)=ad+bc であるから、q(λ)=perm(λI2A)=λ2(a+d)λ+(ad+bc) であり、これに テンプレート:Mvar を代入した

q(A)=A2(a+d)A+(ad+bc)I2=(2bc002bc) は一般には零でない。

ケイリー・ハミルトンの定理の証明の中には、数以外を成分とする行列を用いて、あたかも テンプレート:EquationNote 式を用いた論法にある意味似た方法をとるものがあるが、その場合でも テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar と等しくなく、結論も異なる所へ到達する。

応用

テンプレート:Mvar次正方行列の固有多項式:

p(t)=tn+cn1tn1++c1t+c0

において、テンプレート:Mvar次の係数 テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の固有値たちのなす テンプレート:Math2基本対称式に等しい。特に、定数項(テンプレート:Math次の係数)テンプレート:Math は固有値の総乗ゆえそれは テンプレート:Mvar の行列式 テンプレート:Math に等しい。

テンプレート:Ill2を用いると、基本対称式はテンプレート:Ill2で書き表せるから、上記の テンプレート:Mvar は固有値の冪和対称式 sk=i=1nλik たちで表されると分かるが、

sk=i=1nλik=trAk

である。したがって、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvarトレースたちで書き表せる。特に cn1=trA である。

行列式の計算および逆行列

テンプレート:See also ケイリー・ハミルトンの定理により、一般の テンプレート:Mvar正則行列 テンプレート:Mvar(つまり テンプレート:Mvar の行列式は テンプレート:Math でない)に対し、その逆行列 テンプレート:Mathテンプレート:Mvarテンプレート:Math2次以下の行列多項式で表せる。実際、 テンプレート:NumBlk 式 (テンプレート:EquationNote) において、定数項を移項すると

(1)ndet(A)In=A(An1+cn1An2++c1In)

両辺に テンプレート:Math を掛けると

A1=(1)n1detA(An1+cn1An2++c1In)

を得る。

一般に、係数 テンプレート:Mvar を与える公式が、完全指数型ベル多項式によって

cnk=(1)kk!Bk(s1,1!s2,2!s3,,(1)k1(k1)!sk)

と与えられるテンプレート:Efn2。特に テンプレート:Mvar の行列式は テンプレート:Math であるから、トレースを含む表示(テンプレート:Ill2)として

det(A)=1n!Bn(s1,1!s2,2!s3,,(1)n1(n1)!sn)

と書ける。同様に、

A1=1detAk=0n1(1)n+k1Ank1k!Bk(s1,1!s2,2!s3,,(1)k1(k1)!sk)

なる表示もできる。

例えば、ベル多項式の最初の方は テンプレート:Math2 であるから、これらを用いて テンプレート:Math次の場合の固有多項式の係数 テンプレート:Mvar を具体的に計算すれば

c2=B0=1,c1=11!B1(s1)=s1=tr(A)c0=12!B2(s1,1!s2)=12(s12s2)=12((tr(A))2tr(A2))

などとなる。ここで、テンプレート:Math は行列式であるから、この場合の逆行列を

A1=1detA(A+c1I2)=2(Atr(A)I2)(tr(A))2tr(A2)

と計算することができる。

ここで出てきた式 テンプレート:Math2 は、テンプレート:Mvar に対する(ベル多項式を用いた)一般式から出たものだから、テンプレート:Mvar次正方行列に対してもこれは常に テンプレート:Math の係数 テンプレート:Math を与えるものとなっていることが一見して分かる。ゆえに特に、テンプレート:Math次正方行列 テンプレート:Mvar に対するケイリー・ハミルトンの定理の主張を
A3(trA)A2+12((trA)2tr(A2))Adet(A)I3=O

と書くことができる。同様に テンプレート:Math2 の場合の行列式は今度は

det(A)=13!B3(s1,1!s2,2!s3)=16(s13+3s1(s2)+2s3)=16((trA)33tr(A2)(trA)+2tr(A3))

と書けるが、これはそのまま一般の場合の テンプレート:Math の係数 テンプレート:Math を表す式として理解できる。ゆえにさらにこれを用いて テンプレート:Math次正方行列 テンプレート:Mvar に対する定理の主張は

A4(trA)A3+12((trA)2tr(A2))A216((trA)33tr(A2)(trA)+2tr(A3))A+det(A)I4=O

と書けるし、この場合の行列式

124((trA)46tr(A2)(trA)2+3(tr(A2))2+8tr(A3)tr(A)6tr(A4))

テンプレート:Math を表す式に他ならない。以下より大きな次数の行列に対しても帰納的に同様の話を適用することができる。

係数 テンプレート:Mvar に対するもっと複雑な表示が、テンプレート:Ill2テンプレート:Ill2などから導ける。係数 テンプレート:Mvar を求める別の方法として、一般の テンプレート:Mvar次正方行列でどの根も テンプレート:Math でないものと仮定すれば、指数函数を用いた行列式の別表示

p(λ)=det(λInA)=λnexp(tr(log(InA/λ)))

を用いたアルゴリズムがある。メルカトル級数を用いて書けば

p(λ)=λnexp(trm=1(Aλ)mm)

であるが、テンプレート:Math2テンプレート:Mvar次だから、この指数函数部分は テンプレート:Math のオーダーまで展開するだけでよい。テンプレート:Mvar の最後の負冪はケイリー・ハミルトンの定理により自動的に消える(再度、これには係数環が有理数体を含むことが必要である)。テンプレート:Mvar に対する係数たちが完全ベル多項式によって直接的に書けることは、この級数表示とベル多項式の母函数を比べれば分かる。この表示を テンプレート:Mvar に関して微分することで、一般の テンプレート:Mvar に対する固有多項式の一般係数を テンプレート:Mvar次行列式

cnm=(1)mm!|trAm10trA2trAm2trAm1trAm21trAmtrAm1trA| として求めることができるテンプレート:Efn2

高次の冪の計算

ケイリー・ハミルトンの定理は テンプレート:Mvar の冪の間に成り立つ(最も とは限らないが)関係を記述するものであるから、それにより テンプレート:Mvar の十分大きな指数の冪を含む式の計算において、式を簡単化して テンプレート:Mvar の(テンプレート:Mvar 以上の指数が大きな)冪を直接計算することなく値を評価することができるようになる。

例えば二次の場合に、A=(abcd) とすれば定理より

A2=tr(A)Adet(A)I2

だから、テンプレート:Math を計算したければ、順に

A3=(tr(A)Adet(A)I2)A=tr(A)(tr(A)Adet(A)I2)det(A)A=(tr(A)2det(A))Atr(A)det(A)I2A4=((tr(A)2det(A))Atr(A)det(A)I2)A=(tr(A)2det(A))(tr(A)Adet(A)I2)tr(A)det(A)A=(tr(A)32tr(A)det(A))A(tr(A)2det(A)det(A)2)I2 のように次数の低い多項式表示に帰着される。同様に
A1=Atr(A)I2det(A).

二次の場合には二つの項の和で書けるということが上での計算から分かる。事実として、任意の テンプレート:Mvar-乗がその正方行列の次数 テンプレート:Mvar に対して次数高々 テンプレート:Math2 の多項式として書き表せる。これは定理を行列函数の表示に利用できることの一つの実例であり、次の節でより系統的に述べる。

行列函数を多項式に帰着する

解析函数が収束冪級数として

f(x)=k=0akxk

と与えられ、テンプレート:Mvar次正方行列 テンプレート:Mvar の固有多項式を テンプレート:Math2 と書くとき、上記の冪級数を十分大きな テンプレート:Mvar で打ち切った多項式に対する剰余付きの除法を考えれば、

f(x)=q(x)p(x)+r(x)

で「剰余」多項式 テンプレート:Math2テンプレート:Math2 となる「商」解析函数 テンプレート:Math2 とともに一意的に決まる。テンプレート:Mvar を行列 テンプレート:Mvar に置き換えれば、ケイリー・ハミルトンの定理により テンプレート:Math2 だから、ある種の剰余の定理

f(A)=r(A)

が成り立つ。ゆえに、行列変数の解析函数は各行列 テンプレート:Mvar ごとに テンプレート:Mvar 次以下の行列多項式として書き表される。

上記除算の剰余を r(x):=c0+c1x++cn1xn1 と書けば、テンプレート:Mvar の固有値 テンプレート:Mvar において評価するとき テンプレート:Math2 となるから、各固有値に関して等式

f(λi)=r(λi)=c0+c1λi++cn1λin1(i=1,2,,n)

を作ることができる。これは テンプレート:Mvar個の線型方程式系になっているから、解くことで係数 テンプレート:Mvar を決定することができて、

f(A)=k=0n1ckAk

が決まる。

固有値が重複を持つ場合、つまり適当な テンプレート:Math2 に対して テンプレート:Math2 となるものが存在するとき、上記の方程式系は少なくとも2つの方程式が一致してしまうから、それにより方程式系を一意に解くことができない。そのような場合には、固有値 テンプレート:Mvar の重複度が テンプレート:Mvar とすれば、テンプレート:Math2テンプレート:Math2 階までの導函数がその固有値において消えるから、線型独立な方程式

dkf(x)𝑑𝑥k|x=λ=dkr(x)𝑑𝑥k|x=λ(k=1,2,,m1)

を新たに テンプレート:Math2 本追加して、係数 テンプレート:Mvar を決めるのに必要な テンプレート:Mvar 個の方程式系を得ることができる。

全ての点 テンプレート:Math2 を通る多項式を求めることは本質的に補間問題であり、ラグランジュ補間ニュートン補間法を用いて解くことができ、テンプレート:Ill2が導かれる。

例1
例として、
f(A)=eAt(A=(1203))
の多項式表現を求めよう。テンプレート:Mvar の固有多項式は テンプレート:Math2, 固有値は テンプレート:Math2 である。剰余を テンプレート:Math2 と置き、固有値における値 テンプレート:Math2 を評価して、線型方程式系
テンプレート:Math2,
テンプレート:Math2
を得る。これを解けば
テンプレート:Math2
を得るから、
eAt=c0I2+c1A=(ete3tet0e3t)
となる。函数を テンプレート:Math2 に変えれば、係数は テンプレート:Math2 および テンプレート:Math2 となるから
sin(At)=(sintsin3tsint0sin3t)
と求まる。
例2
同様にして、
f(A)=eAt(A=(0110))
を考える。テンプレート:Mvar の固有多項式は テンプレート:Math2, 固有値は テンプレート:Math2 である。先と同様に、固有値における値に関する連立方程式
テンプレート:Math2,
テンプレート:Math2
を解いて、
テンプレート:Math2
を得る。この場合の
eAt=(cost)I2+(sint)A=(costsintsintcost)
回転行列である。

このような利用法の標準的な例は、テンプレート:Ill2への付随するリー環からの指数写像である。これは行列指数関数 exp:𝔤G;

tXetX=n=0tnXnn!=I+tX+t2X22+(t,X𝔤)

として与えられる。その多項式表示は テンプレート:Math2 に対しては古くから知られており、パウリ行列 テンプレート:Mvar を用いて

ei(θ/2)(n^σ)=I2cosθ/2+i(n^σ)sinθ/2

と書ける。テンプレート:Math2 も同様で

eiθ(n^𝐉)=I3+i(n^𝐉)sinθ+(n^𝐉)2(cosθ1)

と書ける(これはロドリゲスの回転公式である)。記法についてはテンプレート:Enlinkを見よ。

後に下れば、ほかの群に対する表示も知られており、例えばローレンツ群 テンプレート:Math2テンプレート:Sfn, テンプレート:Math2テンプレート:Sfn, テンプレート:Math2テンプレート:Sfn, テンプレート:Math2テンプレート:Sfnなど。ここに テンプレート:Math2時空テンプレート:Ill2テンプレート:Math2 はその単連結被覆(より精確には、テンプレート:Math2連結成分 テンプレート:Math2 の単連結被覆)である。得られた多項式表示は、これら群の標準表現 (standard representation) に適用される。行列の冪を計算するために固有値に関するある種の知識が必要である。テンプレート:Math2 の(したがって テンプレート:Math2) の)閉じた式は、近年にはすべての既約表現(例えば任意の テンプレート:Math2)に対して得られているテンプレート:Sfn

フェルディナント・ゲオルク・フロベニウス (1849-1917) はドイツの数学者。主な興味は楕円函数微分方程式、のちに群論
1878年、フロベニウスがケイリー・ハミルトンの定理の完全な証明を初めて与えたテンプレート:Sfn

代数的数論

代数的整数の最小多項式の計算においてもケイリー・ハミルトンの定理は有用である。例えば、テンプレート:Mathbf の有限次拡大 テンプレート:Math2 とその代数的整数 テンプレート:Mvar(これは添加された元の冪積 テンプレート:Math2 の非自明な テンプレート:Mathbf-線型結合に書ける)が与えられたとき、テンプレート:Mvar を掛けるという テンプレート:Mathbf-線型変換

α:[α1,,αk][α1,,αk]

の表現行列を テンプレート:Mvar と書けば、テンプレート:Mvar にケイリー・ハミルトンの定理を適用することにより テンプレート:Mvar の最小多項式が求まる[1]

一般の証明

一般次数の テンプレート:Mvar次正方行列 A=(aij)i,j=1n についてのケイリー・ハミルトンの定理の証明には、いくつかの方法がある。

三角化による証明

文献[2]に掲載されている方法による。

テンプレート:Mvar の固有多項式を pA(t)=det(tInA), 固有値を テンプレート:Math2 とする。

pA(t)=(tλ1)(tλn)

テンプレート:Mvar を上三角化した行列を テンプレート:Mvar とする。このとき対角成分に固有値 テンプレート:Math2 が並ぶ:

B:=P1AP=(λ1*λ2λ3λn)
pA(A)=(Aλ1I)(AλnI)=(PBP1λ1I)(PBP1λnI)=P{(Bλ1I)(BλnI)}P1  (1)

ここで pB(B)=(Bλ1I)(BλnI) を計算する。

Ck:=BλkI (k=1,2,,n) とおく。テンプレート:Mvar は上三角行列で、テンプレート:Math2 成分は テンプレート:Math である。

C1C2 を計算すると、

(0*****)(***0**)=(00*0**)

故に、第2列までは成分が全て テンプレート:Math になる。同様にして、帰納的に、Ck を掛けると、第テンプレート:Mvar列までの成分は全て テンプレート:Math になる。これを テンプレート:Mvar番目まで繰り返すことにより

C1Cn=O

故に (1) は

P(C1Cn)P1=O(証明終)

単因子による証明

単因子論を用いると、簡単に導出できる。ただし、単因子標準形の存在・一意性の証明にはかなりの工程を要する[3]

文献[3]に掲載されている方法による。

テンプレート:Math2 の単因子標準形は、degdet(xIA)=n より、

P(x)(xIA)Q(x)=(e1(x)en(x))

の形となる。ここで、テンプレート:Math2モニック多項式テンプレート:Math2(つまり テンプレート:Math2テンプレート:Math2 で割り切れる)である。

単因子論で知られている結果として、最後の単因子 テンプレート:Math2テンプレート:Mvar最小多項式 テンプレート:Math2 に等しい。

pA(x)=det(xIA)=detP(x)1(e1(x)en1(x)ϕA(x))detQ(x)1

故に固有多項式 テンプレート:Math2 は最小多項式 テンプレート:Math2 で割り切れると分かる。故に テンプレート:Math2(証明終)

余因子行列による証明

テンプレート:Mvar の固有多項式を定義する行列 テンプレート:Mvar多項式行列である。多項式全体は可換環をなすから、この行列の余因子行列

B(t):=adj(tInA)

が存在して、基本関係式により テンプレート:NumBlk が成り立つ。

この テンプレート:Math2 もまた テンプレート:Mvar を変数とする多項式行列であるから、各 テンプレート:Mvar に対して行列の各成分から テンプレート:Mvar の項だけを取り出してまとめたものを係数行列 テンプレート:Mvar として、 テンプレート:NumBlk と書き直すことができる(テンプレート:Math2 の定義の仕方から、テンプレート:Math2 より高次の冪は現れないことに注意)。これは、多項式行列を、「行列を係数とする多項式」(定数成分行列の線型結合)で表す便法である(それを強調するために テンプレート:Mvar は係数として左側に書いている)。

さて等式 テンプレート:EquationNote を積の双線型性により展開すれば

p(t)In=tB(t)AB(t)=i=0n1ti+1Bii=0n1tiABi=tnBn1+i=1n1ti(Bi1ABi)AB0=:tnIn+tn1cn1In++tc1In+c0In

の形に書ける(これは テンプレート:Mvar を変数とする2つの多項式行列の間の等式である)。この等式が成り立つのは、各 テンプレート:Mvar について、テンプレート:Mvar を係数とする定数成分行列がそれぞれ等しくなるときである。このようなテンプレート:Ill2 により、

Bn1=In,Bi1ABi=ciIn(i=1,,n1),AB0=c0In

を得る。これにそれぞれ(比較に用いた テンプレート:Mvar に応じて)テンプレート:Mvar を掛けて足し合わせた

p(A)=An+cn1An1++c1A+c0In=AnBn1+i=1n1(AiBi1Ai+1Bi)AB0

畳み込み和として全ての項が打ち消し合うから、テンプレート:Math2 となる。(証明終)

行列係数の多項式を用いた証明

テンプレート:See also まず、前節の証明に現れる式によって示唆される「行列係数の多項式」という概念について正当化しておく。これには非可換環係数の多項式というある意味普通ではないものを考えることになるので、入念に注意を払う必要が出てくる。通常の多項式で正当化されることが、今の定では適用できないということが多々起こるテンプレート:Efn2

著しい点として、通常の可換環係数の多項式に対する算術は、多項式を多項式函数と同一視して函数としての(点ごとの)演算を雛形とすることができるが、非可換環係数ではそれは可能ではない(実は、非可換環上での場合には、乗法のもとで閉じる多項式函数の明らかな概念は存在しない)。それゆえ、行列係数の変数 テンプレート:Mvar に関する多項式を考えるときには、変数 テンプレート:Mvar は係数環の任意の値を取りうる「未知数」と考えてはいけなくて、いくつかの決まったルールに従う形式的な記号としての「不定元」として扱うべきである。特に テンプレート:Mvar に特定の値を代入しようというのは危険であるテンプレート:Efn2

(f+g)(x)=i(fi+gi)xi=ifixi+igixi=f(x)+g(x)

適当な環 テンプレート:Mvar(例えば実数体 テンプレート:Mathbf や複素数体 テンプレート:Mathbf)に成分を持つ テンプレート:Mvar次正方行列環テンプレート:Math2 と書き、その一つの元として行列 テンプレート:Mvar をとる。テンプレート:Mvar に関する多項式を係数として持つ行列、例えば テンプレート:Math2 やその余因子行列(の転置行列)テンプレート:Mvar なとは テンプレート:Math2 の元である。テンプレート:Mvar の同じ次数の冪を含む項をまとめることにより、テンプレート:Math2 に属する行列を テンプレート:Mvar を変数とする行列係数の「多項式」の形に書き表すことができる。行列係数の多項式全体の成す集合を テンプレート:Math2 と書けば、テンプレート:Math2テンプレート:Math2 との間に一対一対応が存在するから、それにより対応する算術演算を定義することができる。特に乗法は

(Miti)(Njtj)=i,j(MiNj)ti+j

で与えられる。これは明らかに非可換な乗法である(特に右辺の係数における積の順番は、左辺の対応する因子の現れる順番を反映するようにしなければならない)テンプレート:Efn2

この設定で、等式 (tInA)B=p(t)Inテンプレート:Math2 の元の間の乗法を含む式と見なすことができる。この時点で、単に テンプレート:Mvar が行列 テンプレート:Mvar に等しいとおく誘惑にかられそうになる(そうすれば左辺は零行列で右辺は テンプレート:Math2 になるから)が、これは係数が可換でないときには許されない操作であるテンプレート:Efn2。それでも非可換環 テンプレート:Mathbf 上で「右評価写像」テンプレート:Math2 は定義できる(これは各 テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の冪 テンプレート:Mvar で置き換えるが、この冪は常に対応する係数の右から掛けるものと約束するものである)。ただしこれは環準同型にならない(積の右評価写像の値は右評価写像の積とは一般には異なる)から、行列係数多項式の乗法が テンプレート:Mvar を係数環に属する未知数と見ての乗法を雛形としたものでないことが確認できる(積 テンプレート:Math2 は変数 テンプレート:Mvar は常に テンプレート:Mvar と可換と仮定することで定義できるが、これは テンプレート:Mvar を行列 テンプレート:Mvar で置き換えるときには常には期待できない。ただし、手近な特定の状況を想定する場合にはこの問題をうまく回避できることもある(たとえば、上記の右評価写像は行列 テンプレート:Mvar が係数環の中心に属している場合には(どの多項式でもすべての係数と テンプレート:Mvar は可換になるから)環準同型になる)。

ケイリー・ハミルトンの定理の証明では テンプレート:Mathbf を行列環全体と考えるならば テンプレート:Mvar は必ずしも中心に属するわけではないけれども、テンプレート:Mathbf としてより小さい環(証明に現れるすべての多項式の係数すべてを含んでいるようなもの)に取り換えて、その中の元すべてが テンプレート:Mvar と可換になるようにするという手段をとることはできる。明らかに、テンプレート:Mvar と可換な行列全体として与えられる部分環(すなわち テンプレート:Mvar の中心化環)テンプレート:Mvar はそのような部分環の候補になる(定義により、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の中心元である)。この中心化環が テンプレート:Mvar および テンプレート:Mvar を含んでいることは明らかだが、テンプレート:Math2 の余因子行列の転置 (adjugate matrix) テンプレート:Mvar に現れる テンプレート:Mvar の係数 テンプレート:Mvar を含むことも示せる。実際、余因子行列の転置の基本関係として

B(tInA)=(tInA)B

が成り立つが、これに テンプレート:Math2 を代入して整理すれば

i=0mBiAti=i=0mABiti

が残る。各 テンプレート:Mvar に対してテンプレート:Ill2を行うことにより、所期の式 テンプレート:Math2 が得られる。

このように実際に テンプレート:Math2 が環準同型となる適切な設定の下が求められたからには、定理の証明は

evA(p(t)In)=evA((tInA)B)p(A)=evA(tInA)evA(B)p(A)=(AInA)evA(B)=OevA(B)=O として完成する。

2つの証明の折衷

余因子行列の証明において、テンプレート:Mvar の係数 テンプレート:Mvar は随伴行列の基本関係式の右辺だけに基づいて決定することができる。実は導かれた最初の テンプレート:Mvar 本の式は、多項式 テンプレート:Math2モニック多項式 テンプレート:Math2除したテンプレート:Mvar を決定するものと解釈することができ、また最後の式はその除した剰余が零であるという事実を表すと解釈できる。この割り算は行列係数多項式の環において行われる。実際、非可換環係数の場合においてさえも、モニック多項式 テンプレート:Mvar によるユークリッド除法(余り付き除算)は定義され、通常(可換環上)と同様に次数に関する条件を満たす商と剰余が常に一意的に取り出される(ここで テンプレート:Mvar がどちら側因子であるかは決まっていることが前提である。今の場合は左因子である)。

ここでの主張において重要な点である「商と剰余が一意であること」を見るには、2通りの表示 テンプレート:Math2 があったとしてそれを テンプレート:Math2 の形に書けば十分である。実際、テンプレート:Mvar はモニック(最高次係数 1)であるから テンプレート:Math2 の次数は テンプレート:Math2 でなければ テンプレート:Mvar の次数より小さくはならない。

しかしここで用いた被除数 テンプレート:Math2 も除数 テンプレート:Math2 もともに部分環 テンプレート:Math2 に属している(ここで テンプレート:Math2テンプレート:Mvar の生成する行列環 テンプレート:Math2 の部分環、すなわち テンプレート:Mvar のすべての冪によって テンプレート:Mvar線型に張られる集合である)。したがって、実は上記の割り算は可換多項式環の中で実行できるものであり、もちろんこの小さい環においても同じ商 テンプレート:Mvar と剰余 テンプレート:Math が与えられる。このことから特に テンプレート:Mvar が実は テンプレート:Math2 に属すことが分かる。このように可換環部分環の中で考えれば、等式 テンプレート:Math2 において テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar とおくことは有効、すなわち評価写像

evA:(R[A])[t]R[A]

は環準同型となり第二の証明と同じく所期の p(A)=0evA(B)=0 を与える。

定理を証明することに加えて、上記の論法では テンプレート:Mvar の係数 テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar に関する多項式であることまで分かる(これに対して、第二の証明からはそれらは テンプレート:Mvar の中心化環 テンプレート:Mvar に入ることしか分からない。一般に テンプレート:Mvarテンプレート:Math2 より大きな部分環であり、可換とも限らない)。特に定数項 テンプレート:Math2テンプレート:Math2 に入る。テンプレート:Mvar は勝手な正方行列でよかったのだから、これにより テンプレート:Math2 が常に テンプレート:Mvar の多項式に書ける(係数は テンプレート:Mvar ごとに変わる)ことが保証される。

実は最初の証明で求めた等式により順番に Bn1,,B1,B0テンプレート:Mvar の多項式として表すことができ、任意の テンプレート:Mvar次正方行列に対して有効な恒等式

adj(A)=i=1nciAi1

が導かれる。ここに、テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar の固有多項式 テンプレート:Math2 のものである。

この恒等式はケイリー・ハミルトンの定理の主張を含意するものである。実際、テンプレート:Math2 を右辺に移項してから テンプレート:Mvar を(左から、あるいは右から)掛け、基本関係式 (テンプレート:EquationNote) から分かる:
Aadj(A)=adj(A)(A)=det(A)In=c0In を入れれば所期の式である。

テンプレート:See also

抽象化・一般化

上で述べた通り、定理の主張における行列 テンプレート:Math2 は、先に行列式を評価してからその後で行列 テンプレート:Mvar を変数 テンプレート:Mvar に代入して得るものであり、行列式を計算する前に行列 テンプレート:Mvar に代入を行うことは意味をなさない。にも拘らず、テンプレート:Math2 をある特定の行列式の値として直截に得ることのできる解釈を与えることは可能である。

ただしこれには、環上の行列 テンプレート:Mvar とはその成分 テンプレート:Mvar のことともそれらの全体としての テンプレート:Mvar そのものとも解釈できるというような、やや面倒な状況を設定する必要がある。すなわち、環 テンプレート:Mvar 上の テンプレート:Mvar次正方行列全体の成す環 テンプレート:Math2 の中で、成分 テンプレート:Mvar はスカラー行列 テンプレート:Mvar として実現されるし、テンプレート:Mvar それ自体も入っている。しかし行列を成分とする行列は、ここでの意図でない区分行列との混同を引き起こしかねない(区分行列と考えると行列式の概念が正しく与えられないテンプレート:Efn2)。状況をよりはっきりさせるため、基底 テンプレート:Math2 を持つ テンプレート:Mvar次元ベクトル空間(係数環 テンプレート:Mvar が体でないときは テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar-自由加群)テンプレート:Mvar 上の自己準同型 テンプレート:Mvar を行列 テンプレート:Mvar と区別をつけて、全自己準同型環 テンプレート:Mvar 上の行列を考えることにする。そうすると、各 テンプレート:Math2 は行列の成分になれるし、その一方で行列 テンプレート:Mvar とは各 テンプレート:Math2成分がスカラー テンプレート:Mvar倍するという自己準同型になっているような テンプレート:Math2 の元を指すものとできる(同様に単位行列 テンプレート:Mvarテンプレート:Math2 の元と解釈される)。

ただし、テンプレート:Math2 は可換環ではないから、テンプレート:Math2 の全体で定義される行列式は存在せず、テンプレート:Math2 の可換部分環上の行列に限った場合にだけ行列式が定義できることには注意しなければならない。今、問題の行列 テンプレート:Mvar の成分はすべて、テンプレート:Mvar と恒等変換で テンプレート:Mvar 上生成される可換部分環 テンプレート:Math2 に属しているから、行列式をとる写像 テンプレート:Math2 は定義されて、テンプレート:Math2テンプレート:Mvar の固有多項式を テンプレート:Mvar において評価した値とすることができる(このことは テンプレート:Mvarテンプレート:Mvar との間に成り立つ関係とは無関係に成り立つ)。

この設定で、ケイリー・ハミルトンの定理の主張は テンプレート:Math2零写像となることである。この設定での定理の証明を以下に示す(これは(中山の補題と関連した)より一般の形で テンプレート:Harvard citations にあるものである): テンプレート:Math proof

この証明を検討すれば、固有多項式をとる行列 テンプレート:Mvar は、多項式に代入する値としての テンプレート:Mvar と同一である必要がないことが分かる。すなわち テンプレート:Mvar 上の自己準同型 テンプレート:Mvar は、最初に与えた等式 テンプレート:Math2 を、何らかの元の列 テンプレート:Math2 に対して満足すればよい(これらの元の生成する空間を改めて テンプレート:Mvar と書けば上記の証明を追うことができる)。この元の列には基底のような独立性は仮定しないでよいから、生成される空間の次元は テンプレート:Mvar よりも小さくなり得るし、係数環が体でないときは自由加群でない場合も出てくる。

そうして テンプレート:Mvar を生成系 テンプレート:Math2 を持つ任意の可換環とし、テンプレート:Mvar の自己準同型 テンプレート:Mvar の上記生成系に関する表現行列が テンプレート:Math2, すなわち

φ(ej)=aijei(j=1,,n)

を満たすものとする設定の下でのケイリー・ハミルトンの定理:テンプレート:Math2 が満足されることが正当化できる。

このように一般化された状況におけるこの定理は可換環論および代数幾何学において重要な中山の補題の源流である。

脚注

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注釈

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出典

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参考文献

外部リンク

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