四元数
数学における四元数(しげんすう、テンプレート:Lang-en-short)とは、複素数を拡張した数体系であり、虚数単位 テンプレート:Math2 を用いて
と表せる数のことである。ここで、テンプレート:Math2 は実数であり、虚数単位 テンプレート:Math2 は以下の関係を満たす。
このとき テンプレート:Math2 は実数体上線型独立である。
四元数は純粋数学のみならず応用数学、特に3Dグラフィクスやコンピュータビジョンにおいてテンプレート:仮リンクでも用いられる。これはオイラー角や回転行列あるいはそれらに代わる道具などとともに、必要に応じて利用される。
四元数についての最初の記述は、1843年にアイルランドの数学者ウィリアム・ローワン・ハミルトンによってなされ[1][2]、3次元空間の力学に応用された。
四元数の特徴は、積について非可換であることである。ハミルトンは、四元数を三次元空間内の二つの有向直線の商として定義した[3]。これは二つのベクトルの商と言っても同じである[4]。四元数をスカラーと三次元のベクトルとの和として表すこともできる。
なお、虚数単位i,j,kについても非可換であることが知られている。
現代数学の観点からは、四元数全体からなる集合は、実数体上の4次元結合的ノルム多元体であり、またそれゆえに非可換整域となる。歴史的には四元数の体系は、最初に発見された非可換多元体である[5]。四元数全体の成すこの代数は、ハミルトンに因んで H(あるいは黒板太文字で テンプレート:Unicode)と書かれる。またこの代数を、クリフォード代数 テンプレート:Math として定義することもできる。
この代数 テンプレート:Mathbf は解析学において特別な位置を占めている。というのも、フロベニウスの定理に従えば テンプレート:Mathbf は実数全体 ℝ を真の部分環として含む有限次元可除環の2種類しかないうちの一つ(もう一つは複素数全体 ℂ)だからである。
従って、単位四元数は三次元球面 テンプレート:Math 上の群構造を選んだものとして考えることができて、群 テンプレート:Math を与える。これは テンプレート:Math次特殊ユニタリ群 テンプレート:Math に同型、あるいはまた テンプレート:仮リンクの普遍被覆に同型である。

歴史

四元数の成す代数系は、1843年にウィリアム・ローワン・ハミルトンによって導入された[6]。これにはオイラーの四平方恒等式(1748年)やテンプレート:仮リンクのテンプレート:仮リンク(1840年)などを含む重要な先駆的研究があったが、何れもその四径数回転を代数として扱ったものではなかった[7][8]。ガウスもまた1819年に四元数を発見していたのだが、そのことが公表されるのは1900年になってからのことである[9]。
ハミルトンは複素数が座標平面における点として解釈できることを知っていて、三次元空間の点に対して同じことができる方法を探していた。空間の点はそれらの座標としての数の三つ組によって表すことができ、ハミルトンはそれらの三つ組に対して加法や減法をどのようにすべきかはずっと前から分かっていたのだが、乗法と除法をどう定めるかという問題については長く行き詰ったままであった。ハミルトンは、空間における二点の座標の商をどのように計算すべきかを形にすることができなかったのである。
四元数についての大きな転換点がついに訪れたのは、1843年10月16日の月曜日、ダブリンにおいてハミルトンが理事会の長を務めることになるテンプレート:仮リンクへの道すがら、妻とともにテンプレート:仮リンクの引き船道に沿って歩いているときであった。四元数の背景となる概念が頭の中で形になり、答えが明らかになったとき、ハミルトンは衝動を抑えられずに、四元数の基本公式
を、渡っていたテンプレート:仮リンクの石に刻みつけた。
次の日ハミルトンは、友人でフェロー数学者であったジョン・グレイヴスへ宛てて、彼の発見へと至る一連の道筋をしたためた書簡を記している。この書簡は後に London, Edinburgh, and Dublin Philosophical Magazine and Journal of Science, vol. xxv (1844), pp.489-95.[10]で公表されている。この中でハミルトンは、 テンプレート:Verse translation と述べている。ハミルトンは、これらの乗法規則を備えた四つ組を quaternion と呼び、残りの人生の大半をその研究と教育にささげた。テンプレート:仮リンクは、四元数の代数的性質を強調する現代的なアプローチよりも幾何学的なものである。ハミルトンは "quaternionists" の学校を設立し、数々の本で四元数の普及を図った。最後にして最長の本が Elements of Quaternions(『四元数原論』)でテンプレート:Valにも及ぶ(出版されたのは彼の死後少ししてからである)。
ハミルトンの死後も弟子のテイトが四元数の振興を続けた。同時に、ダブリンでは四元数が試験の必須題目になっていた。物理学と幾何学の主題においては、今日ではベクトルを用いて記述するような空間の運動エネルギーやマクスウェルの方程式などが、まったく四元数の言葉で記述されていた。四元数やほかの超複素数系を専ら研究するプロの研究機関であるテンプレート:仮リンクさえ存在した。
1880年代の半ばごろから、ギブス、ヘヴィサイド、ヘルムホルツらの創始したベクトル解析によって四元数は取って代わられるようになる。ベクトル解析は四元数と同じ現象を記述するために、四元数に関する文献から自由に用語法や考え方を拝借していたが、ベクトル解析の方が概念的に簡単で、記法もすっきりしていたので、遂には数学と物理学における四元数の役割は小さく追いやられることとなった。このような変遷の副作用で、現代的な読者にはハミルトンの仕事は難しく複雑なものと化してしまった。ハミルトンのオリジナルの定義は馴染みがなく、その書き振りは冗長で不明瞭である。
四元数は20世紀の後半になって、三次元の自由な回転を記述する能力を買われて、多用されることとなった。四元数による3次元の回転(姿勢)の表現は、3次正方行列による表現と比べて記憶容量が小さくて演算のスピードも速い。加えて、オイラー角と違ってジンバルロックが起きない。この特徴は、地上における上下方向のような絶対的な軸の無い、宇宙機のような三次元の自由度が完全にある場合の姿勢制御などでの利用に適しており[11]、宇宙機以外にもCG[12]、コンピュータビジョン、ロボット工学、制御理論、信号処理、物理学、生物情報学、分子動力学法、計算機シミュレーションおよび軌道力学など、他にも多くの応用がある。
また、四元数は二次形式との関係性により、数論からの後押しも受けている。
1989年以降、アイルランド国立大学メイヌース校の数学教室は、科学者(2002年には物理学者のマレー・ゲルマン、2005年にスティーヴン・ワインバーグなど)や数学者(2003年のアンドリュー・ワイルズなど)からなる、ダンシンク天文台からロイヤル運河の橋までを歩く巡礼の旅を開催している。ハミルトンが橋に刻みつけた公式はもはや見ることはできないが。
物理学への歴史的影響
P.R.ジラールのエッセイ The quaternion group and modern physics[13](「四元数群と現代物理学」)は、四元数の物理学における役割について論じている。それは現代代数学において "数々の物理的な共変性の群:SO(3)、ローレンツ群、一般相対性群、クリフォード代数 SU(2) および共形群などが容易くテンプレート:仮リンクに関連付けられることを示している"。ジラールは群の表現論を議論し、結晶学に関するいくつかの空間群を表現することから始めて、続いて剛体運動の運動学、その後テンプレート:仮リンクを含む特殊相対論のローレンツ群の表現に「複四元数」(complex quaternion)(テンプレート:仮リンク)を用いている。ジラールはマクスウェルの方程式を四元数変数のポテンシャル函数を用いて一本の微分方程式に表したテンプレート:仮リンクをはじめとする5人の著者を引いている。一般相対性を考慮してルンゲ=レンツベクトルを表し、またクリフォード代数の例としてクリフォード複四元数(テンプレート:仮リンク)に言及した。最後にジラールは、複四元数の逆数を使って時空の共形写像について述べている。テンプレート:Valにも及ぶ参考文献には、テンプレート:仮リンクおよび四元数学会におけるジラール自身の広報も含まれている。また、1999年にジラールはアインシュタインの一般相対性の方程式が如何にして四元数に直結するクリフォード代数を用いて定式化されるかを示している[14]。
四元数についてのより個人的な見解をテンプレート:仮リンクが1995年に書いている。エッセイ If Hamilton had prevailed: quaternions in physics(「もしハミルトンが勝利していたら:物理学における四元数」)には "My own interest as a graduate student was raised by the inspiring book by Silberstein"(院生としての私の興味はシルバースタインの本に刺激を受けて生じた)とある。ランベックは He concluded by stating "I firmly believe that quaternions can supply a shortcut for pure mathematicians who wish to familiarize themselves with certain aspects of theoretical physics."[15](「私は四元数が、理論物理学のある種の側面に習熟しようと望む純粋数学者へ、近道を与えるものと堅く信じる」)と述べることによって結論を下している。
2007年、アレキサンダー・エフレモフとその共同研究者は、四元数空間幾何がヤン・ミルズ場と近しい関係にあることを示し、テンプレート:仮リンクとクライン-ゴルドン方程式への関連性を指摘した[16]。
定義
集合としては、四元数全体 テンプレート:Mathbf は実数体上の4次元数ベクトル空間 テンプレート:Math に等しい。テンプレート:Mathbf にはテンプレート:Valの演算(加法、スカラー乗法、四元数の乗法)が入る。テンプレート:Mathbf の二元の和は、テンプレート:Math の元としての和で定義され、同様に テンプレート:Mathbf の元の実数倍も テンプレート:Math におけるスカラー倍として定義される。テンプレート:Mathbf の二元の積を定めるには、まず テンプレート:Math の基底を決めなければならないが、その元を通例 テンプレート:Math2 と記す。テンプレート:Mathbf の各元はこれら基底元の線型結合で表される。つまり
の形に一意に表される。基底元 テンプレート:Math は テンプレート:Mathbf の乗法単位元であるため、通常省略して
と表すのが普通である。この基底が与えられたところで、四元数の結合的乗法は、初めに基底元同士の積を定義して、一般の積はそれを分配律を用いて拡張することで定義される。
基底間の乗法
テンプレート:Mathbf の基底元 テンプレート:Math2 に対して等式
は テンプレート:Math2 の間の可能なすべての積を決定する。例えば の両辺に テンプレート:Mvar を右から掛ければ
を得る。他の積も同じようにして得られて、結局
が可能なすべての積を列挙したものとなる。これは左側の因子を列に、右側の因子を行にそれぞれ充てて、表の形にまとめることができる(乗積表)。
ハミルトン積
二つの四元数 テンプレート:Math と テンプレート:Math に対し、それらのハミルトン積 テンプレート:Math は、基底間の積と分配律によって与えられる。具体的には、この積は分配律により基底元の積和の形に展開することができて、
となるので、ここで先の基底元の間の乗法規則を適用して
を得る[6]。
順序組として
テンプレート:Mathbf の基底 テンプレート:Math を用いて テンプレート:Mathbf を四つ組の集合
として表すことができる。このとき基底元は
であり、加法、乗法の定義式は
で与えられる。
スカラー部とベクトル部
四元数 テンプレート:Math について、特に テンプレート:Math2 であるものは実数体上のスカラーである。テンプレート:Math2 で、テンプレート:Math2 の内少なくとも一つが、テンプレート:Math でないもの テンプレート:Math2 を純虚 (pure imaginary) という。
四元数 テンプレート:Math に対して、テンプレート:Mvar をその実部 (real part) またはスカラー部 (scalar part) といい、テンプレート:Math をその虚部 (imagenary part) または ベクトル部 (vector part) という。四元数のスカラー部は実数であり、ベクトル部は テンプレート:Math または純虚である。任意の四元数は4次元ベクトル空間のベクトルではあるけれども、ここではベクトルあるいはベクトル元という言葉を、専ら純虚四元数を指すのに用いる。この規約の下、ベクトル元ということはベクトル空間 テンプレート:Math の元ということと同じ意味になる。
ハミルトンは純虚四元数を right quaternion(「正しい四元数」)と呼び[17][18]、実(四元)数を scalar quaternion(「スカラー四元数」)と呼んだ。
四元数をスカラー部とベクトル部に分解して
と表すと、加法、乗法の定義式は
となる。ここで "テンプレート:Math" はベクトルのドット積、"テンプレート:Math" はベクトルのクロス積である。特に、実部が テンプレート:Math の四元数に対しては
が成り立つ。
共軛、ノルムおよび逆数
四元数の共軛(きょうやく)は複素共役およびクリフォード代数の元の転置 (transposition) あるいは逆転 (reversal) の類似物である。四元数 テンプレート:Math2 に対して、テンプレート:Mvar の共軛は
で定義される。これを テンプレート:Math などで表す。共軛をとる操作は対合、つまり自身を自身の逆とする変換であり、一つの元の共軛を二度とればもとの元に戻る。2つの四元数の積の共軛は、それぞれの四元数の共軛を「順番を逆にして」掛けたものになる。つまり テンプレート:Math2 を四元数とすれば
であって テンプレート:Math でない。
複素数における共軛とは異なり、四元数の共軛は乗法と加法を用いて完全に書き表すことができる:
共軛を用いると、四元数 テンプレート:Mvar の実部、虚部はそれぞれ
となる。
四元数 テンプレート:Mvar のノルム テンプレート:Math は、自身とその共軛の積の平方根として定義される:
(ハミルトンはこれを四元数のテンソルと呼んだが、この用語は現代的な意味でのテンソルと衝突する)
これは、テンプレート:Mathbf を数ベクトル空間 テンプレート:Math と見なした時のユークリッドノルムに等しく、ノルムの公理を満たす。すなわち、常に非負の実数で、任意の2つの四元数 テンプレート:Math2 に対して
が成り立つ。特に、実数 テンプレート:Mvar に対して
が成り立つ。
この乗法性は、積の共軛に関する式からの帰結である。あるいは、正方行列の行列式の乗法性と公式
(テンプレート:Mvar は通常の虚数単位)から乗法性を示すこともできる。
このノルムを使って、四元数 テンプレート:Mvar と テンプレート:Mvar の間の距離 テンプレート:Math を、それらの差のノルム (テンプレート:Math) として定義することができる。これにより テンプレート:Mathbf は距離空間となり、加法と乗法はこの距離位相に関して連続になる。
単位四元数
テンプレート:Main ノルムが テンプレート:Math の四元数を単位四元数という。テンプレート:Math でない四元数 テンプレート:Mvar に対して、そのノルムで割って得られる単位四元数
を、テンプレート:Mvar のテンプレート:仮リンクという。
任意の四元数 テンプレート:Mvar は、そのテンプレート:仮リンク
を持つ。
共軛とノルムにより、四元数の逆数(自身との積が テンプレート:Math である数)が得られる:
これにより、2つの四元数 テンプレート:Math に対して、二種類の除法が定義される。即ち、それらの商は テンプレート:Math または テンプレート:Math のどちらかである。複素数(一般には可換体)の範囲と異なり、テンプレート:Math と書くと テンプレート:Mvar で左から割っているのか右から割っているのかが特定されないため紛らわしい。
代数的性質

四元数全体のなす集合 テンプレート:Mathbf は実数体上の 4次元ベクトル空間を成す(実数全体は テンプレート:Math次元、複素数全体は テンプレート:Math次元、八元数全体は テンプレート:Math次元である)。四元数は加法と、結合的で分配的な乗法を持つが、その乗法は可換でない。従って四元数の全体 テンプレート:Mathbf は実数体上の非可換結合多元環である。テンプレート:Mathbf には複素数体 ℂ の複製が含まれるが、テンプレート:Mathbf は テンプレート:Mathbf 上の結合多元環にはならない。
四元数は除法が可能であるから、テンプレート:Mathbf は多元体(乗法が可換でないことを除けば可換体と同様の構造)である。実数体上の有限次元結合的多元体は非常に少なく、フロベニウスの定理はそれが テンプレート:Math2 のちょうど3種類であることを述べるものである。また、四元数のノルムにより四元数の全体はノルム多元環となるが、実数体上のノルム多元体もまた非常に限られ、テンプレート:仮リンクはそれが テンプレート:Math2 の四種類(テンプレート:Mathbf は八元数全体)であることを述べる。四元数全体はまた、合成代数や単位的バナッハ環の一例でもある。
基底元の積は別の基底元に符号を付けたものになるから、集合 テンプレート:Math はその乗法に関して群を成す。この群は四元数群と呼ばれ、テンプレート:Math で表す[19]。テンプレート:Math の実係数群環 テンプレート:Math は環であり、また テンプレート:Mathbf 上の テンプレート:Math次元ベクトル空間でもあり、テンプレート:Math の各元を基底ベクトルに持つ。四元数体 テンプレート:Mathbf は テンプレート:Math を テンプレート:Math2 で生成するイデアルで割った剰余環になっている。ここで、生成元となっている各差の第一項は基底元 テンプレート:Math2 のそれぞれ一つであり、第二項は残りの基底元 テンプレート:Math2 のそれぞれ一つであって、これらは テンプレート:Math2 の(群環の加法に関する)加法的逆元でないことに注意(剰余環、つまり テンプレート:Mathbf の中では加法逆元になる)。 テンプレート:Clear
四元数と テンプレート:Math の幾何
四元数のベクトル部は テンプレート:Math のベクトルゆえ、テンプレート:Math の幾何は四元数の代数構造に反映される。ベクトルに対する多くの演算は四元数を用いて定義することができるし、それによって四元数的な手法を空間ベクトルから生じる様々なものに適用することができる。例えば、電磁気学や3DCGなどにこの方法論が使える。
本節では テンプレート:Math2 を テンプレート:Mathbf の虚基底ベクトル[20]と テンプレート:Math の基底の両方の意味で用いる。テンプレート:Math2 を一斉にそれぞれ テンプレート:Math2 に取り替えることはベクトルを加法的逆元(マイナス)へ写すので、ベクトルの加法的逆元をとることと四元数の共軛をとることとは同じ意味になることに注目しよう。これを以って、四元数の共軛を「空間反転」(spatial inverse) と呼ぶことがある。
2つの純虚四元数 テンプレート:Math2 に対して、それらのドット積は
で与えられる。これは テンプレート:Math のどのスカラー部にも等しい(これらのベクトル部は相異なることに注意)。それゆえドット積については
という等式も成り立つ。また、テンプレート:Mvar と テンプレート:Mvar のクロス積は基底 テンプレート:Math2 の元の順序(から定まる向き)に依存して
と定義される(符号を決めるために向きが必要であることを想起せよ)。これは四元数としての積 テンプレート:Mvar のベクトル部に等しく、テンプレート:Math のベクトル部とも同じく等しい。ゆえに、これについても
なる等式が成り立つ。一般に テンプレート:Math2 が四元数(純虚でなくてよい)のとき、これをスカラー部とベクトル部との和
に分解すれば、等式
が成り立つ。これを見ると、四元数の乗法の非可換性が純虚四元数の乗法からくるものであることが分かり、また2つの四元数が可換となるための必要十分条件がそれらのベクトル部が共線となることなども分かる。
行列表現
複素数の行列表現と全く同様に、四元数も行列で表現することができる。四元数を行列で表現し、四元数の加法と乗法を行列のそれに対応させる方法は、少なくとも二つあり、一つは 複素 テンプレート:Math次正方行列を用いるもの、もう一つは実 テンプレート:Math次正方行列を用いるものである。何れの場合も、表現は線型に関連する表現の族として与えられるもので、抽象代数学の観点からは、テンプレート:Mathbf からそれぞれ全行列環 テンプレート:Math および テンプレート:Math への単射環準同型である。
複素 テンプレート:Math次正方行列を用いて、四元数 テンプレート:Math2 は
と表現される。この表現は以下の性質を持つ:
- 複素数 (テンプレート:Math2) は対角行列に対応する。
- 四元数のノルム(複素数のノルム同様に、自身とその共軛との積の平方根)は対応する行列の行列式の平方根に一致する[21]。
- 四元数の共軛は、対応する行列のエルミート共軛に対応する。
- 単位四元数に制限すれば、この表現は [[三次元球面|テンプレート:Math]] と テンプレート:Math との間の同型を与える。後者の群は量子力学においてスピンを記述するのに重要である(パウリ行列を参照)。
実 テンプレート:Math次正方行列を用いれば、同じ四元数は
で表される。この表現では、四元数の共軛は対応する行列の転置に対応する。また、四元数のノルムの四乗は対応する行列の行列式に等しい。複素数は、行列を テンプレート:Math のブロックに分けたときの区分対角行列に対応する。
四平方和定理
テンプレート:Main 四元数を、数論におけるラグランジュの四平方和定理(任意の非負整数が四つの整数の平方の和で表せること)の証明に用いることもできる。ラグランジュの四平方和定理は定理それ自体が美しいだけでなく、テンプレート:仮リンクのような数論以外の数学の分野においても有意な応用を持つ。四元数に基づく証明では四元数全体ではなくその部分環でユークリッドの互除法が使えるテンプレート:仮リンクが用いられる。
複素数の対として
テンプレート:Main 四元数は複素数の対として表現することができる。この側面からは、四元数は複素数全体にケーリー=ディクソン構成を適用して得られたものということになる。これは、複素数の実数の対としての構成を一般化したものである。
テンプレート:Math を複素数体上の二次元ベクトル空間とし、基底 テンプレート:Math2 をとる。テンプレート:Math に属するベクトルは
と表される。ここで テンプレート:Math2 および テンプレート:Math2 であるものと定めると、分配律により二つのベクトルの掛け算が定義できる。いま、積 テンプレート:Mvar を テンプレート:Mvar とおくと、通常の四元数の乗法規則と同じになるので、従って上記の複素ベクトルは四元数
に対応するものである。テンプレート:Math の元を順序対として、四元数を四つ組としてそれぞれ書けば、この対応は
となる。
テンプレート:Math の平方根
テンプレート:Math の平方根は、複素数の範囲では テンプレート:Math であるが、テンプレート:Mathbf では テンプレート:Math の平方根は無数に存在する。テンプレート:Math の四元数解は三次元空間内の単位球面を成すのである。これを見るのに テンプレート:Math2 を四元数とし、その平方が テンプレート:Math に等しいものと仮定する。テンプレート:Math2 が満たすべき条件は
である。後の3つの方程式より テンプレート:Math2 または テンプレート:Math2 であるが、後者は残りの方程式から テンプレート:Math2 となり、テンプレート:Mvar は実数であるから不可能である。故に テンプレート:Math2 ⋀ テンプレート:Math2 となる。即ち、平方が テンプレート:Math になる四元数は、ノルムが テンプレート:Math の純虚四元数であることが分かる。定義により、このような四元数全体の成す集合は2次単位球面である。
故に、負の実四元数は無数の平方根を持つことも分かるが、それ以外の四元数の平方根はただ二つ(テンプレート:Math についてはただ一つ)である。
テンプレート:Mathbf における テンプレート:Math の平方根のこのような同定はハミルトンが与えている[22]が、他の文献では触れられないことがよくある。1971年にサム・パーリスは −1 の平方根の成す球面について、テンプレート:仮リンク出版の「代数学における歴史的話題」(Historical Topics in Algebra p.39) において3ページを割いて触れている。より近くでは、テンプレート:仮リンクの本「クリフォード代数と古典群」(Clifford Algebras and the Classical Groups Cambridge, 1995, proposition 8.13, p.60) にこの球面についての記述があり、また テンプレート:Harvtxt のp.40には「任意の虚数単位を i, それに直交する虚数単位の一つを j, それらの積を k」("テンプレート:Lang iテンプレート:, and perpendicular one jテンプレート:Lang k") として、この球面についての別な言明がある。
複素数平面の合併としての テンプレート:Math
テンプレート:Math の平方根のどの二つをとっても、四元数の中で複素数の相異なる複製を作ることができる。 テンプレート:Math とすれば、そのような複製は写像
によって決定される。抽象代数学の言葉でいえば、それぞれが テンプレート:Mathbf から テンプレート:Mathbf への単射環準同型(埋め込み)である。テンプレート:Mvar と テンプレート:Math に対応する埋め込みの像は集合としては同じになる。
任意の実でない四元数は テンプレート:Mathbf に同型な テンプレート:Mathbf の部分空間上にあることを見よう。四元数 テンプレート:Mvar をスカラー部とベクトル部の和として
とし、さらにベクトル部をノルムとベルソルの積に分解(極分解)して、
と書く(これは テンプレート:Math とは異なることに注意)。テンプレート:Mvar のベクトル部のベルソル テンプレート:Math は純虚な単位四元数ゆえ、その平方は テンプレート:Math である。従ってこれから、写像
によって複素数の複製が得られるが、この写像の下で テンプレート:Mvar は複素数 テンプレート:Math の像になる。
以上から、テンプレート:Mathbf は実数直線を共通の交わりとして持つ無数の複素数平面の合併であることが分かる。ただし、この合併は テンプレート:Math の平方根の成す球面全体を(球面の対蹠点が同じ平面に対応することを踏まえた上で)わたって取ったものである。
可換部分環
各四元数が テンプレート:Mathbf のどの部分複素数平面に含まれるかという関係性は、可換部分環族の言葉を使っても同定し書き表すことができる。具体的に言えば、二つの四元数 テンプレート:Mvar と テンプレート:Mvar が可換 (テンプレート:Math2) となるのはそれらが テンプレート:Mathbf の同じ部分複素数平面上にあるときに限られるだから、四元数全体の成す環の可換部分環を全て求めたければ、そこに複素数平面の合併として テンプレート:Mathbf の テンプレート:Lang が生じる。この可換部分環を求める方法は、テンプレート:仮リンク全体や実二次正方行列全体の性質を知るのにも利用できる。
四元数を変数とする函数
テンプレート:Main 複素変数の函数同様に、四元変数の函数から有効な物理モデルが得られることが示唆される。例えば、マクスウェルによるもともとの電磁場の記述には四元変数函数が用いられていた。
指数・対数・冪函数
四元数
に対して、指数函数は
と計算され、その逆函数として対数函数は
として与えられる[23]。 これを用いて、四元数の極分解を
の形に書くことができる。ここで角 テンプレート:Mvar および単位ベクトル は
および
で定まるものである。任意の単位四元数は極形式として
と表される。
任意の実数を冪指数とする四元数の冪は
で与えられる。
三次元および四次元の回転群
テンプレート:Main 「共軛(きょうやく)」あるいは「テンプレート:仮リンク」という言葉は、上で述べた意味以外にも、適当な非零元 r によって元 a を rarテンプレート:Sup へ写す変換(内部自己同型)の意味にも使われる。この変換の意味で与えられた元に共軛な元の全体は、実部が等しく、かつベクトル部のノルムも等しい(従って、共軛四元数はこの変換の意味でも共軛元である)。
故に、非零四元数全体の成す乗法群は、純虚四元数全体の成す Rテンプレート:Sup の複製の上に共軛変換によって作用する。このとき、実部が テンプレート:Math である単位四元数による共軛変換は、虚部方向を回転の軸とする回転角 テンプレート:Math の回転になる。四元数を用いる優位性としては、
などが挙げられる。
単位四元数(ベルソル)の全体は三次元球面 テンプレート:Math を成し、また乗法に関して群を成し、3次特殊直交群(行列式が テンプレート:Math の テンプレート:Math次直交行列全体)テンプレート:Math の二重被覆群というリー群になる(これは上記の対応において各回転に対応する単位四元数がちょうど「2つ」あることによる)。 テンプレート:Main (テンプレート:Math 自体には標準的な群構造はないが)ベルソルの成す部分群の像は点群であり、逆に点群の逆像はベルソル全体の成す部分群となる。有限点群の逆像は、それぞれの点群の名前に二項 (binary) を付けて呼ぶ。例えば二十面体群の逆像は二項二十面体群である。
ベルソル全体の成す群は、テンプレート:Math次特殊ユニタリ群 テンプレート:Math2 に同型である。
テンプレート:Math2 が何れも整数となるかまたは何れも分母が2の既約分数である有理数となる四元数 テンプレート:Math2 全体の成す集合を A とする。集合 A は環(実は整域)であり、また束であって、フルヴィッツ整数環と呼ばれる。この環は 24 個の単位四元数を持ち、それらは正24胞体(シュレーフリ記号で {3,4,3})の頂点になっている。
一般化
テンプレート:Main テンプレート:Mvar を標数が テンプレート:Math でない体とし、テンプレート:Math2 を テンプレート:Mvar の元とする。テンプレート:Math2 を基底とし、テンプレート:Math2(従って テンプレート:Math2)を満たす テンプレート:Mvar 上の四次元単位的結合多元環が定義できる。これらは四元数環と呼ばれ、テンプレート:Math2 の選び方に依り テンプレート:Mvar 上の 2次正方行列に同型であるか、さもなくば テンプレート:Mvar 上の多元体を成す。
クリフォード代数 Cℓテンプレート:Sub(R) の偶部分としての四元数体
幾何学的計算に対する四元数の有用性は、四元数体をクリフォード代数 Cℓテンプレート:Sub(R) の偶部分 Cℓテンプレート:Supテンプレート:Sub(R) と同一視することによって、他の次元にも一般化することができる。これは基本基底元 σテンプレート:Sub, σテンプレート:Sub, σテンプレート:Sub から構成される結合的多重ベクトル環で、基底元は
なる積の規則に従う。これらの基本基底元が三次元空間のベクトルを表すものとすれば、ベクトル r の単位ベクトル w に直交する平面に関する鏡映 (reflection) が
で表され、二つの鏡映の合成はそれぞれの鏡映に対する平面同士のなす角の二倍の回転角をもつ回転を与えることから、
は σテンプレート:Sub と σテンプレート:Sub とを含む平面における 180° 回転が対応する。これは四元数の対応する公式
とよく似ているが、実はこの二つは同一視できる。それには
と同一視して、かつこれがハミルトンの関係式
を保つことを確認すればよい。この描像において、四元数はベクトルではなく二重ベクトル (bivector) に対応する(これは一次元的な「向き」ではなくて、特定の二次元平面に付随する向きと大きさを持った量である)。また、複素数との関係もより明らかになる。つまり、二次元ではそれぞれ σテンプレート:Sub と σテンプレート:Sub の方向を持つ二つのベクトルに対して、ただ一つの基底二重ベクトル元 σテンプレート:Subσテンプレート:Sub が存在するから、虚数単位は一つだけしかないが、ベクトルの方向が三つある三次元では、三つの二重ベクトル基底 σテンプレート:Subσテンプレート:Sub, σテンプレート:Subσテンプレート:Sub, σテンプレート:Subσテンプレート:Sub が存在して、三つの虚数単位を持つ。
この理由付けはさらに拡張することができて、クリフォード代数 Cℓテンプレート:Sub(R) においては、基本となるベクトルが相異なる四つの方向を持つから、従って平面を張る線型独立な組は六種類であり、二重ベクトル基底元は六つ存在する。このような空間において、回転子 (rotor) と呼ばれるそのような四元数の拡張を用いた回転は、斉次座標系を用いた応用において非常に有効である。しかし、三次元の場合に限っては、基底二重ベクトルの数と基底ベクトルの数が一致し、各二重ベクトルを擬ベクトルと同一視することができる。
ドルストらはこの広い設定において四元数の占める優位性を以下のように同定した[24]:
- 回転子は幾何代数において自然であり何の不思議もないし、それが含む二重鏡映の情報を容易に理解できる。
- 幾何代数において、回転子とそれが作用する対象は同じ空間に属する。これにより表現を変える必要がなくなり、かつ新しいデータ構造や(四元数に関する線型代数学を要求する)方法を考える必要もなくなる。
- 回転子はベクトル元や他の四元数だけでなく、直線や平面、円、半直線など、この代数の任意の元に普遍的に適用可能である。
- ユークリッド幾何の共形モデルにおいて、回転子はこの代数の一つの元で回転、平行移動、拡大縮小を行ることができて、任意の元に普遍的に作用する。特にこれは、四元数の場合はその軸が原点を通るものに限られるのに対して、回転子は任意の軸の周りでの回転を表現できることを意味する。
- 回転子の示す変換は、特に直接的に解釈することができる。
クリフォード代数のさらに詳細な幾何学的描像はテンプレート:仮リンクの項を参照せよ。
ブラウアー群
テンプレート:See 四元数体 H は「本質的に」唯一の(非自明な)中心的単純環である。これは実数体上の任意の中心的単純環は R または H の何れかにブラウアー同値(森田同値)であるという意味である。明確に述べれば、R のブラウアー群は、R および H をそれぞれの代表元とする二つの同値類からなる。ここで、ブラウアー群というのは中心的単純環全体の成す集合を、一方の中心的単純環が他方の中心的単純環の上の全行列環となるという同値関係で割って得られるものであった。アルティン・ウェダーバーンの定理(のウェダーバーンの部分)によって、任意の中心的単純環は何らかの斜体上の行列環となるから、従って四元数体が実数体上で唯一の非自明な多元体であることが分かる。
中心的単純環(体上の環であって、それ自身が体同様に非自明な両側イデアルを持たないという意味で単純環であり、かつその中心が基礎体に一致するもの)は、体の拡大の非可換版の類似物であり、一般の環の拡大よりも限定的である。四元数体が実数体上の(同値を除いて)唯一の非自明な中心的単純環であるという事実は、複素数体が実数体上の唯一の非自明な拡大体であることに比肩する。
注記
関連項目
- オイラー角
- 外積代数
- 回転 (数学)
- テンプレート:仮リンク
- テンプレート:仮リンク
- クリフォード代数
- 結合多元環
- 三次元球面
- テンプレート:仮リンク
- 四元数群
- テンプレート:仮リンク
- テンプレート:仮リンク
- 正八胞体
- テンプレート:仮リンク
- テンプレート:仮リンク
- 多元体
- 多元数
- テンプレート:仮リンク
- 八元数
- 複素数
- フルヴィッツ四元整環
- テンプレート:仮リンク
- テンプレート:仮リンク
- ベクトル解析
- テンプレート:仮リンク
- テンプレート:仮リンク
参考文献
出版物
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外部リンク
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- 四元数 - 物理のかぎしっぽ
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